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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
外伝 それぞれの物語
658/782

世代交代 後編

アクセスありがとうございます!



 御前試合を観覧していたレグリスやマーレグは予想外の結果に茫然自失。

 なんせ王国最強として長年無敗を誇っていたワイズが僅か十六才のラタニに敗北。しかも接戦にすらならない、終始一方的な展開となれば当然の反応。

 審判を務めていたナーダも勝者宣言すら忘れるほどの衝撃を受けていた。


 ワイズが手を抜いていたのではない。

 シンプルにラタニの実力がワイズを圧倒していただけのこと。


「ここまで完膚なき敗北だと清々しいものです」

「それはなによりさね。でもまあ、最後まで恥じない姿は見せられたと思うよん。少なくともあたしにはね」

「ならば私に悔いはありません」


 静まり返る場内の空気も無視して当の二人は和やかに笑い合う。


「ラタニ嬢、お付き合いくださりありがとうございました」

「どういたしましてん」

「それと……押しつけてしまい申し訳ない」

「謝るくらいなら押しつけるなって言いたいけど……乗っかったのはあたしの意思だ。お気になさらず」

「感謝します」


 晴れ晴れとした表情のワイズに対し、ラタニは若干面倒げに健闘を称え合う握手を交わす。


「約束していた答え合わせは後日になるのですが、そちらも気にしなくても宜しいですか」

「この空気だもんねぇ……仕方なしだ」

「ではその日を楽しみにしています」

「なるべく早めによろしく」


 ただ二人も状況を理解しているからこそ、早々に切り上げるワイズを見送ったラタニはナーダの元へ。

 予想通りならこの後、ワイズはレグリスとの謁見で時間が取れない。

 そして目的が達成したならラタニも王城に留まる理由もない。


「あたしお腹空いたー。ナーダさま、帰りましょ」


 故に問題なく帰路にはつけたが、待っていたのはナーダからの追求で。

 もちろんラタニも臆測でワイズの心情を話せるわけもなく、本人から聞くべきと交わしたのみ。

 まあ御前試合で見せた音による発動など、隠していた実力についてはきっちり追求はされたがそれはさておき。



 翌日レグリスに呼び出されたラタニは再びに王城へ赴き――



「約束通り、早めに場を設けました」

「まったくさね」


 謁見後、レグリスに指示されたまま通された応接室で待っていたワイズとも再び向き合うことに。

 ちなみに同席したナーダは別件で未だ謁見中。まあ二人きりで向き合うようワイズが頼んでいたのか、それともレグリスの配慮か。


「早速答え合わせといきたいけど、国王さまには全部お話ししたん?」


 どちらにせよまずはワイズの真意を確かめようとラタニは対面に着席。


「あなたが聞いた通りです」

「自分から望んだ勝負で敗北したなら、潔く身を引くべきってやつかい? あたしをダシに使うとか随分と酷いじゃまいか」

「元より私は後進に敗北すれば術士団長の任を退くと決めていました。つまり陛下にお伝えした理由も真実ですよ」

「その真実を作る為にあの場を強引に用意したくせによく言いますねぇ」


 ラタニの軽い牽制にもワイズはしれっと返答。

 まあレグリスに伝えた理由も嘘ではないとラタニは疑っていない。ただワイズが宮廷精霊術士団長、延いては王国最強の座から早く退きたかったとレグリスには伝えていないだろう。

 そしてワイズの思惑にラタニはまんまと填められたわけで。


「では答え合わせを始めましょう。あなたはどこまで察していますか」

「……強引な形で国王さまの前であたしと勝負したのは、自分の敗北を確実のものにするため。国王さまが事実って言うなら他も信じるしかないからねぇ」


 ようやく始まった答え合わせにラタニはジト目で追求。

 ディナンテ邸で精霊術を確認した時点でワイズはラタニの実力を見破っていた。しかしナーダが立ち合い承認になろうとワイズが一介の学院生に敗北したなどまず信じないだろう。せいぜい模擬戦ならば加減した、不正をしたと一蹴されて終わりだ。それだけワイズの強さは絶対的なものだった。

