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KILL!  作者: キリシマ レアン
2/8

泥の手(前編)

〈教会〉のキル=セツダンとメイ=ジャイナガンのもとに依頼が届く。今回は〈警察〉からの協力要請。巷を騒がせている泥棒、クリス=スムースから予告状が届き、2人は彼を追うために深夜の美術館へと足を運ぶ。

「やっぱり慣れねェなァ、こういう服ってさァ。」


 キル=セツダンは〈教会〉の構成員の証である黒い制服に身を包んでいた。

 魔力犯罪を取り締まる組織〈教会〉に彼が協力し始めてから5日が経った。意気込んで〈教会〉に協力を決めたもののジョー=ダブリューの一件以来、特にこれといった魔力犯罪が起こることはなかった。この5日間、彼と彼を勧誘した女性構成員であるメイ=ジャイナガンは拠点である「教会本部」の実戦班三班の部屋に根を下ろしていた。


 「仕方ないですよ。私も結構窮屈なんです。それに生地厚くて暑いんですよ。冬とかは助かりますケド、暖かくなると、ねェ。」


 エヌシティはセントラルエリアを中心にイースト、ウェスト、サウス、ノースの四つのサイドエリア、計5つのエリアに分かれている巨大な街である。教会本部は中心エリアであるセントラルエリアに存在する。


 「それにしても暇だァ。事件もクソもねェじゃんか。」

 「そんなにじゃんじゃん来られたってコッチが困りますよ。」


 メイはデスクに肘をつき、その手の上に自分の顔を載せて本を読んでいる。しかし、それもしばらくすると飽きて本を閉じる。そして溜息。


 「あ、セツダンさん、そろそろいい時間です。お昼にでもしませんか。」

 「ん、ああ。もうこんな時間か。」


 メイの言葉を聞いて先にキルは壁に掛けてある丸い時計に目を向けた。昼の12時30分。キルは椅子から立ち上がり、それに続いてメイも席を立った。


 


 本部の建物から二人が出ると、昼時ということもある人通りは多かった。エヌシティの中心地、セントラルエリアは昼の時間には特別人の足が多くなる。がやがやという人の声、足音やら車の音やらが混ざり合う。


 「今日は何にしますか?」

 「思いつかね。なんでもいいんでない?」

 「それが一番困りますよォ。」


 二人が通りを歩きながら今日の昼食の談義をしているところに「おォい」と声がかかった。二人とも聞いたことのあるその声の方へ振り向くとそこには眼鏡をかけた男――ジャラン=メタバスがいた。


 「なんだお前、ポリのクセにサボりか?」

 「セツダンさんから話は聞きましたけど、ホントに〈警察〉の方だったんですね。」


 ジャランは足を止めた二人のもとへとスタスタと歩いていく。


 「仲良さそうで何よりだよ。……おたく等も昼でしょ?一緒にどうだい?」

 「別に仲は良くありませんケド……。美味しいところとかあるんです?」

 「あぁ。いいトコ知ってんですよ。」


 メイが良いですね、と言い終わる前にキルが口をはさむ。


 「ジャイナガンはいいとしてもよ、俺みたいな貧乏人が〈警察〉みたいな高給とりが行くようなトコに行けるのかね?」

 「別にそんな高いところじゃねェよ。ピンチなら金出してやる。」


 多少な、とジャランはぼそりとつぶやいた。まぁそれならと、と納得するキルと、面倒くさいのでジャランに従おうというメイ。二人の納得を聞きジャランは店へと二人を案内することにした。かくして三人は昼の大通りを歩いて行ったのだった。




 「……とまァ、先日のジョー=ダブリューはそういう事情があったらしいんですよ。同情はしますケド、ああいうことをやったらいけませんよ。」

 「はた迷惑な奴だなそりゃ。やさぐれたら人殺していいなんて理由にはならんだろ。」


 ちゅるちゅると銀色のフォークを使ってパスタを巻きながら、三人は先日起こった魔力犯罪の犯人ジョー=ダブリューについて話していた。

 三人が今いるのはエヌシティ、セントラルエリアにあるパスタ専門店であった。大通りから地下に入る階段を下ったところにある店舗で、同じ階層には他にもカレー専門店、中華料理店の二つ、計三つの店舗が点在する。店自体はこじんまりとしているものの雰囲気は良く、人も自分たちだけではないものの、かといって多すぎもせず、落ち着いて食事をすることができた。また味も良く、まさに隠れた名店といった具合であった。


