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KILL!  作者: キリシマ レアン
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慰めの腕と。(後編)

 黒いローブの人物と接触した少女、アイリ=イワサキを保護してから数日が立った。世間では高校生が凄惨に殺害されるという事件が起きていた。

 メイはある日入院しているアイリのもとを訪れ、事件について何か知っているかを聞き出そうとする。明確な答えは得られなかったものの、メイはアイリの中に黒い何かを見た。

 同日、警察のバリスからアイリが病院から消えたと報告を受けたキル、メイ、ジャランの三人はジャランの集めた情報をもとに次の被害者と推測される二人の男女の下へ向かう。そこに事件を起こしたと思われる怪物が現れて……。

 「なァ、おい。やばくねェか?」

 「何が?」


 二人の男子生徒が校庭のはずれの木の下で話す。雲一つない晴天の空。風のない日。不気味なほどにその日は無風であり、二人は小声で話しているというのにまるで普通に話しているかのように声が響いた。


 「イワサキのことだよ。あいつとさ……。」

 「ばァ~か。偶然だろ偶然。」


 だけどさ、と一人の男子生徒が不安そうに言ったとき。


 「お早う。」


 静かな声。されども、風の音もしないその時にはその声も不思議に、不気味に響いた。

 二人が振り向く。

 ざわざわ。木の葉が揺れる。ざわざわ、ざわざわと。風が吹き始め、葉は鳴き出した。




「こんにちは、アイリさん。具合はどうですか?」


 白い光が窓から漏れる病院の一室。ドアを開き入ってきたのは<教会>のメイ=ジャイナガンであった。彼女がこの病室を訪れた目的は三日前に保護した女子高生アイリ=イワサキのお見舞いと経過観察、それともう一つ別の目的があった。メイはアイリの使っているベッドの横にある椅子に向かって歩き出す。


 「こんにちは。えっと……確か。」

 「ああ、そういえばちゃんと自己紹介していませんでしたね。メイ=ジャイナガンと申します。」


 メイは歩きながら軽く名乗った。こつこつという靴の音が静かな部屋の中に響く。メイは椅子に腰かけた。彼女の鼻孔を病院のベッドのリネンの放つ独特な匂いがくすぐった。


 「すみません、ジャイナガンさん。気分はとても良いですよ。」

 「そうですか。それはなによりです。」


 メイは軽く応答するとアイリの顔を見た。確かにメイから見るアイリの顔は以前見た時よりも血色がよくなっているように見えた。顔も以前よりも活き活きとしているように見える。県構想だという印象をメイは受けた。


 (というよりも、なんか私よりも顔色が良いみたいな……。)


 メイは毎朝鏡で見る自らの細く白い体を思い出し、そんなことを考えていた。そのとき、アイリの方から「ところで」と声を掛けてきた。


 「今日他の方はいらっしゃらないんですか?」

 「え?」


 メイはアイリのから声を掛けられるとは思っていなかったので目を丸くした。メイは彼女に対して「自分からあまり話しかけるようなタイプではない」という先入観を持っていたからであった。


 「あ、いえ。今日は多分私だけかと。どうしてですか?」

 「そうなんですね。すみません、変な事聞いて。」


 メイの返答にアイリは残念そうに目を若干伏せた。メイはそんな彼女の様子の意図がよく解らずただ見つめているだけだった。会話が止まってしまった気まずさを感じながらもメイはアイリに切り出した。


 「ところでアイリさん、一つお訊きしたいことがあるんですが。」

 「はい、なんでしょう?」


 メイが話を振るとアイリは伏せていた目を改めてメイの方へとやった。アイリの黒く丸い目がメイの赤い目へと向いた。


 「貴方も知ってるかもしれませんが、二日前から高校生たちが次々と殺害されています。それはご存じですよね?」

 「ええ、そうらしいですね。」


 答えるアイリの声は先ほどと調子の変わらないようにメイには思えた。


 「被害者は昨日の時点で、いや、今日の朝の時点で五人。」

 「ニュースで観ました。今朝、二人、殺されたそうですね。」


 アイリはベッドの横に据えてあるテレビを指差す。19インチほどの小型のテレビの黒い画面には会話する2人の姿がまるで放映されている映像のようにくっきりと映っていた。


 「何か知っていることはありません? アイリさん――」

 「知りませんね。」


 メイの言葉にかぶさるようにアイリは口を開いた。メイの言葉が止まる。


 「ジャイナガンさん、もしかして、私のことを疑ってるんじゃないですよね?」


 アイリの目が細くなる。言葉尻が冷たくなるのをメイは感じていた。疑惑の目を向けられたことに対する反抗の目か。反骨の声か。

 メイは彼女の言葉を否定する。「そんなことはない」と。

 だが、暫くの沈黙ののち、フゥと短く息を吐くと話を続けた。


 「……まァ、そうなりますね。すみません。」

 「……正直なんですね。」

 「嘘ついたって仕方ありませんから。私こういうの苦手なんです。」


 メイはその後に小さく「すみません」と言った。アイリはじっとメイのことを見つめていた。メイは彼女の黒い目に何ともいえない暗い影を感じていた。


 「あの女性、黒いローブの人物と接触していたので、そこで何かあったんじゃないかと、ね。」

 「……私は何も知りませんよ。本当に。第一、私はこの3日間ずぅっとこの病院に居たんですよ。病院の方に聞いていただいてもかまいませんよ。」

 「……そうですよね。」


 メイはアイリの言葉を聞き、簡単な相槌を打った。彼女の雰囲気の変化に対して、メイは感覚を研ぎ澄ませて彼女の魔力を感じてみることにしたのだ。しかし、それでも彼女から魔力のある気配は感じ取れなかった。


