弟の英雄
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幼少期のユースは身体も小さく華奢で、中性的な顔立ちから女の子と間違われていた。
争いごとを好まない内気な性格もあり同年代の子供からはバカにされ、精霊騎士団長を父に持つ長男が故に大人からは陰口を囁かれていた。
そんなユースをいつも姉のリースが助けてくれた。
バカにされれば問答無用で相手を殴りとばし、陰口を囁かれれば大人だろうと関係なく噛みつく。その度にリースは両親に呼び出されるも――
『わたしはユースのおねえちゃんだから当然』
昔から短絡的なので全く気にせず、むしろ平然と胸を張って言い返していた。
まあ父もリースに似た性格なのでなら仕方がないと許すので、毎回火消し役に回る母が二人を叱るとの結果になっていたが。
とにかく周囲にどう思われようと自分を貫く強さはユースにないもので。
いつか自分も姉のように強くなりたいと思っていたが、姉はいつも自分の先を行く。
武芸でも姉は秀でた才能と努力で強くなり、八歳時に精霊術士として開花したのも先。
それでも嫉妬ではなく誇らしい気持ちにしてくれる姉は、ユースにとって誰よりも憧れる英雄だった。
しかしリースから遅れること半年後、ユースも精霊術士として開花したことで少しずつ変わっていく。
年齢を重ねるごとに自分は成長して。
対し姉は平均より小柄なまま止まり、気づけばユースの方が見下ろすようになって。
精霊術の鍛錬でも姉は苦戦し、ユースは器用に熟してしまい。
少しずつ、姉を上回るものを得ていく。
それでもユースの中で姉を憧れる気持ちは薄れなかった。
後にロロベリアが養子として屋敷に来て、姉と仲良くなるための特訓に付き合うようになり。
共に高等技術を独学で調べる内に、何となくな気持ちで試した言霊や変換術も簡単に習得してしまい。
もしかして自分は姉より強くなっているかもしれないとの疑問を抱いても、薄れなかった。
姉と本気で戦わなければ。
勝たなければ。
いつまでも姉は英雄だからと無理矢理言い聞かせていたから。
◇
黒金石で顕現した双剣を手にユースが真っ直ぐリースに向かって突進する。
それはリースの記憶にない速さ、アヤトとの特訓をしていなければ反応すらできなかったほどで。
また右の剣を振るう剣筋も鋭く、やはり反応できないまま終わっていた。
これがユースの隠していた実力と感心するよりも怒りでリースは槍で押し戻し、返す柄でなぎ払うも左の剣で簡単に受け止められた。
「なめるなっ!」
だが構わずリースは振り抜き身体ごとユースを吹き飛ばし、お返しと言わんばかりに追撃する。
『射止めよ!』
「――ぐっ」
だが言霊により岩の棘が両サイドから飛び出し、即座に身体を捻り直撃を回避するも左脇腹と背中を擦めて痛みからリースの足が止まった。
そのスキを見逃さずユースは着地と同時に地を蹴り猛追。
それでも純粋な近接戦ではリースに分があり、間合いに入られてもリーチのある槍でいなし、防ぎと対応しつつ反撃を狙う。
『散れ!』
双剣を受け止めようとする寸前、言霊で元の土に戻したことで虚を突かれ槍は空振り、無防備な左脇目がけてユースの回し蹴りがもろに直撃。
「かは……っ」
威力そのままにリースの身体が吹き飛びごろごろと地面を転がる間にユースは再び地面に手を付け黒金石の双剣を顕現。
「……ゆ、ユース……っ」
「これで満足かよ姉貴!」
槍を杖代わりに立ち上がるリースに右の剣を突き出しユースは叫んだ。
◇
白熱した姉弟の争いを余所に未だ観覧席は静まり返っていた。
これまで相手を槍術のみで圧倒してきたリースが完全に押されている。
その相手が弟のユースで、しかも一学生でも平均より少し上程度の実力しかないはずの彼が言霊や変換術と言った高等技術を使っている。
アヤトに続き見せるユースの隠されていた実力に状況が飲み込めず。