 「チェーン店ほど安くはないけど、イイでしょ、ここ。」

 「そうですね。こういうフインキのお店、私好きですよ。」

 「大通りのでかいトコロだとあんまり落ち着いて食えないからな、昼時は特にさ。たまにはいい仕事するじゃないのさ、ジャラン。」


 ズッ、とパスタを口の中に運び、またフォークでパスタを巻く。カチカチと皿とフォークがぶつかるたびに音を出し、それを三人が各々のタイミングで出すため、まるで不格好な三重奏だ。


 「それはそうと、お二人さん、実は話したいことがあってな。」


 そう口を開いたのはジャランだった。その声に反応して、ぴたりとキルとメイは食事を中断してジャランの方を見た。


 「話ィ?まさか、なんか面倒なことやらせるためにここに連れてきたんじゃねェだろうな?」

 「まさか。お前さんにも関係のある話だよキル。」


 最後の一口をジャランは口に運び、口の周りについたミートソースをナプキンでふき取った。


 「ジャイナガンさんは知っているかもですが、魔力犯罪の増加を受けて〈教会〉と〈警察〉の一部が本格的に連携することになった。」


 口にパスタが入っていたため、メイはコップの水を飲み、口の中のものを無理矢理喉に流し込んで、ジャランの言葉に応えた。


 「ん……もちろん、知ってますよ。なんでも〈警察〉側が特別班を編成して、協力してくださるっていうのですよね。」

 「へェ、そんな話になってんのか。」

 「とはいっても志願する人は少ないがね。当然っちゃ当然だ。そちらさん側には悪いケド、魔力犯罪に関わってくってことは命にかかわる。死ぬかもしれないってことだからな。」

 「わかります。」


 ジャランは自分の話が始まった時から手と口を動かしていない二人に気付き、「食べながらでいいよ」と食事を促した。それを受けてキルはまた手を動かし始めたが、メイはその様子を横目にそのまま話を聞くことにした。


 「少ないっていっても何人かいらっしゃるんですか?どのくらい?」

 「俺を入れて三人ってとこだな。」

 「え?メタバスさんも参加するんですか?大丈夫なんです?」


 メイの問いにジャランはハハハと軽く笑って見せた。そしてコップに手をかける。テーブルを照らしている淡い橙色の光に染められた水を彼はググッと飲み込んだ。


 「俺自身が参加しなきゃあ、こんな話なんてしませんよ。そんで、こっからが本題。」


 本題、という言葉に反応して食事をしながら話を聞いていたキルもジャランの方へ目だけをやった。


 「本題?ってなんです?とりあえずそういうのができますよ~って話じゃないんですか?」

 「いや、それはそうなんですが。多分今日中に正式にそっちに要請が行くと思うんですがね、本格的におたく等の捜査にうちらの班が初めて参加させていただくことになったんですよ。」


 カチャリ、とキルが皿にフォークを置いた。食事が終わったからか、キルは口を開き、話した。


 「もう決まったことなのか?魔力犯罪だろ。今度はどんな野郎だ?人殺しか?火でもつけやがったか?」


 キルがジャランに水を飲みながら話しかける。ジャランもそれに続いて水を飲もうとコップを持ち上げるも、彼のコップにもう水はなくなっていた。小さな雫同士が透明の器の中で光を乱反射させる。


 「いンや、そんなんじゃない。最近ニュースで取り上げられてる奴だ。クリス=スムースって知ってるだろ?そいつから予告状が届いたんだよ。」


 ジャランの言葉にメイは反応を示す。


 「知ってますよ。最近大きい美術館だとかに侵入して盗みを働いてる泥棒ですよね。絶対犯行現場には自分の名前の入った手書きのメッセージを残していているっていう。」


 メイのその返答にこくりと首を縦に振って、ジャランは続けた。


 「〈警察〉の方で犯行現場を何回も調べてみまして。それでどうしても不可能なんですよ。警備システムも正常なのに厳重な美術館にどうやって侵入したのかわからないんです。ホントに種も仕掛けもない。おそらく魔力犯罪かと。」

 「それで、〈教会〉(わたしたち)に協力を?」

 「ええ。幸いというべきか、クリスは決して人殺しはしていません。当番にあたっていた警備員なども意識を失っていただけで目立った外傷もない。こういう言い方はどうかと思いますが、危険度は低いということでとりあえず初陣として協力させて頂くことになったんです。」

