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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
外伝 それぞれの物語
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守る手のひら 後編

アクセスありがとうございます!



 ケーリッヒは教会の最年長としてシスターの手伝いや子どもの世話、町で日雇いの仕事をしたりと忙しいので早めの就寝を心がけている。

 しかし最近は日付が変わっても起きていることが増えていた。

 アヤトの忠告を元に一人の時間を利用して身体を鍛えたり、様々な知識を学ぶようになったからだ。今さら努力しても教会の問題を解決できないのは分かっていても、何でも良いから今できることをやらなければ自分はいつまでも変わらない気がして。

 もう自身の無力さに悔しい思いをしないようにと、毛布にくるまり寒さに耐えながら必死に努力していた。


「…………ん?」


 そんな時間を過ごす中、ガタンという物音によって睡魔に奪われ掛けたケーリッヒの意識が呼び戻される。古い建物なので立て付けの悪いドアが風で度々音を鳴らすので物音など珍しくもない。ただいつも聞いているだけに今し方聞こえた音が別物のような気がして。

 教会の現状も踏まえて妙な胸騒ぎをおぼえたケーリッヒは確認しようと服を着込み、音がした下階の食堂へ向かうもドアが壊れていたり、物が落ちたような形跡はない。


「特に問題なさそう…………?」


 故に気のせいと踵を返そうとしたが、外から風音以外の音が耳に入り眉根を潜める。何かが風で飛んできただけといつもなら立ち去るが、最初の胸騒ぎから確認しなければ落ち着かずそのまま裏手口から外へ出た。

 風の強い時期なので外は更に寒さが増すも、別の理由からケーリッヒは目を見開く。


「これは……」


 風に混じって微かに感じる油の匂いに誘われるよう足を進めれば、薄暗さに馴れ始めた視界に映るのは人影で。


「――なんだ、もう戻って来たのか」


「……っ」


 先に相手側が気づいたのか、声を掛けてくるも意味が分からず。

 それよりも聞こえた声にケーリッヒは驚きから咄嗟に言葉を返した。


「あなたたちは何をしているんですか!」

「違う、ありゃ教会のガキだ」

「やべぇ……おい!」


「な……むぐ――っ!?」


 結果、相手側にも別人だと気づかれてしまい、瞬く間にケーリッヒは組み伏せられてしまう。

 目前にいる男たちは声の通り教会に嫌がらせをしていた五人。

 こんな夜更けになぜここに居るのか。

 油の匂いは何なのか。


「むうっ、うう……むう――っ」


 考えるまでもなく最悪な状況とケーリッヒは必死に抵抗するも、押さえつける男に口を塞がれて声すら上げられない。


「騒ぐんじゃねぇっ」

「ぶふう――っ」


 更に顔を地面に押しつけられ鼻や口に土が入り込むが構わず抵抗を続けるが、力の差は歴然で。


「心配しなくてもお前は大事な家族と一緒に送ってやるよ」

「その前にあのクソガキを連れ出すのが先だがな」

「ガキのせいで俺たちは散々な目に遭ったからな……楽しみだぜ」


 下卑た含み笑いをする男たちのやり取りを全ては理解できない。

 それでも言葉の断片や油の匂いから、男たちが教会に火を付けようとしていると分かるだけに。


(誰か……誰でもいい……みんなを助けてくれ……っ)


 結局無力な自分を悔い、ケーリッヒは祈りながら地面を涙で濡らしていた。


 その祈りが神に届いたのかは定かではないが、少なくとも神以外の救いを引き寄せた。


「そのガキってのは俺のことか」


『!?』


(…………この声は)


