切り替えと接触
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ダラード滞在二日目。
午前七時に起床した学院生は身支度を整え食堂に集合。
遠征訓練の責任者を務めるミルバから改めて今後のスケジュールを通達された後、実際に施設内で出されている朝食を講師陣と共に食す。
食後は予定通り軍施設内の見学、こちらはミルバ大隊の隊員に精霊騎士の中隊員が担当。精霊術クラスと精霊騎士クラスに別れて王都以上の設備なだけあって一通りの説明を受けて回るだけでも午前中を費やすほど。
見学が終了すれば一度両クラスの学院生が初日の挨拶で使われた会議室に集まり、講師から注意事項を受けて解散。
ここからは昼食を兼ねた街並み見学という自由時間、故に各々つかの間の休息を楽しむ為に親しい面々と街に繰り出していく。
「……不気味だ」
「……そっすね」
そんな中、敢えて最後に施設を出たエレノアとユースは眉根を潜めていた。
ちなみに他はディーン、ラン、ジュード、ルイ、リースとお約束のメンバー。と言うのも遠征訓練中の自由時間は序列保持者の交流も兼ねている。新たな序列保持者となってまだ二月程度、学院を牽引する強者としても意思疎通は出来た方が良い……のだが、去年は近しい者同士が固まりろくな交流にならずレイドやカイルを悩ませる結果だった。
また毎年実地訓練で序列保持者は同組になり、先発メンバーに決まっていたりする。出来るだけ実力の近しいメンバーで揃えた方が連携が取りやすく、基本十人で組まされるので自ずとこの組み合わせになるからだ。
ただ今年はロロベリア、ミューズ、アヤトが抜けて七人なので残りは明日のメンバー決めで補填される予定。なので去年は遠征訓練目前の入れ替え戦で敗北したジュードの変わりに一人加わって行われた。
それはさておき、今年の序列保持者は普段から時間を共にすることが多いだけに関係は良好。昼食も半年前にニコレスカ姉弟が宿泊した宿屋が食堂も兼ねているなら、そこでと向かっていたが表情の晴れない二人の呟きにディーンが反応を。
「不気味ってなにがだよ」
「先生が大人しかっただろう」
エレノアの即答に別行動だったラン、ルイ、リースはキョトン。対しユースは当然、ジュードも同意するよう頷く。
なんせ王都での遠征訓練ではところ構わず周囲を振り回していたラタニが先ほどの施設見学では振り回すどころは一言も発言せず、静かに最後尾を歩いていた。
「考えすぎ……と言いたいけど」
「嵐の前の静けさにしか思えないわね……」
未だ理解していないリースを他所に、なにを心配しているかとても分かるとルイやランも同調。
「昨日も特に問題は起きていないらしいし、喜ぶべきなんだが……先生だからな」
「やらかす前にカナリアさんに説教されたとしても、それで大人しくするようなお人じゃないっすからね……」
「……普段通りでも、大人しくしても悩ます者が王国最強とは嘆かわしい」
その静かさが逆に不気味でジュードも加わり重いため息が漏れる。お陰で去年と違い良好な関係を築いても微妙に楽しめなかった。
「まあでも。昨日エレノアさまが言ったように、なるようにしかならないんじゃね?」
そんな空気を感じてか、理解した上で呆れたようにディーンが口を開く。
「今はアーメリさまを信じて俺たちは俺たちの時間に集中。いくら去年の遠征訓練やカルヴァシアの悪ノリで他より多く霊獣討伐経験してても俺たちは所詮ひよっこ。ジュードやルイ、明日決まる他の奴は未経験となれば尚さら俺たちは集中しようぜ。な、リース」
「お腹空いた」
「……うん、もうそんな感じでいいわ。だから気負わず普段通りに……て、なんだよ」
続けて自分と同じく気にしていないリースに同意を求めるも、らしい返しから纏めに入るが他の面々から向けられる視線に訝しむ。
「いや……姉貴はともかくディーン先輩がまともなこと言うから」
「ぶっちゃけ腹立つわね」
「ディーンのくせに生意気だね」
「こんな奴に諭されるとは……屈辱だ」
「お前ら酷くない!?」
からの散々な言われように突っこむ中、小さく息を吐くなりエレノアは苦笑する。
「だがディーンの言うとおりだ。私たちはひよっこでも学院生の模範となるべき序列保持者、今は自分たちのやるべき事に集中して模範となる結果を出そう」
「さすがはエレノアさまです」
「……なんかジュード先輩がフロイス先輩みたいになってる」
「でもその通りか……なによりアーメリさまのやることなんてあたしたちが予想できるわけもないし」
「特に僕やジュードは初の討伐だからね。みんなの足を引っ張らないようにしないと」
「……なんか腑に落ちないけど、そういうことだ」
扱いの差に愚痴を零すも、楽観的なディーンのお陰で場の空気が良くなったのは確か。故に内心ではみな感謝していた。
「それにエレノアは新しい子で実戦だもん。余計に気合い入れないと」
またディーンのメンバー内で株が上がり気分が良いランも切り替え話題転換、エレノアが帯剣するレイピアに並ぶ武器に注目する。
