ギフトと魔法
「ありがとうございました」
ゼルは兵士達とクインシーに頭を下げて今日の訓練は終わり。
「帰ろうか」
「はい、姫様」
シャルロッテは手を出してゼルと繋いだ。このゴツゴツした手は好きではなかったが、ゼルが自分の為に努力してきた証なのだと思うとちょっぴり好きになった。
「隊長、あの娘は誰なのですか?」
「シャルロッテ・ストロベリー。通称イチゴ姫。ストロベリー家を離籍して独立されたらしい。その際にクインシー様が後見人になられたそうだ」
「本当の姫様なのですね」
「クインシー様が後見人になられるぐらいの姫様だ。それにあの女騎士はかなり強い。いきなり護衛騎士を訓練するとおっしゃられて連れて来られた時は何の戯れだと思ったが、あやつは前日の騎士達との勝負で勝ち越したらしい。こちらも今日この人数でやっといい勝負だったな」
「己の弱さを痛感いたしました」
「しかし、あの姫様の体術はなんだ?あんな小さな身体で兵士を投げ飛ばすとは信じられん」
「はい、しかもお怒りになっておられるクインシー様に怒鳴り返すとか驚きました」
「護衛騎士を守りに躊躇せず戦いの場に飛び出してくる小さき姫様か。なかなかに面白い。あのような家来思いの主人であれば心からお守りせねばと思うだろうな」
「ハッ、それにとても愛らしいお方でございます」
「確かに。ストロベリー家から独立されたとはいえ、イチゴを象徴するような愛らしさである。なぜあの愛らしくて強い幼き歳の姫様をストロベリー家は手放されたのであろうな?」
「アームス王子かアンデス王子とご婚約されるのでは」
「それならばなおさらだ。なぜご婚約される前に籍を抜かねばならん?」
「そう言われればそうですね」
「隊長、リーリャ様が本日ご用意して下さった飲み物は何でありましょうか?とても美味しかったのですが」
「うむ、私も気になっていたのだ。あれを飲むと最後まで体力が持ったのだ。リーリャには後で何か聞いておく」
兵士達が今日の出来事を話しているとき、シャルロッテは風呂でゼルに頭を洗ってもらいながら話をしていた。
「姫様、本日の事は大変嬉しく思っておりますが、かような場所に来られてはなりません」
「飛び出してごめん。昼から暇だったから何してるか見に行っただけなんだよ。そしたらゼルが目潰し食らって頭殴られて血を吹き出したろ?1対1ならまだしも、寄ってたかってなにすんだとか思っちゃったんだよね」
「あれは兵士が賊街代わりになってくれていたのです」
「みたいだね。てっきり、女の癖に生意気な、みたいな感じで嫌がらせされているのかと思ったんだよ」
「昨日はそうでしたね」
「騎士達はそうだったの?」
ざぱっとお湯を掛けて洗い流したあとに湯に浸かる。
「ストロベリー王国でもそうでしたし、女だと馬鹿にしてきた者は返り討ちにしました」
なるほど。昨日はゼルの実力を見るために1対1での訓練。それで問題ないと判断されて、今日はより実戦に近い訓練にしたのか。
そこへクインシー登場。
「クインシー様、本日は大変失礼を致しました」
「全くだ。奴らの前で怒鳴り返して来る奴があるかっ」
あ、そう言えば切れて思いっきり素が出てたな。
「申し訳ございません」
「バツだ。髪を洗え」
と、クインシーの頭を洗わされる。
結構しゃごしゃごした手触りだな。
「お前、明日も見に来るつもりか?」
「ユーバリー様との勉強が終われば暇ですので」
「そうか。なら覚悟をしておけよ」
「何がですか?」
「兵士達が色めき立つだろう。なにせ女っ気が無い所に可愛い姫様がくる。しかも私にすら平然と怒鳴る存在だ。憧れられるに決まっているだろうが」
「行かない方が宜しいですか?」
「いや、来い。お前を兵士達の奮起へ利用する。ゼルはより気合の入った兵士になると覚悟しておけ」
「はい」
「ところでシャルロッテ。お前のあの体術。倒れた後に急に使えるようになったのは間違いないのだな?」
「はい」
「ふむ。何の訓練もせずにあのような事が出来るとは眠っていた才能が開花したとかではないな。おそらくギフトだろう」
「ギフト?」
「神からの贈り物だ。極稀にそういう人間がいる」
へぇ~っ
ま、コマンド入力で色々出来るようにしたとの声が聞こえたしな。
「私もその一人だ」
何ですと?
