恩師 後編
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訓練を終えて帰ろうとしたカイルにラタニが接触。
わざわざ城門前で待ち伏せしてまで遊びに誘う理由がカイルは読めない。
しかしこの一年でラタニの優秀さと同時に破天荒ぶりも知っただけに、読めなくて当然と若干の諦めはあったが、相手側から接触してきたのは良い機会。
「お付き合いします。目的地はどこでしょうか」
戸惑いはあったが快く了承、迎えの馬車にラタニを乗せたのだが――
「……やはり先生は読めません」
その目的地がアーヴァイン邸、つまり自宅の室内訓練場だったことにカイルは肩を落とす。どうもラタニにとって遊ぶというのは訓練らしく、要は追加訓練をしてくれるとのこと。
ちなみに年越し祭が近いこともあり運良く両親は夜まで外出中、二つ上の兄もまだ帰省していないのでラナクスに居るお陰で招くことが出来たと内心安堵していた。
なんせ両親は他の貴族ほどではないがラタニを余り快く思っていない。兄も学院でラタニと何かあったのか心証が悪いのだ。
それでもラタニの指導を受けられているのはレイドの誘いがあったからこそ。さすがに両親も兄も王族の誘いとなれば認めるわけで、もし鉢合わせをすればラタニに不快な思いをさせてしまう。
まあ家の者がどんな対応をしようとラタニは全く気にしないだろうが、純粋に慕っているカイルとしては申し訳ない。故に後ほど招いたことは使用人に報告されたところで自分が耐えれば良いだけのこと。
「なんだいなんだい? もしやラタニさんとデートしたかったのかにゃー。だったら変に期待させちゃってごめんちゃい」
そんなカイルの心労も知らずラタニはケラケラと笑っていたりする。
「……そのような期待はしてませんが、なぜ急に俺だけに追加訓練をされるんですか」
「そう急かしなさんな」
とにかくわざわざ屋敷に足を運んでまで訓練をする違和感から素直に質問するカイルに対し、ラタニは精霊力を解放。
『パン――ッ』
同時に柏手を打つなり周囲の空気が震えた。
「カイちゃんとこの使用人さんが盗み聞きするとは思わんけど一応ね」
どうやら精霊術で室内に空気の層を生み出し外部に声が漏れなくしたらしいが、高度な精霊術を簡単にやってのける辺りがラタニで。
「遊ぶ前にちょい質問。カイちゃんさ、あたしになにかお話しでもあるの?」
「……それは?」
「いやだって、訓練時でも妙にラタニさんに熱い視線を送ってたでしょうに。後はあたしについて個人的にこそこそと調べてたからねん」
そして普段の些細な行動だけでなく、裏で色々と探っていたと気づくのもラタニ。だからレイドやエレノアの居ない場所で、万が一を考慮して精霊術まで使い密談の場を設けてくれたのだろう。
「それともマジであたしに惚れたのかにゃー?」
「……ある意味惚れ直しました」
ならば下手な小細工はしない方がラタニの印象も良くなるとカイルは判断、正直に自身の願いを口にした。
「先生にお願いがあります。レイドの後ろ盾になって下さい」
「レイちゃんの後ろ盾ってーと……王位しかないね」
「はい」
カイルが個人的に接触を狙っていたのは王位継承権でレイドに付いて欲しいとラタニに懇願する為。
個人で調べた限り、噂通りラタニには軍内や貴族に敵が多い。
しかしレイドやエレノアに指導を頼んだ国王は当然、ダラード支部統括のナーダ=フィン=ディナンテ侯爵や精霊騎士団長や王国随一の商会長を務めるニコレスカ子爵家を始めとした極少数の有力貴族とは懇意の仲。
なにより王国最強の肩書きを持ちながら傲らず、貴族平民問わず対等に接する態度から平民人気が非常に高い。王位継承権争いでラタニがレイドの味方になれば優位になるだろう。
もちろんレイド支持を公に発言するまでは望まない。ただ講師としてレイドと繋がりが出来たなら、今後は講師だけではなく相談役として懇意にしてもらえないかとカイルは願っていた。
「んで、エレちゃんも居ながらレイちゃんを贔屓にしろってことはカイちゃんはレイちゃんを支持してるわけね」
「アレク殿下やエレノアが王位に相応しくないとは言いません。ですが次期国王として王国を導くのはレイドだと俺は考えます」
