隠し事
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「……まーたここで寝ちまったか」
目を覚ましたツクヨは天井を眺めつつ渋面をつくる。
彼女が居るのはラタニの住居ではなくクローネが用意した鍛冶場に隣接する休憩室で、その名の通り鍛冶の合間に休めるようソファの他に簡易キッチンやシャワー室も完備されている。
ただ王都に移り住み、クローネと契約して以降ツクヨはほとんど入り浸り。ある意味住居化しつつあるがそれよりも。
「クローネさんにバレねーようにしないと……」
ぼさぼさの髪を搔きつつぼやくのは、ツクヨがあまりにも鍛冶中心の生活をしているのを危惧したクローネが従者を付けると言い出したからだ。もちろん身の回りの世話やスケジュール管理が主な役割だ。
製法技術はクローネも聞かされていない秘匿事項。鍛冶については一切関わらないよう配慮してくれるらしいが、自身の世話をする従者というのがむず痒くツクヨは避けたいところ。
ちなみにツクヨの武器をニコレスカ商会に卸し始めても、未だその鍛冶師=ツクヨとは周囲に気づかれていない。ツクヨとしては契約した時点で多少の見ばれは覚悟していたが、やはり受け継いだ知識は革新的、現に商売敵が躍起になってニコレスカ商会を探っているらしい。
要は引き抜きよりもツクヨ自身に危険が及ぶとクローネは秘匿を徹底している。その一つがこの鍛冶場だ。
なんせこの鍛冶場は場所こそニコレスカ商会が管理する工業区の区間に建てられたが、行き来はラタニの住居から地下通路を通って行き来できるようになっている。ラタニの住居が平民区の外れにあり、森林地帯を挟んだ工場区の近くだから丁度良いとクローネがラタニに交渉。言うまでもなくラタニは『住居に秘密通路とかロマンだにゃー』とノリノリで了承、小隊員に手伝わせて短期間で作り上げてしまった。
確かにこの方法で行き来すればツクヨが鍛冶師と結びつける者はまず居ない。ただ秘匿の為にここまでするかと呆れたものだ。
「しかももう昼じゃねーか……そりゃ腹も減るわけだ」
それはさておき、時計を確認したツクヨはお腹をさすりつつシャワー室へ。
何時に寝たかは覚えていないが、家事を終えるなりそのまま眠ってしまったので身体がべたべたでとにかく気持ち悪い。最近温かくなってきたのでまだ良いが、もし寒い時期なら間違いなく体調を崩していただろう。クローネが危惧するのも当然だった。
とにかくシャワーを終えてさっぱりすれば朝食兼昼食の用意を――
「……あん?」
するより先にベルの音が室内に響く。
このベルはラタニの住居から地下通路経由で訪れる者を知らせる音。つまりツクヨの鍛冶場を知る誰かが訪ねて来たわけで。
「昨日の今日だけど……ま、そりゃ来るか」
ただ家主のラタニは遠征訓練でダラード、アヤトは公国から戻っている最中。クローネの従者も基本訪れるが地下通路は通らないので、誰が訪れたかは予想に容易いとツクヨも安心して地下通路に繋がるドアを開けた。
「今日も訪ねちゃってごめんなさいね」
「気にすんな」
予想通り来訪したのはシャルツだった。
鍛冶場を行き来する地下通路はラタニやアヤトはもちろん、通路作りに協力した小隊員以外にロロベリアやニコレスカ姉弟、それと懇意にしている序列保持者やサクラ、エニシも知っている。しかし住居の鍵はラタニやアヤト、小隊員以外ではシャルツにしか渡していない。
つまり消去法でシャルツのみで、彼はツクヨの協力者としてラタニやクローネに頼んで自由に行き来できるようしてもらっていた。
「これは差し入れ。ちょうど食事のようだからデザートにどうぞ」
「まだ作り始めてもねーよ。つーわけでデザートから先に頂くわ」
他にも来訪に理由は察しているが、手土産を受け取ったツクヨは室内に招き入れる。
「……あなた、今日も徹夜したでしょう。お肌に悪いわよ」
「肌なんざ気にしてたら鍛冶できねーだろ。それに多分暗い内に寝たから徹夜でもねーよ」
「多分の時点で信憑性が無いわね」
