互いの期待に―
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「――掃討完了しました!」
五〇〇〇近い霊獣に対し十分の一で挑んだ作戦は、多数の負傷者を出したものの死傷者ゼロという奇跡的な成果を成し遂げた。
しかしあくまで初期の作戦、霊獣の大群は掃討できたがそれ以上の脅威が残っている。
『まだだ! 余力のある者は精霊種の討伐に回れ! いますぐだ!』
故にミルバは楽観視せず新たな命を下すも、報告をした副隊長だけでなく命を聞いた部隊らも困惑顔に。
被害は抑えたとはいえ精霊騎士は体力が、精霊術士は精霊力が、そして両者とも気力が底を突き、余力がある者などほとんどいない。
「討伐に回れと仰っても……」
なにより精霊種の位置。
副隊長が見上げるように精霊種は現在上空でラタニと交戦中。
今も精霊種の周辺を小鳥のように飛び回り、翼から飛び交う黒刃や口から放たれる黒球を回避しながら突風で海側へ押し遣っていた。
僅かながらも距離が開いたことで精霊種の圧も軽くなり、お陰で掃討作戦に集中できたが五〇メル以上の上空では剣や槍はもちろん、精霊術も届かない。そもそも並みの精霊術など援護にすらならないだろう。
「クソ……こんな時にも勝手な行動ばかり……っ」
にも関わらずミルバは苛立ちを露わに吐き捨てる。
上位種などの脅威はそれぞれが役割を担い、チームプレーに徹するのが一般的な対処方。故にラタニのスタンドプレーと捉えられなくもないが、ミルバこそこんな時に何を拘っているのかと副隊長も唖然となる。
正直なところラタニが精霊種を惹きつけてくれなければ掃討作戦が完了する前に部隊は全滅していた。
むしろ単独であの怪物と渡り合うラタニの姿があり得ないと恐ろしい反面、頼もしく感じる。命懸けで自分たちを守ってくれているあの雄志に、元よりラタニを快く思わなかった面々ですら純粋に敬意をむけているほどだ。
「大隊長殿こそ、こんな時になにを言ってるんですかい」
なぜそれが分からないと困惑する副隊長の心情を代弁する声が。
「そもそも隊長殿以外の誰があんな怪物を相手取れるんですかね」
「仮に隊長が精霊種をこっちに誘き寄せても無駄に全滅するだけなのだ。なぜそれが分からないのだ?」
ラタニ小隊も今の発言に呆れたようで、モーエンやジュシカが矢継ぎ早に質問を浴びせるがミルバの苛立ちを煽る結果に。
「お前たちこそ何を言っている! 我らの援護を無視しているラタニの勝手な行動が危険だと分からないのか!」
全く戦況を把握していない反論にキョトンとなるもミルバは止まらない。
「どうせあいつも自分の命が危機にさらされれば逃げるに決まっている……っ。周囲の期待も無視して、自分可愛さに……父と同じように才能のみの苦労知らずな最強など信用できるものか!」
「……は?」
「……なに言ってるのだ?」
その暴言は多分に私情が含まれているだけにモーエンやジュシカの目が鋭くなる。
いくらラタニと確執があろうと。
いくら精霊種という非常事態に冷静さを失っていようと。
「……隊長が才能だけの苦労知らず……?」
今も自分たちを守る為に命懸けで応戦しているラタニに対する侮辱は流せないと、真っ先にミルバに詰め寄ったのはスレイだった。
「あんたこそなにも知らないくせにふざけたこと抜かすな……撤回しろ」
「な……っ」
普段と変わらずボソボソとした口調ながら怒りに満ちた声音や眼差しはミルバを怯ませるほど。
「ワイズ殿に対する侮辱もだ……表面上の輝きに目を反らして相手の本質を知ろうともしない哀れな奴……まあいい。とにかく隊長とワイズ殿の侮辱を撤回しろ」
「……っ! 誰が撤回するものか! そもそもその態度はなんだ! これだからラタニ小隊は――」
バシャ――ッ
しかしミルバも引かず一触即発の雰囲気になる二人に水を差す人物が。
「……少しは頭が冷えましたか」
まさに水の精霊術で頭上から水を被せたカナリアが冷ややかな視線で二人を窘める。
「冷えたのでしたらミルバ大隊長は撤退の指示を」
「撤退だと? なにを――」
「精霊種が現れた以上、ナーダ総督がどう対処するか少し考えれば分かるでしょう。故に隊長は私たちが巻き込まれないよう精霊種を引き離しているのです」
「…………っ」
即座に反論しかけるミルバだったが、カナリアの静かな怒りと状況分析に言葉を飲み込むしかない。
「ご理解なさったのなら撤退命令をお願いします。スレイさんも隊長やワイズさまが侮辱されて苛立つのは分かりますが、副隊長のあなたこそ今は冷静になるべきでしょう」
「ごめんなさいやっぱりぼくに副隊長なんて無理だよね。やっぱりカナリアが適任だよだからこのまま――」
