夜桜が舞う
キル=セツダンはジャラン=メタバスと晩酌を交わしながら情報の交換をしていた。魔人を信仰する組織「カルト」の活動が活発になっているというのだ。
そんな中、謎の人物がキルの下へ殺し屋を派遣する。冷たい夜の中でキルと殺し屋――ヨザクラ=サハスラーラとの戦いが始まった。
そして、その裏で動く妖しい影。それがキルたちの前に姿を現す。
「んでよ、あいつ目覚ましたんだろ? 取り調べどうなんだ?」
「なかなかに口が堅い奴でな。正直あんまり収穫はないな。」
夜のエヌシティ。イーストサイドのゴミ集積場の管理人小屋にてキル=セツダンとジャラン=メタバスは晩酌をとっていた。互いに持ち寄ったつまみと情報を酒の肴にして。
ジャランは透明のコップに瓶ビールの中身を注いだ。とくとくと小麦色の液がコップに満ちていく。
「わかったことは奴が間違いなく〈カルト〉の人間ってことだな。」
「それって、魔人のこと信仰してるやつらのことだろ? そんなのアイツのいうこと聞いてりゃ分かり切ったことだろ。俺でもわかったぜ。」
呆れたそうにキルは手を伸ばし、爪楊枝の刺さったサラミをとって口に運んだ。ぐむぐむと咀嚼をして飲み込むと、再度爪楊枝をサラミにつきたてた。ジャランはその様子をコップを持ちながら見ていた。
「それ以外に、なんか分かったことないのかよ。」
「うぅん、これは俺の主観なんだが……」
キルの質問を訊いたジャランはコップをググっと仰ぐとビールを喉に流し込んだ。心地の良い苦み、コクがのどを中心に体に広がっていく。くゥ、と短くジャランはうなった。
「んで、なんだ?」
「ああ、俺たちはお前たちの班以外にもサポートをさせてもらってる。最近は別の実働班のサポートをしてた。」
「ああ、それで最近出番なかったのかい。」
キルは自分のコップにほんの少しだけビールを注ぐ。ちょろっと麦の金色がコップに落ちる。そして、それを恐る恐る口に入れる。キルはビールの苦みに眉間にしわを寄せた。手に持っていたコップを雑にテーブルに置いた。プレハブ小屋にカコンという音が小さく響く。
「相変わらずうまさが解んねェ。良くこんなん美味そうに飲めるな。」
「お前の舌がまだガキなんだよ。」
ジャランも続いて喉に流す。のどがグッグッと波うつ。それが止まったのはコップからビールがなくなった時だった。ジャランはテーブルにコップを置いた。こつん、という小気味の良い音が狭い小屋の中に響く。
「それでだな、俺の主観だが、最近の魔力犯罪者にはカルトの連中が多いと感じるんだ。」
「偶然ってか、当然じゃねェか? 魔人なんかを信仰してるやつらだ。魔力使って人様に悪さするのなんかアイツらの考えそうなことじゃねェか。」
いやそれがな。キルの発言をジャランは止めた。
「俺もこれまで何回もカルトの連中を捕まえてきたが、そのほとんどが俺と同じような魔力も使えないような奴らだったよ。ただ魔人を信仰しているだけの一般人。言わば魔人の魔力に惹かれただけの存在だよ。それがこの一連の騒動じゃカルトの連中で魔力を持っている奴らが増えてる。そしてそいつらが事件を起こしてる。」
キルはジャランの話を頬杖を突き、つまみを食べながら聞いていた。
「俺のとっちめた奴らはそういうの少なかったから、実感湧かないな。」
「魔力犯罪者だけじゃない。警察管轄の通常の事件でも最近カルトの人間によって起こされる事件が多いんだよ。つまりカルト連中の活動が活発になってるってことだな。」
ジャランは付け足すようにキルに言った。キルはつまみのスルメを咥えながら言う。
「物騒な世の中だな。そんな奴らが世の中歩いてるうえ、魔力持ってるとなりゃあ、おちおち外も歩けねェじゃねェかよ。」
「全くだな。」
2人の夜の晩酌は続く。このあとの黒い襲来を何も知らずに。
「面白い話を聞いてね。なんでも〈教会〉に強力な助っ人が現れたらしいのよ。」
暗い部屋。蝋燭の小さな灯り1つしかない部屋の中では2人の女性が話をしていた。お互いに姿もかすかにしか見えない。黒い輪郭と会話を交わす。
「助っ人? 最近妙にカルトの連中が捕まってるってのはそういうことなのか。」
一方の影が答える。ぶっきらぼうに、無関心に。
