異常事態でのやり取り
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会議室では責任者のミルバを中心に学院講師、王都から派遣された軍関係者を交えて遠征訓練の予定について話し合われていた。
序列保持者らの予想通り、討伐訓練は中止を前提に変わりの訓練内容について。また逃げた少女の捜索や王都に戻る際の安全策なども題材に上がっている。
ちなみに少女の目的がロロベリア、という情報は序列保持者以外の学院生に伏せている。警備兵に怪我をさせ、街中で大規模な精霊術を使うような不審人物に一個人が狙われていると知られればよからぬ噂が広まりかねないとミルバが判断。故に事実を知るのはその場にいた序列保持者の他は学院講師や軍関係者のみ。昨日の一件も少女の特徴を踏まえてダラード周辺に危険人物が居る、としか説明していない。
もちろんロロベリアの実家、ニコレスカ家には昨日の内に遣いを出して報告させている。本人は当然、両親も知っておけば危険性はグンと下がる……のだが、実は公国に居ると知るのはこの中ではラタニと小隊員のみ。その辺りはクローネが上手く対応してくれるだろう。
とにかく霊獣討伐は貴重な訓練。少女の行方次第にはなるが後日改めてその機会は設けるとして、滞在中のスケジュールをどうするか、警備体制の見直しなどが話し合われていた。
(新解放してるのに言霊使わず精霊術が使えて、保有量は少なくともカナちゃんたち以上。それが一四、五才くらいの女の子ねぇ……)
そんな中、会議に参加していたラタニの意識は別の事柄に向けられていた。
居合わせた序列保持者から聞いた少女の情報、駆けつけた際の精霊術も踏まえればかなりの使い手。精霊術士としての実力なら間違いなくカナリアたちでも分が悪い、残念ながら国内に単独で対抗できる者は自分やアヤト以外にいないだろう。
ただそれだけなら問題ない。既にマヤ伝手で少女の情報は伝えている、相手の目的がロロベリアならアヤトがどうとでも対処する。
それよりもラタニを悩ませているのはユースから聞いた情報で。
(帝国民だろうとエレちゃんの名前を知らない、持たぬ者クラスまで精霊力を抑えられる。オマケに感じ取れたらざわつく感覚って)
少女がエレノアを王族と知らないのは疎すぎる。いくら他国の者だろうと序列保持者を知る以上、名前から判断できるはず。にも関わらず少女は態度を変えなかった。
また隠蔽能力よりもユースが感じ取った違和感。他の序列保持者に確認したが、誰もそのような違和感を感じていないらしい。
しかしユースが感じ取った違和感は下克上戦でロロベリアの精霊力が僅かに回復した際、ミューズが感じ取った違和感に似ている。
(それにあの子らを劣等種呼ばわり、挙げ句ローゼアさまか……)
なにより少女の言動。
ユースに危害を加える際、少女はローゼアさまのご意志に背くと嘆いていたらしい。加えて見下すような態度や言動、こうなるとある推測が立てられる。
精霊力の輝きで感情を読み取る異質な能力を開花させたミューズを神の器として狙っていた教会の黒幕――マヤ曰く教会が崇めていた神さまのような存在。
その存在を知ったからこそミューズとは違う、しかし異質の精霊力に蝕まれず、奇妙な現象を引き起こしたロロベリアも同種の存在に狙われるのではないかと警戒していた。
そんな中で明確にロロベリアに執着する謎の少女、しかも政治に疎く人間を見下す態度や言動、不可解な精霊力を秘めているとなれば否が応でも警戒していた存在と結びつけてしまう。
もし少女がただの精霊術士ではなく、教会の黒幕に近い存在ならラタニでも対処できる自信はない。それこそ神すら殺せる白夜を扱えるアヤト以外にいないだろう。
他にも執着していたロロベリアの情報を手に入れるより先に少女が姿を消した理由が引っかかる。
人間を劣等種呼ばわりするなら逃げる場面ではない。なら力の制限があるのか、それとも自分の――
(だからって逃げる必要はない……か)
ある可能性に行き着く前にラタニは首を振り自虐的に笑う。
謎の少女が精霊力を秘めている以上、あの場にツクヨかミューズが居ればもっと有益な情報が手に入ったかもしれないが所詮は後の祭り。
要は謎の少女を捕縛すれば様々な疑問が解消される。
なら次相見えれば捕縛してやればいい。
(な~んにしても厄介極まりないねぇ。さて、どうしたもんか)
それこそ神に近い存在だろうと少女が精霊力を秘めている以上、どうとでも出来る――
「――ラタニ小隊長。会議に参加する気がないなら退室しろ」
などと口角をつり上げるラタニの耳に淡々とした手厳しい言葉が。
どうやら心ここにあらずを気づかれたようで、ミルバだけでなく他の面々からも厳しい視線が向けられていた。
