極致
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「ここで精霊虚域を……?」
ラタニの変化や周囲に帯びる翠の煌めきにカナリアを始めとした小隊員は困惑するも無理はない。
ロロベリアも一度だけ見せてもらったラタニのとっておきは、最強の精霊術と呼ぶに相応しい能力を秘めている。
しかしノア=スフィネには通じないと知るからこそラタニの狙いが読めなかった。
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教国行きの数日前、ロロベリアが一人で留守番してる中、ラタニとカナリアの訪問からなし崩しで蒼月の精度を高める訓練をしてもらった際のこと。
そのままアヤトの白夜を元に蒼月を編み出した自分へのご褒美として、ラタニのとっておきを披露してくれると切り出された。
自分の切り札も見せておけば同じように新しい何かを編み出すとの期待と、保有量という問題でロロベリアの可能性を潰しかけた謝罪らしく。
『領域を脅かず・手を取り合うように・弾かれず・溶け込むように』
正直なところ自分に何を期待して、何を謝罪しているのかすらいまいち呑み込めず戸惑うロロベリアを他所にラタニは詩を紡ぎ始めて――
『――どうかね、ロロちゃん』
「……どう、と……言われましても……」
最後の一節を紡ぎ終えたラタニに問われるが、ロロベリアは更に戸惑っていた。
状況が呑み込めなくとも、死にたくなければ動くなとまで忠告された上に、王国最強の切り札となれば強力な精霊術を放つだろうと身構えていたのに微風すら起きていないのだ。
ただそれ以上にロロベリアを困惑させているのは、風や雷以外に起きた周囲の状態とラタニ自身に起きている変化。
精霊術を発動すれば精霊力が高まるはずなのに、詩を紡げば紡ぐほどラタニの精霊力が弱まり、存在すらも稀薄になっていくように感じられた。
そして紡ぎ終えた今は気のせいかラタニの姿が陽炎のように揺らめき、気配も精霊力もそこにあってそこにない奇妙な感覚で。
また微細な翠の煌めきが周囲に帯び始め、今はラタニを中心に自分を包み込むまでに広がっていた。
『まあなんも知らないまま精霊虚域を見ちゃうとそんな反応にもなるか。てなわけでラタニさんのとっておきについて教えて進ぜよう』
「……お願いします」
『ただしこの状態を維持するのそれなりにきついから簡潔になるけど許してちょ』
自分の知る精霊術とは全く異なる状況が故に、簡潔だろうと説明を受けた方が早いとロロベリアも判断。理解するべくなんとか落ち着いて耳を傾けた。
『この精霊術を編み出した切っ掛けは弱っちかったアヤトと遊んでた頃かにゃー? 当時のあの子は弱っちくても、ヤバイくらいの可能性を見せまくってたんよ』
ラタニが引き取った当時のアヤトは実験の後遺症で精霊士なみの身体能力と異常なまでの情報処理能力を身に付けていたが、戦闘技能については素人同然で自身の能力に振り回されていたとはロロベリアも知るところ。
しかしラタニとの訓練を元に様々な知識を活かして、自分に合った戦闘スタイルを確立させていた。
『んで、徐々に頭角を現してきたんだけど、このままだとアヤトに勝てなくなるんじゃね? みたいな危機感をラタニさんが抱いてたのは秘密にしといてねん』
その過程を直接知るからこそラタニも遠くない未来、言霊や音の発動でも捉えきれない近接戦闘のバケモノに成長すると危惧した。
『とまあそんな未来を予想してたからラタニさんも密かに対抗策を考えてたわけ。音の発動でも捉えきれない、かといって近接戦では分が悪い、ならどんな精霊術が必要か、みたいなね』
つまり精霊虚域はアヤトに越えさせない為にラタニが編み出した、対近接戦用の精霊術――
『そこでラタニさんは思いついた。状況に合わせて声や音で精霊術を発動するんじゃなくて、事前に精霊術を設置できれば精霊力を感じ取れないアヤトを出し抜ける。すると知らず突っこんでくるあいつの鼻を明かせるじゃん、みたいなノリで試行錯誤してたんだけど……なんかこんな感じになっちゃったんよ』
「は?」
……なのだが、実際に完成させた本人も予想外の精霊術になったようで、それこそ軽いノリで告白されたロロベリアもキョトンとなる。
『世界に満ちる精霊力に自分の精霊力を干渉させて自然を操るのが精霊術。でもこの精霊虚域は詩を紡ぎながら精霊力を溶け込ませるように干渉せず交わらせる。霧散しないように、飲まれないように周囲の精霊力を意識しつつゆっくりと、自分の精霊力で上書きする感じで広めていくんよ』
だが続く説明はあまりにも規格外なもの。
発動一つ手前の状態を維持する精霊術という発想からラタニが行き着いたのは精霊力を霧散させないよう少しずつ上書きすること。これはエニシの秘伝を精霊術のように制御するような感覚に近いのかもしれない。
『そしたらあたしも自然の一部、もっと言えば精霊みたいになっちゃったわけだ。要はあたしも自然だ、空気だ、精霊だ、みたいイメージかにゃ?』
そして世界に満ちる精霊力を自身の精霊力で上書きするに相応しい存在としてラタニが選んだのは自然を自在に操る精霊だった。
しかし微細な粒だろうと無数の精霊力を一度に遠隔操作の応用で広める制御力といい、自身すらも精霊に近づけた想像力といい、才能に溺れず基礎を追求し続けたラタニだからこそ偶然でも辿り着けた未知の領域。
だが精霊術を扱うにはリスクを伴う。それは強大であれば強大になるほどリスクも大きくなるわけで。