「いや、どっちかっていうとその子がカルト以外の魔力犯罪を取り締まってるから他のちゃんとした教会員が動きやすくなってるのかも。もしかしたら、士気が上がってるってのはあるのかもだケドね。」
ふゥん、と影はまたも興味なさげに答えた。その様子を見て話を振った方の影は続ける。
「まァつまり、その子を片付ければ私たちの目的も遂行しやすくなるかも。魔人復活という、ね。」
「勘違いするなよ。私とお前はそんなウェットな関係じゃないだろ。……その口ぶりだと手をもう打ってそうだな。行動の早い奴。」
言葉とは裏腹に関心の念など一切ない声。クスクスという小さな笑い声の後に続く。
「信頼できる殺し屋を雇ったわ。今日の夜にでも実行に移すらしいから吉報を待ちましょう。」
「それで、その助っ人ってのはお前御用達の殺し屋を使ってまで殺す価値のあるやつなのか? そんなに力のあるやつなのか?」
相手の問いを聞いてまたも小さく笑う。待ってましたと言わんばかりに静かに言った。
「その子、調べたんだけどね。名前はキル=セツダン。大活躍らしいわよ、あなたの弟さん。鼻が高いわね、エル。」
「フィ~、そろそろ帰るかな。割と今日は飲んだ方だ。」
よろけながらジャランは立ち上がり、出入り口へと向かった。右へ左へ千鳥足。キルはアルコールで頭がぼぅっとしているであろう目の前の男の危なげな足取りを見て呆れながら言った。
「部屋の中で吐くのだけはやめろよ。吐くなら外出てからにしてくれぃ。」
「わかってらぁ、そんあん。」
呂律の回っていない口ぶりで応えつつジャランはドアを開けた。ドアが開かれた瞬間、春先の夜の冷たい空気が部屋の中に入り込んできた。
「うゥ、意外とさみィなあ。んじゃあ、お邪魔しあした。」
キルもまた夜風の冷たさを肌で感じ、鳥肌を立てていた。ジャランの別れの言葉を軽く返そうとしたその時であった。
ゆらり
流れ込んでくる冷気とは別のぞくりとする感覚。走る戦慄にキルは思わず叫んだ。
「あぶねェ!」
え? とジャランが驚き、振り返ろうとするも、それを遮るかのようにキルはジャランを外へと突き飛ばした。どんっ、とジャランが頭を打ち、地面に転がる。
「なんなんだ、一体。」
衝撃とアルコールによってぐわんぐわんとする頭を押さえながらジャランはキルの方を見た。そしてジャランは驚愕した。先ほどまで自分がいたところが大きく抉れている。ジャランは自分の頭の酔いが急激にひいていくのを感じた。
「なんだこれは?」
「知らねェよ。だけど……」
キルは視線を左へと向けた。それにつられジャランも同じ方を向く。瓦礫の山とそれをほのかに照らす三日目の月。それに紛れて人影がそこに立っていた。
「アイツがやったってことは確かだな。」
キルはその人影に魔力を感じていた。先ほど感じた殺気。戦慄。その発生源は目の前に静かにたたずむ輪郭であった。
「アンタ、何の用だ? ただの人間じゃあなさそうだな。」
キルは急いで靴を履きゴミ処理場の開いた場所へと出た。そして、その人影の正面に立ちはだかった。
「黒い髪。キル=セツダンってのは……お前か。」
影がほんの少し動き、キルを見つめ声をかける。静かに声が夜の空気の中で伝わる。女の声。静かな声音とは裏腹にその声には殺気が感ぜられた。キルは声の主をじっと見つめた。
「そうだ。俺がそのキルってもんだ。何の用かって聞いてんだ。」
女性はキルの方へと歩を進める。黒みがかっていたシルエットが徐々にはっきりしてくる。
「私はヨザクラ=サハスーラ。ある人物の依頼でお前を殺しに来た。」
「依頼?まさか殺し屋? 物騒だね。」
薄闇の中で女の姿が明らかになる。長い黒髪にスラッと伸びた長身。ワイシャツに黒のスラックスを着ており、その上から厚めのコートを羽織っているという風体。キルは後ろで座っているジャランに声をかけた。
「なぁ、アイツ知ってるか? 殺し屋の。」
ジャランは少しふらつきながら立ち上がると改めて薄闇の中の彼女をじっと見つめる。しばらく後ジャランは首を横に振った。キルは改めて目の前の女性――ヨザクラを見た。
「あんた、誰から頼まれた? 俺を殺したい奴なんざ……まァいるかもだケドよ。」
「さァ。生憎こんな職業でも仕事でね。クライアントの情報は話すわけにはいかないんだよ。」
相変わらず感情の読み取ることのできない淡々とした調子の声。それでもキルはやはりヨザクラから発せられる抑えきれないほどの殺気をひしひしと感じていた。