 突如聞こえた気怠げな呟きに硬直する男たちに対し、ケーリッヒの身体から自然と力が抜けていく。


「ま、誰かなんざどうでもいい。それよりも油の匂いからして教会で火遊びでもするつもりか」


 押さえつける力が緩み、顔を上げれば予想通り闇夜から抜け出すようにアヤトがゆっくりと歩み寄る。


「更に火遊びの犯人を俺になすり付ける為に、寝込みを襲い連れ出そうとしたわけか。教会が燃えると同時に滞在していたガキが突然姿を消せば、犯人扱いされるだろうからな」

「な……なんでテメェが知ってんだ!」

「騒いでもいいのか? テメェらの計画を成し遂げるならまだおねんねしている連中を起こさない方がいいだろう」


 その計画を台無しにした本人の嫌味はさておき、アヤトが語る通りの計画を立てていたのか、男たちは怒鳴りつける。

 確かに教会が燃えればこの土地を欲していたヒルデマ商会が真っ先に疑われる。しかし数日前から滞在しているはずのアヤトが同日に姿を消せば、疑いの矛先はアヤトに向けられる。

 狡猾な計画にケーリッヒは怒りが込み上げるも、同時に疑問もある。


「この……そもそもなぜテメェがここにいる!」

「あいつはなにやってんだ!」

「いくらテメェでも精霊士相手じゃ抵抗もできないだろう!」


 そう、男たちも疑問視するように計画通りならアヤトの元に刺客を向かわせたはず。しかも精霊士となれば余計に無傷でいるのが不思議で。

 もしかすると自分のように物音に気づき、襲われる前に逃げ出したのかと予想するケーリッヒを他所にアヤトは嘲笑。


「なんだ、俺を襲いに来た精霊士さまに会いたいのか。なら丁度いい」


『…………っ』


 対するケーリッヒや男たちは絶句。

 と言うのも近づいてくるアヤトの背後、正確には引きずっている何かをようやく把握したからだ。


「ノックもせず邪魔してきたから不快のあまり少々やり過ぎてな。ここまで運ぶのに苦労した」


 そうぼやきながら手放せば事切れたよう地面にドサリと崩れ落ちる、黒ずくめの青年が。

 恐らくこの青年が精霊士、しかしなぜ持たぬ者のアヤトが精霊士を撃退できたのか。


「生きてはいるから安心しろ」

「な……なんで……」

「あ……ああ……」


 理解不能な状況に男たちも言葉が続かず、怯え腰を抜かすもアヤトは止まらない。


「さて、未遂とは言え俺に罪をなすり付けようとしたお前らのケンカ、遠慮なく買わせてもらうか」

「ひい!」

「ま、待ってくれ!」

「俺たちだってやりたくなかったんだ! 仕方なくだな……っ」

「ガキ共が起きるだろうが。つーかお前ら以外にもケンカを売った奴がいると……ま、誰かは聞くまでもないか」


 命乞いをする男たちに向けてほくそ笑み、腰後ろから剣とは違う武器を引き抜きアヤトはほくそ笑む。


「とりあえずそいつとお話し合いをしたいんだが、むろん案内してくれるんだろうな。断っても構わんが、腹いせとして俺も何をするか分からんぞ」


 刃をちらつかせる脅しに男たちが素直に従ったのは言うまでもなく。


「つーわけで世話になったな。シスターやガキ共に俺は旅に戻ったとでも伝えてくれ。つまり今見たことは内密にな」

「あの……アヤトさん」

「むろん世話になった礼は改めてするが、悪いようにはしねぇよ」

「そうではなくて――」

「お前には美味い菓子や茶を馳走になったからな。こいつらが巻いた油の掃除の肩代わりも含めて別に礼はする。じゃあな」


