どうやらいじめられていたようだ
翌日も同じ日が始まる。
ゼルがアーンするのを無視してミリイにアーンして貰う。
「ジャム無しでバターだけ、飲み物は紅茶に砂糖もジャムも無しで」
もう甘いものはいらないのだ。
そして食べ終わると思い切ってミリイに抱きついてみた。
「ミリイってふわふわだね」
女の子っこんなに柔らかったんだ。
「ふふふっ、姫様がこんなに甘えて来られるなんて初めてですね」
髪の毛を触らせて貰ったり、抱きついたりしても何も怒られないし、嫌がられもしない。姫様ボディバンザイ。
「ねぇ、ミリイ。私と結婚しよ」
もう、このメイドは俺の嫁だ。
「姫様、お戯れはおやめ下さい」
「別にいいじゃん。することないし」
「そのようなお言葉使いをおやめ下さい」
「えー」
「えー、ではございません。淑女の嗜みというものがございます。間もなく春休みも終わり、学校に行かばなりませぬし、そのようなお言葉使いだと、ストロベリー王家の恥にございます」
「だってここにはお前らしかいないじゃん」
「姫様っ」
ヒッ。
護衛騎士だけあって怒ると怖いなこいつ。
「うわーん、ゼルが怒ったぁぁ」
とウソ泣きしてミリイに抱きついた。ふわふわして気持ちがいい。
「ゼル様、姫様はまだ混乱されておられるのではございませんか?」
と、ミリイがよしよししてくれる。最高だ。このまま押し倒したい。
「も、申し訳ございませんでした姫様。しかしながら、そのお言葉使いが……」
「ミリイ、私の言葉使いは変ですか?」
グスグスと嘘泣きして上目遣いで聞く。我ながらよくやると思う。
「いいえ、そのようなことはありませんよ」
「だって」
と、ゼルにベーっとしておいた。
ゼルが心配してくれているのはよく理解するが、まるでオカンだ。いちいち小うるさいし、構いにくる。30歳にもなると、そういうのはうざいのだ。
ミリイにこそっとゼルがうざいと言うと、シャルロッテが3歳のときに母親から引き離され、別々の部屋に住まわされていた。それからはゼルがずっと面倒を見てきたとのこと。毒で倒れる前のシャルロッテはゼルにべったりだったらしい。
なるほど、それがいきなりこんな風に変わられたらヤキモキするのは仕方がないのかもしれん。
「学校はいつからかしら?」
「3日後にございます。明日、母君の葬儀に参列し、明後日出立いたします」
そうだった。シャルロッテの母親は死んだんだった。見知らぬ人だけど、可愛らしい人だったな。自分の生んだ子供を可愛いさかりに取り上げられ、挙げ句の果てに毒で殺されるとか可哀想だな。
それに、これはシャルロッテの心だろうか?母親のことを聞くとものすごく痛く感じる。そして、自然と涙が出てきた。
「姫様っ。お気を確かに」
そう言ってゼルが抱き締めてきた。
「いだだだだだっ! ゼルっ、鎧姿で抱き締められたら痛いんだよっ」
「も、申し訳ございません」
「まったくもうっ」
悲しみがどっかいったわ。
そして、その日の晩御飯は王様と他の母親、兄妹達? と食べるらしい。
ゼルに連れられて、遠く離れた食堂まで移動する。
「誰が誰だが覚えてないから教えて」
と、ゼルに聞く。
王様の隣にいるのが第一夫人、金髪のきつそうなオバサンだ。その隣が長女ベリーベリー16歳。おお、金髪縦ロールじゃないか。今は美人だけど、そのうちあのきつそうなオカンみたいになるのかな? その隣が年子の弟で長男のワイルド15歳。ちょっとイケ好かないタイプだな。意地悪そうな顔をしている。
反対側は第二夫人。赤茶髪のカスカスとしたオバサン。その長男のグース14歳。小太りでおっさんみたいだな。嫌な目つきをしてるし、男から見ても生理的に無理だ。妹のラズ、12歳。小悪魔的な可愛らしさがある。目つきはきついがこれはこれで有りかも。
で、俺はシャルロッテ、10歳。うん、我ながら自分が一番可愛い。
「シャルロッテ、復調したか? こちらへきなさい」
(姫様、陛下がお呼びです)
と、トンとお尻を押された。ケツ触んなよっ。
第二夫人の後ろを通っていこうとすると、
ビタンっ。
派手にすっ転んでしまった。これだから履きなれないロングスカートなんて嫌だと言ったのに。
ズボンで行きたいと言ったらゼルにダメ出しされたのだ。
「まぁ、大丈夫かしらシャルロッテ」
クスクスと笑うラズ。
「ご心配ありがとうラズお姉様。コケちゃいましたわ」
と返事をしたらぎょっとされた。
あれ? なんか変だった? まぁ、いい。
王様……父親らしいが、そばまで行くと頭を撫でられた。
「お前だけでも無事で良かった」
そう言って涙を貯めて頭を撫でる王様。
「ありがとうございます父上」
と返事をしたらベリーベリーから、
「あら、いつの間に陛下を父と呼ぶようになったのかしら?」
ん?
