その呼び名に込める本心
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ロロベリアに対する軽薄な行いに暴走したクアーラの気が済むまで怒りをぶつけろとアヤトは身を差し出した。
しかし軽薄な行いが目立つからこそ自分やロロベリアに本心では誠意など抱いていない。何も出来ないと高をくくったはったりだとクアーラは捉えた。
少し脅せば本性を現すと。どこまでの軽薄な人だと怒り任せに精霊術を放った。
「なんだ。もう満足か」
だがアヤトは微動だにせず水鏃をその身に受けてしまった。
結果、掠めた頬や両足、脇腹はまだしも貫かれた右肩からは今も流れる血が黒いコートに染み渡り、そのままポタポタと床を赤く染めている。
怒り任せに放ったお陰で狙いが散漫になったが、僅かにもずれていれば致命傷は免れなかった。もしかして致命傷にならないと踏んで避けなかったのか。
「心配せずとも即死でなければどうとでも出来る。遠慮せず続けても構わんぞ」
「…………っ」
そんな可能性が頭に過ぎるクアーラを他所にアヤトは苦笑交じりに言い放つ。
ただ気怠げな瞳からゾッとするほどの怪しい輝きを読み取り。
口先だけのはったりと高をくくっていたのは自分だったとクアーラは痛感、冷水を浴びせられたように怒りが成りを潜め無意識に精霊力を解除していた。
「……なんなのですか」
変わって押し寄せる怒り任せに相手を傷つけた後悔と疑問から、力なくその場にへたり込む。
今までのやり取りが口先だけでなく、全て本心なら少なくともアヤトはロロベリアだけでなくミューズに対する対応や行いを不誠実と自覚している。
そんな自分に嫌気も抱き、だからこそ罰せらるようにクアーラの怒りを甘んじて受け入れた。
例え僻みだろうとロロベリアに好意を寄せる怒りなら受けて当然と。
確かに自己満足な誠意だと納得する反面、やはりアヤトの理念は理解に苦しむ。
それほど自分が許せないなら改めればいい。
何か深い理由があるなら伝えればいい。
それだけの行為をなぜ拒み、敢えて不満を買う行為を続けるのか。
「あなたはいったい……なにがしたいんですか」
自己満足だろうと確かな誠意を目の当たりにしたクアーラの疑問に対し、アヤトはどこか投げ遣りに。
「なにがしたいか……か。最近ではテメェでもよく分からん」
しかし僅かな迷いを感じ取り顔を上げるも肩を竦めるのみで、負傷を感じさせない足どりで近づいてくる。
「ま、分からなくともやることは変わらんがな」
「……あなたの成すべき事とは――」
「さあな。だがお前のやることは一つだろ」
クアーラの言葉をお約束で遮り、視線を合わせるようにアヤトはしゃがみ込む。
「感情を捨てろとは言わん。しかし感情に流されるままではつけ込まれる」
合わせ厳しい口調で指摘するのは今回の暴走。
ロロベリアを想う余り感情のままアヤトを呼び出し、相手に対する考察を怠り安易に精霊術で傷つけてしまった。
「ミフィラナ家のご令嬢に流されるままとはいえ、同志として手を組んだなら次期ヒフィラナ家当主としての自覚を持て。曾爺さんや父が陰ながら支えるとはいえ、お前が変わらなければ成せる物も成せなくなるぞ」
若いが故にまだ感情に振り回されるのは仕方がない。しかしクアーラは三年後にダイチから受け継いでヒフィラナ家当主となる身。いくらダイチやリョクアが協力するとは言え三大公爵家のヒフィラナ家を背負うのはクアーラだ。
なら感情をコントロールし、情勢を注意深く観察しながら判断する能力は必衰。三年という猶予はあまりにも短いからこそアヤトは忠告している。
ただ含みのある言い分にクアーラは弱々しい笑みを返していた。
「……あなたはどこまで僕を見抜いているんですか」
元よりダイチの目指す公国の未来に共感していたクアーラに、同じく祖母の影響から同じ思想を持つサーシャが声をかけてくれた。
そしてサーシャに惚れ込んだ結果ではあるもラストも同じ未来を目指す同志として加わったが、三大公爵家の繋がりを生んだのは他ならぬサーシャ。
以降もシゼルに相談したり、自分たちの結束を深める為に尽力する彼女に手を貸すだけでクアーラは自ら動こうとしなかった。
ヒフィラナ家以上に複雑なスフィラナ家で、例えサーシャとの婚姻が目的だろうとラストも三大公爵家が手を取り合えるよう藻掻いていたのに、父に話してもまともに取り合ってくれない。母は否定するだけと言い訳をして、自ら変える意思を持っていなかった。
ロロベリアへの想いも同じ。母は否定する、アヤトの存在から彼女の想いが届くよう願うと言い訳ばかりで、自分の思いが届くよう動こうともしない。
望む道があろうと流れに身を任せる日々を送ってきたとクアーラも自覚している。
故にアヤトも主体性が乏しいと言い当てたわけで。
呼び出した理由も含めて、まともに会話もしていないのに僅かな時間で見破られては笑うしかないクアーラの疑問にアヤトはお返しと言わんばかりに笑って見せる。
「一番は母親の不祥事後の対応か。ホノカは母のためにと曾爺さんの指示に背き、俺たちに頭を下げに来た」
「ですね……対する僕は曾祖父の指示に従うだけで、今後のヒフィラナ家を憂うだけでした」
普段は大人しい妹が母のために、アヤト達に謝罪をしたと聞いてクアーラは驚きと情けなさを感じた。
「ホノカの行動も感情に流されるままの自己満足だ。しかし大切なものを守ろうという強い意思は、自ずと多くを守る武器になる」
