男の夢は現実には苦しい
「ゼル、貨幣価値ってどれぐらいか教えて」
「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚です」
「ゼルの給料ってどれぐらいだった?」
「年に支給は金貨5枚と少々です」
ん?
「それは多いの?」
「そうですね、一般的な庶民に比べたら多いとは思います」
「何に使ってた?」
「支給はその額ですが、税金に加え、王宮での滞在費、食費等を引かれて手元に残るのが年に金貨1枚ぐらいです。残りは剣の分割払いにあててました」
24時間護衛の為に住まわせておいて滞在費?何だよそれ。めっちゃブラックじゃん。
「剣って支給品じゃないの?」
「支給品もありますが、数打ちの剣だとどうしても心許なくて良いものを買ったのです。鎧は支給品を使っておりました。剣の支払いは終わっておりますのでご安心を」
「金貨10枚ほどあるって言ってたよね?ゼルのお金はどれぐらいの割合なんだ?」
「そ、それは・・・」
「もしかして全額ゼルの金じゃないだろうな?」
「そ、そ、そそんな事はございませんっ」
あー、もしかして俺は王室から全く金を貰って無かったのか。なんてこったい。
しかし、給与水準からすると金貨1枚って100万円とかなのか?とすると、アームスが賭けた金貨100枚って1億円以上?
「なぁ、金貨100枚って庶民からみたらどれぐらいの額だ?」
「そうですね、農民なら一生分の働き以上になります」
そんな金額をあのプリンスメロンは賭けたのか。こりゃ、払って貰えんな。姫の立場なら約束は守らないとダメだろうけど、庶民になった俺には知らんと言えば済む話だからな。しかし、税金をそんな無駄遣いすんなよ。
「あの掛け金は払って貰えそうにないね」
「そうですね。額が大き過ぎます」
ゼルが慌ていたのはこういうことだったか。
「ゼル、養ってやるとか景気のいいことを言ってしまったけど、初めのうちはお前の資産に頼る事になってスマン」
「な、何をおっしゃいますかっ。私の物は姫様の物。姫様の物は姫様の物にございます」
俺はジャイアンかよ。
「ゼル」
「はい」
「ありがとう」
「お、お止めくださいっ。私に礼など不要ですっ」
「そう?」
「は、はい」
「じゃ、お礼にコショコショしてあげるっ」
サバ折りされないように後から抱きついておんぶオバケになり脇腹を腰が抜けるくらいコショコショしてやった。
「いでででででっ」
「脇を締めて手を潰そうとすんなっ。万力かお前はっ」
「も、申し訳ございません」
夜も庶民食堂でラーメン。ゼルにはちゃんとした飯を食って貰った。料金を聞いて見ると、ラーメンは卵、ネギ、モヤシ、肉入りで銅貨2枚。定食は銅貨3枚だった。最安値はモヤシ炒め。少しの肉と山盛りモヤシで銅貨1枚だそう。そういや、モヤシ食ってるやつ結構いるよな。
風呂で頭を洗ってもらっている時にコショコショしたらヌルヌルプレイみたいになったのでやめておいた。流石にセクハラすぎる。それにホニホニボディならやったかもしれんけど、ゴリゴリボディは男同士でやってるみたいな気になるしな。
風呂に浸かるとビクビクして近寄らないゼル。
そっと、足を伸ばして足裏をコショっとするとうっひゃぁぉぁと足をあげた。そんな足の上げ方したら見えるぞ。
翌日、ゼルを王宮へ行かせたので一人で部屋でゴロゴロしながら本を読む。
ふと、癖で手を口元にやる。
そういや、タバコ吸ってないけどイライラしないな。ニコチンがシャルロッテボディには入ってないからか? 何度もやめようと思ってタバコを捨てた後すぐに買いに行ってたのに、こうもあっさりと止めれたのは不思議だな。
本を読みながらそんな事を考えていたら、コンコンと扉をノックする音が。
誰だ?
まだ夏休み中なので宿舎の貴族階は人がいないはず。庶民階はチラホラいるけど、貴族階、しかも最上階に来るとは思えない。
シャルロッテに緊張が走る。ゼルがいないときにかぎって誰か来るとは。
もしかしてそれを狙われたか?
息を潜めて居留守を決め込む。
ドンドンっ。
「シャルロッテ、いないのかっ?」
こ、この声?アームス?
何しに来たんだ?仕返しか?
いま、誰もいない宿舎で力づくで襲われたらやられるかもしれない。
つい、そんな想像をしてしまって
「嫌だァァァァっ」
と、声をあげてしまった。
「シャルロッテ、クインシーです。いるなら開けて頂戴」
は?王妃と一緒?