お茶を用意しながらカラカラと笑うツクヨに嘆息しつつ鍛冶場を除けば、昨日よりも打ち終えた剣が増えている。
クローネとの契約でツクヨはナイフや包丁以外で月に二本、瑠璃姫クラスの武器を製作している。現在サーヴェルやエレノア以外では精霊騎士副団長、つまりミラーの父親や騎士団長と副団長の手に渡っていた。今後も徐々に増えていくがまず工芸品目的の貴族には渡らないだろう。
また鉱石の精錬こそ精霊力で行うも、精霊石や霊獣の骨を使わない武器もそれなりに仕上げている。見目の鮮やかさは劣るモノの性能は充分なのでこちらも徐々に注目を帯び始めていた。
そして見目からして仕上げたのは後者の剣。クローネからは無理ない程度で卸してくれれば良いと言われているのに、シャルツから見れば明らかに無理をしているわけで。
密かにクローネから無理しないよう注意して欲しいとの使命を受けているだけに、口頭では注意をするも本気で止めるつもりはない。
もちろん本格的に危険と判断すれば別だが、やはりツクヨの目的に協力する側としてシャルツも今は応援する気持ちが勝ってしまう。
「とにかく休息も大事、お肌にも悪いし良い仕事が出来ないわよ」
「へいへいっと」
故にやんわりとした注意のみでツクヨがお茶を煎れるに合わせてテーブルへ。
「ごちになります」
「どうぞ」
そのまま差し入れのケーキをむさぼるツクヨを眺めつつシャルツはお茶を一口。
「先ほどズークから聞いたのだけど、夕刻にダラードから精霊種の精霊石が届くそうよ」
続けて切り出したのは訪れた理由。
昨日、ダラードから精霊種の大群が精霊地帯から溢れたこと、更に精霊種が出現した情報も王都に届いた。前代未聞の危機に王都も厳戒態勢を強いられ住民は不安に駆られるも、ツクヨの普段の生活を知るだけに様子を確認する為シャルツはここに訪れたが、やはりというか爆睡していたりする。
ただその後すぐ霊獣の掃討と精霊種の討伐という吉報が届いた際、王都はもうお祭り騒ぎ。特に精霊種の単独討伐を成し遂げたラタニは英雄として称えられたりしたが、シャルツは改めてラタニに敬意を抱いたものだ。
とにかくそう言った事情はツクヨも知るところ。しかしまだ研究職内でしか広まっていない情報を伝える為に訪れたわけで。
「その精霊石を私たちが所属する研究施設で調べることになったの。だからその報告と、何か分かればそちらも報告するから楽しみにしててね」
「……そんな情報をアタシに話してもいいのかよ」
「あなたが私を信頼しているように、私もあなたを信頼しているからいいのよ」
本来おいそれと広められない情報でもツクヨの協力者としてシャルツは伝えている。
ツクヨはアヤトの刀を打つ為の協力者として自分に期待し、信頼してくれた。その証拠に父親から受け継いだ知識の全てを開示して、遺品の書物まで読ませてくれたのだ。
元よりある程度知られたのもある。父の製法では土の精霊術が必要なので土の精霊術士であり、精霊学に精通しているシャルツなら協力者に相応しいと。
なにより協力の対価として、受け継いだ知識を良い方向に世に広めてくれると期待して託してくれたのだ。
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(シャルツの信頼は嬉しいけど……すげー胸が痛いわ)
――故に刀の製作に使えそうな知識をこうして伝えてくれるのだが、シャルツの信頼を受ける度にツクヨの胸はとても痛んだ。
なんせシャルツから聞いた情報よりも詳しい情報を既に知っている。更に言えば精霊種はラタニの単独討伐ではなくアヤトが共闘したことも、その精霊石の欠片をアヤトが持ち帰ってくることもだ。
そもそも昨日、ツクヨが爆睡していたのはダラードの情報が王都に届いた際、マヤ伝手でラタニに確認を取っていたからだ。ただ何度呼び出してもマヤと連絡は付かず、付いたと思えば既に二人で討伐し終えた後。
とりあえずマヤに文句を言ったが、既に危機は去ったと知り安心して爆睡したわけで。
そして昨夜の内に精霊石云々の情報もロロベリア伝手で連絡が入り、今夜中に王都へ戻るので待機するよう言われてもいる。