 「……アイリさん、病み上がりのところありがとうございます。それで、ごめんなさい。私もできればあなたが犯人だとは思いたくありませんが、疑うことが仕事みたいなものなので。」

 「……分かってます。大人の仕事ですものね。」


 メイは席を立った。その際に椅子が少し動き、静かな病室にぎぃという音が鳴る。軋みの音。


 「お大事にアイリさん。」

 

 メイはそれだけ言うと、ベッドに背を向けて部屋を出ようとドアに向かって歩き出した。そのあとすぐ、後ろから小さく「ジャイナガンさん」と呼びかけるアイリの声が聞こえた。メイが声に応じて顔だけをアイリの方へ向けた。


 「ジャイナガンさんはこの事件、どう思ってます?」

 「どうって?」


 アイリの言葉にメイは体ごと彼女の方へと振り返った。先ほど椅子に座ってみていたときとは彼女の見え方が違って見えた。窓から入る日の光が逆光となって、彼女の姿は薄暗く感じられた。近くで見る彼女の平生な雰囲気とは違うマイナスな気配をメイは感じた。


 「絶対に被害者だけが被害者なんですかね。そういうものですかね。」

 「え?」


 メイは彼女の言葉に困惑しながらも暫く黙っていたが、アイリは「すみません、なんでもないです。」と言い、そのままメイからそっぽを向くように布団にくるまって横になった。メイはそんな彼女の様子を見て何かしら事件と関係がある、と思ったものの、今自分にできることはあまりないと思った。メイはそのまま静かに部屋を出た。


 

 「また、高校生が死んだかい。」


 メイがアイリの見舞いに行った日の午後、キル=セツダンは班員部屋でコーヒーを片手に新聞を読んでいた。大きく出た見出しには、

 『高校生、またも……』

 とから始まる記事が一面に出ていた。


 「それもまた酷いことになってるみたいだな。1人は上半身がなくなってるとさ。もう1人はダンプがなんかに潰されたみたいだと。物騒だねェ。」

「今頃ですか? それ今日の朝刊でしょ?」


 メイは読んでいた本から目をキルに移し、彼の言葉に反応する。


「うるせー。いっつも聞いてるラジオの具合が悪いんだよ。読める新聞なんてゴミ捨て場の1ヵ月前のやつとかだぞ。」


キルはそう言うとぺらり、と新聞のページを繰った。キルの目は暫く灰色の紙面を追っていた。しかし、その後すぐに新聞を四つに折りたたむと机の上に置いた。


「ところでよ、あの子。なんつったっけ?」

「アイリさんですか?」

「そうそう。アイツどうなったんだよ? 今日そいつの見舞いに行ってきたんだろ?」


メイはキルから視線を外し、再び本に目を落とした。


「まだ入院中ですよ。もっとも、異常とかは見られないみたいなのでそろそろ退院するんじゃないですか。元気そうにしてましたし。」

「ふぅ〜ん。」


キルは机に置いてあった缶コーヒーを手に取る。無糖を示す黒い缶。それを口まで持って言った。既に開いていた口から苦味が流れる。それと同時に爽快な感じが広がっていくのをキルは感じた。ぐぅ、吐息を小さく吐くとキルは改めてメイに話しかけた。


 「見舞いに行ったときよ、なんか感じなかったのか? なんていうかさ……。」

 「やっぱりキルさんも彼女を疑いますか。」


 キルは手に持っていたコーヒーを机に置いた。アルミ缶が硬い机に置かれた際の「こつん」という音が2人の耳へと届く。


 「疑うね。俺もそこまで馬鹿じゃねェよ。アイツが黒ローブと接触してから事件が起きたように思えるんだよな。やっぱり何かされたんじゃないかと思ってさ。」

 

 メイは脇に置いていた栞を頁に挟み、本を閉じた。そして、キルの方に顔を向けて、見舞いの際の彼女の様子を話し出した。


 「彼女、元気そうでしたよ。顔色も良くなってたし、雰囲気もちょっと明るくなったみたいな。でも……。」

 「でも?」


 キルはメイの歯切れの悪い「でも」という言葉の続きを待った。


 「陰か見えた気がしたんです。わかりますか?」

 「よくない感じがしたってことか?」


 メイはこくりと頷いた。キルはメイの話を感を片手に持ちながら聞いていた。


 「何か陰のある顔になったというか、表情は明るくなったケド。……なんていえばいいんでしょう。」

 