 「なるほど」


 メイは相槌を打つと、残りのパスタを口に運んだ。皿が空になるとメイはお待たせしました。と言った。


 「かしこまりました。とりあえず、把握はしました。ありがとうございます。そろそろ時間ですし出ましょうか。」


 三人は席を立った。




 午前1時、サウスサイドにある美術館、ローグアーツ美術館。すでに営業時間を過ぎた美術館にはいつもとは違う妖しい空気があった。あらゆる作品が不気味な妖の類に見える。特に丑の刻の暗黒の中ではそれがより強調されて感じられた。灯は窓から入る月光のみであり、本来はアイボリー色の床のタイルの色さえも不明瞭であった。


 「そろそろ予告の時間ですね。」

 「そのなんたらって奴、遅ェよ。人のこと待たせやがって。」

 「しッ。静かにしてください。もしもうクリスが来てたら気付かれちゃうでしょ。」


 メイがキルを制する。キルはムっとした表情になる。メイはそんなキルの様子に気づかず、無線を口元にもっていく。


 「メタバスさん、外の方はどうです?」

 「……いや、こっちの方は何も。どうぞ。」


 雑音交じりのジャランの声が無線から聞こえる。今キルとメイがいるのは美術館の北ホールであった。四方の壁にはそれに沿うようにして絵画をはじめとした芸術品が展示されている。そして、ホールの中央には赤い「立入禁止」の赤いテープの内にあるガラスケース。その中にある彫刻「金星の女」こそ今回クリス=スムースが盗むと予告したものであった。贅沢にもクリスタルを用いて作られた彫刻は、クリスタルの透明さと女体のなめ負かし差が混在する不思議な美が醸し出されていた。