「だからあたしにレイちゃんのお守りをしろと。自分じゃレイちゃんを支える役者になれないって理由で」
「……先生は全てをお見通しなんですね」
含みのある追求にカイルは苦笑で肯定。
なぜレイドの居ない場で、このような望みを口にしているのかラタニは察しているのだろう。
「精霊術ってのは精神面が大きく作用するって教えたでしょうに。要は精霊術の扱いから心理状態は予測できるんよ。つーてもある程度のもんだけどね。そんでもってカイちゃんの精霊術からあたしがある程度読み取った心理状態は自分に対する失望」
「…………」
「ぶっちゃけりゃレイちゃんに比べて自分は平凡、情けねーなって感じだね。からの、わざわざカイちゃんが単独であたしにお願いしてるのと、王族のレイちゃんと昔っから仲良くしてる関係性から、なにか約束でもしてたんかい」
そして規格外な方法で自分の心理を知る恐ろしいまでの感知能力や、僅かな情報から言い当ててしまった。
まさにラタニの予想通り、カイルは幼少期にレイドと誓いを立てている。
そもそもレイドとの出会いで恭しい態度を取らず接したのはカイルの反抗心だ。長男の兄といつも比較され、期待してくれない両親を少し困らせてやりたいと敢えて初顔合わせで不躾な態度を取っただけ。
しかし自分の不躾な態度をレイドは不快に思うどころか気に入ってしまい、むしろカイルが戸惑う結果になった。
ただ共に過ごす時間が増えていく内にレイドの人柄を知り、民の幸せを願う心根を知り。
レイドが王位に就いた時、友として共に理想の王国に導こうと誓った。
「……ですがレイドは想像以上でした。勉学でも、精霊術でも、どれだけ努力しても俺は足下にも及びません」
だが出会いで分かるように、カイルは王族相手に対等な関係を築ける器ではない。所詮は反抗心からの自棄、そんな虚像をレイドが気に入っているだけ。
それでも対等でいたいと虚勢を張り藻掻いていたが、本物の器を前に自分がレイドの友として支えるなど烏滸がましい。
「そんな俺が友としてレイドを支えるなど……傲りでした」
「だから自分に代わってあたしに支えて欲しいと」
「所詮俺はレイドを支える器ではなかった……情けない話です」
故に王国最強に相応しい器のラタニならと期待した。
両者の思想は似ている、レイドの資質もラタニなら分かってくれると。
だから隣りに立てずとも、せめて陰ながら出来ることとして後ろ盾を願った。
カイルの本心を聞いたラタニは慰めもせず冷ややかな視線を向けてため息一つ。
「確かに情けねー話だわ。つーかあたしゃ興ざめさね」
ラタニらしく歯に衣着せない物言いもカイルは甘んじて受け入れる。
受け入れた上で、レイドの理想を叶える為に頭を下げて懇願を――
「てなわけであたしの答えはお断りだよ。テメェみたいな情けないダチが支持する奴が王国を良くしてくれるとは思わんからね」
「…………」
続けるより先に結論を出されて下げかけた頭が止まった。
「……俺とレイドは関係ないでしょう」
「あるだろ。王さまってのは人を見る目も必要、にも関わらずちょっとダチに置いて行かれたくらいで日和って、他の奴に任せるような情けねぇ奴を側に置いてる節穴なお目めしてんだからねぇ」
自分は失望されて当然、しかし自分を理由にレイドを拒絶するのは道理に反すると意見するもラタニは嘲笑を交えて一蹴。
「下手すりゃハニトラに引っかかるか、自分をちやほや持ち上げてくれる奴らの言いなりになるかもな。今の国王さまが頑張って築き上げてる楽しい王国をまたダメにされたらかなわんよ」
そのままレイドの資質を批判するラタニをカイルはただジッと見つめていた。
「ラタニさんはこの国が大好きなんよ。だから大好きな王国をダメにするようなレイちゃんを支持なんざ誰がするかってーの」
無言の圧を嘲るようラタニは改めて拒絶する。
対するカイルは無意識に拳を固く握っていた。
「……んだよ、なにか文句でもあんのかい」
秘める感情を感じ取ったのか、面倒げにラタニは問いかける。
文句はある。
安易な評価でレイドを侮辱したラタニと。