 憔悴した男たちと共に立ち去る間際、声を掛けるも有無も言わさず別れの挨拶を済まされ残されたケーリッヒはアヤトの希望通り掃除を済ませるしかなく。

 翌朝もシスターや子どもたちにはアヤトが朝早く旅だったと伝えた。

 急な別れにみなが寂しがるもケーリッヒはあの後、アヤトがどうなったのか気が気ではなく。

 改めてお礼をすると約束したなら、少なくともまた訪れるだろうと期待していたが――


「本当に何をしたんですか……アヤトさん」


 五日後ヒルデマ商会や教会の支援を一方的に打ち切った領主の不正が明るみになり、教会の存続が決定したことをみなは喜ぶもケーリッヒは苦笑い。

 事態の好転は喜ばしい。しかし間違いなくアヤトの成果だが、いったい何をどうすればこのような好転が起きるのか。

 数日滞在したところで状況は何も変わらないと言っていた本人が成し遂げればもう笑うしかない。


 そんなケーリッヒの疑問は更に二〇日が過ぎた頃、教会の支援を申し出てくれた人物によって解消された。

 その人物は王国屈指の商会と呼ばれるニコレスカ商会の代表で。

 さすがにこの話にはシスターも困惑していたが、ニコレスカ商会の代表クローネ=フィン=ニコレスカが訪問した際、ケーリッヒにだけ事情を教えてくれた。


「アヤトちゃんに頼まれたのよ」

「アヤトちゃん……? クローネさまはアヤトさんとお知り合いですか」

「お知り合いというより仕事を依頼する仲であり、お友だちかしら」


 まさかの事実に面食らうケーリッヒにクローネはしれっと肯定。

 なんでも二人は王国最強と謳われるラタニ=アーメリを通じて出会ったらしく、以降はアヤトの能力を買ったクローネが色々と仕事を頼むようになったらしい。

 しかもラタニとアヤトは血の繋がらない姉弟であり師弟でもあるそうで、この時点でケーリッヒは意味不明な情報量に頭がパンクしそうになっていた。

 とにかく一月前、アヤトがビラージュに訪れたのは商会内でもあまり良い噂を聞かないヒルデマ商会を調べて欲しいとクローネが依頼したのが切っ掛けで。

 そしてビラージュに訪れてすぐ、ヒルデマ商会絡みの問題に遭遇したことで接触。そのまま教会に滞在することで様子を探って居たが、放火未遂という決定的な事件を元に動いたことでヒルデマ商会を追い込むのに成功した。


 実際は新たな領主の疑惑調査を国王に依頼されただけで、ヒルデマ商会の件は時間があればついでに調査して欲しいとクローネが依頼したものだったりする。

 ただ新領主が突如教会の支援を打ち切り、そのタイミングでヒルデマ商会が教会の立ち退きを迫っていたなら両者に繋がりがあるとアヤトは判断。国王とクローネの依頼を同時に遂行できると様子を窺っていたらしい。

 またケーリッヒと別れた後、あのままヒルデマ商会の会長グリア=ヒルデマと対面。もちろん相手側は単独で訪れたアヤトを処理しようとするも、呆気なく返り討ちになったのは言うまでもなく。

 アヤトの異常な強さに恐怖したグリアは新領主を唆し教会を手に入れようとしたこと、更には子どもたちを保護する体で売り飛ばそうと目論んでいたことまで自白。

 そして新領主もしっかり調べ上げたアヤトは国王に全てを報告。ヒルデマ商会と新領主は裁かれたのだが、国王の依頼はさすがに口にできないとクローネは真実をねじ曲げ、あくまで自分の依頼によるものとケーリッヒに伝えた。


