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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十三章 叶わぬ夢を花束に編
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些細な達成とやり残し 後編

アクセスありがとうございます!



「――邪魔するぞ」


 ちょうど日が暮れた頃、ダイチの待つタタミ部屋にアヤトが姿を現した。


「随分と遅かったではないか」

「少しな」


 ブーツを脱ぎながらアヤトは端的に返すも、元より時間を指定していなかったのでダイチも追求せず招き入れた。


「で、俺に聞きたいこととは何だ」


 自ら座布団をテーブル前に敷き、腰から外した朧月と月守をタタミに置いて向かい合うようアヤトは着席。

 早速用件を問えばダイチは複雑な表情のまま間を空けて口を開いた。


「今朝方、スフィラナ家の使いからこのような信書が届けられた」


 懐から取り出したのは官邸でシゼルと面会中に届けられた信書。

 それをテーブルに置き、視線で読むよう促す。

 信書には几帳面な性格が表れているような文字、スフィラナ家の捺印と共にアドリアのサインが記されているなら本人の直筆か。


「ワシの所だけでなくシゼルの所にもじゃ。正直なところ目を疑ったわ」


 アヤトが目を通す中、ダイチは未だ信じられないのか困惑気味に零す。

 なんせ親書の内容はスフィラナ家、ヒフィラナ家、ミフィラナ家の当主による秘密裏の会談を呼びかけるもの。

 過去の確執を捨て、三大公爵家が手を取り合い公国のより良い発展を目指す話し合いの場を設けたい旨が綴られている。

 更にラスト、クアーラ、サーシャの思想を持ちだし、三人の世代が中心となった際、いかに軋轢なく思想を現実にするか。その為には自分たちの世代がどう導くべきかとアドリアなりの考えを記していた。


 今までスフィラナ家の繁栄を第一に考え、ダイチやシゼルの改革を良しとしていなかったアドリアの心変わりに疑問視するのは当然のこと。

 故にダイチだけでなくシゼルもまず罠と疑った。しかしこの信書を届けに来た使いが他でもないガイラルドだった。


「昨夜何者かによってスフィアを根城にしておった無法者の集団が壊滅させられてのう。その集団に繋がっておる貴族家がおったんじゃが、ワシらが問い詰める前にアドリア自らが責任を取るので温情を与えて欲しいと言われてのう」


