守る手のひら 前編
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精霊暦九八〇年
王国北西の町ビラージュは国内でも平均気温が低く、風精霊の周季にもなると山脈から冷たい風が吹き込み寒さが一層厳しくなる。
しかし教国からの貿易だけでなく、海からも近いので物資を運ぶ商人らの行き来が多いのでそれなりに重要な場所。故にそれなりに栄えた町でもあった。
「ですから、私たちはここから立ち退くつもりはありませんと何度言ったら分かるんですか!」
そんなビラージュの中心街から少し離れた場所にある教会で少年は訪れた客人に向けて必死に声を張り上げる。
屈強な男たち五人に対応しているのは少年の他に老齢のシスターのみ。また少年は十八才にしては幼い顔立ちで体付きも細くどこか頼りない。
それでも怯まず対峙しているのは理由があった。
「これから寒さも厳しくなるだろう。こんなぼろい建物じゃガキ共も病気になるんじゃねぇか」
「だからヒルデマ商会の会長も心配してるんだ。なんで分からないかなぁ」
心配しながらもニヤニヤとした含み笑いを浮かべる男達の目的はこの教会なのだ。
先代領主から支援してもらいつつ暮らして来られたが、現当主が急に支援を打ち切り生活は困難になっている。それでも教会から独立した者からの支援や、現在暮らしている者達で協力しながら何とかやりくりしていた。
しかしヒルデマ商会がこの土地を欲しているようで、数日前から立ち退きを強要されていた。もちろん立ち退く代わり今後の保証は約束してくれている。ただ長年教会に勤めているシスターとしては思い入れのある場所、子どもたちが今の暮らしを望んでいるのであれば出来る限り存続させたい気持ちがある。
なにより男達を雇っているヒルデマ商会はあまり言い噂を聞かない。だからこそ少年は最年長として共に対応していたのだが――
「ここなんてちょっと触るだけで崩れるんじゃない――か!」
いつまでも受け入れないのに痺れを切らしたのか、男の一人が教会の壁を蹴り上げる。劣化が進んでいる建物なだけに簡単に穴が空いてしまった。
「なんて罰当たりなことを……っ」
「それは蹴るって言うんだよ。触れるってのはこうやって……っ」
「ほれほれ、早く決めないと教会が崩れてみーんな潰れちまうぞ!」
悲痛な声を上げるシスターに構わず他の男達も面白がって殴りつけ、花壇を踏み荒らす。
「やめ――かはぁ……っ」
あまりの行いに少年が止めに入るが抵抗虚しく、振り払われた腕によって吹き飛ばされてしまった。
「おいおい。急に飛び出しちゃ危ないぞ兄ちゃん」
「こんな可愛い顔してるなら姉ちゃんかもしれないぜ」
「大丈夫ですかケーリッヒ!」
「くそ……っ」
慌てて駆け寄るシスターやケーリッヒと呼ばれた少年を、男達はなにが面白いのか下品な笑い声を上げるのみ。
こんな男達を寄こすヒルデマ商会の会長はやはり噂通りろくな人物ではない。何がなんでもシスターや子どもたちを守らなければと決意を固める反面、力の無い自分に何ができるのかと悔しくて。
本当に神さまがいるのならみんなの大切な居場所を守ってくれと――
「盛り上がっているところ邪魔するぞ」
『…………は?』
……願わずには居られない少年の耳に届いたのは気怠げな声。
あまりに場違いな声にシスターや男たちも呆け顔になる中、近づいてくるのは風精霊の二月の寒い時期にも関わらず薄手の黒いコートを羽織った黒髪黒目に少年で。
ビラージュどころか国内でも珍しい東国の血筋にあたる特徴はさておき、どこか殺伐とした雰囲気を纏っているが顔立ちからしてケーリッヒよりも幼い。
ただこのような状況で何をしに来たのか、不審な視線も無視して黒髪黒目の少年は平然とした足どりでシスターの前へ。
「あんたがこの教会の責任者か」
「え……あ、はい。そうですが……なにか」
「すまんが水を一杯もらえるだろうか」
「み、水……?」
思わぬ申し出にキョトンとなるシスターだが少年は止まらない。
「今し方この町に来たんだが喉が渇いてな。それと雨宿りもさせてくれると助かるんだが……雲の様子からしてどうも一雨来そうだ」
「その……それは構いませんが……」
確かに山脈に掛かる雲の薄暗さからしてもうすぐ雨が降るだろう。