「私も幼き頃は小さくてひ弱だった。病に倒れて死にかけというか死に戻りと言った方が良いかわからんが、神にまだ早いと追い返されたのだ」
「神に会われたのですか?」
「いや、声だけだったがな。その時に強き身体になるようにしてくれたようだ」
「神からの贈り物・・・」
ゼルは驚いているが、俺は体験済なのでそうでもない。
「貴様もそうであろう。ゼルよ、シャルロッテは目覚めた後にいきなり違う人のようになったのだな?」
「はい。姫様は姫様でございますが、前とは違います。ですがお優しさは以前と同じです」
「シャルロッテ、神の声は聞いたか?」
「いえ、聞いておりません」
と、嘘を付いた。次期連合の王様を産めとか口が裂けても言いたくない。
「そうか。しかし、間違いないだろう。それにあれは体術であって体術でははい」
「どういうことですか?」
「あれは魔法だ」
「は?」
「魔法といっても色々ある。治癒士みたいな魔法もあれば貴様が出した火の玉みたいな攻撃魔法もある。大体筋肉もないのに兵士を投げ飛ばせるのはおかしいだろ?」
確かに。殴っても蹴ってもこちらは痛くない。この身体でゴツい兵士をジャイアントスイングとかおかしいわな。
「シャルロッテ、貴様は戦場に出たいか?」
「いいえ」
「なら、あの火の玉はもう出すな。他のは体術で誤魔化しがきくが、あれは誤魔化しがきかん。私が後見人をしてるとはいえ、もし戦争が起こって戦況が不利にでもなれば利用しようとするものが出てくる。貴様がこのままメロン家に入るならそうはさせんが、成人したら後見人を辞退しようとか思っているのだろ?」
見抜かれてんなぁ。
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
「ゼル、貴様もだ」
え?
「ゼルは魔法使えるの?」
「えっ、いや、あの・・・」
「私に誤魔化しがきくとは思うな。学園で立ち合った時に使おうとしただろうが」
「も、申し訳ございません」
あ、だから、寸止めせずにゼルを吹き飛ばしたのか。あれは魔法を出そうとしたゼルに使わせない為だったのか。
「クインシー様は私がギフトを持っているから引き込もうとしたのですか?」
「そうだ。ギフトは何かしら成す為に与えられると思っている。が、初めはメロン王国とストロベリー王国との紛争の火種になるかもと思ったのがきっかけだ。両国が揉めると、マンゴーとアップルが利するからな」
「メロンとストロベリー、マンゴーとアップルは対立しているのですか?」
「対立というか、表立って言ってはいないが、向こうは樹木になるのがフルーツだと思っているだろう」
あー、一年草になるメロンやイチゴは野菜の一種だと言いたいのか。
「なるほど。メロンやイチゴとは違いますね」
「そうだ。しかし、今のフルーツの王様はメロンだ。昔は硬くてあまり甘くなかったのが、新しい品種が出来て甘く柔らかくなった事でフルーツの王様となった。大きさもあるがな」
そういうことか。
「今は各国のフルーツの存在が各国の国力になっている。が、それが拮抗してきた時には武力が物を言うことになるやもしれん」
「なぜフルーツ各国は連合を組んできるのですか?」
「神がフルーツを好まれるという神話がある。それぞれが武力で争うのではなく、美味しさで競ってより旨いフルーツを作りだすのを神が望まれているというものだ」
「なら、武力衝突は起こらないのでは?」
「それは人間の愚かなところでな。より旨いフルーツを作ったのが尊敬されているからこそ代表国になるのだが、代表国になるのが目的にすり替わろうとしているのだ」
戦争の火種にならないために次の王様を産めと言われたのはこのことか。なるほどね。
「ま、私はどこが代表国になろうが構わんが、紛争は避けたいと思っている。神が旨いフルーツを望むのなら、それをやればいいだけなのだからな。しかし、他国がそう思わないのであれば戦争になる。それは民の財産はおろか命を奪うから、こちらも抑止力として戦力を持たねばならんのだ」
段々と政治的な話になるな。こういうのには巻き込まれたくないな。
「クインシー様は元々他国の姫だったそうですね。どんな国なのですか?」
「マーセナリーか?あそこは傭兵の国だ」
「傭兵の国?」
「資源や特産物がない国だからな。傭兵で金を稼ぎ成り立っている国だ。傭兵ギルドの本部でもある」
「そんな国があるんですね」
それに傭兵ギルドなんてあるんだ。
「他国に雇われ戦いに行く、戦場で同国の者と戦うこともある。因果な国だよ」
クインシーは自分の国があまり好きではない感じだな。
そこまで話して、そろそろのぼせそうなので風呂から出る。
「ゼル、明日の訓練の打ち合わせを行う。食後に私の部屋に来てくれ」
「かしこまりましました」
部屋で夕食を食べるとデザートのケーキが改善されていた。スポンジの生地が少しきめ細やかになっていた。
が、激甘なのは変わらないので、一口食べて、残りはリーリャにあげる。食べ残しをあげるのは何だが、子爵令嬢とはいえ、メイドにはこういうのを食べさせてもらえないらしいから仕方がない。私の食べ残しを食べなさいってな感じにならないように、アーンして食べさせた。これは客人が望むサービスなのだ。
そして、晩御飯を食べ終わると、ゼルはクインシーの部屋へと案内されて行ったのであった。