 暗がりの中の大ホール。二人は壁の近くにある石造りの像の横でなるべく気配を消してクリスを待ち受けていた。メイは左腕の時計を見る。


 「そろそろ来ますよ。クリスは予告の時間ぴったりに来るんです。なので外にいるメタバスさんたちから連絡がくるハズなんですが。」

 「ホントかねェ。」


 キルは胡坐をかきながら頬杖をついて待っていた。キルが待ちかねてあくびをしようかというときに。


 タン、タン


 音が聞こえた。明らかな人の足音。深夜の静けさの中では過剰なまでに大きくその音が聞こえた。


 「メタバスさん、誰か来ましたよ。外は何もなかったんですか?」

 「……なんだって?外は俺含む四人で見張っています。特に報告は。」


 キルはメイの無線をひったくって、言った。メイは突然のキルの行動にムッとした顔をした。


 「大丈夫なのか、それ。お前んとこの誰かがやられてんじゃないのか?」


 一瞬の後、ぷつりと音が途切れる。あちらの無線が切れたことでキルとメイの方へ向かってくる足音もひときわ大きく聞こえるようになった。


 「ちょっと、あんまり大きい声で割り込まないでくださいよ。クリスに気付かれたらどうするんですか?」

 「別にィ。どーせ気付かれたってアイツは来るよ。この足音はビクビク何かを警戒してるような歩き方じゃねェ。一歩一歩が堂々としてやがる。」


 キルは立ち上がり、ニヤリとホールの入り口を見据えた。


 「中々肝が据わった奴らしいな。クリス=スムース。」




 「おい、バタラ!大丈夫か?」


 裏口を見張っていたジャランは入り口に回りこみ、そこに倒れている協力班の一人バリス=バタラを見つけた。すかさず駆け寄る。


 「おい、メリー!メリー=リーメリー!来てくれ!入口だ!」


 無線のスイッチを荒く入れ、早口にもう一人の班員――メリー=リーメリーを入口に呼んだ。暫く経つとジャランの後ろから女性の声が聞こえた。


 「先輩!どうしたんですか?あッ、バタラさん!」


 メリーは急いで二人のもとへ走っていくと、かがんでバタラを覗き込んだ。すると、バタラがスゥと目を開いた。


 「あれ……、ジャランさんに、メリーさん?」


 目をうっすらと開いたバタラにジャランは尋ねた。


 「大丈夫か?何があったんだ?バタラ。」


 まだ意識がはっきりしないためかバタラはたどたどしく、ゆっくりと言った。


 「それが……わからないんです。男が来て……通せんぼしようとしたら、そいつが近づいてきて……気付いたら……。」


 バタラはゆっくりと上半身だけを起こした。メリーはそんな彼を気遣い彼の体を支えた。ジャランはその様子を見て、言った。


 「メリー、バタラ。俺は中に入ってクリスを追う。もし来れそうなら後からついてこい。」

 ジャランは美術館の中へと走っていった。




 どくん、どくん


 メイは静寂の暗闇の中で自分の心臓の音が早くなっているのを確かに感じていた。キルも同様だった。彼は強く言ってはみせたが、自分の言葉を裏切るかのように自然と心臓が高鳴った。

 恐れか、緊張か。二人とも自分の身体だというのにその理由が分からなかった。


 ドッドッドッ


 足の音が近づき、大きくなるにつれそれは早くなった。

 月明かりに照らされたホールの入り口に人影が現れたのはそのすぐ後だった。縦にスラッと伸びた影は迷いなく、自らの求めるものへと歩みを進めていた。


 「止まってください。」


 メイは上擦る声で立ち上がり、人影に向かって持っていた懐中電灯のスイッチを入れ、その光を当てた。


 「キャッ」


 光を当てられたその人物は右手で顔を覆い、高い声を出した。


 「ちょっとォ、何なの急に?アンタたち誰ヨ?」


 光に照らされたその人物は長身の男だった。はだけた白いシャツ、スラリと伸びた脚にはジーンズ。黒い髪はオールバックにして結われていた。


 「貴方が、クリス=スムースですか?」

 「そうだケド、アンタたちは〈警察〉の方?いや、違うわね。入り口にいた男が〈警察〉だとすると、そう。〈教会〉の人たちね。有名になったもんねアタシも。はじめまして。アタシはクリス=スムースよ」


 女口調でしゃべるその男性こそ紛れもなく彼らの目的のクリス=スムースその人で間違いなかった。


 「余裕綽々だな、オカマ野郎。お縄につくってのによォ。」


 胡坐をかいて座っていたキルが立ち上がる。それをクリスは目で追った。


 「あら、アナタは?なんかフインキ的になんかちょっと違うわね。そう!チンピラ?みたいな?」


 それを聞いたメイはククと笑ってしまう。キルはメイの方を一瞬キッと振り向くが、すぐにクリスの方へと顔を向けた。


 「チンピラで悪かったな。生憎、俺は〈教会〉の正式なメンバーじゃねェんだ。こいつ等みたいな良い子ちゃんじゃないんだよ。」


 キルはポキポキと指を鳴らしクリスに近づいて行った。それをメイは止めた。


 「ちょっと待ってくださいキルさん。」

 「あ?」

 

 キルはメイの静止に目を丸くした。


「クリスさん、私たちはできれば戦いたくはありません。お縄についてくれませんか?」

「お前、何言ってんだよ。」


 キルはメイのその言葉に呆れたように言った。


「私は面倒は嫌いなんです。それに痛いのだって。だからお互いのためにやめましょうよ。」


 その提案にクリスも目を丸くした。そしてその後クククと小さく笑った。


「あら、結構優しいのネ。だけど、」


 クリスは明るさのために顔を覆っていた右腕をどけた。隠れていた顔が明らかになる。切れ長の目、左目の下にある泣き黒子、高い鼻。その顔はかなり整ったものであった。それよりもキルとメイが驚いたのは、彼のまとっていた雰囲気の変化だった。


