夜逃げ
「アマ王陛下、あのままで本当に宜しかったのですかな?」
「マスク王陛下、シャルロッテは・・・」
「他国の事には口を挟みませぬが、本当にシャルロッテがストロベリー家の籍から外れるのであれば私達が面倒を見ても問題ありませんわね?」
「そ、それは・・・」
「構いませんわっ」
アマ王より先に返事をする第一夫人。それに賛同する第二夫人。二人の正妻に凄まれ、アマ王は問題ないと返事をしてしまった。
ベリーベリーとグースはニヤつく中、ワイルドは不機嫌だった。
「あいつはっ、あいつはどこへ行きやがったっ」
やっと目を覚ましたアームス。
「アームス、すぐに金貨100枚用意してシャルロッテに払いなさい。すべてあなたのお金で払うのよ。足りない分は貸しです。お小遣いから天引きしますからこれより先、ずっと小遣い無しを覚悟しなさい」
「それよりあいつはどこに行ったんだっ」
「アームスにぃ、シャルロッテはストロベリー家から離籍になりました。兄ぃのせいで」
「何だとっ」
「当たり前でしょっ!他国の王子を正当防衛とはいえぶっ飛ばしたんだから。あの娘はストロベリー家に迷惑が掛からないように出ていったよのっ!どうしてくれんのよっ」
アームスは10歳でありながら、15歳に勉強を教えて成績を上げさせたイチゴ姫様ことシャルロッテに興味を持ち、からかい半分で勝負を持ちかけた。シャルロッテが負けてもゼルを脱がすつもりなんて毛頭なく、本気を出させてやろうとしただけなのだ。
アームスは俺様系、誰も逆らってきたこともなく、同級のワイルドでさえ気を使って玉遊びも勝たないように調整していたのも知っている。それなのに、ありえない勝ち方をした挙げ句、いきなり10歳の女の子に啖呵を切られて変態呼ばわりされてついカッとなってしまったのだ。それでも殴るつもりはなく、少し怖がらせてやろうとしただけなのに。
「そ、そんなつもりじゃ・・・」
「アームスよ、常に自身の行動には責任が付き纏うと言ってあったろうが。お前の軽率な行動が、一人の姫と護衛騎士、そしてストロベリー家に多大なる迷惑をかけたと思い知れ。イチゴ姫は10歳の若さで独り立ちする道を選ばざるを得なくなったのだぞ。あの可愛いらしい姫の人生をお前は狂わせたのだっ」
そう叱責され、アームスは自分のしでかした事の重大さに気付き、その場で膝を付いて頭を垂れた。
「姫様、今から宿舎に向かわれるのですか?」
ロッテンマイヤー系メイドが驚く。
「詳しくは陛下達が帰ってきたら話があると思うから。じゃ、元気でね」
「は、はぁ」
なんことやらわからないロッテンマイヤー系メイドはポカンとしていた。
ゴトゴトと夜逃げするかのごとく宿舎へと馬車で移動する。
さて、この本達はどうしたもんかね?宿舎の食堂に持って行こうと思ってたけど、この学校から去るなら寄付するのも迷うな。これがこれから先の生命線になるかもしれんし。
「ゼル、持ち金ってどれぐらいあるんだ?」
「二人合わせてざっと金貨10枚です」
ゼルの資産も入れて10万程度か。思ったより随分と少ないな。まぁ、宿舎にいる間は金使わんし、現金としたらそれぐらいしか無いのかもな。
はぁ、やっぱり本は寄付出来ないな。
「この宿舎にはあとどれくらいいてもいいと思う?」
「本当に退学されるのですか?」
「ここ授業料高いんだろ?授業料払えないかもしれないじゃん。それにここに残るとしても庶民の宿舎に移ったらゼルはどうすんだよ?」
「わ、私は外でも」
「アホか。ゼルに浮浪者みたいな生活をさせられるかっ。ゴリゴリの臭い護衛なんぞいらん」
「申し訳ございません」
宿舎の管理人に、もし今退学したらいつまで居ていいか聞いたら、夏休み中はまず大丈夫とのこと。恐らく、卒業までの学費その他もすでに支払われているので卒業まで問題はないのではないかと言われたが、啖呵を切って飛び出して来た身だからどうなるかわからん。
とりあえず、夏休み中はここに居ても問題ないなら今日は汗もかいてるし、部屋に荷物を全部運んで風呂に入ろう。
「姫様、私はこのような時に何も役に立たずに申し訳が・・・」
「もう姫と呼ぶな。シャルロッテ、いやシャルでいい。ゼルは護衛でなく家族だからな」
「わ、私が家族などと恐れ多く」
「そっか、家族と思ったのは俺だけか」
「い、いえっ。私を家族と言って頂けるなんて光栄ですっ」
「本当?」
「本当ですっ」
「なら、今まで通り好きなことしてもいいよね?」
そう言うとびくっとして両脇を押さえた。
「あー、やっぱり姫じゃなくなったらそうなるんだね」
「そ、そのような事はありませんっ」
と、バンザイしたので、脇を指でスーッとする真似をしてみる。それだけでめっちゃ我慢してプルプル震えるゼル。
「まだ何もしてないよ」
「わ、わかっておりますっ」
「コショコショコショコショ」
と、言葉に出してコショコショする真似をしたら。
「キャーハッハッハッハ」