ただこの辺りの事情はマヤの正体を知る者以外には伝えられないし、アヤトが精霊種の討伐に参加しているとも伝えられない。
要はアヤトの事情なのでシャルツを信頼していようと明かせるはずもなく、聖剣や宝玉についても伏せたまま。
「だから気にせずあなたはアヤトさんの刀作りに精を出しなさいな。既に使用する鉱石は決めているのでしょう?」
「……まあな。でも精霊術を斬るまでの目処は立ってねーから」
「私の精霊術が使えれば良いのだけど……それにしても精霊力を秘めた鉱石があるだなんて、驚いたものね」
故に新しい刀の材料も伏せたままでも鉱石については相談している。
契約通り鍛冶に使える使えない関係なく、クローネは希少な鉱石を集めてくれた。
その一つにシャルツが話題に挙げ、ツクヨが目を付けた淡月鉱。
月から降り落ちたと言われる眉唾な淡月鉱は名の通り月のような色で強度は脆く、大凡刀の材料には向いていない。
しかしツクヨが確認した限り淡月鉱は精霊力を秘めている。それこそ持たぬ者クラスの微量なので装置で調べても反応しないだろう。
心鉄に淡月鉱と宝玉を組み合わせれば要望通りの刀を打てるかもしれない。
問題は希少が故に淡月鉱は拳ほどの大きさしかなく脆すぎて扱いにくい、そして宝玉も一つしかないこと。加えて両方を組み合わせても可能性がある、程度の段階なのだ。
可能としても失敗は出来ない一発勝負、切れ味も考慮に入れて今は鍛冶の腕を上げる必要があった。
(シャルツに全部ぶっちゃけられりゃ良いんだけど……ままならねー)
そして他にもまだ課題はあるからこそ、シャルツだけでなくサクラやエニシにも詳しい相談ができればとツクヨは嘆く。自分の知識や経験以外の何かを取り入れれば解決するかもしれないが……やはりアヤトやマヤの秘密を自分が話すのは気が引けるわけで。
「そんな難しい顔をないの。ほら、甘い物でも食べて元気だしなさい」
などと葛藤していればシャルツは自分のケーキを差しだし元気付けてくれる。
「だな……ありがとよ」
向けられる誠意にまた隠し事をしていることに胸が痛みつつ、シャルツの好意に心から感謝を述べた。
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(私に申し訳ないと思ってるんでしょうけど……気にしなくて良いのにね)
差しだしたケーキを頬張るツクヨを眺めながらシャルツは苦笑していたりする。
というのもツクヨが隠し事をしている、くらい観察眼に優れたシャルツにはお見通し。
そして隠し事がアヤトに関わっているとも察していた。元より謎の多い彼の友人となればこの程度予想に容易い。
つまり隠し事をされていると知った上で協力している。
そもそも父親から受け継いだ知識を開示しなくとも、ツクヨに望まれればシャルツは協力を惜しまなかった。
理由は単純、それだけの魅力がツクヨにはある。
(あなたの手助けが出来るだけで、私は充分なのにね)
その魅力に惹きつけられただけとシャルツは笑った。
「……んだよ、アタシの顔になにか付いてるか」
「あらごめんなさい。あまりにも美味しそうに食べているからついね」
(だからあなたはアヤトさんの刀を完成させるという夢に集中しなさいな)
故に隠し事のお返しと言わんばかりに、シャルツは心内でそっとエールを送った。
オマケ三つ目はお久しぶりのツクヨとシャルツでした。シャルツは特にお久しぶりですねはさておいて。
シャルツの善意にツクヨは心を痛めてますが、リースに手を差し伸べた理由と同じ。シャルツの協力はツクヨの魅力が引き寄せたものですね。まあ気づいて尚ちょっとしたお返しをするのもシャルツらしいかもですね。
またアヤトの新刀の進捗も少々ですが、残る課題をどうクリアするかはもちろん後ほどとして、次回でオマケもラストとなります。
内容も含めて最後までお楽しみに!
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