そして同じ自己満足でも、大切な人を守ろうとしたホノカと、八つ当たりに近い感情で暴走したクアーラでは行動の尊さも、心の強さも違う。
「だがま、主体性が乏しくとも白いのの為に自己満足だろうと行動を起こせたなら、少しはヒフィラナ家や公国の為の行動をしてみろ。強き妹に恥じぬ兄として、少しは格好いいところを見せてやれ」
故に今後はホノカに相応しい兄として、次期ヒフィラナ家当主に相応しい成長をしなければ慕ってくれる妹にも、期待してくれる曾祖父や父、同志に顔向けが出来ないと。
「要はいつまでも甘えるんじゃねぇよ。これも従兄弟としての忠告だ」
「……ありがとうございます」
手厳しくも自分を思いやるからこその忠告にクアーラは素直に感謝の言葉を口にしつつ、アヤトが申し出を受けてくれたのはロロベリアに対する心情を察した意外に、この忠告をするためではと思い直す。
なんせ父の変化に自分だけでなくホノカも疑問視していたが、ロロベリアたちはアヤトの影響だと疑わなかった。
どのような方法で変えたのかまでは秘密主義なので教えてくれないともぼやいていたが、その時に話してくれたアヤトの為人を今ならとても共感できる。
「あなたのことはよく分かりませんが……少なくとも捻くれ者で不器用なのはよく分かりました」
「かもな」
しかしどれだけ勘違いされようと、相手を思いやる優しさを秘めているアヤトの強さにロロベリアも惹かれている。
そして心根は優しいからこそ捻くれた言動や行動ばかりでも、ロロベリアに対する罪悪感は本物で。
本心ではとても大切に思ってくれていると伝わった。
「さて、お話も終わったならさっさと戻るか」
「……その前にあなたを勘違いしていたお詫びも含めて治療をさせて下さい」
「別に勘違いでもないんだがな」
「本当にあなたは不器用だ。ロロベリアさんを大切に思っているからこそ受けた傷でしょう」
「大切になんざ思ってねぇよ」
などと相変わらずな否定を続けるアヤトに苦笑いしつつ、治療術を施すためにクアーラは精霊力を解放。
「ま、たまに面倒なくらい構ってちゃんでもあるがな」
「…………?」
同時にアヤトがため息を吐くなり練武館のドアが開かれた。
「アヤト……いるの?」
「ロロベリアさん……っ」
姿を見せるロロベリアに状況が状況なだけにクアーラは息を呑む。
ちなみに明日サーシャやラストと会う可能性から、アヤトに出来るだけ実力を控えてもらうか、最悪サボってもらおうとロロベリアは一人客室で待っていたりする。
だがいつまでも戻ってこないアヤトに痺れを切らし、何度もマヤに居場所を聞いてやっと教えてもらい訪れたのだがそれはさておき。
「なにしに来た構ってちゃん」
「ちょっと相談……て、どうしたのその傷!」
気配で気づいていたアヤトはしれっと返すも、一目で重傷を負っているとわかるなりロロベリアが取り乱すのも無理はなく。
「うるせぇ……クアーラと遊んでやっていたが酒の影響でヘマしたんだよ」
「お酒? あなたお酒飲んだの?」
「だったらなんだ」
「なんだもなにもお酒は十八から……じゃなくて! いま治療するから――」
「断る」
「なんでよ!」
「白いのだからな」
「またそれ!? それよりもどうしてその傷で平然としてるのよ!」
「次から次へと構ってちゃんが……普段からテメェらに俺がなにほざいてるのか忘れたか」
「だからって……」
怪我をしようと骨折しようと訓練を続けるだけにアヤトの言葉にはとても説得力があった。加えて非合法な実験から言葉通り地獄のような痛みや苦しみを経験しているからこそ、肩を貫かれた程度の痛みにも平然としていられるのだろうがそれはそれ。
「……よく分かりませんが治療は僕に任せて下さい」
「すまんな」
「私がするのに……」
『テメェの仕業か』
『兄様の居場所を聞かれたので』
結局よく分からない理由で拒否されクアーラの治療は素直に受ける姿に不満からジト目を向けるロロベリアも無視、アヤトは居場所を知られた理由を察してマヤに抗議していたりする。
『それに兄様の本心が聞けそうと、とても興味深く観察していたのにクアーラさまに伝えそうにないので。せめてこの状況をロロベリアさまが見た反応を楽しもうかと』
『つまりテメェの都合か。相変わらず良い性格をしている』
『ですがせっかく兄様の本心が聞けると楽しみにしていたのですが……本当にロロベリアさまをどう思っているのでしょうか』
『どうもなにもクアーラに言った通りだ』
まあ抗議をしても相手はマヤ、悪気もなくクスクスと楽しむ笑い声に不快感を露わにしながらロロベリアを一瞥して――
『いい女以外にねぇよ』
クアーラの本質を見抜き、手厳しい発破を掛けたことである意味本当に親孝行も終了です。
ですがその中でお酒の影響か、珍しくアヤトくんが少しだけ胸の内にある迷いを口しました。まあ本当に少しだけで何に迷いを抱いているか、何を成そうとしているのかはさっぱりかもですが、とても性格の良い神さまが楽しく監視してますからね。相手が誰でもおいそれと心の内を語れないのも秘密主義の一因なのかもです。
なので今までの白いの呼び全てに込めているわけではありませんが、最後の本心はアヤトなりの捻くれた伝え方であり、こちらも今さらな本心でしたね。
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