 しかし国王立ち会いの下に行われた御前試合ならば別。正式の場で行われた勝負となればワイズも加減は出来ず、国王が承認した結果ならば不正など唱えられない。

 唯一の懸念はワイズが学院生だからと侮っていた、という中傷が広まる可能性だが当の本人が気にしないからこそ実行したのだ。


「後はあたしの有用性を知らせるためかにゃー。狙い通りあたしは国王さま直々に精霊術士団に入団するよう任命されたよん。おかげさまで学院生の内から就職先が決まったわ」


 そしてもう一つ、レグリスを発信源に新たな王国最強の誕生を国内に認めさせ、自身が現在の地位から退きやすくするためだ。

 もちろんワイズに勝利したからといってラタニが宮廷精霊術士団とはいかないが、精霊術士の頂点に君臨する実力者をそのまま学院生と競わせるわけにもいかない。

 国として優秀な人材を放置するはずもなく、ワイズの後釜として期待されたラタニは今後を見据えて王国軍にスカウトされた。


「あなたを養子に迎えるつもりでいたナーダには申し訳ないことをしました」

「そこはお気になさらず。もちね、ナーダさまの気持ちは嬉しいけど……元よりあたしはその話を受けるつもりはなかったんで」


 ワイズはナーダの気持ちを知るだけに、この部分だけは罪悪感を抱いているようだがラタニとしてはむしろ助かっている。

 今後も学院に在籍し続けるならナーダの申し出を受ける以外に道はなかっただけに、学院生を続けるのを入団の条件として飲ませたお陰で理想的な形で学院に在籍できたのだ。

 決してナーダの養子になるのが嫌ではない。純粋にナーダを慕っているからこそ迷惑をかけたくないとの理由に過ぎない。

 ただラタニとしてはこれ以上は触れて欲しくない話題。


「つーかワイズさまも精霊術である程度相手の心情が読めるんね」

「あなたもですね。だから私の誘いに乗ってくれたのでしょう?」

「精霊術ってのは精神面が大きく作用する。感知能力もだけど、意識して相手の精霊術を分析してればある程度でも心情が分かるもんさね」

「あなたの若さでその領域に行き着いているとは恐ろしいものです」

「なんせあたしは大天才だ」


 故に話題を元に戻せばワイズも空気を読んで踏み込まずに合わせてくる。

 御前試合で自分の精霊術がどう映っているか、と問いかけるまでワイズも確証がなかったはず。しかし見破った実力からラタニも読み取れると期待はしていた。

 長年王国最強の座に君臨し続けた、誰も知らない本心をワイズは知って欲しかったのだろう。


「あんたの精霊術から感じ取ったのは悲痛。ただ自分と対等に戦える相手がいないって虚しいもんじゃなく、純粋に戦いが好きくないんよね」


 戦いを好まない最強とは皮肉なものだ。

 ワイズの精霊術から誰も傷つけたくないとの苦悩をラタニは読み取った。

 それでも長年最強の肩書きを背負い続けたのは実力者としての責務か、後進のためか、それとも国を守りたい切実な思いか。

 どちらにせよワイズの実力は才能だけでは辿り着けない領域。

 つまり戦いを好まなくともワイズが必死に耐えて研鑽を積み、模範とあり続けたのは周囲のためでしかなく。

 

「要は優しすぎたんだねぇ」

「優しいのではなく……私は怖かったんです」


 自身を削ってまで周囲の期待に応え続けたその生き様に敬意を払うラタニに対し、ようやく本心を吐露できるとワイズは肩の荷が下りたようにポツポツと語り始める。


「誰かを傷つけるのも、自分が傷つくのも怖い。両親を始めとした周囲の期待に応えられない自分や、大切な人を悲しませる結末を迎えるのではと……いつも不安で、怖くて仕方ありませんでした。ですが王国最強を背負う以上、後進の模範となるべき。また最強と呼ばれている私が弱き心を見せれば多くの者が不安になります」


 故にがむしゃらに研鑽を積んでいたと語るが周囲の為に強くなろうとした思い、怖さに耐えてまで最強であり続けたワイズは優しすぎたのだろう。

 ただラタニがどう意見してもこれ以上は無意味と悟り、変わってちょっとした疑問を口にする。


「あたしの前で大暴露してるのは負けたからかい? つーか術士団長を辞めちゃって嫁さんはなにも言わないのかい?」

「そうなりますね。ただ妻は私の弱き心を良く知っていますから、私の決断に対して労ってくれました」

「あん?」


 すると今度は憂いのない笑みでワイズは言い切った。

 最強の肩書きを受け継いだ者には強がりは無用、遠慮なく弱さをさらけ出せるからラタニには本心を伝えられた。

 そしてもう一人、妻のニルベルにもだ。

 ニルベルとはいわゆる幼なじみの間柄で、婚約者として幼少期から親しくしていた。故にワイズが唯一本来の自分をさらけ出せる存在だった。

 そんな弱さを知っても尚、ニルベルは見限らず支えてくれた。最後まで強がっていた自分を応援してくれた。

 もしアーナが居なければ最強という重圧に耐えられず、ワイズはとっくに逃げ出していただろう。

 だからこそラタニと出会い決断できた。

 実力だけでなく頂点として周囲を導く強き心と、レグリスの目指す理想の王国に共感して支えてくれるであろう存在に安心して最強を受け継ぐことができたわけで。

 役目を終えたと知り、ニルベルはただお疲れさまと言ってくれた。

 