『問題は制御をちょいとでもミスれば自分自身が消滅する可能性があることかねぇ。だから維持する方に制御力を取られちゃって言霊程度の精霊術しか扱えないんよ』
「…………っ」
可能性と言えどリスクの大きさにロロベリアは恐ろしさに息を呑む。
『そもそも詩を紡がないと発動できんからアヤト対策にはならないんよ』
「ではなくて! そんな危険な精霊術を喋りながら――」
『でも利点もあるんよ。例えば――』
なのに平然と説明を続けるので止めようとするも、ラタニは無視して目を閉じてしまう。
『あたしがお目々瞑ったからロロちゃんは身構えたのかにゃー? いま右足を三センメルほど後ろに下げて、左手小指が二ミリメルほど動いたねん』
「!?」
目を閉じた状態で正確に言い当てられたロロベリアが更に驚愕するのを他所にラタニは目を開けてケラケラと笑った。
『こんな感じで広めた領域内なら視認しなくてもあたしの精霊力を元に全方位を感知できるようになる。まさにラタニさんに死角なしだ。それともう一つ――』
かと思えば口を閉じたにも関わらずロロベリアの周囲に小さな風刃が顕現。しかも一つ、二つ、三つと徐々に増えていく。
「…………」
『簡単な精霊術だろうと言霊や音の発動では不可能な速度で精霊術が扱えるようになる。それこそあたしがイメージした瞬間、領域内の精霊力が無くならない限り好きな場所で、好きな位置に、好きな数だけねん』
無数の風刃に囲まれる中でロロベリアはようやく精霊虚域の全貌を知った。
ほぼノータイムの言霊や音の発動でさえ発動までに思考を巡らせてから一節分の時間を有するも、精霊虚域はイメージした瞬間発動できる。
自在に自然を操る精霊の寵愛を受けて精霊術を扱えるのが精霊術士なら、精霊虚域はまさに精霊術士の極致。
『とまあ詩を紡ぐ問題点さえ解決すればアヤト対策にもなるわけで、発動さえ出来ればあいつがガチのガチで殺しに来ようとボコれる優れものだ』
確かに視覚に頼らず領域内の出来事を正確に把握し、発動時に感じ取れる精霊力すら感知できない完全速度特化の精霊術ならアヤトだろうと対応は不可能。例え擬神化しようと領域内に入った瞬間敗北するだろう。
『……なんだけど、あいつは発動させた上であたしの腕を斬り落としやがったんよ』
「そんな……っ」
『変わりにあいつズダッボロの瀕死状態にしてやったから一応あたしの勝ちは勝ちだけど』
そう分析していたのにラタニから衝撃的事実が。
二人が死闘を繰り広げた過去よりも、精霊虚域を発動させたラタニですらアヤトは一太刀浴びせたらしい。
『とにかくだ、言うまでもなく領域を広げれば広げるだけ精霊力が必要になる。今くらいの領域ならリーちゃんクラスの保有量は必要なわけで、ロロちゃんだとせいぜい半径三メルってところ。だから習得しても使い勝手が悪いし、アヤトにも通用しない、意味ないなって思ってたとさ』
二人とも別次元の領域に到達しているロロベリアが痛感する中、改めて今まで精霊虚域を見せなかった理由をラタニが語ってくれた。
『でもさっき言ったように、ロロちゃんがあたしのとっておきを知って、どんな可能性を見せてくれるのかあたしが見たくなった』
保有量から精霊虚域は扱えなくても、白夜を元に蒼月を編み出したように。
精霊虚域を元に新たな精霊術を編み出して欲しいと。
『だからあたしの勝手な押しつけになるんだけど……ロロちゃん』
なにより言葉以上に向ける微笑みが、瞳が教えてくれた。
『待ってるよん』
いつかこの領域に踏み込んでこいと、ロロベリアの挑発するよう無数の風刃が一斉にギリギリの位置を通り過ぎた。
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つまり黒刃が軌道を変えたのはラタニの領域内だからこそ。恐らく発動後に風を操るか撃つかして対処したのだろう。
ただ黒刃を反らせても言霊程度の精霊術はノア=スフィネに通じないはず。
これまでの状況は知らなくとも並みの精霊術で討伐できないのは感じる精霊力でロロベリアでも分かるが、カナリアたちは別の意味でも困惑していた。
アヤトとの死闘やロロベリアに披露した際は半径二〇メルもなく、ラタニの保有量なら充分余力を残せていた。
しかし今は上空のノア=スフィネを飲み込むほどで、半径一〇〇メル以上の広範囲に展開している。
心身のみならず精霊力も消耗している状態で、制御ミスが死に直結する危険な精霊術を広範囲に展開したラタニの地力だった。
八章のオマケ『二人の後継者』で伏せていたロロ視点の全貌でした。
アヤト対策としてラタニが試行錯誤した結果、偶然開発した精霊術なので威力は言霊程度でも特性は本当に規格外ですね(笑)。そして偶然でも精霊術の基礎となる制御力と想像力が高次元で無ければと扱えない危険な精霊術を、強がりとはいえ消耗した状態で扱えるラタニさんはまさに精霊術士の極致に到達してます。
また初めてアヤトに精霊虚域を披露した際、ラタニさんは擬神化を知りません。
なのにラタニさんを超える為に神力を元に神に近い存在になる擬神化というを編み出したアヤトと、アヤトに越えさせない為に精霊力を元に精霊に近い存在になる精霊虚域を編み出したラタニさん。この二人は変に通じ合っているというか、似た者同士のバケモノというか……。
とにかく、精霊虚域の特性を知って頂いたところでロロたちが困惑するラタニさんの狙い。
そしてラタニ&アヤトの最強タッグVS災厄級の怪物ノア=スフィネ戦も次回で決着となります。
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