「反省は後ほど好きにしてください。モーエンさん、ジュシカも行きますよ」
「……りょーかいだ」
「カナリア先輩……怖いのだ」
更にいつもの調子に戻ったスレイを引きずり撤退するカナリアに圧倒されるままモーエンやジュシカも続く中、ようやくラタニの意図を察したミルバは屈辱から顔を赤く染めながらも精霊器を握りしめた。
『精霊の咆哮が放たれる――今すぐ安全圏まで撤退しろ!』
一方で精霊種ノア=スフィネと交戦しているラタニと言えば――
『ゴオォォォォォォ――ッ』
「――さすがのラタニさんも……この縛りプレイはしんどいんだけどにゃー!」
ノア=スフィネの耳を劈くような咆哮にかき消されようと不満を漏らしていたりする。
残りの霊獣を掃討するのは仕方ないとしても、いつまでも撤退しない部隊にノア=スフィネの黒刃や黒球が被弾しないよう位置を把握しながら、少しでも距離を開ける難しい立ち回りを要求されればそれこそ仕方のない不満。
だが不満程度で済んでいるのは、やはりラタニだからこそ。
上位精霊術士が放つ精霊術以上の精霊力が込められた黒刃や黒球、近づけば振るわれる爪や巨体の突進、ノア=スフィネの攻撃全てが死に直結する威力。
対しラタニは慣れない空中戦を強いられ、頼みの精霊術も言霊しか使えない。
これだけ不利な状況でも生き延びているだけでも称賛に値する。
もちろんラタニとて余裕はない。ノア=スフィネから感じる精霊力の強弱を元に、回避に専念しているからこそ。
「つーか……あたしにばっかり構ってるけどもしかして惚れたのかいっ!?」
加えてノア=スフィネが地上にいる面々に見向きもせずラタニに執着しているのも要因の一つ。
先手の精霊術で吹き飛ばされた怒りによるものか。
それともラタニの秘めた精霊力を脅威に感じて真っ先に排除しようとしているのか。
「でも残念無念さね! あたしの理想のデートをするには大きすぎるねぇ!」
どちらにせよ執着しているお陰で上手く誘導できた。
「てなわけでベンチに座って茶を飲めるサイズになって――『出直してきな!』」
更に地上の部隊が撤退する様子を確認するなり精霊術を発動。
ただしノア=スフィネではなく、天を貫くように雷を打ち上げた。
『グルル…………グオォォォ――――ッ』
その行為を威嚇と捉えたのかノア=スフィネが咆哮を上げて突進。
『パチン』
『パチン』
しかしラタニも指鳴らしの発動で両足に纏わせた風を利用して上空へ。
「出直してこいって言ったんだけどにゃー」
ギリギリの回避でも軽口を叩きつつノア=スフィネを見据えながら集中する。
今まで風の精霊術のみを使用していた中で雷の精霊術を選んだのは威嚇ではなく、ナーダに向けたもの。
『最低限の期待に応えたぜ――総督さま!』
要はいつでもどうぞの合図でしかなく――
「ラタニ――見事だ!」
ラタニのメッセージが伝わり監視エリアから戦況を見守っていたナーダは絶賛の声を上げていた。
想定外の最悪な事態だろうと打ち合わせ通り部隊が避難するまで、たった一人で精霊種を惹きつけたのだ。
故に次は自分たちが期待に応える番で。
「精霊の咆哮、照準を精霊種に合わせろ!」
「で、ですがこの位置ではラタニ小隊長が巻き添えに……っ」
「今は精霊種を討伐することだけ考えろ!」
その指示に幹部だけでなく精霊の咆哮を操作していた隊員が戸惑うがナーダは力強く言い切った。
「ラタニが構わず放てと口にした。あいつを……私たちの頂点を信頼するならばこそ今は集中しろ!」
「か、畏まりました! 照準を精霊種に向けろ!」
「精霊の咆哮――――用意!」
ナーダの合図に合わせて既に充填されていた精霊力が精霊の咆哮内で圧縮。
「放てぇぇぇ――っ」
城塞から伸びる砲台からドンっと放たれたのは紫を帯びた巨大な精霊力の砲弾。
それこそノア=スフィネすら飲み込むほど大きな精霊力の砲弾は、周囲に衝撃波を生じさせながら数キメルを僅か数秒で突き抜け――
「――着弾、確認しました!」
完全にノア=スフィネを捉えた。
ラタニとナーダ、互いの信頼から見事にノア=スフィネに一撃入れました。
ただ二人以外の功績もありましたね。普段は自虐なスレイさんですが元は仲間思いの熱いお人ですし、普段は愚痴ばかりのカナリアさんもラタニに対する信頼は深いですから。
ただ精霊術と同じでスレイは熱く、カナリアは冷徹と違いはありますが、何気に小隊員でもこの二人が怒らせると怖いタイプと今まで見えなかった一面も出せました。
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