「私は昔から妻に頭が上がりませんから」

「なるほど……なら真の王国最強はあんたの奥さんだったわけだ」


 思わぬ惚気にラタニはケラケラと笑いつつ、ワイズが重責に耐えられた理由に納得して。


「んで、これからどうするん?」

「そうですね……妻とも話し合いましたが、とりあえず田舎に隠居して夢を目指そうかと考えています」

「夢?」

「私も妻も昔からパンが大好きなのです。なので実は幼少の頃からパン屋になるのが夢でして……もちろん叶わぬ夢と諦めていましたが、陛下にもこれまで尽くした時間を取り戻すよう、思うままに生きよと背中を押してもらいましたから」


 確かに伯爵家に産まれ、飛び抜けた才覚を秘めたワイズがパン屋という夢を叶えるのは無理だろう。

 しかし今まで自身を削り国のために生きたのなら、残りの人生は自由に生きてもいい。自由な夢を抱いてもいい。

 そしてワイズのことだ。隠居しても変わらず弱き者の為に生きるだろう。王都から離れれば離れるほど国の力は行き届かない。霊獣や盗賊による被害は辺境の地ほど多いのだ。

 要はそう言った場所で再び自身を削り、周囲のために戦い続けるのなら。


「さすがにパン屋を営むのは無理でしょうけど、美味しいパンを作れるよう頑張ってみたいと思います」

「いやいや、まだ五〇なら諦めることないよん。良い夢さね、ラタニさんも応援しちゃうよ」

「ありがとうございます。ただ今後王国最強を受け継ぐあなたに私のような振る舞いを強制しません。その方が今後の王国にとっても良い結果になるでしょうから」

「敵だらけになりそうだけどにゃー。でもまあ? ラタニさんにかたっ苦しい生き方は無理なんで、元より好きにさせてもらうよん」


 それ以外の時間は存分に愛する妻と穏やかな暮らしを謳歌してほしいとラタニは心から願った。



 ・

 ・

 ・



「――とまあ、これがラタニさんの知るあんたの親父さんさね」

「……父がそのような葛藤を抱いていたのか」


 霊獣地帯の再調査を終えた後、約束を果たすためにダラードの酒場に向かったミルバは複雑な気持ちで酒をあおった。

 ラタニから聞いた六年前の出来事は確かに自分の知らない父の一面だ。

 ミルバの知るワイズ=フィン=オルセイヌは実力は当然、いつも穏やかな笑みを絶やさず、しかし常に堂々と振る舞う最強の称号に相応しい強さがあった。

 だがその心内は常に不安と怖さを抱く弱さを秘めていた。言ってしまえば虚勢をはり続けていただけでしかない。


「あんたら子どもにも話さなかったのは、パパリンとしても強くあり続けようとしたんだろうねぇ。水くさいとは思うけど、これまたワイズさまらしいと思わないかい?」

「母もだが……かもしれないな」


 ラタニの言うように水くさいとは思う。ただ結局のところ父は不器用なのだ。

 宮廷精霊術士団から退いた際の潔さ、敗北したのが事実なら周囲にどう思われようと一切の言い訳もしなかったのも自身の弱さを自覚していたからだろう。

 恐らく母も最後までワイズの生き方を尊重して、例え子に見限られようとも共に全てを受け入れて。

 それでも最強の称号を背負う者として己の弱さを隠し、国のために最後まで自身を削りながらも全うしたのなら印象は大きく変わる。

 本人が弱いと言い張ろうと、国のために強がり続けたワイズの強さは本物だ。ラタニが尊敬するだけはある――


「んでんで? これでも大隊長さまは才能のみでのし上がった、苦労知らずの最強など信用ならんと言えるかね?」

「く……お前と言う奴は……っ」


 などと納得していれば過去の発言をネタに煽るラタニが実に忌々しく、ミルバは苦渋の表情。

 知らなかったので仕方ない……とはいえ、父の本心を知ろうともせず一方的に責め立て見切りを付けたミルバの態度にも問題はあったわけで。


「そもそも父の本心を勝手に広めてもいいのか? 部下達の様子からして、少なくとも小隊員にも話しているのだろう」

「別に口止めされたわけじゃないからにゃー。だからせめてね、部下のみんなにはワイズさまを勘違いして欲しくなかったわけで」