「やるしかねェみたいだな。晩飯食ったからあんまり動きたくないんだけどよ。」
戦闘の気配を感じ、キルが額を抑えながらそう言うや否や。
シュリン
振るわれる一閃。飛ぶ戦慄。鼻垂れた殺気を感じ取ったキルは身をかがめてそれを避けた。後ろで大きな音がする。キルが音の方向へ振り向くと後ろにあったゴミの山が大きく、そして綺麗に横に斬られていた。
「なんだ、あれは?」
小屋の前で座っていたジャランもまたキルと同じく切りそろえられたゴミの山を見つめて思わず声を漏らした。キルはゆっくりと顔をヨザクラの方へ戻した。そして当のヨザクラの右の手には黒く光る一振りが右られていた。
「魔力かい。」
ヨザクラは左手に握られている鞘に刀を仕舞う。黒く光沢のある鞘もまた白い月光に照らされ妖しく光るのだった。キルはそのさまを不気味に感じていた。
「避けるのか。戦いたくないみたいなんでな。すぐ殺してやろうと思ったんだが。」
ヨザクラは改めて鞘に収まった刀に手をかける。居合の構え。構えた瞬間空気が緊張する。首筋に冷たいものが当てられた時のようにびりりと全身に鳥肌が立つ。それは魔力を感じないジャランも同様に感じていた。
「……冗談じゃないよ。俺はお前みたいなのにこんなトコで殺されるわけにゃいかねェんだよ。」
ヨザクラの構えに応えるようにキルも右手を前に構えた。一陣の風が吹く。冷たい風。互いの魔力、闘気が夜の気配の中で触れ合う。
「来いよ。」
キルの静かな一声。それを受け、ヨザクラは顔色一つ変えず刃を振りぬいた。シュリン。刀が空を斬る。直接当たらない距離。しかし、キルは彼女から発せられる亀背をまだ感じていた。刃の通ったところには黒い軌跡ができる。そしてその軌跡が、飛ぶ。
「魔力の、斬撃!」
黒い軌跡が迫る、迫る。キルはそれをまたしてもしゃがんで避ける。
「斬撃を魔力にして飛ばすってか。ベタな。」
後ろで大きくゴミが崩れる音を聞きながらキルはヨザクラの方を見る。だが、そこには、
「……いねェ!」
「キル! 右だろ!」
ジャランの大きな声にハッとして右手の側を見る。大きく回り込みながら鞘に刀を収めたヨザクラが走りこんでくる。
「迅ッ……!」
キルがとらえきれないほどのスピードでヨザクラは一瞬で間合いを詰める。キルが彼女を認識したその時にはキルの目の前にヨザクラの顔があった。遠くからはうっすらとしか見えなかった彼女の顔が鮮明に見える。整った顔。それでもって冷たい表情はキルを一瞬戦慄の渦へと沈めた。
「貰う。」
冷たい声。次の瞬間、キルの首のすぐそばを鋭い気配が通った。
「こんにゃろォ!」
キルはヨザクラを右足で蹴る。ヨザクラは後ろに飛び退いてそれを避けた。すたりと着地をしたヨザクラは再び刀を鞘へと戻した。
「……大した奴。私の速さで殺せないなんて。初めてだよ。」
「チッ……。」
キルは間一髪ヨザクラの一閃を避けたものの、それを見切ることができなかった。自身の目では追うことのできなかった攻撃。キルは渋い表情を浮かべ、ヨザクラを睨みつける。
「とはいえ、苦しむ時間が増えるだけだ。避けるなよ次。」
ヨザクラは構える。またしても同じ構え。居合。キルも険しい表情をしつつ構える。
刹那、ヨザクラは走る。じっと彼女を見つめていたキルでさえも捉えきれぬほどの迅さ。そして次の瞬間にはまたもキルの懐にヨザクラは迫っていた。
「またッ……」
まるで瞬間移動のごとく。音もなく忍び寄る殺意は確実に命を奪うため一閃を振るう。体に冷たい「ゾク」とした感触が走った。
「ナメてんじゃねェよ! こんにゃろォが!」
右側から迫る黒い刃は正確にキルの首を斬らんとしていた。しかし、キルはそれを読んだ。キルは自身の顔と右肩とでヨザクラの振るった刃をがちっと挟み込んで止めた。冷たい感触が顔に伝わる。キルは止めた刃を放すと素早くヨザクラに向かい一歩を踏み出した。
「喰らいやがれェ!」
叫び、大きくヨザクラに向かって蹴り込む。キルのつま先がヨザクラの細い腹を貫く。素早く、鋭い槍のような一撃がヨザクラの腹に炸裂した。
「うッ。」