 「ちょっとそれは、できないわねェ。」


 ユラリ


 空気が張り詰め、ゆがむ。クリスの体から魔力が放たれたのだ。


 「ほら、アイツだってやる気なんだよ。甘ちゃんは下がってな。」


 メイの肩を押してどかすと、キルがメイよりも一歩前に出た。


 「あッ、ちょっと!」


 メイの制止を振り切ってキルはヅカヅカとクリスの方へと歩いて行った。


 「ちゃんと照らしとけよ。魔力は感覚である程度わかるっつっても、見えるモンは見えとかねェとな。」


 一瞬だけ顔をメイの方へ向け、すぐにクリスの方へ向き直る。


 「やっぱり見た目通り。血気盛んで粗野な坊やってカンジね。嫌いじゃないケド、美しくないわね。」

 「美しい?ケッ!笑わせんな、オカマ野郎が!」


 美術館のタイルを思いきり踏みしめ、蹴る。キルはクリスのもとへと跳ぶ。魔力を、力を込めて。その力を受けてタイルは小さく弾けた。


 「!」


 その速さに驚きつつもクリスは後ろに跳び、それを避けた。メイはすかさず懐中電灯の光をクリスに合わせた。


 「想像通り。アンタみたいな坊やは肉体を強化するタイプの能力ネ、多分だケド。かなり迅くてびっくりしちゃったわ。」

 「なんだったら、もォっとびっくりさせてやろうか?」


 キルはぐっと力を込め、改めてクリスを見据えた。


 「いや、結構よ。一回見ればとりあえずね。」


 クリスはそういうと右手をキルの方へと伸ばした。


 「何やろうってんだ?」

 「今度はアタシの妙技を魅せてアゲル。」


 ユラリ 


 変わる空気。今度はクリスの右手を中心に空気がゆがむ。すると、

 フッ、と電燈の光が消えた。


 「え?アレ?」


 突然の消灯にメイは焦りを隠せなかった。暗がりで見えないながらも懐中電灯を見てみる。

 

 「おい!馬鹿!ちゃんと照らしとけよ!」

 「違いますよ!ライトが点かなくなったんですよ!」

 「電池切れかよ!電池ぐらいちゃんと入れ替えとけよ!」

 「入れ替えましたよ!新品の単3と!」 


 言い争いの中でキルは気が付く。――クリスの魔力を感じなくなった。


 (あの野郎。魔力を隠しやがった。狡い真似し腐りやがって。)


 しかも、今度は足音すら聞こえない。抜き足、差し足。それどころか気配すら感じない。まさに泥棒の真骨頂ともいえる技。


 「ジャイナガン!アイツ見つけたら言えよ!俺がぶっ飛ばすから!」

 「あら、それは怖いわね。」


 クリスの声が静かに、しかし確かに夜の静寂の中で聞こえた。そして、ざわっと魔力が放たれる。それと同時にどさりと人の倒れる音がした。


 「なんだってッ?」


 その音の方をキルが振り向くと、パッと、先ほどまで点いていなかった懐中電灯が白い光を放った。その光の中には倒れている女性――メイと、その横に長く伸びた脚があった。


 「どう?私の技。見事でしょ?美しいでしょ?」


 光がクリスを下から不気味に照らす。その顔は懐中電灯の光によって照らされる白とその影によって黒く塗られており、人の生気を感じさせないような浮世離れしたものだった。


 「よくわかんねェが、中々の曲者だなアンタ。ぶっとばし甲斐があるってもんだよ。」


 どうも、と言いながら足元に落ちている懐中電灯を左の手で拾い上げる。


 「さてと、アタシ目立つのは嫌いじゃないケド、これはちょっと眩しいわね。」


 そう言うと、クリスはパチッと懐中電燈のスイッチを切った。ホールに再び暗黒が覆いかぶさる。


 (畜生、ずっと奴の土俵じゃねェかよ。暗いトコロとか、忍び足とかよ。埒が明かねぇ。)


 キルはセンスを研ぎ澄まして、できる限りクリスの魔力を探った。人が魔力の放出をやめたとしても完全に止めるまでにはある程度時間がかかる。そのためキルはそれに賭けた。

 一方、クリスもクリスでキルの魔力に違和感を感じていた。


 (坊やのあの魔力。何か変な感じがするわ。ただの肉体強化の能力じゃない。そんな感じがする。)


 クリスは動き始めた。気が付けば窓から入る月光さえも僅かなものになっており、館内は完全な闇の空間と化した。しかし、キルの感覚は目の自由に聞かないこの状況において極限にまで高まっていた。


 (見つけた!)

 (気づかれた?)


