豹変
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午後の自由時間、ダラードの見学を兼ねた昼食で食堂を兼任する宿屋に訪れたエレノアを始めとした序列保持者を呼び止める白いローブを羽織った小柄な女性。
ただ声音から性別を判別しただけで顔は深く被ったフードで確認できない。また精霊力を感じられないのなら持たぬ者とも判断できる。
「少しお時間を頂いても宜しいでしょうか」
加えて先頭を歩いていたランに近づき声を掛ける際もフードを被ったまま、意図的に顔を見せないように思える。
穏やかな口調や大人しい雰囲気からたんに日差しが苦手な可能性もある。しかしエレノアがいる以上、女性の身なりから本人を含め、ジュード、ルイ、ユースは警戒する。
「構いませんが、どうかしましたか?」
対するランは気にせず友好的に対応。この警戒心の違いは平民と貴族故のもの。
街中で見知らぬ人物に声を掛けられても平民なら日常の出来事、特に相手が小柄な女性で持たぬ者なら余計に警戒心が緩んでしまう。
だが貴族として生まれた者にとって周囲に使用人が居なく、少しでも不審な部分があれば警戒するよう幼少期から教え込まれている。むしろ自立心を育てる機会として貴族平民問わず自由に街中を歩くからこそ機敏にもなるわけで。
もちろんダラード滞在中は警備に当たる人員を増やし、出来る限りの安全面は考慮されているが、本人に自覚意識があると無いとでは初動が違うので当然。
「……これだから姉貴は」
……なのだが、ディーンはともかく子爵令嬢にかかわらずリースはランの背後で突っ立っているだけだった。
「ありがとうございます」
そんな状況下でも女性は気にせず、了承してくれたランにお礼を告げて用件を切りだした。
「マイレーヌ学院の序列保持者の方々はどちらにおられるかご存じでしょうか?」
「……はい?」
『…………』
予想外の用件にランはキョトン、リースやディーンだけでなく警戒していた四人までも気が抜けてしまう。
「こちらに滞在しているとお聞きして……その、同じ学院の方ならと……」
しかし女性は困ったような仕草で、嘘や冗談を口にしているように見えず。
「……あたしですけど」
「え?」
「というか、ここに居る七人ともあなたがお探しの序列保持者ですけど」
「……え? え?」
とりあえず声を掛けられたランが代表して返答すれば、女性はフードで顔を隠したまま戸惑いながらリース、ユース、エレノア、ジュード、ルイを一瞥。
「あの…………す、すみません!」
からの居たたまれなくなったのか、慌てふためきペコペコと謝罪を。
「その……アタシ、帝国から来たばかりでみなさんの顔を知らず……本当に失礼しました!」
その主張に一同も納得。去年の親善試合や精霊祭の序列戦で当時の序列保持者は人気を博してはいるが、顔を知らない者も多くいる。また帝国に序列保持者の情報は広まろうと顔まで知るのはその親善試合を観戦した者くらいだ。
そしてエレノアが王女でも、国内でも名前は知れど顔を知らない者もそれなりに居る。他国民なら尚のこと。
故に制服でマイレーヌ学院の学院生と分かっても声を掛けた相手が序列保持者だと女性が気づかないのも無理はなく、むしろあまりの取り乱しように申し訳なく思うほどで、再びランが代表して対応することに。
「謝らなくても良いですから。それよりもあたしたちに何か用ですか?」
「用というか……ロロベリア=リーズベルトさんは……どちらに?」
「ロロベリア?」
「その……アタシは序列一位のロロベリア=リーズベルトさんの大ファンで……お恥ずかしながらお会いしたくてここまで来たんです」
「帝国からわざわざ……?」
「はい! あ、もちろんみなさんの活躍も存じていますが……ロロベリアさんは学院生とは思えない精霊力の扱いをされて、驚嘆する技能の数々を習得しているそうで――」
改めて明確な用件を知り訝しむランを他所に、女性は嬉々としてロロベリアについて語り始める。噂として知ったにしては心酔し過ぎているように思えるが、だからこそ帝国から訪れるほどのファンだと伝わる。
なにより序列保持者の顔を知らなくても、ここにロロベリアが居ないと察しているのも納得。ロロベリアは親善試合にこそ出場していないが、実力以上に広まっている情報がある。
「なにより神秘的な乳白色の髪がお美しいと……なのでどのような方なのか、せめて一目だけでもと訪れたのです」
女性が熱弁するように王国のみならず帝国でもまず見られない、東国の黒髪以上に希少な乳白色の髪。この特徴からお目当てのロロベリアが居ないと察したのだろう。
「そ、そうですか……」
ただ女性の心酔にランは引き気味に、他の面々も拍子抜けな用件から警戒より呆れから苦笑が漏れてしまう。