これまで変わることのなかったヨザクラの顔が苦悶に歪む。くの字に身体が折れ、その場に倒れ込む。ヨザクラは腹を押さえながらその場にうずくまった。時々ゲホッと咳き込み、その度に彼女の口から血が吐き出される。薄暗い月明かりの下であっても地面を濡らす血は鮮明に赤かった。
キルは肩で息をしながらもその場でうずくまっているヨザクラを見下ろしながら言った。
「狙ってる場所が解ればどんなに早かろォが関係ないんだよ。アンタ、「殺し」は慣れてるみたいだケド、「戦い」はトーシロだな。」
自身の首をとんとんと叩く。キルは彼女の迅さを見切れはしなかったものの、確実に首を狙うという戦い方を見切っていた。キルの戦闘の経験値がもたらした結果であった。
「……成程。確かに今までのただ殺されていたやつとは全く違うということか。」
すくっとヨザクラが立ち上がる。口の周りには彼女自身の赤い血が付いているものの、彼女の表情は先ほどと変わらない冷たい表情のままであった。
「……可愛くねェ奴。ちょっとは「痛い」って顔してみたらどうだよ。」
「痛いさ。さすがに効いたよ。話には聞いていたが、文字通り骨が折れそうだ。」
ヨザクラは右手で口の周りを拭うと再び左手に鞘と刀を呼び出した。
「まだやるってのかい?」
「私にも殺し屋としてのプライドがある。馬鹿にされたままでおけないんだよ。」
ヨザクラは再び構える。全く同じ構え。しかし、
(纏う雰囲気が変わった?)
先ほどと同じ構えに対して、彼女の放つ殺気が強くなるのを感じていた。空気が先ほどとは比べ物にならないほどに張り詰める。息が苦しくなるほどの気迫。
「こっからが本番ってことか。」
「最近はぬるい仕事が増え過ぎていたから正直嘗めていたよ。久々にこんなに痛いのをもらって目が覚めた。ここからはしっかりと、殺す。」
グッとヨザクラは力を込める。より一層緊張がその場に走った。それに触発されキルも構えをとる。
先に動いたのはキルだった。先手必勝。機先を制するためにキルは地を蹴りヨザクラに向かい走った。
ヨザクラは動かない。ただ不動。ジッとキルの襲来を待つ。その様子をキルはただ不気味と感じていた。
「たァッ!」
キルはヨザクラに蹴り込む。高速のミドル。ヨザクラの右手を狙う蹴りをキルは繰り出した。キルの足がヨザクラの細い腕に迫る。あと数ミリ。明らかに当たる距離。先ほどの蹴りが当たった時と同じ感触をキルは感じていた。
(今度も頂くッ)
しかし、その蹴りが命中することはなかった。空を切る。キルはバランスを崩しその場でよろける。
「なんだッ」
見ると先ほどまでいたヨザクラの姿はそこにはなかった。あったのは地面に染み渡っていた彼女の血のみだった。
しかし、キルが驚く間はなかった。刹那、キルの背後で冷たい感触を感じたからだ。
「ぐァッ!?」
キルの背中に鋭く、熱い痛みが走った。肉を裂き、抉りとられる。その一瞬後背中から血が噴き出すのをキルは感じた。
「こいつゥ!」
キルは背後に向かい後ろ蹴りを繰り出すも、それもまたヨザクラを捉えることはなかった。
「まずは一太刀。」
静かな声がキルの耳に届く。ヨザクラはキルの10メートルほど後ろで佇んでいた。右手には抜かれた黒い刀が握られている。
「もうあんなところに。……いや違うか。」
背中に広がる痛みに耐えながらも、キルはヨザクラの刀に違和感を感じていた。彼女の刀には血が付いていない。
「さっきの斬撃を飛ばす攻撃か。」
「お前のアドヴァイスのおかげかな。お前は一撃じゃ殺せそうもない。だからこうしてじわじわと刻んでやる。私はこういう痛みを与えるやり方は嫌いなんだがね。」
ヨザクラはカチンと刀を鞘に納め、構える。闇の中で結構に照らされた部分がきらりと妖しく光った。
「戦いってのが分かってきたみてぇだな。面白ェ。」
キルもじんじんと痛む傷に我慢しながらも構えをとる。言葉とは裏腹にキルの頬を汗が伝う。
「ったく、なんで俺の敵ってばこんな刃物を持ち出しやがるんだ。生傷が増えてたまんねぇんだよ。」
キルが小さく呟くや否やキルの視界からヨザクラの姿が消えた。
「ホント迅いッ……! だけどな!」
キルの目は今度はしっかりとヨザクラの姿を捉えていた。自身の魔力を解放し、その動きに対応できるようにする。
(流石に対応してきたか。だが……。)
居合の体制で身をかがめ、ヨザクラはおよそ刀の届きそうもない位置から刀を抜いた。
(抜くタイミングが早い!)