 お互いにそう察するとくるりと向きを変える。よくは見えない。だが間違いなく、お互いの体を正面に据える形で。

 目が闇に慣れ、霧が晴れるようにお互いの姿が明瞭になっていく。


 「もう場所は分かってるぜ?クリス=スムース。」

 「やっぱりね。」


 キルはぐっと力を入れなおす。もう感覚を頼りにしなくてよいほどに、キルの目はクリスをしっかりと捉えていた。


 「貰うぜ!」


 クリスに向かって、キルが走る。そしてぐるりと大きく右腕を振りかぶると力のままにクリスに向かって叩き込む。


 「坊や、やっぱり単純ね。」


 クリスに拳が届くその直前、キルの目の前がカッと炸裂した。


 「うァッ!」


 それは懐中電灯の光だった。クリスは闇に慣れたキルの目に懐中電灯の白く眩しい光を流し込んだ。それに幻惑され、キルの渾身の一撃は空を切った。


 「クッソォ!」


 目を抑えながらキルは感覚でクリスを探ろうとする。しかし、先ほどまでの集中力はもう出ることはなかった。


 「チッ!何やろォ!」


 キルは力を込める。魔力を放出する。もうこうなってしまったら、魔力を出して徹底抗戦だと感じたからだ。


 「え?」


 しかし、クリスはその魔力に、困惑した。


 (魔力が、増えている?)


 人の魔力は基本的に増えることはない。鍛錬により多少の変化はあれど、そうそう変化するものではない。しかし、キル=セツダンのそれは明らかに増加していた。


 (アタシもそこまで魔力を扱える人間とあったわけじゃないケド、こんなことは初めて。ただの坊やじゃないってこと?それに……)


 クリスはより深く、キルの魔力を感知した。


 (この魔力、さっきの魔力の質とは違う。魔力の性質が変化するなんてあるの?)


 魔力にはある程度性質がある。魔力は目で見ることも、匂いもないが、感覚的な話として性質の違いというものが魔力を感知できる人間には分かる。その性質も魔力の絶対量同様、否、それ以上に変化することはない。


 (怖い。)


 クリスは異質なキルの魔力に自然と恐怖心を抱いていた。ゾワゾワと嫌な感覚が体を貫く。クリスは焦りを感じた。自分がここまで恐れを感じることは初めてであった。常にスマートに、常に華麗に。そんな流儀の自分がここまで一人の男に恐怖を抱くのは自分らしくないと思ったし、許せなかった。


「悪いケド、坊や。アンタに追いかけられるのはもうコリゴリ。こんな気持ちは初めてよ。美しくはないケド、アンタには動けなくなってもらうわよ。」


 「何ッ?」


 スっとクリスは右手でキルの方に触れる。そして次の瞬間ガクッとキルの体が崩れた。


 「ガッ、なんだ!」


 ずるりと体が沈むように床に崩れる。そして、鋭い痛みがキルに足に走る。


 「アアッ!何だこりゃあ!?」


 キルの右足の太ももからぐにゃりと外側にありえない方向へ曲がっていた。


 「安心して。私の美学故、殺しはしないコトにしてるの。でもアンタ、ハッキリ言って怖いからね。動けなくなってもらうわよ。」


 見ると、クリスの右手に何かが握られていた。何か棒状の物。キルはそれの正体にすぐ気が付いた。


 「テメェ、まさかそれ俺の……」

 「そ、アンタの骨、足のね。」


 クリスは右腕に握っていたもの、それはキルの大腿骨であった。クリスはそれをポイと捨て、ホールの中央のガラスケースに向かっていった。


 「おい、テメェ、人の骨は丁寧に……、いや違う!待ちやがれってんだ!」


 キルは右足を使わずに立ち上がると、キッとクリスを睨みつけた。


 「まだやる気?しつこい男は嫌われるわよ?」

 「うっせぇや!」


 クリスはくるりとキルの方へ向き直った。


 「片足使えないぐらいハンデだ!まだやってやる!」

 「ふぅん」


 クリスはキルに向かって左手の懐中電灯を放り投げた。


 「おァッ!」


 光の線がくるくる回りながらキルの方へ近づいていき、ゴツッとキルの頭に命中した。そして、その拍子にキルは尻もちをついてしまう。がしゃんという音を立て、懐中電灯に入っていた電池が外れ、ホールは再び真っ暗になった。


 「クソっ!畜生!」


 キルは立ち上がろうとするも、すぐに立ち上がることができない。暫くして暗闇の中で魔力が放出される感覚がしたと思うと、


 「じゃあね、坊や。」


 という声を最後に闇は静寂に包まれた。キルは何もすることができず、その場で座り込むしかなかった。

ご覧いただき、ありがとうございます。文が冗長になってしまいがちでしたので前後編に分けさせていただきました。これからも頑張っていきたいです。何卒ご指摘よろしくお願いします。


Twitter➡https://twitter.com/Chiba555jun

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