 メイが言葉の表現に困っていると、キルはまたコーヒーをぐびりと一口飲んだ。


 「魔力は感じなかったのか?」

 「感じませんでした。だから分からないんです。その新聞に載ってるような犯行は人の力じゃできないでしょ。」


 キルは机に折りたたまれて置かれた新聞を一瞥した。灰色の新聞紙の上には現場の惨状が載せられている。校庭の木の周りにブルーシートがいくつも掛けられている。


 「ホントなんだろうな?」

 「本当ですよ。」


 メイは頬杖をついた。メイの顔の輪郭がギュッと変わる。それと同時にメイの顔も少し暗くなったとキルは感じた。


 「……こういう時に嫌になりますね。人疑わないといけなくなるのは。どんどん性格が悪くなってる気がします。彼女は本当に被害者かもしれないのに。」


 メイの表情が心なしか暗くなる。キルはメイの様子にナーバスを感じていた。かける言葉も見つからず、面倒なので、静かにコーヒーを手に取り飲もうとしたその時、部屋のドアがガチャンと開いた。


 「お2人さんの見解は間違ってないかもな。」


 2人の視線がドアに向く。部屋に入ってきたのは眼鏡をかけた男性警察官――ジャラン=メタバスであった。


 「テメェ、ノックぐらいしたらどうなんだ?」

 「悪いな。そんなことよりも今回の事件の被害者たちは共通点があったんだよ。なんだか分かるか?」


 ジャランは部屋にあった椅子に適当に腰を掛けた。ジャランはポケットからクロスを取り出すと眼鏡を拭いた。


 「クイズやるってんなら、TV局とかでやっとけや。」

 「キル、お前そういうトコだぞ。ユーモアが足りてない。」

 「なんでもいいですケド、ジャランさん。その共通点ってのは?」


 メイが頬杖をつきながら少しうんざりした調子で言った。ジャランはメイの暗い様子に違和感を簡易ながらも、彼女の方に顔を向けた。


 「メイさんならわかってるんじゃないですか?」

 「……分からないですね。」


 メイはジャランから視線を逸らした。ジャランは短く息を吐くと話を続けた。


 「今回の事件の被害者たちは全員アイリ=イワサキを虐めていた加害者たちだったんだよ。」


 キルはジャランの顔をじっと見ていたが、メイはそのままジャランから視線を外し続けた。


 「今日彼女の学校に聞き込みに行ったんだよ。生徒やらに聞いてな。そしたら、な。」

 「まァ、そんなこったろうとは思ったぜ。」


 キルは腕を頭の後ろで組み椅子にもたれかかった。ギッ、と椅子が軋む。メイはジャランの言葉に無感情な声で答えた。


 「その人ら、アイリさんが虐められていたの知ってたんですね。」

 「非道いが、みんな自分が可愛いんだろう。学生のトラブルなんてそんなもんだ。」

 

 ジャランはまるで他人事のように言う。そんなジャランの言い方をメイは快く思わなかった。メイはそれと同時に自分が思っている以上に自分が結構人に立ち入る性質なのかと感じた。

 

 そんな時、またもドアが勢い良く開く。入ってきたのは警察のバリス=バタラであった。


「大変です!アイリ=イワサキさんが!」

 「わッビックリしたなァ……。」


 メイが目を丸くしてバリスを見つめる。他の2人も同様にバリスを見つめる。一気に6つの目が向けられるとバリスは委縮し、固まった。


「……それでバリスさん? アイリさんが、どうかしたんですか?」


メイが切り出すとバリスはハッとした表情になり、本題に口を開いた。


「そ、そうです! アイリさんが、アイリさんが病室からいなくなったんです!」


 バリスの言葉を聞くと3人は衝動的に席を立った。がたがたっと、椅子の音が部屋にこだました。時刻は15時ほど。静かな時間が動き出した。




 「なァ、よォ。本当にやっちまってよかったの? イワサキのこと。」

 「別にィ。あんな女なんて何やろうが構わないでしょ。」


 まだ昼の陽が差す帰り道。2人の男女が話す。一方は金髪の男子。もう一方は黒い髪の女子。金髪男子の問いかけに黒髪の女子が笑いながらそう答えた。不思議と人通りはなく、そこは2人だけの空間だった。


 「それにね、私ああいう女嫌いなのよ。ハッキリしないというか、もじもじしてるというかさ。あんなんじゃこの先、生きていけないよ。だから教えてあげてるのよ。ああでもすれば少しは垢抜けるでしょ?」

 「ふぅん。優しいなァ、ミルは。」


 男子の方も笑いながらミルと呼ばれた女子の頭をなでる。ミルはえへへと笑いながらそれを受け、その身を男の方へと寄せた。2人の男女が仲良く身を寄せ合う。まさに若者の姿であった。

 その2人にいくつかの影が立ちふさがった。その陰に気づいた2人は歩を止めた。


 「何だ、あんた等。」


 男はわざとらしくその影に凄んで見せた。その視線の先にはキル、メイ、ジャラン、バリス、そして合流したメリーの5人が立っていた。


 「カミュ=アオシマさんと、ミル=セーユさん、だね?」


 そう口を開いたのはジャランだった。眼鏡をクイッと押し上げて2人を見た。


 「そうですケド、あんた等……もしかして、ケ、ケイサツ!?」


 先ほどの様子とは打って変わって男――カミュ=アオシマは上ずった声を上げた。


 「お、俺はなんもやってないって!」

 「まだ何も言ってないよ。」


 ジャランが呆れたように言うとカミュは「あ」と小さく声を漏らす。後ろで見ていたバリスはキルに小さく「頭悪そーっすね」と話しかけた。


 「けーさつがそういうこと言うか、ふつー」


 キルはバリスを一応咎めたが、キル本人もその男が頭悪そうとは思っていたのだった。


 「それで、警察の方々が私たちに何か用があるんですか?」

 