と、笑い出した。
「も、もう宜しいでしょうか」
「まだ、なんにもしてないよ?」
「しっ、しかし、声とその手付きだけで」
「コショコショコショコショ」
「キャーハッハッハッハ」
めっちゃおもろい。声だけでこんなにくすぐったがるとは。
まぁ、ゼルの暗い顔がなくなったのでこれで勘弁してやるか。
「もう手を降ろしていいぞ」
「は、はい」
「なんてね」
コショコショコショっと油断した隙を狙って脇腹をくすぐってやった。
「うっひゃぁぉぁ」
グギグギッ
「ギブっ ギブっ。それやめろっ」
「も、申し訳ございません」
その後、風呂に入ってからベッドに。寝る時もゼルはビクビクしてたけど、暴れて汗だくで寝るのも嫌なので何もせずに寝たのであった。
朝からぐったりしているゼル。
「どうした?」
「ね、寝たらくすぐられるのではと眠れませんでした」
「じゃ、今晩からちゃんと寝る前にくすぐってやるからちゃんと寝ろ」
「は、はい」
くすぐらないとは言わないシャルロッテである。
学園の事務室に行き、退学と他校への編入方法を聞いてみる。
「えっ?退学?なぜですか」
「ちょっとね。ストロベリー家から離籍することになったから。あとはお家の秘密」
「そ、そうでございますか。退学は受付できますが、編入はこちらの成績証明と新しい籍、つまり住民登録された物が必要になります」
「住民登録はどうすんの?」
「はい、まず住所がある地域の役所に行き、離籍証明を出して新しい籍を作ることになります」
「離籍証明ってどこで貰うの?」
「シャルロッテ様はご実家のある貴族街役所になると思いますが、なにせ王家の離籍がどのような手続きになるかわかりかねます」
そんなの普通ないだろうからな。
「あと、籍を作られるのもシャルロッテ様は未成年でございますので、成人されている方の後見人が必要です」
「ゼル、後見人になってくれる?」
「はい」
ということは問題は離籍証明と金だな。
「ゼル、明日でいいからさ、第一夫人か第二夫人に離籍証明出すように言って来てくれない?あの二人なら喜んで出してくれると思うから」
「そ、それでは護衛が」
「庶民を誰が狙うんだよ?まぁ、心配なら宿舎の部屋でじっとしてるから」
「しかし・・・」
「離籍証明が無かったら編入も出来ないじゃん。ろくに学校にも行ってない追放された姫なんて生活出来ないじゃん」
「そ、そうですね。私が働いて姫様を養いますので」
「騎士以外に何か出来んのかよ?」
「ち、力仕事なら」
「あのなぁ、力仕事なんて男ばっかりだろが。そこにゴリゴリとはいえ女がいたら触られたりすんぞ?それに襲われたらどうすんだよ?」
「返り討ちにしてみせますっ」
まぁ、ゼルなら可能かもしれんけど。
「でもダメ」
「ど、どうしてですかっ」
なんとなく他の男に触られたたくないとか思った事は言えない。
「他の男がゴリゴリでショックを受けたら可哀想だからだ」
そう言うとゼルは涙目になったのでくすぐっておいた。
宿舎に戻って庶民食堂に行く。
「あら?まだ夏休みだよ」
「うん、おばちゃんのラーメン食べたくなったから早めに戻って来たんだ」
「もう、イチゴ姫は本当に好きだね。新しく出来たのでいいかい?」
「また改良してくれたの?」
「そうさね、ほら、お湯かけるだけでいいぐらいまで出来たんだよ」
素晴らしい。手作り感満載だけど、すぐ美味しいラーメンみたいな感じになってる。
「おばちゃん、これに卵落としてお湯掛けて」
「はいよ」
3分ではなく5分以上かかるらしい。
ワクワクしながら待って蓋を開ける。
うおっ、色は薄いけどインスタントラーメンじゃん。
「いっただきま~す」
すぞーすぞー。
うん、塩味だけどインスタントラーメンじゃんっ
「おばちゃん、バッチリだよ。これどうやって作ったの?」
「ほら、そう言うと思ってレシピを作っておいたよ。これ持って商会に登録してきな」
「登録?」
「そうさね、これが商品化されたらお金が入って来るよ。と言っても姫様には不要かもしれないけどね」
「え?それならおばちゃんが登録しなよ」
「これはイチゴ姫が考えたものだからね。私のものじゃないんだよ」
「で、でも・・・」
「まぁ、ここで売るのはレシピの権利免除してくれるとありがたいけどね。学生達には安く食べさせてあげたいからね」
ということで、金の元が出来てしまった。おばちゃんに感謝だ。
部屋に戻って、本の整理をする。シドには楽しみにしておけと約束したので参考書と読みやすい小説をピックアップする。食堂においてといて自由閲覧してもらおう。この冒険譚はシド個人にプレゼントだな。少年の心を弄んだ詫びと、守ると言ってくれた勇気への礼だ。あのアームスとの勝負の場に居たら身体を張ってくれたかもしれんな。そうなったらもっと大事になって大変だったろうけど。
シャルロッテの中身はオッサンだが、少し少女のような気持ちが芽生えはじめてたことには気付いていなかった。