「あるなら遠慮なくかかってこいやー。それとも怖くて無理ってか? ならハンデとしてあたしは精霊術を使わない、ここから一歩も動かない、オマケの左手一本でお相手してやるぜ」
そんな勘違いをさせてしまった自身の弱さに怒りが込み上げる。
「まだ怖いなら追加のハンデをくれてやるけど――」
「必要ない!」
感情を爆発させたカイルはラタニ目がけて駆け出した。
・
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「少しはすっきりしたかい」
数分後、倒れ込むカイルに対しラタニは涼しい顔で精霊力を解除。
どれだけ剣を打ち込もうと、精霊術を放とうと全て左腕のみで対処してしまった。
どんな方法で剣や精霊術を素手で対処しているのか理解できなくても、がむしゃらに挑んでは殴られ、投げ飛ばされる一方的な展開。
宣言通り精霊術も使わず、一歩も動かず、左腕のみで軽くあしらわれ。
相手が王国最強でも、ここまで心身共にボロボロにされては情けなくて。
「く……っ」
我慢できず涙を零すカイルの元まで歩み寄ったラタニはしゃがみ込んだ。
「なあカイちゃん。あんたはレイちゃんを支える器じゃないって言うけど、あんた以外の誰がレイちゃんを支えられるんだろうねってあたしは思うさね」
「今さら慰めなど虚しいだけだ――っ」
そのまま語りかける言葉は先ほどとは真逆の、カイルを肯定するもの。
ただ状況も踏まえてからかわれているのか、あまりの情けない姿に同情されたと捉えるカイルを無視してラタニは続ける。
「つーかダチの理想を叶えるのに必要なのは才能じゃない。それはそれは単純な、ダチを思う熱い気持ちだ」
ただ肯定しているのはカイルの器よりも、レイドを嘲られて抱いた感情、その行動だと伝わった。
例え反抗心からの自棄でも、虚像をレイドが気に入って共に居てくれても、カイルの友を思う気持ちは紛れもない本物だと。
「それでもカイちゃんが才能に拘るならあたしはこう言ってやるよ。ダチに置いて行かれたくらいで諦めるな。ダチと一緒に理想を叶えたいなら、そうなれるテメェになろうと限界に挑み続けろ」
故に今度こそ対等な友として胸を張れるような自分になれと鼓舞してくれる。
「そんでもって自分を卑下しすぎるな。あんたはダチのためなら王国最強にでも殴りかかれる格好いい男だ」
最後にどう足掻いても勝てるはずがない相手にも、友のために挑める強さを教えてくれた上で、ラタニは優しく頭を撫でてくれて。
「カイちゃんは将来もっと格好いい男になるぜ。王国最強が太鼓判を押してやるよ」
これから先の自分に期待してくれた。
両親も、自分自身も期待しなかったカイルの可能性を。
この人が期待してくれるのなら、いつか本当にレイドと対等な友として歩める日が来るような気がして。
そんな自信を抱く単純な自分が恥ずかしくて、ラタニの視線から逃げるように両目を腕で覆った。
「……ボロボロにされて……かっこいいもなにも……ありません」
ただ再び零れる涙は悔しさよりも、嬉しさで溢れていた。
◇
数日後、カイルも言霊を習得した。
そもそもラタニがカイルと接触したのは、レイドと比較して自信をなくしていた自分の感情を読み取ったからこそ。
『何度も言うけど精霊術ってのは精神面が大きく作用するんよ。つまり自分を卑下してりゃいつまでたっても成長しないさね』
要はカイルの悩みを聞いた上で鼓舞するなり、模擬戦をするなりして殻を破らせようとしたが、先に質問したことでレイドの後ろ盾や自身の弱さを打ち明けられて丁度良いと敢えて煽りまくった。
『そんでもってレイちゃんが良い人面してて実は腹黒なように、カイちゃんは冷静ぶってるだけで実は熱い男の子なのもラタニさんはお見通しだったわけだ』
レイドの本質はさておき、カイルの本質も見抜いていたからレイドを引き合いに煽ったらしい。
実際にカイル自身も気づいていなかった一面を知り、虚像という負い目も忘れてレイドに対する本物の友情を自覚できたが、後に恥ずかしさからカイルが身もだえしたのは言うまでもない。
とにかくラタニの手の平で踊らされてしまったが、お陰で自信を得たのは確か。
なにより煽り以外はラタニの本心。カイルにとっても有意義な時間で。
「おめでとさん。よく頑張ったねん」