 ガイラルド曰く、派閥の貴族が犯した問題は自身の問題と真摯に受け止め、罰金による制裁を希望しているらしいと。

 ただ自首による罰の軽減を目的としているのではなく、今後を見据えたものと打ち明けられている。当主間で秘密裏の会談をするように、今は事を荒立てたくないと。

 またアドリアが庇い立てることでその貴族家を始めとした派閥貴族から更なる支持を集められると、要は裏で派閥の意識を改善させる為に必要な処置でもあると力説された。


『アドリアさまは本気でお二人方の改革に協力するおつもりですが、今は信じられぬかもしれません。故にまず私を信用して下さい』


 そして最後にガイラルドは深く頭を下げて懇願。

 これが他の使者なら二人も信用できなかったが、武人気質のガイラルドなら別。

 もちろんガイラルドが騙されている可能性はあるも、親書に綴られた具体的な内容や接触の仕方には説得力がある。

 ならば当主間による秘密裏の会談で実際にアドリアの真意を見定めると二人は了承。

 明日、官邸内で執り行うと急遽決まったのだが。


「……アヤトよ」

「なんだ」

「お主はほんに何をしたんじゃ」


 信書をテーブルに置くアヤトにダイチは尋ねずにはいられなかった。

 なんせリョクアの意識改善といい、アドリアの歩み寄りといい、ダイチの望み通りの展開ばかり。それこそ二日前の密会で打ち明けた、アヤトに期待していた状況そのまま。

 余りに出来すぎた状況からアヤトの仕業ではないかと疑っているのはシゼルもだ。

 共犯者としてアヤトを引き抜く為に協力してもらっているシゼルには密会でのやり取りやミリアナの不祥事、更にはリョクアの意識改善まで報告している。

 なによりリョクアの意識改善は間違いなくアヤトの仕業。

 今まで全く予兆もなかった事態が、アヤトとの密会から好転すれば疑いたくもなるわけで。


「別になにもしてねぇよ」

「…………」

「つーか孫の変わり様はまだしも、スフィラナ家ご当主さまの変わり様をなぜ俺の仕業だと思う」

「それは……お主にワシが伝えた望みのまま――」

「二日前に聞いたな。で、たった二日でなにをどうすればスフィラナ家ご当主さまを歩み寄らせることが出来る」

「…………そうなんじゃがな」


 しかし正論を返されてはダイチも反論できない。

 タイミング的にアヤトが何らかの関わりはあるはず、それでも僅か二日でなにが出来るのか。

 加えて信書を見せた際の表情などにも注目したが、元よりアヤトは感情の起伏が乏しいので判断に難しい。


「聞きたいこととやらは終いだな」


 それでも疑念を向けるダイチを無視、アヤトは一方的に切り上げた。


「なら俺の目的を果たさせてもらう」

「……? お主の目的じゃと?」


 だがそのまま立ち去るのではなく、パンと柏手を一つ。


「「失礼します」」


 するとドアが開きセルファとミナモが一礼。

 キョトンとなるダイチに会釈してセルファは靴を脱ぎ室内へ。


「……セルファ、これはどういうことじゃ」

「アヤトさまに頼まれまして」

「わざわざすまんな」

「いえいえ。ようやく従者としての矜持を尊重してもらえたと嬉しい限りですから」


 などとダイチを他所にやり取りをしながら、廊下に居るミナモから渡させる料理をセルファは次々とテーブルに並べていく。


「こちらは全てアヤトさまの手作りですよ。味見をしましたがとても美味でした」

「学院では調理師を兼任していると伺いましたが、私たちも立つ瀬がありません」

「世辞はいい」


 しかも全てアヤトの手作りらしいが見覚えのない料理ばかり。

 いや、野菜や魚を中心とした見目が鮮やかな料理の数々をダイチは知っている。


「母から聞いたが、この料理は一年最初の日に東国で食べられる物らしいな」


 アヤトが告げるようにおせちという東国料理。ダイチも祖父からの又聞きで知るだけで実際に食べたことはなく。


「あんたから聞いた話を元に母が真似たものだ。時期外れではあるが、あんたに振る舞うなら他にないだろう」


 この話を聞いたワカバが後に試行錯誤して再現したものをアヤトは受け継ぎ、ダイチにも食べて欲しいと用意した。

 もちろん材料も今朝方、ミューズへのプレゼントを買った後、市場を回りアヤトが集めたものばかり。ただ時間の掛かる料理が多いので、ワカバから受け継いだレシピを更にアヤトが改良し、ここへ来る前に調理していた。

 更に材料の他にもう一つ購入している物があった。


「父は母の作るおせちと共によく酒を飲んでいた。故に味は知らんがこの料理には合うんだろうよ」


 最後にグラスと共に置かれたのは酒瓶で、年齢からアヤトは飲めないので料理の味付けを説明して店主に見立ててもらった物だ。


「それでは旦那さま、楽しいひとときを」

「ご用があればいつでもお呼び下さい」

「感謝する」


 準備を終えて立ち去るセルファとミナモに礼を告げ、未だ唖然としたままのダイチを他所にアヤトはグラスを手にする。

 アドリアが訪問した際、ダイチは好きな酒を止めたと言っていた。


「孫から聞いたが酒を止めたのは母を廃嫡が理由らしいな」


 そしてリョクアから理由を聞いている。

 ワカバを廃嫡した後、やけ酒をあおりながら零していたダイチの愚痴。

 お酒に興味を持ったワカバにいつか一緒に飲もうと、その時は自分が酒の飲み方を教える約束していたと。

 その日を最後にダイチは一切飲まなくなったと。

 目にかけていた孫娘と大好きな酒を嗜む、ダイチはたいそう楽しみにしていただろう。しかし飲酒が許される年齢になる直前、ワカバにアースラとの仲を打ち明けられて裏切られたと廃嫡、約束は叶わぬままで。