 カミュの脇にいた女子――ミル=セーユは穏やかにそういった。その顔はにこやかな感じだったが逆にメイはその様子に何かぞわぞわしたものを感じていた。


 「あの子がミル=セーユかぁ。噂通りかわいい子だなァ。」


 後ろで見ていたバリスはぼそりとそう呟いた。その顔は目の前の女生徒の穏やかな顔とは違い下心を感じられるものだった。その様子を見てメリーは、


 「そうですかね。バリス先輩はああいうのが好みなんですか?」


 と目を細めていった。軽蔑の意味がその視線に込められていた。


 「ち、違うよ! メリーさんったら。」

 

 ハハハとごまかしながら笑うバリス。キルは腕を組みながらミルの方へ顔を向けた。


 「あんな真面目そうな黒髪ストレートなのにな。あんなチャラチャラした頭悪そーなのに。現実は厳しいねぇ、バリス=バタラくん。」


 キルがにやにやと笑いながらバリスの方を見ると、バリスもまたキルの方を見ていた。その顔は何とも言えない悔しそうやら、残念そうやら複雑な顔であった。


 「これが大人になるってことなんですかね、キルさん。男心は冬の空ですね。」

 「何言ってんだ。」


 色を知らない男たち。そんな様子を隣で聞いていたメイとメリーは心底男に呆れていた。


 ジャランは彼女を見ると言った。


 「君たちには聞きたいことが幾つかあるが、それはまた後で聞く。とにかく、今は危険だから俺たちと一緒に来てくれないか。」

 「その前に答えてください。私たちに何か用なんですか?」


 先ほどと変わらないような口調。しかしその中にメイは間違いなく「鬱陶しい」といった感情があるのを感じた。


 「話があるのなら、聞きますよ。」


 ジャランの目の前に来るとミルは前にいたカミュを押しのけた。ジャランは彼女の堂々たる態度に少し驚きながらも口を開いた。


 「最近高校生が殺害されてる事件は知ってるね。」

 「ええ、怖い事件ですね。」


 「怖い」という言葉とは裏腹にミルの表情はとてもどうでもよさそうなものだった。後ろでそれを見ていたメイはその他人事のような態度に心底彼女を軽蔑できた。


 「その事件の被害者たちはみんなアイリさんをいじめていた生徒たちだ。そして、話は聞かせてもらったよ。君たち二人もアイリさんのいじめに加担していたってね。」

 

 ミルはジャランの言葉を黙って聞いていた。隣で聞いていたカミュは心配そうに、不安そうに見るとジャランを交互に見ていた。暫くするとミルは口を開いた。


 「ごめんなさい。それは本当です。私たちがイワサキさんをいじめていたのは事実です。」


 ミルは俯きながら答えた。ジャランはあっさりと事実を認めたことに少し驚いた。


 「イワサキさん、頭もいいし、可愛いし。前のテストで私点数悪くて、イワサキさんは私より点数が上で。その時私色々不安定になっててそれで……。ホントに申し訳ないって思ってます。」


 ミルは申し訳なさそうに続けた。俯く顔からは表情は読み取れなかった。

 メイは隣のキルに小さく「演技ですよ」と言った。


 「分かるのか?」

 「女の勘です。」


 そうなの? と言わんばかりにバリスもメリーの方へ顔を向けた。


 「ああいう女は腹黒ですから。先輩も変なのに捕まらないようにしてくださいね。」

 「女って怖いなぁ。」


 ジャランはミルの様子を見て、とりあえず落ち着くようにとミルを諭した。


 「とりあえずその話はあとで聞かせてもらう。今は君たちが危険かもしれないんだ。」

 「危険? どういうことですか?」


 ミルは顔を少し上げ、上目遣いにジャランを見た。少しうるんだ瞳、八の字の眉。困ったような、怖がっているような表情だった。


 「アイリさんが欠席してるのは知ってるね。実はある事情で入院してるんだが、今アイリさんが病室からいなくなっている。」


 その言葉を聞くとミルは「え」とわざとらしく大きく声を出して驚いて見せた。


 「イワサキさんが居なくなって、私たちが危険って、まさか、イワサキさんがみんなを?」

 

 ミルは口を手で覆った。怖がっている表情。彼女の目から一筋、ほろりと涙が流れた。


 「まだそう決まったわけじゃないがね。だけど、可能性は潰しておいた方がいい。とりあえず警察署の方に……。」


 そうジャランが言ったとき。


 ドォン!


