よく出来ました
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ロロベリア、リース、ユースの三人が乗った寄り合い馬車が王都ファンデルに到着したのは翌日の昼下がり。
王城を中心に貴族区、商業区、平民区と大まかな三層の円形に広がる王国最大都市は言うまでもなくラナクスよりも圧倒的に広いので移動も大変。そもそも貴族ならラナクスから家の馬車を利用するが、寮生活をしているだけありニコレスカ家の教育方針は本来の貴族とは一風変わっていたりする。
なので三人は気にせず人の賑わう大通りを歩いて貴族区のニコレスカ邸へ。
二階建ての屋敷は周囲の屋敷に比べると部屋数は少なく、建物や庭園もそれほど大きくない。
しかし敷地面積が同じほどなのは屋外訓練場と精霊結界を設置した練武館があるから。貴族の面子よりも鍛錬優先、これもまたニコレスカ家特有と言えるだろう。
それでも貴族、屋敷に帰った三人を使用人ら総出のお出迎え。
一学生にしてロロベリアとユースは王国の代表として親善試合に出場、リースも補欠でも選ばれたなら名誉なこと。
仕える者としては誇らしく――
「あのユースさまがまさかですな」
「ええ。リースさまやロロベリアさまならまだしも、あのユースさまが」
「おいこら、あのユースさまってどのユースさまだよ」
こうした主従の枠を超えたやり取りもニコレスカ家独特なもの。だが中には涙ぐみ凱旋を祝う者もいたりとユースとしてはこそばゆくも嬉しいもので。
リースは当然として、五年前に養子として引き取られたロロベリアも関係なく使用人らの祝福に感謝を伝えたりとしばし賑やかな時間。夕刻にはささやかながら凱旋を祝うことになったのだが、その前に帰省の報告と挨拶をするため三人は執務室へ。
「リース、ロロ、バカ、おかえりなさい」
執務机越しに三人を出迎えたのはリースとユースの実母、クローネ=フィン=ニコレスカ。
二児の母で四〇前とは思えないほど均整の取れたプロポーションに緩やかなウェーブが掛かった金髪、青い瞳は気怠げに感じるも仕草の一つ一つに隙がない。
それもそのはず、クローネは武一辺倒のサーヴェルに代わりニコレスカ家を取り仕切りながらも商会の代表を務める女傑と有名。
故にクローネは持たぬ者でもニコレスカ家では誰も逆らえない当主と言える。
しかし母として三人に向ける視線は優しく――
「お袋殿、久しぶりに会う息子の名前忘れたの? ていうか会って速攻バカはどうですかっ?」
優しいはずなのに使用人同様あんまりな対応にユースがたまらず突っこんだ。
「バカで自分と判断するからバカなのよ。それに母親に向かって挨拶より突っこみする息子なんて私は知らないわ」
「オレもバカ呼ばわりする母親知らねーよ!」
「ならあなたへの仕送りは止めてもいいのね」
「お久しぶりですお母さま」
しかし淡々とした物言いにすぐさま手のひらを返してとても美しい一礼を。
「お母さま、お久しぶりです。ただいま帰った」
「小母さま、お久しぶりです。ただいま帰りました」
こうしたやり取りも馴れたものとリース、ロロベリアも続けて帰省の挨拶を。
「よく出来ました。で、早速だけどリースとユースは練武館へ行きなさい」
「……なぜ?」
「なんで?」
「今回の件に関して、一応彼から手紙を受け取ってると思うけど直接話したいこともあるでしょう? つまり、あの人が居るわよ」
クローネの返答に父、サーヴェルが居ると理解する。
ロロベリア伝手に受け取った手紙には代表に選ばれた祝福と選抜戦前、アヤトに依頼した内容や狙いが書かれていた。
「と言ってもあなたたちの成長を確認したいだけでしょうけど。せっかくのお休みなのにずっと身体を動かしてたわ。ほんと、いい歳してガキね」
全てを知って改めて直接話してくれるのだろうが、クローネの嘆息で実に父らしいと更に理解。訓練着に着替えて向かうことに。
「ロロの成長も楽しみにしていたけど、あなたは少し私に付き合いなさい」
二人が納得したところでクローネは立ち上がりロロベリアを指名、ソファに座るよう促した。
「以前は忙しかったのもあるけど、どこまで知っているか分からなくて控えてたの。でもラタニちゃんから一通り聞いたわ」
意味深な笑みにロロベリアも理解する。
「もう用件は分かるでしょう?」
「……はい」
「よく出来ました」
「じゃあロロ、また後で」
「親父殿と手合わせか……気が重いわ」
リースとユースも理解したのでそのまま執務室を後に、ロロベリアも言われるままソファに座る。
「そうそう、今さらだけど親善試合出場おめでとう」
「ありがとうございます」