しかし、刃が届かなくともそこから放たれる黒い斬撃はキルに襲い掛かる。
「厄介な……!」
通常よりも早いタイミングで来る攻撃。しかしキルはそれにも対応する。薙ぐ斬撃をキルもまた身をかがめて避ける。
「甘い。」
その様を見て、ヨザクラはキルの懐に一気に飛び込む。今度は居合ではなく抜いた刀をそのまま右手にキルに襲い掛かる。
「ッ!」
キルは驚いた。先ほどまでの一撃離脱とは違うパターン。しかしキルの驚愕はそれだけではなかった。進むヨザクラの速さは、先ほどまでとは違いはっきりと見える程度の速さだったのだ。明らかに先ほどと比べると遅い。しかし、悉く外されるタイミング。キルは対応できず、逆袈裟に身体を切り裂かれた。
「うッ……」
深く裂かれる身体。走る痛み。後手後手に回るこの状況。様々な思考が混ざり合いながらもキルは苦し紛れに反撃をする。
「遅い。」
痛みに一瞬遅れた反撃をヨザクラは見切る。短い動作で刀を鞘に納めると先ほどまでの神速でその場を飛び退いた。
「何ッ!」
キルはヨザクラの不自然な加速を見逃さなかった。
(刀を仕舞った瞬間に動きが速くなりやがった。倍速したみてェに。もしかしたら……。)
キルは彼女の超能力の秘密にある程度の目星がついた。だが、体の前面、背面がズキズキと痛む。痛みのサンドイッチ。出血の量も増え、意識に靄がかかった。
「クソッ。これだからエモノ持ってるやつと戦うのは……。」
ぼぅっとする意識を左手の甲を右手でつねって痛みで戻す。それでもやはり足りない。ぼやけたままの視界に声が届く。
「意識が朦朧としてるようだな。そろそろ限界か?」
ヨザクラはキルの様子を見ていった。その声音は何か残念がるようにキルには感じられた。
「なんか、名残惜しそうじゃねェの。」
「ああ。自分でも驚いているよ。「殺し」は別にそこまででもなかったが、「戦い」を割と面白いと思っていることに。痛いのも案外悪くないかもな。」
薄い意識の中で静かにヨザクラが言う。ヨザクラの言にキルは正直に意外に感じた。
「それは意外だね。アンタからはそういう楽しいって感じがしなかったもんでな。俺も戦いは別に嫌いじゃないが、悪いケド、これ以上アンタの攻撃を食らうとやばそうだ。次で終わらせるよ。」
「強気だな。だが、私の前には屍しか残らない。」
ヨザクラが構える。空気が凍り付く。その気配にキルは若干目が覚める。夜の冷えた気配。空気が切り裂かれるような戦慄はキルを現実へと引き戻した。
じっと、静寂が流れた。風の音。砂が風に運ばれ、さりさりと音が鳴る。月光が照らす。静かに、静かに。静かに時が流れる。数舜。数秒。ただ静かに。
ギャン!
ヨザクラは踏み込んだ。神速。15メートルはあろうかという距離を一瞬で詰める。黒い軌跡がキルの首を目掛け、狩り殺さんと迫る。
しかし、キルは避けない。キルの目指すものはただ一点。
どゥッ!