「どうやら、ボクの予想は当たったようだ」
予想していただけにレイドはこの事実を受け止めているが、それでも予想以上の実力に苦笑が漏れる。
「……しかし、なぜ彼は今まで実力を隠していたのでしょうか」
隣りにいるエレノアはただ困惑ばかり。
言霊や変換術だけでなく、精霊術を駆使した戦闘センスも目を見張るものがある。
もし自分が相手をしても五分か、下手をすると分が悪い程の強さならユースも序列入りできるはず。にも関わらず隠していた理由が分からない。
「それに先生はともかく、カルヴァシアはなぜ気づけたんだ」
またカイルも疑問が尽きない。
ラタニならユースの隠された実力を精霊力で気づけるもアヤトは感じられない。
ならばその方法は何なのか。
「隠していた理由は分からないけど、それはもう彼だからで納得するしかないよ」
二人の疑問にレイドは降参と両手を挙げるも、一つだけ確信していた。
恐らくこの状況が彼の狙いだったと。
だからこそ、狙いの先に興味が尽きない。
◇
「マジむかつくぜ! オレに本気出さして何がしたいんだよ!」
再び双剣で猛追しながらユースは苛立ちのまま叫び続ける。
別になりたくもない精霊術士を目指して学院に入ったのはリースとロロベリアが入るから程度の理由しかなく。
いざとなれば欲しくもない才能でロロベリアを支えるリースを支えればいい。
そのいざまでは現実から目を背け続ける。
問題の先送りと分かっていても、ユースは敢えてピエロを演じ続けていた。
なのに無理矢理でも現実を突きつけられた。
「姉貴も姉貴だ! アヤトのくそったれなんか信じなけりゃよかったんだ!」
余計な情報をアヤトがよりにもよってリースに与えたことで。
既にユースは察していた、これはアヤトが仕組んだシナリオだと。
選抜戦前までのリースならアヤトの情報を信じないだろう。
自分に素直で単純故に嫌いな相手の言葉は無視をする。
しかし単純だからこそ今は信じてしまう。
周囲の評価ではなく自分自身の基準で判断するからリースは実際に相対することでアヤトの為人、能力、実力を評価した。
そして尊敬するほど認めたなら、助言を素直に受け入れる。
単純であり純粋だから。
そもそも決勝で当たることからして出来すぎている。
ならばマヤが何らかの方法で出来すぎたシナリオを用意したのだろう。彼女は否定したが、信じる方がどうかしている。
故に選抜戦でリースと組む、という不可解な立場を受け入れたアヤトの判断からこの状況を察した。
自分を認めさせて、最悪なタイミングで現実を突きつけた。
何故かは分からない。
でも他人を手のひらで転がすようなやり方や、嫌がることを平然としてしまうアヤトのシナリオがむかついて。
何よりむかつくのが自分の想像以上に現実がくそったれだと言うこと。
「そうすりゃこんな目に遭わなくて済んだんだ!」
自分の攻撃に防戦一方なリース。
先ほどとは違い言霊による精霊術、精霊術で顕現した双剣を使ったフェイントを警戒しているからで。
結果として動きが鈍く、捌ききれずに次々と傷が増えていく。
ボロボロになっていく姉の姿が、ユースには我慢できない。
「姉貴も知りたくなかっただろ!?」
あの強かった姉が。
憧れた姉が。
自分よりも弱くなっている現実が。
「なんでオレより弱いんだよ!?」
自分の英雄が英雄でなくなってしまったと空しくて。
悔しくて。
悲しくて。
「ふざけんなぁぁぁ――!」
苛立ちのまま叫び続けたユースは双剣を振り上げ、リースの槍を弾き飛ばした。
◇
観覧席の意識が白熱する姉弟の争いに集中する中、ロロベリアとアヤトは向き合ったままで。
不意に作られた一対一の状況、しかし好機と踏んだロロベリアは体制を整えるなりアヤトへ挑んだ。
だが突如聞こえたリースの悲痛な叫び、ユースから感じる精霊力の変化、見せた実力に足が止まり。
本来ならこのような隙を見せれば容赦なく猛攻を浴びせるアヤトが一時休戦と言わんばかりに視線を自分から二人に向けて。