対面に着席したクローネからおざなりな祝福を受けたロロベリアは一礼を。
「それにしても……あなたがアヤトちゃんと昔なじみと知って驚いたわ」
「アヤト……ちゃん?」
だが続く本題に首を傾げてしまう。
ラタニとは友人のような仲と聞いてはいるがアヤトにまでこの呼び名。実に違和感があるがそれよりも。
「何かおかしい?」
「いえ……ただ、小母さまはアヤトと親しいのかなと」
「それなりには。うちの商会にとって彼は良いお客さまだから」
「……商会の?」
「あら聞いてないの? 武器や精霊器の顧客だけでなく二年前から商会の護衛、必要な材料や鉱物の採取で協力してもらってるのよ」
続く内容にますますロロベリアは困惑。
二年前と言えばサーヴェルがアヤトに挑んだ時期、クローネも同行していて懇意になったのか。
「でも、彼なら意味もなく語らないでしょうね。そこも踏まえて私はとても気に入っているのだけど」
クローネの口ぶりからするとアヤトは相当信頼されている。立場上、目の肥えている彼女にしてはかなり珍しい。
まあアヤトの能力や為人を知るだけにロロベリアは分からなくもないし、昔話をした際はマヤから聞いた女性関係についてと旅の話を少しだけ語ってもらったので、こうした交友関係を知るのは嬉しい誤算だ。
「話が逸れたわね。アヤトちゃんは記憶喪失でも関係なく、あなたは良好な関係を築いているのでしょう?」
などと感じる中、いきなりクローネが本題に入るのでロロベリアは姿勢を正す。
ラタニから聞いているのはあくまで施設に関するもの。マヤの正体などの重要な部分をクローネは知らないなら慎重な対応が必要で。
「私としては……それなりに」
向こうがどう思っているかは謎だが訓練といえど学院内で一番過ごす時間は長く、プライベートでも何度か共にしているなら良好と言えなくもないと曖昧な返答を。
「そう。ならロロ、なんとしてもアヤトちゃんをものにしなさい」
「……はい?」
ただアヤトとの関係を聞いてどうするのかと、クローネの意図が掴めないロロベリアに対し予想斜め上の用件に思わずポカン。
「私としてはリースを嗾けようとしたけど、あなたでも構わないの。昔なじみで良好ならむしろ話が早いわ。彼は天涯孤独だし、うちの商会を継いでくれると安泰――」
「ま、待ってください! 話が見えないんですが!?」
更に斜め上に話が進むので我に返ったロロベリアはたまらず抗議。
「あら、ロロはアヤトちゃんだと不服?」
「そ、それは……」
「ラタニちゃんのこと既にお姉ちゃんって呼んでるほど乗り気なのに?」
「乗り気ではなくアーメリさまに訓練をしていただく条件ですから!」
「なら不服?」
「不服以前に……アヤトの意思が重要かと」
淡々とした追求にロロベリアはか細い反論。
もちろんアヤトが不服ではなく、むしろ既に告白している。しかし保留どころか自分の思いを信じてもらえていない微妙な状況。
それを説明するのが難しい以前に、クローネへ話すのが気恥ずかしいと俯くロロベリアを見据えていたクローネはため息一つ。
「……それもそうね。ならこの話は終わりにしましょう」
「理解していただき、感謝します……」
「でもロロ、これだけは覚えておきなさい」
「……なにを、でしょう」
これで追求を逃れられたとロロベリアは内心安堵するも、まだ何かあるのかと思わず身構えてしまう。
「あなたには亡くなられたご家族への想いを忘れないようリーズベルトを名乗らせているけど、私やサーヴェルはリースやユースと同じ愛情を向けているのよ」
「…………」
「そしてアヤトちゃんはあなたを任せられるだけの男と見込んでいるからこの話を持ちかけたの。だからもし、彼のことで何かあったら相談なさい。忙しくても必ず時間を作るわ」
「…………」
「愛する娘の将来のことだもの。母親として当然でしょう? なんて、良い機会だから母親らしくしてみたけど、どうかしら」
クローネから慈愛に満ちた微笑みを向けられロロベリアの胸が温かくなる。
ニコレスカ家の養子として引き取られて五年。思えばクローネもサーヴェルも最初からリースやユースに向けている親としての愛情を秘めて接してくれていた。
それを改めて実感したからこそ、この機会に自分からも歩み寄りたくて。
「ありがとうございます……お義母さま」
孤児として実の両親を知らないロロベリアが初めて口にした母との呼び方に、クローネは一瞬驚くも。
「よく出来ました」
それでも母として優しい笑みを返してくれた。
みなさまにお願いと感謝を。
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