もしカナリアが居ればお説教は確定、この会議に参加しているのが隊長クラスのみで良かったとラタニは小さく息を吐く。
「失礼しました」
短い謝罪でも取り繕った見事な姿勢や凜とした表情に周囲は怪訝そうに眉根を潜めるもそれ以上の追求はなく、ミルバも一瞥したのみで会議を続けた。
ナーダにクギを刺された手前、ラタニも事を荒立てるつもりはないのもある。
ただ不可解な出来事と言えば他にもある。故に少女について考察しながらも会議の内容は聞いていた。
序列保持者も踏まえた学院生全員に伏せている情報。
「先も話した通り、霊獣地帯は例を見ない不穏な状況下に置かれている。その為、明日新たに調査団を編成して調査に向かってもらう」
ミルバが報告するように、少女の存在関係なく討伐訓練は中止になっていたのだ。
なんせ討伐訓練に備えて調査や間引きの為に赴いていた調査隊の報告によれば、霊獣の活動が活発。更に霊獣地帯に入るなり不調を訴える者が続出した。
状況的にも危険と判断して即座に引き返したので大事にはなっていないが、不調を訴えた者は霊獣地帯から離れるにつれて調子を戻したらしい。
霊獣が活発になるのも、霊獣地帯に足を踏み入れて不調になる者がいるのも珍しくない。しかし後者は初めて霊獣地帯に赴く者か、経験の浅い者ばかり。
要は霊獣の精霊力に当てられて起こるのだが、今回の調査隊は実力も経験も豊富な者で編成されている。にも関わらず見習いのように調子を崩したとなれば異常なのは確か。
例にない事態の中で学院生に討伐訓練をさせるわけにもいかず、活発になった霊獣を放置するのも危険。
「メンバーは私とナーダ総督で選出するが、ダラード支部だけでなく王都の術士団、精霊騎士団にも要請させてもらうので協力をお願いしたい」
幸か不幸か今は遠征訓練の引率で王都の先鋭も居る。故にダラードと王都の合同チームが明日、大規模調査に向かうことが決定した。
のだが、会議終了後――
「ミルちゃん……じゃなかった、ミルバ大隊長殿」
総督室に向かうミルバをいつもの調子で呼び止めようとしたラタニは態度も踏まえて修正。
「……なんだ、ラタニ小隊長」
呼び止められたミルバと言えば、注意よりも早く用件を終わらせたいとの感情を隠そうともしない。
もちろんこの手の扱いには慣れたもの、波風を立てるつもりでラタニも声を掛けたわけではない。
「明日の大規模調査、よければあたしの小隊も参加しましょうか」
例を見ない霊獣地帯の不可解な状況なら、自分の小隊は戦力になる。
しかし遠征訓練の役割は冷遇され、先ほどの会議でもミルバからの敵意を感じられていた。
状況が状況なだけに今は過去を忘れて協力するべき。
「ナーダ総督のご意志は分からぬが、私はお前の小隊を加えるつもりはない」
純粋な歩み寄りとして提案したのだが、ミルバの返答はある種予想通り。
「所詮はお前も父と同じだ。才能のみでのし上がった、苦労知らずの最強など信用ならん」
だが一方的に切り上げ背を向けるミルバにラタニはため息一つ。
普段からそう言った振る舞いをしている自分はどう思われようと構わないが、今の侮蔑はさすがに聞き流せない。
「あたしには尊敬してる奴が三人いるんだよね~」
故に取り繕い止めたラタニは飄々とした口調で切り出した。
「一人はどこぞの捻くれ小僧、一人はこんなあたしにも手を差し伸べようとしてくれたお人好し」
指折り数えながら自信の尊敬する人物を曖昧に上げるも、ミルバは無関心を貫き歩を進める。
「そんでもう一人はあんたの親父さんだ」
「…………」
しかし三人目は明確にワイズだと口にすればミルバは足を止めて振り返った。
「遠征訓練終わったら酒でも飲みながら、あんたの知らない親父さんについて教えてやるよ」
射貫くような視線もどこ吹く風、ラタニはパッと手を広げて愉快気に笑った。
「もちあたしの奢りだ。付き合えよ、ミルバ大隊長さま」
そしてお返しと言わんばかりに一方的に切り上げたラタニは背を向ける。
「あのような者を尊敬するなど……やはり信用ならん奴だ」
立ち去るラタニをジッと見据えていたミルバもため息と共に苛立ちを吐き出し、そのまま総督室へ向かった。
白ローブの少女に続いて霊獣地帯の異変と前途多難な遠征訓練の中、ラタニさんとミルバさんがようやく言葉を交わしました。
ただミルバさんの態度は流せても、ワイズさんに対する侮蔑はラタニさんも流せず普段通りの調子で対応してしまいましたね。
ラタニさんがワイズさんを尊敬する理由について今はさらりと流すとして、ラタニさんからアヤトくんに届く不穏な報せは次回更新で。
ちなみにですがワイズさん以外の二人は曖昧でしたが、いったい誰でしょうね(笑)。
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