恐る恐るドアを開けるとクインシーとアームスが立っていた。
「な、何かご用ですか?」
そう聞くしかない。
「ほら、約束の物だ」
と、ズシッと重い革袋をアームスから渡される。
「これは?」
「賭けの金貨だ」
「私、お金の価値を知らなくて金貨100枚がこんな大金だと知らなかったのです。ですので受け取れません」
「俺から言い出して、お前が勝ったんだ。金額がいくらであろうと受け取れ」
「いえ、このお金は元々は税金ですよね?それならば民の為に使って下さい。戯れで払うような金額ではありません」
こんなもん貰ったらバチが当たるわ。
「つべこべ言わずに受け取れっ」
「では、貸しにしておきます。アームス王子が自ら働いて手にしたお金であれば受け取ります。元が税金の金貨はいりません」
王子が自分で働いて稼げる金額ではないからこれで諦めるだろう。
「何を言うかっ。金は金であろうがっ」
しつこいなコイツ。俺はメロン国民から睨まれたくないんだよっ。
「同じお金であっても民のから徴収したお金をこんなに軽々しく使わないでくださいまし。お返し致しますのでお帰り下さい。賭けの代償は私が働いた無礼がストロベリー家に及ばないだけで結構です」
「貴様っ」
「シャルロッテ、良かったらお部屋に入れて下さらないかしら?」
「いま、ゼルがいないので」
「何もしませんよ。もし、アームスが狼藉を働くなら私が首をはねます」
と、クインシーの迫力に押されて中に入れてしまった。
「申し訳ありません、散らかしておりまして」
本を仕分けしたままの部屋だ。
「構いません。シャルロッテは随分と読書家なのね」
「そういうわけでは・・・」
そう言うと部屋から出してもらえなかったというのを想像してか、少し涙ぐむクインシー。
「あの、もう賭けのお話は先程で終わりましたし、どのようなご用件ですか?」
「あなた、これからどうするつもりかしら?」
「他校に編入して、働きながら生活をするつもりです。幸いゼルが後見人になってくれるみたいなので。ゼルには貧乏くじを引かせてしまいましたわ」
「貧乏くじにならないようにあの護衛ごとメロン家にいらっしゃい」
「お優しい言葉を頂きありがとう存じます。ですが、私は貧乏でも平穏で自由な暮らしをしたいのです。王や王妃になりたいとも思ってないのに命を狙われるのはコリゴリなのです」
「どういうことかしら?」
「母と私は同時に倒れたそうです。私は助かりましたが母は・・・。その影響か私には一部記憶がございません。陛下が父親であると言われても実感が沸きませんし、姉兄もそうです。私にとってはストロベリー家の皆は他人と同じです。ゼルだけが私の家族なのです」
「そういうことだったの」
「はい。わざわざ王妃様がこのような所までお越し下さいましたのでお話を致しました。どうかご内密に」
と、これ以上付き纏われないように暗い話をした。
「き、貴様、そ、そ、その小さき身体で働くなんて無理だろぅが。よ、よ、良かったら俺が面倒を見てやっても良いぞ」
こいつは何を言い出すのだ?人の話を聞いていたか?
「アームス王子、妾腹の私は母の様になるのがお似合いとおっしゃりたいのですか?」
「ちっ、違うっ。俺は正式なっ」
「私は明日にも正式に庶民になります。メロン国の次期王となられるアームス様のお言葉としては問題ですわよ。聞かなかった事にいたしますので、その言葉はベリーベリー様か、ラズ様におっしゃって下さいまし」
「まだ、離籍するとは決まってないだろうがっ」
「第一夫人か第二夫人に離籍手続きをしてもらうようにゼルには動いて貰ってます。これで間違いなく離籍になりますわ。もし、離籍にならなかったとしても私は妾腹の娘。大国メロン国の王子とは不釣り合いにございます」
「うるさいっ。庶民であろうが妾腹であろうがどうでも良いっ」
しつこいなこいつ。鉄山靠で吹き飛ばされた相手に何を言い出すのだ?マゾか?
「いい加減にしろよ馬鹿野郎。人が気を使って言ってやってるのになぜわからん?それになんで俺がお前の嫁にならなきゃならんのだ?何でも望んだ通りになると思うなっ。チヤホヤされて現実を知らないからそんな口がきけるんだよっ。とっと金貨持って帰りやがれっ。俺は立場上引いてやったがな、お前がゼルを脱がそうとしたのは許してないんだ。二度とその面見せんなっ」
「なっ・・・」
「クインシー王妃、私はこのように粗忽物でございますので、どうぞお引取りを」
「クックック、アーハッハッハッハ」
なんだ?
急に笑い出す王妃
「実に面白い。どこでそのような言葉使いや啖呵を覚えたのだ?到底、その容姿から吐かれたものとは信じがたい」
「強いて言えば神の落ち度といった所でしょうか?肉体という入れ物を間違えられたのでしょう。この身体もさぞかし悲しんでおりますわ」
「フッフッフッ、面白い答えだ。なぁ、シャルロッテ。メロン国に来ないと言うなら何かしてやれることはないか?これは愚息が無礼を働いた詫びと思って貰って結構。貸しではなく、うちが借りを返すだけのこと。気にせず申せ」
まぁ、金貨を返したら代わりの食い扶持は必要だしな。アームスはどうでもいいけと、クインシー王妃はなんか面白そうだ。ふと漏れる言葉使いも王妃らしくないのが魅力的でもある。
金を要求すると恩に着せられて雁字搦めになる可能性があるから他のを言った方がいいな。言い出したら引かない性格みたいだし。よし、あの胸に顔を埋めさせてとか言ってみよう。
「何でも宜しくて?」
「いいぞ」
「では、甘えさせて下さいませ」
「ん?甘える?」
「はい、その胸に顔を埋めさせて下さいまし」
「そうか、ならおいで」
「はい。では遠慮なく」
と、大きな胸にポフっと顔を埋めた。
ムホホホホっ。ベリーベリーよりフワフワだ。これが人妻の胸かと思ったら背徳感も混じってたまらんね。
王妃は元の自分と近い歳だろう。同級生と付き合って結婚してたらこんな生活が出来てたのかもしれんな。
ついでに猫みたいに手を軽くグーにしてフニフニしてみた。ゼルとはまるで違う手触りだ。
「ユーバリーも幼き頃はこうであったな」
そう呟いた後にギュッと抱き締められた。
ムホホホホ・・・、グフッ。いかん、息が続かんっ。
クインシーの背中をタップして離して貰った。おっぱいで窒息するなんて夢のような話だが、現実は苦しくてダメだなこれ。
「ありがとうございました」
「ウヌは母親の愛情はしらぬのだな」
ウヌって、何だよ・・・
「幼き頃に離されたそうですから」
そう誤魔化したシャルロッテであった。