 故に言い訳も出来ずせめてもの反論をすればラタニはしれっと身勝手な言い分と共にミルバを見据える。


「無粋かもしれんけど、家族がすれ違うくらいならあたしはいくらでも悪役を担うよん」

「……ふん」


 一本取られたミルバはケラケラと笑うラタニを無視して再び酒をあおった。

 今回印象が変わったのはワイズだけでなくラタニもだ。

 精霊種という脅威を前に絶望する中、対抗心から部下を死地に赴かせようとした自分とは違って彼女は最後まで部下を思い鼓舞してくれた。

 まさに最強の称号に相応しい輝きに導かれるまま、みなもラタニのように大切ななにかを守れるよう、今以上に強くなろうと前向きな気持ちで撤退できた。

 もちろんミルバもその一人だが、ここで褒めては更につけ上がるのは目に見えている。


「お前は父と会っていないのか」

「パン屋さんを開いたら遊びに行くつもり……つーかあれから忙しすぎて遠出する暇なんざあるかいな。ほんとワイズさまには面倒なもんを押しつけられたもんさね」

「いい気味だ」


 故に今後も厳しい姿勢は変わらない。


「だから代わりに様子を見に行ってねん」

「……仕方ない」


 ただ父に会った際、あなたの人を見る目は間違っていなかったとは伝えよう。


 長年ワイズ=フィン=オルセイヌが守り続けた王国最強の称号は、最も相応しい者に受け継がれていると。



 ◇



 霊獣の群れ、精霊種の出現と王国を震撼させた事件は国内外に広まっていた。

 同時に滅亡の危機を前に被害ゼロで回避した奇跡的な情報や、その立役者が王国最強のラタニ=アーメリだとも。


「さすがはラタニ嬢です」


 故に王国の片田舎で暮らしているワイズの耳にも届き、危機を免れた安堵しながらラタニの偉業に感心していた。

 今回の一件だけでなく、六年前に出会った少女の成し遂げた偉業の数々はもちろん知っている。


「私も応援して頂いた手前、早く朗報をお伝えしたいのですが……精霊術に比べてパン作りとは難しいものです」


 その活躍を聞く度にワイズは自身の判断は間違ってなかったと思う反面、未だ満足のいくパンを焼けない自分が情けなく思うわけで。

 とにかくラタニの実力ならば今後も更に活躍するだろう。

 しかし心配もある。

 才能だけでは到達できない美しい精霊術を扱える、ワイズですら底が見えない膨大な精霊力を秘めた天真爛漫な少女。

 あの時は本人が触れて欲しくないよう振る舞っていたので口にしなかったが、普段の態度が虚勢と思うほどに、彼女の精霊術から伝わったのは絶望漂う()()()()()

 なにかを諦めているようで、それでも諦めきれないとの葛藤が垣間見えただけに。


「押しつけてしまった私が願うのは筋違いかも知れませんが……私にとってニルベルのような存在と出会えているように願うばかりです」


 その隙間を埋めてくれる誰かが側にいてくれることを、ただただ願わずにはいられない。



 

ワイズさまの真意と、時系列は戻りラタニさんが約束通りミルバさんとお酒を飲んだお話しでした。

それはさておき、ラタニさんがワイズさまを『みんなの為に自分を削り、辛いの必死に我慢して、強がっていた』と評価するだけありますね。ですが最後まで弱さを隠して、誰もが憧れる王国最強という象徴であり続けたワイズさまは強いお人だと思います……ミルバさんが愚痴っていたように不器用な御方でもありますけどね。

そして少しだけその後のワイズさまも登場しましたが……ラタニに対する評価について詳しく触れるのはお約束の後ほどとして、これにてワイズ編も終了。


次回で外伝のエピソードも四つ目、つまり最後を締めくくるのはラタニとアヤトのどちらと、誰の物語なのかはもちろんお楽しみに。


ちなみに次回も事前に予告した内容となっています。



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読んでいただき、ありがとうございました!



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