チラッとゼルを見ると首を振るので、
「失礼致しました陛下。まだ頭が混乱しておりまして」
「よい、よい。今日は私的な食事じゃ。父と呼んで構わん」
「あらぁ、それなら私もお父様とお呼びいたしたいですわ」
ベリーベリーの猫撫で声。
「助かって良かったわねぇ、シャル。こちらへいらっしゃい」
と金髪縦ロールが呼んでくれたので、近くに行くと立ち上がって抱き締めてくれた。
「本当に良かったわぁ、シャル」
ぎゅむっ。
16歳とは思えない良いものをお持ちのベリーベリーの胸に顔を押し付けられてとても幸せ。だが、足っ、足っ。
さっきのぎゅむは足を踏まれてる音なのだ。
「ベリーベリーお姉様、あの足が……」
「あらぁ、いつもはベリーベリー様なのに、今日はお姉様と呼んで下さるのね。嬉しいわぁ」
ぎゅーーーーーっ。
なお、踏みつけている足に力が入る。
もしかしてこれはわざとか?
「し、失礼致しましたベリーベリー様」
「いいのよぉ、今日は私的なお食事会ですもの」
ぎゅむっ。
と、さらに強く踏まれたあとに開放された。
王様は仲の良い姉妹を見てフォッフォッフォと笑っている。
「では失礼致します」
と、帰る時にもビタンと第二夫人の所でコケた。
「全く、どんくさいやつだな」
と、グースがニヤニヤ笑ってやがる。さっきもこいつにスカートを踏まれたのか。
「あら、グースお兄様、おでこに何かついてましてよ」
仕返しにベシッとデコピンを食らわしておいた。
「痛って! 何しやがるシャルロッテのくせにっ」
と、胸ぐらを掴まれたので、頭の中でカチャカチャとコマンド入力。
「エイッ」
手をひねられたグースはその場でドサッと倒れる。
「なっ、何をっ」
「あなたには功夫が足りないわ」
「は?」
小悪魔ラズはそれを見てクスクスと笑っていた。
「姫様、何をなさったのですか?」
席に戻るとゼルがコソコソと聞いてくる。
「え、何も」
その後、イチゴ尽くしの食事にはほとんど手を付けず、食事は終了した。
「姫様、ほとんど召し上がられませんでしたが、大丈夫でございますか?」
部屋に戻ってから元の言葉使いに戻す。
「もう、イチゴの食事いやなんだよ。もっとしょっぱい食べ物ないの?」
と、イチゴ抜きのスクランブルエッグとバターだけを塗ったパンをもらった。
「このようなお食事は……」
「ミリイ食べさせて」
「はい」
と、一口かじったのをアーンしてもらう。ミリイが食べるところにはジャム付けていいよ言っておいた。
ミリイに食べさせてもらいながらゼルに話を聞く。
「なぁ、もしかして私っていじめられてたの?」
「端的に言えばその……」
「後継者争いってやつ?」
「はい。ベリーベリー様とワイルド様のどちらかが時期王と言われておりますが、その……陛下はシャルロッテ様を推されていたのと噂がございまして」
「なんで? 継承権あるっていっても順位は一番最後でしょ?」
「いえ、すべて同位にございます。陛下が退位されるときに指名されるのです」
「なんで私を推すの? 正妻の子供でもないんでしょ?」
「ここだけの話でございますが、陛下は母君を一番愛しておられたのです」
正妻の二人は政治的な結婚、惚れたのは俺の母親だったわけか。
「それに、その髪色。まさにストロベリー王国の象徴となられるべきお人なのです姫様は」
「辞退ってできないかな?」
「は?」
「王位継承権の辞退。また殺されるかもしれないじゃん」
「何を仰るのですかっ。姫様は我がストロベリー王国の王となり、やがてはフルーツ国連合の王となるのです」
「パス」
「は?」
「やだよ、そんな面倒なこと。私はミリイにこうやって甘やかされて過ごしたい」
と、ミリイのところに行ってナデナデしてもらう。なんて幸せなのだろう。
「何をおっしゃいますかっ。姫様以外のご兄妹が王になられたら追放されてしまいますぞっ」
「それっていつ頃決まるの?」
「は、早くても姫様が成人される頃かとは思いますが」
なら、あと5年ぐらいあるのか。
「ミリイっていくつ?」
「16歳です」
「あれ? 学校は18歳まであるんじゃないの?」
「姫様の学校は特別です。王族も行く名門高ですので。普通の学校は15歳で卒業ですよ」
なるほど、ミリイは6つ歳上か。でもこれだけ可愛かったらそれぐらい問題ないな。
「ミリイってさ、私が追放されても一緒に付いて来てくれる?」
「はい、喜んで」
よし、養えるように頑張ろう。どうやら元の世界より文明も少し遅れているようだしな。
「ひ、姫様は何をおっしゃられているのかな?」
引きつるゼル。
「ん? だって追放されるんでしょ? だったら卒業するまでに食い扶持探してミリイと生きて行こうかなって」
「わ、私はどうなるのですかっ」
「王室の護衛騎士なんて引く手あまたなんじゃないの? どこでも再就職できるじゃん」
「そんな問題ではありませんっ。私は生涯姫様に仕えると誓ったのでありますっ」
「この前、それも終わりそうだったじゃん」
「グハッ」
ゼルはシャルロッテから痛恨の一撃を食らった。
「ま、誠に申し訳ございません。不始末は我が命で……」
「あーっもうっ! そんなのいいからっ」
ちょっと言い過ぎたかな? と思うシャルロッテは、なんとなく、ゼルが落ち込んだ顔をしたときに心がつねられたような気がしたのであった。