「つまり……あなたはユースさんの実力に気づいていたのね」
「まあな」
この状況は自ら用意したものだと教えてくれた。
「ま、少なくともお前よりは上だろうとの予測に過ぎんが」
「よければ予測方法も教えてくれない?」
「やる気がないクセに相手の攻撃を痛くないよう上手く反らす動き、まるで手を抜いているかのような半端な攻めと、あいつの模擬戦を見れば分かるだろう。これだから白いのは」
「……ごめんなさい」
謝罪はするもその程度の情報で察する方がおかしいとロロベリアは腑に落ちなかった。
「ただ精霊力に関してはさっぱりだからな。それ含めてお前より強い程度で、期待込みで四番目に楽しめそうだと候補に入れていたが、見る限りもう興味は沸かん」
「それは期待以下だから? それとも完全に実力を理解したから?」
「さあな」
「そこは隠すのね……でも、どうして今までユースさんと遊ぼうとしなかったの? というより、どうしてリースにそんなことを言ったの?」
「……どうしてどうしてと構ってちゃんは健在か」
質問攻めにいい加減面倒になったのかアヤトは顔をしかめて。
「これ含めてあいつらの親父から依頼されたんだよ」
「……え?」
「一か八かの賭けもあったが、あの程度なら成功するだろうよ」
意味深な返答に再び問い詰めようとするロロベリアだったが、開きかけた口を閉じる。
突如感じる異質な精霊力を察知したことで。
◇
「はぁ……はぁ……っ」
得物を失い俯くリースを見据えながら、ユースは荒い息を吐きつつ宣告する。
「もう……いいだろ。降参しろよ」
「…………」
「姉貴はオレに勝てないんだよ」
「…………」
「オレよりも弱いんだよ」
自分に言い聞かせるように淡々と、現実を受け入れさせる。
「…………知ってる」
弟の無慈悲な宣告をリースも受け入れた。
「わたしは弱い。そんなの知ってる」
しかし顔を上げた瞳に宿るのはユースと同じような空しさ、悔しさ、悲しさはない。
何故ならリースは既に現実を受け入れていた。
親友を支える為に強くなると誓っておきながら、嫌な物から目を背け、好きな物ばかり見続けて。
対し親友は全てを受け入れても挫けず死ぬ気で歩み続けたことで、気づけば置いて行かれた。
この現実を知っても尚、受け入れていなかった。
そんな弱い自分を、既に教えてもらっている。
「あいつに……アヤトに教わった。だからとっくに知ってた」
弱さを受け入れた上で、リースはここに居る。
なら怯むことも、悲観することも、隠されていた怒りすらない。
ユースは確かに自分より強く、どんな理由だろうと見下していた。
だが見下させてしまったのは自分が弱いから。
だから弟は強いのに弱いままでいる。
リースの知る本物の強者と圧倒的に違う。
「だから……今度はわたしが教える」
それを自分が教わったように、今度は自分が教える番とリースは精霊力を解除。
元の金髪金眼に戻ったことで降参の意思表示と捉えたのか、ユースは悲痛な面持ちで双剣を力なく下ろすも――
「ユース、ふざけるなはわたしの台詞」
力強い双眸と声音にビクリと肩を振るわせた。
「死ぬ気で強くなろうとしたこともないクセに」
それでもリースは追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「弱さを語るな」
同時に精霊力を再び解放、金髪金眼がルビーよりも鮮やかな紅に染まり。
更にリースの周囲に焔のような輝きが帯びていて。
「……なん、だよ……それ」
今までにない変化と、今までにないほど圧倒的な精霊力を放つリースを前にユースは無意識に一歩後ずさる。
「その知った風な口を黙らせる」
しかしリースは無視、体勢を低くして。
「お姉ちゃんをなめるなっ」
みなさまにお願いと感謝を。
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