それはヨザクラの左手にあった刀の鞘。それをキルは右足で蹴り上げ、取り上げた。
「!」
迫る刃を右腕で防ぐ。刃が食い込み、肉を裂く。骨まで到達し激痛が走る。しかし、キルは止まらない。
「オラァ!」
掛け声とともに振り上げていた右足をヨザクラの頭部に振り落とす。ギロチンの如きかかと落とし。鈍い音とともに勢いよくヨザクラは地面に叩き落された。
「ぐ……」
腕から刃が引き剥がされる。激痛とともに大量の血が噴き出る。キルは痛みに眉間にしわを寄せ、傷をすぐに押さえた。
痛みの中で勝負はついた。キルは立ち、ヨザクラは地面に倒れ伏した。肩で荒い息をしながらもキルは勝者となった。
「き……さま……。」
ヨザクラはまだ意識を失っていなかった。顔をゆがめながらもキルを見上げていた。
「やっぱり素人だね、アンタ。鞘に入れた瞬間にあんな不自然に迅くなるなんて、テメェの魔力の秘密をばらしてるようなもんだぜ。さしずめ、鞘に収まった刀を持ってる間は動きが早くなって、居合で斬ると斬撃を魔力として飛ばせる超能力ってところか。」
キルの言葉を聞くとヨザクラは二ィと笑う。
「次は殺してやる……。キル……セツダン。」
ヨザクラは今度こそ意識を失った。それを確認するとキルはその場に仰向きに倒れた。出血と痛みでキルはもう限界だった。
「クッソ……。もう動けねェ。」
その時と奥で声が聞こえた。「お~い」と呼ぶ声。聞き覚えのある2つの声にキルは目だけをそちらへ向けた。
「大丈夫ですか?キルさん。」
「派手にやられたなこりゃ。」
その声はジャランとジャランから連絡を受けてきたメイ=ジャイナガンであった。
「メイ、遅ェよ。また斬り傷だらけになっちまったじゃねェか。」
「すみません。もう救護も呼んでありますから待っててくださいよ。」
絶え絶えの息で嫌味を言うキルをメイはいつもの調子で応えた。
「それにしても殺し屋だなんて、カルトの連中ですかね? 随分大胆になって。」
メイは手錠を取り出すと倒れているヨザクラにかけようと近づいて行った。
「切り傷は消毒しないとな。酒、いるか?」
「……殺すぞ、糞眼鏡野郎。」
ジャランのジョークをだるそうにキルが返す。その時。
「うわッ!」
メイが素っ頓狂な声を上げる。何事かと2人がメイの方を見るとそこにはヨザクラを護るように炎の壁ができていた。
「これは一体……?」
メイは思わず後ろへ下がる。冷える夜には似つかわしくない熱が辺りに広がった。
「まさか、ヨザクラをやるなんて想像以上だったわ。」
「誰ですかッ」
炎の壁の向こうから女性の声が聞こえた。ヨザクラとはまた別の声。メイは自身の超能力である『魔界紫銃』を呼び出し、構えた。銃口は炎の壁を向いている。キルは痛む体を起こして壁をよく見てみるとその先には黒い影が浮かび上がっているのが見えた。
「テメェは……?」
黒いシルエットはヨザクラを抱きかかえると言った。
「アナタを始末できなかったのは残念だけど、まァいいわ。いや、むしろ興味深いわね。貴方のその魔力。さすがあの子の弟さんね。」
「! お前ッ!」
「あの子の弟」それを聞くとキルは反射的に飛び起きた。痛みにキルがたじろぐとそれをジャランが抑えた。
「エルを……、エル=セツダンと何か関係してるのか?」
「また会いましょう、キル=セツダンくん。また近いうちに会えると思うわよ。」
影がどんどん遠のいていく。
「待て! ……うぐッ……」
「キル!」
追いかけようとするキル。しかし、傷が痛みすぐにうずくまってしまう。ジャランはそんなキルを止めた。
「畜生……。なんなんだアイツは……。」
額に汗を浮かべ揺らめく炎を見つめる。もうそこに先程まであった影はなかった。痛みと出血に耐えきれずキルはそのまま気を失ってしまった。
そこにいる3人、誰もが自体がまた動き始めたのだと感じた。
「って私の出番これだけですか……。」
メイは夜にそう呟く。
すごく遅れてしまいました。大変申し訳ないです。;
ご覧いただきありがとうございます。よろしければご指摘のほどよろしくお願いします。
Twitter➡https://twitter.com/Chiba555jun
Gmail➡chiba555jun@gmail.com