エレノア愛用のレイピアよりも少し長く、形状は細剣のそれは二日前に手に入れたばかりで、更に言えばツクヨの打った一振りだった。
ニコレスカ商会がツクヨと契約したことで少しずつ彼女の武器が国内に広まり始め、特に瑠璃姫や紅暁らと同等の武器は希少と求める者が後を絶たないほどの盛況ぶり。
同時に以前から所持していたロロベリアたちや、優先的にサーヴェルが手に入れたこともあり、周囲から王族に献上しないのかとの声が上がり始めた。それほどまでにツクヨの打つ武器は見た目も性能も秀逸、ニコレスカ商会としてもこれ以上王族を差し置いて広めるのは問題があると判断したらしい。
なのでツクヨに了承をもらい、国王とクローネの間で話し合いが行われた結果、エレノア専用の武器を打つと決定。
これは武器は飾る物ではなく、なにかを守る為に振るう物、というツクヨの拘りから公務優先のアレクやレイドよりも学院内とはいえ使用頻度の高いエレノアが適しているからで、他の二人はとても残念がるも不服の声もなく纏まり完成したのが『紫空』という細剣。
命の通り剣身は深い紫、しかし刃に向かうにつれて鮮やかな青紫に変わっていく美麗な一振り。王族専用として絢爛な作りを意識したのもあるが、紫空はエレノア専用だからこその拘りでもあった。
エレノアは火の精霊術士なら本来赤系になるも、突発的な出来事に弱いエレノアが常に冷静でいられるようにとの意味合いから赤と青を足した色合いにしたらしい。
ツクヨから説明を受けてエレノアはぐうの音も出ず、他の面々からもツクヨらしい拘りだと称賛されていたりする。
また一昨日カイルやルビラとの会食に遅れたのもツクヨから紫空を受け取るために彼女の工房に立ち寄ったからで、新しい武器を早く見たいとラン、ルイ、イルビナが、ツクヨと交流する目的でシエンが同行していたのだが――
「ラン……さすがにこの紫空を実戦で使うつもりはないぞ」
「そうなの?」
「ツクヨ殿の目利きは信頼している。しかし勝手が違う分、扱いに慣れない内にいきなり霊獣討伐に使えないだろう」
意外と首を傾げるランに帯剣している紫空に触れてエレノアは首を振る。
実際にエレノアと立ち合ったツクヨの目利きに、アヤトから助言を受けてレイピアよりも細剣が良いと判断されたようだ。もちろん完成後に実際振るってみたが驚くほど馴染み、ツクヨの打った武器なだけあって強度や切れ味は言わずもがな。
しかし場所は霊獣地帯、なにが起こるか分からない状況下なら性能よりも使い慣れている物が良いと判断した。
「もちろん必要であれば抜くつもりだが、メインはレイピアを使う」
「ふーん……まあ言ってることは理解できるけど……だったらさ、昼食終わったらあたしと遊んで少しでも慣れる? ダラードは去年も見学したから別に良いし」
「私たちはそうでもマルケスやリオンダートは初のダラードだろう。それにニコレスカ姉弟も観光していないと――」
「エレノアさまに協力できるのなら私は構いません」
「それに自由時間は今日だけでもないからね」
「オレたちのこともお気になさらず。な、姉貴」
「見学よりも訓練したい」
「…………」
「らしいわよ?」
したのだが、ランの提案に気遣う面々がむしろノリノリな協力姿勢で。
「もちディーンも。というかあんたは強制だから」
「……だから俺の扱い……いや、構わんけど。自由時間なら訓練をしても構わないだろうからな」
「では訓練場の利用許可を得たら、お言葉に甘えさせてもらうか」
出来るなら紫空を使ってみたいエレノアも、ならばと早く新しい武器を馴染ませる目的も兼ねて甘えることに。
「決定、なら早く昼食済ませましょう」
「お腹空いた」
何故かエレノア以上に嬉々とした足どりのランに別の理由から逸るリースに苦笑しつつ、エレノアらも後に続き目的の宿屋が見えた頃。
「――あの、マイレーヌ学院の方ですよね」
「はい。そうですけど……」
先頭を歩いていたランは呼び止めら足を止めた。
呼び止めた人物は声からして女性で、精霊力を感じないのなら持たぬ者だろう。
ただ声で性別を判別したように白いフードを深く被っているので顔が見えず、王族のエレノアが居るだけにその出で立ちからジュードやルイ、ユースが警戒する。
しかし女性は構わずフードで顔を隠したままランの元へ。
「少しお時間を頂いても宜しいでしょうか」
まずは王都でカイルやルビラとの会食にエレノアたちが遅れた理由でした。
なのでエレノアさまは念願だったツクヨの打った武器『紫空』を手に入れましたが、剣身の色には苦笑いだったでしょう。そしてランがどんどん武器フェチになっている気がします(笑)。
また普段は楽観的で周囲を呆れさせるディーンですが、ここぞで良い仕事をしますね。お陰で他の面々も気持ちを切り替え遠征訓練に集中しましたが……はい、ついに白ローブの女性がダラードに居る序列保持者と接触しました。
どうなるかはもちろん次回で!
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