 キルたちがいたところからやや離れたところで轟音と共にコンクリートが砕ける。何が起こったのかその場にいた誰もが分からなかった。そこには先ほどまでさしていた光はなく、代わりに大きな躰の怪物がそこに居た。怪物は逆光によってはっきりと姿は見えず、人ならざるシルエットが浮かぶだけであった。


 「な、何だありゃ!」


 カミュが腰を抜かしてその場に尻もちをつく。ジャランはそんなカミュを強引に立たせてキルの方へ預けた。そして警察、教会のメンバーと固まった。


 「なんなんだよ。まさか、あれがみんな殺したのか!?」


 カミュが取り乱し、ただ大きな声を上げていると、それを見ていたミルはカミュを落ち着かせるように言った。


 「大丈夫よ、カミュ君。何とかなるよ。この人たちが来たのは多分私たちを守るためだもん。」


 ミルはキルとメイの方へ目を向けた。キルはその視線にかづかなかったが、メイはミルの視線に気づき、を見つめ返した。


 「そうでしょ? だって不思議な事件を解決してるっていう<教会>の人がいるんだもの。きっと私たちを守ってくれるよ。イワサキさんをいじめてた私たちも。きっとね。」


 メイたちを見るその目は少し笑う時のような歪みを感じた。メイにはそれが分かった。


 (この女……。)

 

 メイは自らの能力『魔界紫銃』(デスペラード)を魔力によって呼び出す。その様子に見るは少し驚いたような顔をした。カミュは小さく「銃?」と声を漏らした。


 「アナタ、後できっちり話は聞きますからね。」


 メイは小さく、それでもって厳しい口調でミルにだけ聞こえるように言って前へ出た。ミルはそれに対して何も言わなかった。


 「おい、メイ! 俺がやる!」


 キルが前に出たメイを制そうとするが、メイはキルの言葉を聞かなかった。


 「キルさんはその男の子預かってるんでしょ。私が男の子背負ってなんて面倒だし私やりますよ。」


 メイが自らの銃に弾を込めると、銃口を怪物に向けた。


 「ジャランさんたちは早く行ってください。その女たち連れて、早く!」


 メイは少し声を荒げていった。キルは腰を抜かしてまともに立てないカミュを背負い、バリスはミルの腕を引いて大通りの方へと逃げていった。


 「……メイ=ジャイナガン。貴方、今日何か……。」


 逃げる途中、メリーはメイに声を掛ける。メイに何かいつもと違う気配をそれとなく感じていたからだ。


 「メリーさんも早く行ってください。私、今イライラしてるんです。意外ですよ。まだ私って子供っぽい。」

 「……あの女のことは私たちに任せておきなさい。負けんじゃないわよ。」


 メリーはメイに声を掛けるとジャラン達を追っていった。メイは横目でメリーたちが去ったのを確認する。その後小さく「ありがとうございます、メリーさん。」と呟いた。


 「……さて、邪魔もなくなりました。……もし、貴方がアイリさんならやめてください。」


 銃口を突き付けたままメイは怪物に言った。


 「私もあの女がロクでもないってのが分かりました。何となくですケド。だけど、殺すってのはいけません。あんな奴らのために貴方が犯罪者になるなんて。」


 怪物は何も言わない。ただ暗い昼の影の中にたたずむだけ。


 「アイリさん。」


 メイは銃を下ろした。そして銃を消す。『魔界紫銃』(デスペラード)が消滅したことで行き場のなくなった銃の弾丸がからん、と床に落ち、転がった。


 「教会員失格ですね私。でもこうすれば話しやすいでしょ。アイリさん。」


 メイは怪物のもとへと近づいて行った。黒いシルエットが徐々に明らかになっていく。3メートルはあろうかという巨大な体躯。長くぼさぼさの髪。太い腕。爪。牙。


 「アイリさん、こんなに……。」


 メイが口を開いたその時、怪物は一瞬にして姿を消した。


 「……。」


 荒れたコンクリート。閑静な帰り道。メイは暫くするとその場を後にし、ジャラン達の後を追った。




 「メイさん、大丈夫ですかね?」

 「アイツなら大丈夫じゃね? あんなマッチ棒みたいに折れそうなやつでもなかなかやるもんだぜ。」 


 心配するバリスの言葉にキルは答えた。

 あれからかなり遠くへ逃げた。もう日は落ちて、冷たい春の夕闇の中をキルたちは逃げていた。オレンジ色の空とその前に浮いている黒い雲。黄昏時の空の下、一行はアスファルトで舗装された道へ出ていた。電信柱とそれに取り付いている電線の黒が夕暮れの中では妙な雰囲気を放っていた。


 「ここまでくれば大丈夫か。キル、もういいぜ。」


 ジャランはそう言ってキルの方を見た。その言葉に従ってキルは背負っていたカミュを下ろした。


 「もう歩けるだろ。こっからは自分で歩け。」

 「まだ動けねぇって! おっさん警察の人だろ! 市民に優しくしろよな!」


 キルはジャランが「おっさん」呼ばわりされたことにプッと吹き出し笑いそうになるが、その後のジャランの「ふざけるな!」という一喝が跳んだことでキルの笑いは出なかった。


 「貴様いい加減にしろよ。お前らは考えようによっちゃ立派な犯罪者なんだ。それを優しくしろだと。子供の軽い気分でいるのも大概にしろよ。」


 ジャランはずれていた眼鏡を上にあげ、短く息をついた。


 「とにかく、お前たちには聞きたいことが色々ある。署まで来てもらうぞ。」


 カミュもミルも何も言わなかった。その様子をキルとバリスはじっと見ているだけだった。


 そんな時だった。夕闇が迫っていたため道の街灯がパッと光り出す。ぽつぽつと光が点線のように点灯する。そして、


 「だ、誰だ?」


 カミュの声によって他のメンバーは道にぽつんと立っている人影に気が付いた。少し離れた距離にいる人影。皆が視線を向けるとちょうどその真上にある街灯が光り、その姿を明らかにした。