 もしかすると叶わぬ約束が苦い思い出となりお酒を飲む度に思い出してしまうのか。

 それともワカバの対処に後悔して、せめてもの戒めとして飲まなくなったのか。

 どちらにせよ、ダイチが酒を止めたのはワカバに関係しているとリョクアは教えてくれた。

 だからこそアヤトは酒を注いだグラスをダイチの前へ。

 そしてもう一つ、自分用に注ぎながら肩を竦める。


「少なくとも母はそんな戒め望んでねぇよ」


 もし約束に拘っているのなら、母に代わって自分が叶えると。


「むろん少々のやんちゃなら何とかしてくれるんだろう? 曾爺さん」


 だが公国は王国法と同じく飲酒は十八才から。

 故に違反行為になるが曾孫のやんちゃを何とかすると豪語しているなら期待しているとほくそ笑む。


「なぜじゃ……なぜ、お主はワシにここまでしてくれる」


 対するダイチはただ困惑ばかり。

 どんな方法でアドリアを歩み寄らせたのか分からないが、少なくともアヤトが関係しているはず。

 更にリョクアの一件然り、わざわざワカバから受け継いだ料理を振る舞ったり、挙げ句母に代わって約束を果たしてくれるという。

 曾祖父と曾孫とは言え顔を合わせてまだ数日程度。加えてアヤトの両親を追放したのは他ならぬダイチ。

 しかもアヤトの能力や人脈を利用までしようとした。憎まれる覚えはあっても、労われることなどなに一つしていない。

 にも関わらずなぜアヤトは自分の望みを叶えてくれるのか。


「ワシはお主を利用しようとしたクソジジィじゃぞ。ワカバもワシを恨んで――」

「母があんたを恨む? なに惚けてんだ」


 理解できずダイチは訴えるもアヤトはため息交じりに一蹴。


「俺は母だけでなく父の過去も聞かされなかった。しかしあんたの話だけはよくしてくれた」


 続けて面倒げに、しかし懐かしむように語り出す。

 アヤトの東国知識はワカバから教わったもの。

 その知識はワカバが祖父から教わったもの。

 過去を知られないよう配慮していたのに、何故か祖父の話だけはしてくれた。


「あんたの話をしている母は、以前話した笑顔を見せてくれた。同時に寂しげな目をしていたが、今となれば納得だ」


 また祖父の話をする際の複雑な表情を幼いながらも疑問視していたが公国に訪れて、令嬢として生きたワカバを知り、なによりダイチの為人を知ってよく分かった。


「息子として断言してやるよ。母は一度たりともあんたを恨んでいねぇ。むしろ二度と会えぬ寂しさを抱いていた」


 過去を知られたくなくても、せめて祖父のことだけは息子に知って欲しかった。

 それだけワカバにとってダイチとの思い出は尊いもので、要は生粋のお爺ちゃん子だっただけ。

 ならダイチが自身を追放した過去を悔いるのをワカバは望まない。

 むしろ迷惑をかけたと後悔していたのかもしれない。

 ケンカだろうと恩義だろうと、返せる時に返すよう教えてくれたのはワカバだ。

 ダイチに愛された恩義を返せないまま別れたのを、恐らく後悔していたからこその教えだろう。


 だからこそアヤトは代わって返す。

 母の後悔を少しでも払拭するために。

 恩人の孫娘を奪った父の後ろめたい気持ちを少しでも軽減するために。

 ダイチの望み聞いて行動に移したのも、初日に母の行いがヒフィラナ家に迷惑をかけたとリョクアが言うのなら、ヒフィラナ家の利になる形で返すとの理由でしかない。


「なにより利用してるのはお互い様だ。母が大好きだった祖父を、父を救ってくれた祖父を労うことで、俺も少しは恩義を返せる。要は親孝行に付き合ってくれんか」


 つまりアヤトが公国に来たのは最初から親孝行が目的で。

 ただ実際にダイチと顔を合わせ、為人を知ったからこそ曾孫としても孝行すべき曾祖父だと本心から思っているのは伝えない辺りが捻くれたアヤトだったがとにかく。


 あまりにも単純すぎる理由にポカンとしていたダイチだったが、アヤトが教えてくれたワカバの気持ちに、廃嫡してもなお愛してくれていたと知り目頭を押さえた。