「お陰でヒルデマ商会が独占していたビラージュ周辺の商売をわたしたちニコレスカ商会が手に入れられたのよ」

「……そうだったのですか。ですが、なぜアヤトさんは教会の支援をクローネさまに頼まれたのでしょう」


 クローネの説明に納得しながらもケーリッヒは未だ依頼と教会の支援が結びつかず質問すれば何故かキョトンとされて。


「あら? アヤトちゃんは滞在中のお礼をするとあなたには伝えていると言ってたけど、忘れたの」

「……は?」

「要は()()()()()()()()()()使()()()()()。だからあなたにだけ事実を教えてるの」


 アヤトちゃんって義理堅いから――そうクローネは微笑むも、アヤトの感覚が理解できずケーリッヒは困惑が増していくばかり。

 そもそも教会は救われた側、にも関わらず救った側が数日滞在のお礼に教会の利にしかならない依頼報酬を提示するなど何かが違う。

 しかしアヤトの感覚にケーリッヒは更に困惑することになる。


「それともう一つ。ケーリッヒさん、王都の食堂で働く気はないかしら」

「え……は……?」

「これもアヤトちゃんの報酬なのよ。あなたには美味しいお菓子やお茶だけでなく掃除を頼んだからって」

「…………」

「だからもし望むのならわたしが口添えしてあげるわ。アヤトちゃんが見込んだ腕だもの、自信を持って紹介できるけど、どうかしら?」


 確かに去り際、自分には別に礼をするとは言っていたがまさかここまでしてくれるとは思いも寄らず。

 ただ呆然とするケーリッヒに向けてクローネはイタズラっぽい笑みで続けた。


「それとアヤトちゃんからの言伝。中々訪れないチャンスが巡ってきたが、どうするかは好きにしろ、だって」

「…………アヤトさん」


 その言伝にケーリッヒは笑ってしまう。

 相変わらず捻くれた物言いが可笑しくて。

 どうやら出会った日、壁の補修をしている時に零した反論を元に背中を押してくれたようだ。

 自分の悔しさを感じ取り、提案した守る道筋を歩めるよう手筈してくれたのだ。

 ならアヤトの厚意を無下にしないよう、このチャンスを活かして大切なみんなを守れる自分になるべく。


「クローネさま、ありがとうございます」

「お礼を言うならアヤトちゃんにだけど、あの子ならカリを返しただけだって受け取らないでしょうね」

「私もそう思います」


 戦う力のない自分は料理の腕でみんなを守れる道を歩もうとケーリッヒは決意すると同時に、何らかの形で必ずアヤトに恩返しをしようと王都へ旅だった。



 それから半年後――



 王都の食堂で働いていたケーリッヒは、マイレーヌ学院の学食で働き始めたアヤトが調理師を探しているとクローネから相談を持ちかけられた。


「あなたならアヤトちゃんの事情をそれなりに知っているものね、良好な関係を築けるからピッタリだなって。それに王立の学院だから箔も付くし、今の職場よりは給金も出るわよ」


 ようやく王都住まいや職場にも馴れ始めた中、再び環境が変わるのでクローネは申し訳なさそうに持ちかけるが、今以上に好条件なのは間違いない。

 ただ条件以上の魅力がケーリッヒにはあった。


「変わりにアヤトちゃんが振り回すから今以上に大変かもだけど、もしよければ受けてもらえないかしら」

「振り回されるのは予想できますが……良好な関係を築けるかは自信ありませんね。なんせアヤトさん、私が王都に来ても一向に顔を見せてくれませんから」


 などと愚痴を零しつつ、ようやく恩返しの機会が訪れたとクローネに笑顔を向けて。


「そろそろアヤトさんに文句の一つでも言いたいと思っていたところです。なので喜んでお受けします」




こちらも簡潔になりましたがヒルデマ商会の会長が目論んだ悪事と、アヤトくんの対応でした。

そしてケーリッヒさんが王都で働き、後に学食に赴任するまでの経緯ですが……アヤトくんは最後までアヤトくんでしたね。彼の感覚にケーリッヒが困惑するのも分かります。

ぶっちゃけ悪事を利用しなくても、アヤトくんなら簡単に依頼を達成できるのに回りくどい方法を選んだのは単に自分がいない間に教会が危険にさらされないよう守ってただけでしょうに……ほんと捻くれた子です。

ただアヤトくんの良く分からない感覚に振り回されながらも、ケーリッヒさんは戦う力ではなく料理の腕で大切なみんなを守れる道を歩めるようになりました。

とにかくこれにてケーリッヒ編も終了となります。


次回は序章の続き、つまりラタニ&アヤトがメインの終章をお楽しみに!



少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!

みなさまの応援が作者の燃料です!


読んでいただき、ありがとうございました!



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