 「イ、イワサキ?」


 カミュの言った通り、その影の正体は紛れもなくアイリ=イワサキであった。


 「今晩は。」


 静かな声。それでいて不気味な響き。アイリは挨拶をすると一行に近づいてきた。


 「綺麗な夕焼けですよね。この時期は暑くもなくて、寒くもなくてとても好きなんです。こういう平凡な日が続いたらな、って。」


 一歩、一歩。近づくその足は一行には平生のものとは違うものを感じさせた。


 「キル。」

 「メイの奴、何が魔力は感じなかっただ。こいつ、間違いなく魔力を……。」


 ジャランがキルに声を掛けると、キルは一行の一歩前に出た。


 「アイリ=イワサキ。やっぱアンタは……――」


 キルの言葉を遮るようにキルの後ろから一つの影が飛び出た。カミュ=アオシマだった。カミュは前に飛び出すとそのままアイリの肩を掴んだ。


 「イワサキ! お前はそんな酷い女の子じゃないよな? 同級生の俺を殺すなんてできる子じゃないよな? な?な?」


 キルは頭を掻きながら。カミュを後ろに戻そうと近づいた。


 「アオシマ君。そうだね。私は酷い女の子だと思うよ。」


 「え?」という言葉を最後にカミュ=アオシマの命の線は切れた。

 一瞬の出来事だった。アイリの横に先ほどの巨大な怪物が現れて、その大きく太い腕で彼の顔面を掴むと、真横にある電信柱に叩きつけたのだった。


 凄惨だった。夥しい量の血が飛び散る。叩きつけられた電信柱には血がべっとりとついていた。赤く染まった電信柱の前には頭部が粉々になり、首も変に伸び、曲がっているカミュだったものが転がっていた。


 「うェ。」


 バリスはその光景を見ると口を手で覆い、腹から登ってくるものを必死に我慢していた。メリーは突然の出来事に何が起きたのか理解できなかった。ジャランは眉間にしわを寄せ、目を逸らした。


 「これで、あと一人だけ。」 


 虚ろな目でアイリはミルを見つめる。黒い瞳にはその場で座り込むミルが映っていた。先程まで余裕のあったミルは恋人のカミュの悲惨な結末を見てすっかり怯えてしまっていた。


 「ちょ、ちょっと、あんたの仕事はあの化け物とかをやっつけることでしょ!? 速く殺してよ!」


 先ほどまでの平気な様子とは打って変わってミルはキルを怒鳴りつけた。


 「怪物を出したとたんにアイツから魔力の気配が消えた? あの怪物がそのままあのアイリってのの魔力ってわけかい。」

 「何言ってんのアンタ!」


 ミルはキルに怒号を飛ばした。キルはそんなミルを一瞥する。暫く憂いた目で彼女を見ていたが、


 「……まァ、いいや。とりあえず仕事はするよ。」


 キルはグッと拳を握ると怪物に向けて構えをとった。


 「……みんな私のことを邪魔するんですね。さっきのジャイナガンさんもそうだった。銃を向けて私のこと撃とうとしてたし。みんな私の敵なんですね。」


 よたよたとアイリは前へと歩き出す。それにつられるように怪物もどしどしと歩き出す。キルはさらに力を込めた。


 バギュン!


 黄昏の静かな時間の中の突然の銃声。怪物の右肩に風穴が開いた。銃声の方向へ一同が目を向けるとそこには一行を追いかけてきたメイ=ジャイナガンの姿があった。


 「やめてください、アイリさん。私は本気です。これで分かったでしょ。」

 「ホントに撃ったんですね。ジャイナガンさんは。痛いですよ。血が出てる。」


 見るとアイリの右肩からは血が出ていた。アイリは傷口を左腕でグッと抑えた。それでもアイリは顔色一つ変えなかった。


 「やめろって言われたって、もう何人も人殺しをしてるんです。今更やめたって、何人殺したって同じですよ。」

 「そんなことありません。六人殺しても七人殺しても同じなんて人でなしのいうことです。」

 「人でなしなのはそこの女も同じですよ。」


 アイリはミルを見つめ、指差した。アイリに見られたミルはより怯えの表情を濃くした。


 「私を辱めて、陥れて、ぐちゃぐちゃにして。それをやったのがその女なんですよ。それが許されるんですか? 守る価値があるんですか? 人を傷つけるのが許されて、人殺しはダメなんですか? そんなの、おかしいです。」

 

 そこにいる全員が何も答えることはなかった。アイリはミルから目を逸らし今度はジャランの方を見た。


 「ジャラン=メタバスさん。私、貴方のこと好きです。」

 「なんだって?」


 ジャランは眉をひそめた。メリーはムッとアイリを見つめた。


 「貴方、私を褒めてくれたでしょう? 勇気のある子だって。私嬉しかった。人に褒められたのなんて久しぶりで、それが男のかっこいい人からだなんて、本当に――」


 そんなアイリの言葉を遮って、また一つの影がキルの横から飛び出していった。その影は飛び出した勢いのままアイリに突っ込んでいった。


 「ミル=セーユさん!」


 バリスがその名前を呼ぶも遅かった。飛び出して行ったミルは一目散にアイリに近づくと隠し持っていたカッターナイフで彼女の腹を突き刺していた。ジワリとアイリの来ていた白い病衣が赤く染まった。