 永遠に叶わない約束から酒の味が虚しくなり飲まなくなった。

 それだけ楽しみにしていた孫娘との時間を、曾孫が叶えてくれるという。


「ワシは……ワカバと約束しておったんじゃ。ワカバが飲めるようになったら、共に飲もうと」

「だから、そいつは孫から聞いた」

「お主が叶えてくれるんじゃな……アヤトよ」

「一杯だけでよければな。さすがに曾爺さんが何とかするとはいえ、甘えすぎるのも違うだろう」

「気にせんでもえんじゃが構わぬよ。むろんこの程度のやんちゃ……ワシがどうにでもしてやるわ」


 よもやこのような日が来るとは夢にも思わず、しかしワカバが許してくれるのなら。

 曾孫の心配りを無下にすることこそ恨まれそうだとダイチは涙を零しながらもグラスを手に取った。

 対するアヤトは泣きながらも笑みを向けるダイチに指摘することなくグラスを手にした。


「ついでと言っては何だが、付き合うのは孫が帰ってくるまでだ」

「リョクアが……?」

「孫のためにも作ったからな。あんたもこの料理に込められた意味合いを知ってるだろう」


 のだが、乾杯を前にアヤトから忠告が。

 おせちにはそれぞれの料理に家族の健康や幸せを願った意味合いがある。要はこの料理はワカバから祖父と弟への贈り物としてアヤトが代わって用意したらしい。


「後はま、これから苦労する孫を労ってやるのも曾爺さんの勤めだろ」


 同時にこれ以上ワカバに拘らず、リョクアにも目をかけてやれとアヤトなりの気遣いでもあるらしい。

 抜かりなしな心配りにダイチは笑って。

 確かにワカバも望んでいる和解だと気持ちを改め。


「そうじゃな……では、それまで付きおうてくれ。ワカバや、アースラの思い出話を肴にのう」

「良いだろう」


 カチンとグラスを合わせて数十年ぶりに飲んだお酒の味は。


「ああ……酒とはこんなにも美味いものであったんじゃな」


 虚しさよりも幸福感で満たされる美味だと初めて知った。



 ◇



「……やれやれ」


 乾杯から一時間ほどしてアヤトは私室を後にした。

 つまり帰宅したリョクアがセルファから言伝を聞いて私室に訪れ、今はダイチと共に酒の席を楽しんでいるのだが、久しぶりの飲酒ですっかり出来上がった祖父を前に楽しめるかどうかは疑問だった。

 それでもこれまでワカバの一件から素直になれない者同士、素面では話せないこともあるだろう。ならそれはそれで楽しめると早々に立ち去った。


 ちなみに初の飲酒をしたアヤトの感想は不味いだったが、目的も達成で憂いなく帰国できると気分が良い反面、初の飲酒で妙な高揚感があり一杯だろうと付き合ったのを後悔していたりする。

 それでも軽い違和感程度なら問題ないと足早で客室へ向かっていたが――


「アヤトさん……少し良いですか」


 待ち構えていたのか、階段を降りてすぐ呼び止めたのはクアーラで。

 神妙な面持ちからアヤトも用件を察しただけに立ち止まり。


「そういや、まだお前が残っていたな」


 さすがに面倒で済ませるわけにはいかないと肩を竦めた。




ギーラスさまに感謝していたようにアヤトの目的は親孝行でした。

まあこの子は能力が能力なだけに規模が大きい孝行になりましたね。

そして序章でワカバママが憂いていたのもダイチさまとの約束が関係していましたが、序章でワカバママとアースラパパが楽しみにしていた息子と一緒にお酒を楽しむという時間をアヤトは知りません。

なのでアヤトが息子として代わりに叶えたように、ダイチさまが二人の祖父として代わりに叶える形になりましたね。

とにかくこれにて章代も回収して一段落、ですがまだやり残していることがありました。

そちらも含めて十三章も残り僅か、最後までお楽しみに!




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みなさまの応援が作者の燃料です!


読んでいただき、ありがとうございました!


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