喉が渇いたのなら水を望むのも分かる。
だが現状が見えてないのかと困惑するシスターにケーリッヒも同感しかない。
「なんだテメェは」
懸念していたように我に返った男の一人が威圧するも少年は動揺どころか苦笑を漏らす。
「なんだと言われてもな。この街に来たばかりのしがない旅人だが、それがどうした」
「どうしたもこうしたもあるかよ。俺たちがこいつらと話してるところだ、邪魔をするな」
「だから、先に邪魔すると言っただろう。それとも言葉が通じんのか」
「な……っ」
続けて嫌味を返され男が絶句するもやはり少年は止まらない。
「つーかお話をしているだと? 俺には知性のかけらもなく暴れ回っているようにしか見えなかったが……なるほど、知性がなければ言葉も通じんか。実に納得だ」
「どうやら……少し痛い目をみないと分からないようだなっ」
「あぶな――っ」
あまりの侮辱に男も我慢できず拳を振り上げるのは当然で、自業自得とは言え少年の身を案じてケーリッヒが止めに入ろうとするが少年はため息一つ。
「やれやれ」
「…………!?」
迫り来る拳に見向きもせず僅かに退き簡単に躱してしまう。
「このガキ……っ」
「たく……なんなんだ」
続けて殴りかかるが少年は面倒げに身体を動かしながら最小限の回避を続けていく。
「テメェ……避けるんじゃねぇ!」
「やはり知性のかけらもないバカか。どうやら俺を殴りたいらしいが、俺は殴られて喜ぶ趣味なんざねぇんだよ」
ついに痺れを切らした男が声を張り上げるも少年は嘲笑で一蹴。
「加えて理由もなく殴りかかる奴を無視するほどお人好しでもねぇ。故に反撃させてもらう」
何故か男に背を向け五メルほどの距離を取り再び向き合った。
「とりあえず今からあんたの腹を蹴らせてもらう。蹴られて喜ぶ趣味がなければ遠慮なく避けても構わんぞ」
そして右足を軽く振り――
「ぐは――っ」
『…………!?』
次の瞬間、対峙していた男の身体がくの字に折れ後方に吹き飛んだ。
変わりに少年が男の居た場所に立っているのなら、宣言通りに男の腹部を蹴ったのだろう。
ただこの場に居るのが持たぬ者だけとしても少年の動きが全く見えなかったのだ。しかも黒髪黒目がそのままなら少年も持たぬ者のはず。
にも関わらず消えたように蹴るだけでなく、屈強な男を吹き飛ばした少年は何者なのか。
「やはりそう言った趣味をお持ちだったようだ」
疑惑の視線を他所に少年はしれっと吹き飛んだ男に妙な性癖を押しつけ、仲間の男たちを一人一人ゆっくりと見据えてほくそ笑む。
「ま、他所様の趣味をとやかく言うつもりはないが……お仲間さま方はどうなんだろうな」
「くそ……っ。覚えてろよ!」
その笑みや少年の不気味さに怖じ気づいたのか、未だ起き上がる様子のない男を抱えて四人は逃げるように立ち去った。
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「あ、あの……ありがとうございます」
騒動後、少年に向けてシスターは頭を下げて感謝を述べる。
ただ若干及び腰なのは男達を追い払った少年が怖いのだろう。それほど衝撃的な出来事が故にケーリッヒも無意識に緊張してしまう。
そんな二人の態度を不快に感じることなく、少年は訝しみの表情で問いかける。
「あん? なぜ礼を言う」
「それは……あなたが助けてくれたからで……」
「助けた覚えはないんだがな。つーか助けられるのは俺だろう」
シスターの言葉を否定をした後、少年は肩を竦めながら続けた。
「水を一杯もらえる上に、雨宿りもさせてくれるからな」
「「…………」」
確かに少年の申し出を受けてはいるが、まさか本当にそんな理由で訪れたとは思いも寄らず二人が困惑したのは言うまでもない。
外伝締めくくりはケーリッヒと黒髪黒目の少年、つまりアヤトの組み合わせでした。
こちらはケーリッヒさん初登場の第六章で予告した内容……ようやく描けるタイミングになりました。
とにかく時系列はアヤトが武者修行の旅を終えた後。
そして時系列がいつだろうと周囲を困惑させたり相手の神経を逆なでする相変わらずなアヤトくんに、ケーリッヒさんたちはどう救われたのかをお楽しみに!
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