 「あ、あはは! ざまァ見ろ、アイリ=イワサキ!化け物を殺した!」

 「な、なんて女……。」


 メリーはその様子を見てミルの卑劣さに動揺するしかなかった。そんなメリーの横をメイは走っていった。メリーの見たメイの後姿は有頂天の怒りを感じた。


 「ミル! アンタは!」


 今までに聞いたことのないメイの荒げた声にキルたちは何もできずにいた。固まる。その中でもアイリは声が聞こえていないかのように口を開いた。


 「ミル=セーユさん。そんな、腹を刺すだけじゃ人は死んだって死にませんよ。ホントに貴方はどこまでも私を馬鹿にして。」

 「は」


 どすり。小さな音。鈍い音。普段なら音にもならないであろう音。肉を刺す音が夕闇の中では鮮明に皆の耳に聞こえた。

 音の正体はアイリの持っていた包丁だった。その包丁がミルの腹を深く突き刺していたのだ。


 「ぎゃあ! 痛いッ!」


 ミルはその場に転がった。アイリは転がっているミルの両手首を両足で踏みつけて無理矢理その動きを止めた。アスファルトと靴とで板挟みになったミルの両手首は簡単に壊された。


 「やめッ! ホントに痛いから!」


 ミルの目に涙が浮かぶ。白いシャツには血が滲み、口からは血が流れた。ミルは仰向けにのたうち回っていたが、アイリは仰向けのミルに馬乗りになった。ちょうど傷のある腹の部分に容赦なく体重をかけると絶叫はより大きくなった。


 「なにしてんの! あんたたちは! 助けてよ!」


 呆気に取られていた5人がミルの声にハッとしたときにはもう遅かった。


 「いやァあぁアアぁッっ!」


 ミルは右腕に握られた包丁を大きく振りかぶりそれを何のためらいもなくミルに打ち付けた。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も。

 アイリの手が振り下ろされるたびにミルの体は跳ね、血が飛び散った。最初は悲鳴を上げていたミルは気が付けばもう絶命して声も出ていなかった。


 「アイリさん。」


 メイがようやく絞り出したのはそんな言葉だった。アイリはぼろ雑巾のようにぼろぼろになったミルの死体から立ち上がると、メイたちの方に身体を向けた。その体に纏われた白衣はぬっとりと赤い血がこびりついていた。


 「ありがとうございます。ただ見ているだけで。おかげで私は、私だってやれましたよ。見てくれましたよね?ジャイナガンさんも、メタバスさんも。」


 アイリの手から力なく包丁が落ちる。カンという音とともにアスファルトの上を包丁が跳ねた。壮絶な光景に4人は何も言えずにいた。


 「ジャランさん、話を戻しますケド、貴方のおかげですよ。ここまでできたのは。貴方が私を褒めてくれなかったらここまでできなかった。」


 ジャランはただじっとアイリの声を聴いていた。自分の情けなさに顔を歪めながら。


 「アイリさん、君は……。」


 そんなジャランの表情を見てアイリは無表情で言った。失望したような、悲しそうな声で。


 「大人って勝手ですよね。自分の言葉に責任を持ってなかったんですね。私が子供だからって。......わかってました。どうせ私が褒められるわけないって。認められる訳ないって。結局、私から情報を聞き出そうっていう軽い魂胆で私を弄んでいたんでしょ。」


 ジャランは何も言わなかった。何も言えなかった。


 「私にとって貴方の言葉はすごく嬉しかったんです。本当に。いじめられてる時って、ホントに自分て価値のない人間だって思わされるんですよ。そこらへんで車に潰されてるカマキリとか、夏の終わりに転がってるセミとか、コンクリの上で干からびてるミミズとか、そういうの以下の無価値観を感じてるんですよ。」


 アイリは左手で腹の傷を押さえた。ぎゅっと、力強く。


 「その軽い発言の結果がこれです。みんな死んじゃった。あはは。」


 乾いた笑い。夕闇が濃くなる。


 「あの黒いローブの人に力をもらった時は嬉しかった。最初は苦しかったケド、今はとっても幸せな気分。だって私は守るために手をもらったんだもの。」


 アイリは5人に右腕を見せる。細い腕。指。そして、それに似つかわしくないほどその手は血まみれだった。


 「これまで私の右腕は慰めの手だったんです。自分の身も満足に守れない。ただ自分を慰めるためだけにある腕と指。それがどうですか。今は自分を守るどころか復讐の為の人殺しだってできる。ホントに愉快。嬉しいです。」