「ありがとうございます……先生」
言霊習得を褒めてくれるラタニに心からの感謝を伝えた。
のだが――
「てなわけで今日であたしの講師も終了。お疲れちゃん」
これからも指導をと願う間もなくラタニは一方的に終了宣言。
「先生! 私はまだ言霊を習得していません! そもそも急すぎます!」
突然すぎてポカンとなるカイルやレイドを他所に、唯一言霊を習得していないエレノアが即座に詰め寄るが事情を聞いて納得するしかない。
と言うのもラタニはマイレーヌ学院の卒業と同時に小隊長に任命されたらしく、今後は隊員集めや小隊長としての任務で本格的に忙しくなる。
「まあ時間があったらエレちゃんの様子も見て上げるから、それまでは今まで教えて上げたことを頑張りんさいな」
「……わかりま――」
「つーかつぎ会うまでに言霊取得してなかったら、お仕置きとしてボロッボロになるまでラタニさんと模擬戦ね」
「それは分かりたくありません!」
ケラケラと笑いながらえぐい提案をされたエレノアが顔を青ざめるのも無視、ラタニはレイドとカイルの下へ。
「二人はもうすぐ入学か。受かるのは当然として、どうせなら一学生の間に序列保持者まで登り詰めろよ」
「厳しい条件ですが……わかりました」
「先生の教えに恥じぬよう、必ず登り詰めます」
エレノアほどではないにしろかなりハードルの高い鼓舞にレイドは苦笑しつつ、カイルは胸を張って約束を。
そして最後までラタニに振り回されながら一年の訓練も終了。
「先生、少し良いですか」
「なんじゃらほい」
改めて感謝を述べるレイドやエレノアと別れ、最後だからこそカイルは帰宅するラタニを呼び止めた。
数日前は嬉しさや恥ずかしさで忘れていたが、もう一つの本心をラタニから聞いていない。
「勘違いしないでもらいたいのですが……レイドの後ろ盾になってくれませんか」
あの時は自分を煽るために拒否した望み、しかしラタニが付いてくれれば王位継承権でレイドは優位に立てる。
故にカイルは願わずには居られないのだが、ラタニと言えば――
「心配せんでも、あたしはあんた達の望みの邪魔はしないよ」
「…………それは――」
「つまり味方はしない、でも敵にもならないってことさね。てなわけでまったねん」
含みのある返答に詰め寄る暇もなくラタニは早々に立ち去ってしまった。
残されたカイルは後を追おうとして、結局足を止めてしまう。
あの態度ならどれだけ問い詰めようとなにも教えてくれない。
ラタニが自身の存在価値、発言力を理解している上であのような返答をするのなら。
恐らくラタニの中では王になって欲しい誰かが居る。
なぜ理解して尚、その誰かに付かず中立を貫くのかやはり読めるはずもなく。
唯一の救いはラタニが味方にも敵にもならないことか。
ただ味方になってくれなくても。
例え敵に回ったとしても。
ラタニに向ける敬意は生涯消えることはない。
「先生……ありがとうございました」
その誓いとしてカイルは遠ざかる恩師の背に深く頭を下げた。
第十章『期待の追憶』でカイルがレイドと比較して自信をなくしていたと発言していましたが、後にディーンに同じよう煽り変換術を習得させた理由とは違いました。
要はカイルのなくした自信は才能と言うより、レイドと対等な友でいられるかどうか、でした。
またこれまでちょいちょい話題に出ていたレイドとカイルの誓いや、二人が友になるまでの経緯がカイルの心情で語られましたね。
そんな負い目があったカイルも、今ではすっかりレイドと対等な関係を築けています。だからこそカイルにとってラタニはレイドやエレノアとは違う恩師でもありました。
などと言いながら、未来でカイルの知らないところでアヤトくんと接触しているレイドさまの真意や、ラタニさんが王位に推している誰かは謎のままですけど……その辺りは追々として。
カイル編もこれにて終了、次回はラタニとアヤトのどちらと、誰の物語なのかはもちろんお楽しみと言うことで!
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みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!