「ですが……遠征訓練中とお聞きし、王都に行けばこちらに移動したと知り……」
『…………』
同時にわざわざ帝国から訪れたにも関わらず、遠征訓練中と知らずラナクスから王都、更にはダラードまで追いかけて来た女性の熱意に同情してしまう。
なんせ女性が心酔するロロベリアはダラードではなく公国に居る。更に言えば公国に居るのを知るのはごく僅か、もし最初から序列保持者の行き先ではなくロロベリアの行き先を確認しながらでも王都の実家に居る、としか知れないだろう。
そしてここに居る面々は王都ではなく公国に居ると知るだけに、いかにして女性を傷つけないよう不在を伝えるか悩んでしまう。
ただ二人のみ、別の心情を女性に抱いていた。
「あなたは見る目がある」
「え? そ、そうですか?」
その一人、リースは眠そうな目を向けながらも女性を称賛。
「わたしもロロ大好き」
「えっと……」
「だからあなたの気持ちはとても分かる。ロロは凄い」
元より深く物事を考えず、純粋なロロベリア好きなだけに女性の意見を受け入れていた。
「そうですよね。それで……ロロベリアさんはどちらに」
「ロロなら――」
「姫ちゃん……じゃなくて、ロロベリアの行き先はオレが教えますよ」
故にこれ以上ロロベリアの情報を与えないように別の心情を抱いていたもう一人、ユースは敢えて二人の会話に割って入る。
「なのでエレノアさまはお下がりください」
「? なに言ってる?」
そのまま交代を告げるユースにリース以外の五人も首を傾げるが構わず続ける。
「ですから、オレがエレノアさまに変わって、ロロベリアの行き先をこの方に教えると進言してるんですよ」
「? ? ついにバカが酷くなった?」
「……酷いですね」
リースの返しに弱々しく笑うも女性の反応を探る中――
「えと……それよりもエレノアさん? ロロベリアさんはどちらに……」
『…………っ』
話を中断されて逸っていた女性はユースの申し出も無視して急き立てるようリースに問いかけた瞬間、ユースの言動に疑問を抱いていた五人の表情が強ばった。
「あの……みなさん……なにか?」
同時に向けられる不審感にさすがの女性も気づいたようで戸惑う素振りを見せるが当然のこと。
「ああ、そりゃみんな違和感を抱きますよ。帝国民ならエレノアさまの顔を知らなくても仕方ない」
女性が帝国民だろうと、顔を知らなくとも、序列保持者を存じているなら序列二位のエレノアが王国の王女だと知っているはず。
「でも序列保持者の活躍を知っているのに、どうしてそこに居る姉貴がエレノアさまだと受け入れた上で王族を相手にそんな態度が出来るかってね」
にも関わらず今までの不敬を謝罪するどころか態度を変えなければ、少なくとも序列保持者の情報を知らず接触している。
だがロロベリアの情報は手に入れている。名前は当然、能力も、序列一位なのも、見た目の特徴までも。
元よりアヤトを通じて彼女が謎の存在に狙われていると唯一知るユースは、女性の目的がロロベリアと分かるなり逆に警戒心を強めた。
意図的に顔を隠す不審な人物が、探していた序列保持者が目の前にいても興味を示さない。そもそも噂でもロロベリアを知るなら他の序列保持者の情報も自ずと耳に入るはず。
なのに女性はロロベリア以外に全く興味を示さなないほど執着している。こうなればなにを目的で接触を狙っているのか不審も抱く。
故に確信を得る為にリースを敢えてエレノアと呼んで試したわけで。
「とまあ、理解してもらったところで質問いいですか?」
もちろん女性がその存在に関係していると結びつけるのは早計。
それでもロロベリアに近づく不審な存在を見過ごせなと、まずは女性の真意を探るべく。
「どうして嘘を吐いてまでロロベリアに接触したんですか?」
警戒しながらも表向きは気さくに問いかけるユースを他所に、看破された女性は力なくうな垂れたままで。
「――のくせに鬱陶しい……」
「ん?」
その呟きが聞き取れず、耳を傾けるも次の瞬間――
「鬱陶しいって言ったのよ――!」
穏やかな口調や大人しい雰囲気が豹変、荒い口調で声を張り上げた。
「マジかよ……っ」
ただ口調や雰囲気以外の変化にさすがのユースも焦燥感にかられていた。
他のメンバーよりもアヤトからある程度情報をもらっていますが、白ローブの女性の言動や行動の違和感から嘘だと看破する辺りがユースですね。確信を得る方法も踏まえてこの子も頭が回りますね。
そして追い詰められた白ローブの女性が豹変しましたが、心構えをしていたユースでも焦る変化についてはもちろん次回で。
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