 「本当に、ですか?」


 メイは口を開いた。その声は静かに震えていた。


 「自分で感じないんですか? 今貴方自身が泣いてるってこと。」


 泣いてる? アイリは左の手で自分の頬を触った。血で濡れる顔。そしてそれと混ざる柔らかい水の感触が一筋。ぽつぽつと。


 「アナタは泣いてるんです。本当はこんなことなんてしたくなかったんじゃないですか。」


 メイは静かに言った。諭すように優しく。


 「……こんなこと、したくないなんて、あたりまえでしょ!」


 アイリは激昂した。メイの言葉が逆鱗に触れた。先ほどよりも強く左手で腹の傷口を押さえた。


 「人殺しなんて! こんな痛くて空しいことなんて! やりたくなかった! 何の意味もない、何も生まない復讐なんて!」


 感情があふれる、アイリの口から血がツゥと流れる。それでもアイリは感情をぶつけた。


 「でも誰も守ってくれなかった! 見て見ぬふりして! 誰も、誰も! だからこうするしかなかった! それの一体何が悪いって言うの!? 人を殺して何が悪いっていうんですか!」


 ゲホッ、とアイリは血の塊を吐き出した。黒いアスファルトの上に血が広がった。


 「私だって、守ってほしかった。頭だって撫でてほしかった。人並みに褒められたかった。そういうのの何が悪いって言うのよ。」


 アイリはその場でうずくまった。口からゲボッと血が吐き出される。目からは涙があふれる。アイリの顔はぐしゃぐしゃになった。


 「アイリ=イワサキ……。」


 ジャランはアイリの感情に圧倒されて、何もできずにいた。間違いなく感情をぶつけられているというのに。


 「ア、アイリさん。まだ間に合います。救急車を呼びますからもう何もしゃべらないで!」


 バリスが携帯電話を取り出すとアイリはくすくすと力無く笑った。


 「……本当に大人って何にも考えられないんですね。こんな無様を晒して生きてようなんて思いませんよ。人殺しの罪はちゃんと払います。」


 掠れた声。しかし妖気漂うその声に5人は嫌な予感を感じた。


 「変な事するな! アイリさん!」


 メリーが叫ぶ。それをあざ笑うかのようにくすくすと笑うアイリ。アイリは静かに口を開いた。


 「あの黒衣の人の名前は、メサイア。メサイア=オルセキア。私に腕をくれた人。」

 「え?」


 メイはアイリに駆け寄った。


 「メサイア? 黒衣の? なぜそれを私たちに?」

 「私は、一応お世話になって人たちに感謝したいと、ね。」


 アイリはその瞬間、急に苦しそうに喘ぎだした。その体には赤い、血よりも赤い紋様が浮かび上がっていた。


 「アイリさん!」


 メイは必死にアイリに声を掛けた。アイリは苦しそうにしながらも、メイをあざ笑うかのように言った。


 「それに、これで貴方たち大人は、こんな子どもたちもロクに救えなかったっていう、無力感も知れるでしょうし……。所詮、魔力なんてものあったって人は人ですよ。貴方たちは、弱くって、最低な大人で・・・・・・」


 あは、あははははははは。


 黄昏の闇の中。アイリ=イワサキは死亡した。横にずっと佇んでいた怪物もいつの間にか消えていた。残ったのは3人の子どもの死体と、無力な5人のみだった。




 「彼女の体には、メサイア=オルセキアって名前を出すと自動的に本人を殺す術式ってのが組み込んであったらしいですよ。

 「そうかい。」


 事件から二日後、キルとメイはいつもの部屋でいつもどうり過ごしていた。メイは読み終わった本を脇に置き、解析の結果をキルに話し、キルはコーヒーを飲みながらそれを聞いていた。


 「解析の人たちによると、魔力の覚醒の代償にその術式を埋め込まれていたようです。そのメサイアってのは狡猾ですね。」

 「ハクアの眼には見えなかったってことか?」


 そうみたいですね。メイがそう答えるとキルはコーヒーを啜った。


 「結局よ、アイツも被害者だったってことだよな。」


 キルの言葉でメイは病院でのアイリの言葉を思い出した。彼女の声、言葉、今でも覚えている。

 

 『絶対に被害者だけが被害者なんですかね。』


 アイリは加害者でもあり被害者でもあった。思えば、あれはアイリからのSOSだったのかもしれないと考えるとメイは何とも言えない気持ちになった。

 

 「そう、ですね。」

 「……それにしてもよ、今回の事件、やっぱり他人事とは思えないね。」


 「え?」とメイはキルの言葉に疑問を持った。


 「俺だってアイリ=イワサキと同じようなもんだ。姉貴に復讐したいって思ってる。」

 「キルさんは、アイリさんを見ても復讐は止めませんか?」


 野暮な事聞くな、とキルはメイに言った。


 「今までそれを糧に生きてきたんだから、もう止まらないよ、俺は。」


 飲み干した缶コーヒーをぐしゃりと潰す。それをキルは机の上に置くとあらためてメイの方を見て言った。


 「俺も姉貴を、エルを殺したときは、……。」


 メイはその先の言葉が怖かった。アイリと同じ結末を辿るキルを見たくはなかった。


 「まァ、お前らのところに厄介になるさ。」

 「……そうですか。」


 心なしかその言葉がメイは嬉しかった。メイはその時改めて自分がそこまでドライな人間でないということを実感したのだった。


ご覧いただきありがとうございます。

よろしければご指摘のほどよろしくお願いします。

※内容を若干変更する可能性が在るのでご了承くださいませ。



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