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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十三章 叶わぬ夢を花束に編
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些細な達成とやり残し 前編

アクセスありがとうございます!



 スフィアに到着して二日目の夜――


「ほんにワカバはどのような教育をお主にしていたのやら……」


 書斎にアヤトを招き入れつつダイチは呆れた物言い。

 夜のお茶に誘うまではいいが普通にではなくバルコニーからの訪問。警備をくぐり抜けて訪れる常識外れな登場に呆れるのは無理もない。


「母らしいだろう」

「……否定できんのう。なんせワカバも突拍子のないことを言い出す子じゃった」


 にも関わらずアヤトは何故かどや顔で返してくるも、ワカバの祖父として反論できない。

 なんせ引き合いに出したワカバも常識外れな行動や言動が目立つ子だった。

 優秀な頭脳を持ちながら何となく面白そうだからとの理由で学院試験では騎士クラスを希望したり、書斎で寝泊まりしたり、庭園の池に入ったり、雨の中で踊ったりと貴族令嬢に相応しくない振る舞いばかり。


 ただ特に奇行が目立っていたのは主にダイチの前。優秀すぎるが故に接し方に悩んでいた母や、ライバル心を剥き出しにしていた弟とは会話すらまともにしなかった。

 また相手が誰だろうと取り繕わず気分で対応するので度々問題を起こす問題児でもあったが、思い返せば奇行の数々はワカバなりの甘え方だったのかもしれない。

 そして距離を置きたがる母や弟には自身も関心の無いような素振りを見せつつも、気にはかけていた。まあ捻くれた物言いで更に遠ざける結果を招いたが、あれもワカバなりの歩み寄り。周囲に関心を向けなかったのも特別視されるのを嫌い、敢えて遠ざけていたのだろう。


 要は自分を表現するのが下手な、シゼルが語っていたように不器用な子なだけ。

 周囲のしがらみから解放された廃嫡後のワカバを知り、ダイチはよりそう感じている。

 だからこそアースラとの仲を打ち明けられた際、もっと話を聞いてやれば良かった。

 ワカバの中で唯一甘えられる存在だったのに、感情的になって廃嫡したことに後悔ばかりが募る。


「しかしイタズラ半分で楽しんでおったワカバと違い、何かしらの理由があってじゃろう」


 それでも後悔先に立たず、もうワカバと話し合う機会は永遠にないと首を振り、ソファに腰掛けるアヤトと向き合った。

 ワカバの奇行は甘えから、しかしアヤトの場合は警戒からくるもの。

 恐らくこちら側の思惑に気づいているのなら、慎重に接触してくれたのだろう。


「故に茶は出せんが構わんな」

「話が早くて助かる」


 予想通りお茶は口実で自分との密会を望んでいる。

 問題は思惑に気づいた上で、どんな目的から接触したかが読み切れないダイチに対し、アヤトと言えば――


「あんたの望みはなんだ」


 実に端的でストレートな質問にさすがのダイチも虚を衝かれてしまう。

 少しは探り入れてくると予想していたが、やはり読み切るのが難しいと内心笑いながらせめて抵抗してみることに。


「はて、望みと言われても何のことやら。思いつくと言えば嫁にまた会いたい、くらいかのう」

「あの世とやらが本当にあるのかは知らんがもうすぐ叶うな。良かったじゃねぇか」


 本心を織り交ぜた返答も面倒に対応しつつ仕方なしにとアヤトから核心に触れた。


「孫の暴走を静観し、元首さまの孫娘を押しつけようとしたり、それとなくスフィラナ家を警戒させるよう促したりと回りくどいことばかりしやがって」


 刺々しい口調で捲し立てた指摘は全てダイチがアヤトを見定めようとした裏工作。

 事前にギーラスからアヤトの為人を伺った時、言葉で説明するのは難しいと返された。ただギーラスも計りかねているようだが、実際に会えば分かるだろうとの助言をされた表情からかなり好印象を抱いているとも察していた。

 以降、ダイチの情報網を駆使して情報を集めてみたが常識外れで信憑性に欠けるものばかり。故に助言通り実際に会ってみた第一印象はギーラスの気持ちがとてもよく分かるものだった。

 常識離れの強さはもちろん、常識が通用しない逸脱した言動や対応。実際に曾孫ながら不気味とさえ思えた。

 それでもギーラスの表情が物語っていたようにどうも憎めない不思議な魅力もまた感じていた。

 シゼルにも感じたままを伝え、彼女にも見定めてもらおうと引き合わせたが予想以上に気に入ってしまい孫娘の婚約者云々の話を持ちかけたと、実のところあの話はダイチの与り知らぬものだったりする。

 ただダイチの望みと利害は一致していたので否定はしない。


「俺になにか期待してんなら、出来る範囲でよければ協力してやると言ってんだよ」

「確かにワシはお主に期待しておった。じゃが、その条件なら望みは叶わぬよ」


 故にアヤトの言い分も否定せず、しかしシゼルとのやり取りや実際に見てきたからこそ首を振る。


「ワシの望みはお主をヒフィラナ家に迎え入れる。最低でも公国に引き入れることじゃが……出来る範囲ではなかろう?」

「超えてるからな」


 観念して望みを伝えればやはり即答されてしまった。

 地位や名誉に固持しない性質以前にアヤトは王国を離れるつもりはない。僅かな時間でもダイチは確信していた。


「つーか俺を公爵家の一員にするなんざ、あんたはヒフィラナ家を潰したいのか」

「逆じゃよ。ワシはヒフィラナ家を、更に言えば公国を愛しているからこそお主に期待しておる」


 そして相変わらず捻くれた返しをするアヤトに苦笑しながらポツポツと本心を語り始める。

 今でこそ元首として戦後の難しい情勢を革新的な政策で乗り切り、国内でも多大な影響力を持つダイチだが、元はなにも取り柄のない子爵家の次男だった。

 しかし学院で後の妻となるヒーリア=ラグズ=ヒフィラナに見初められてから人生が大きく変わった。

 ヒーリアも公爵令嬢としては一風変わった性格で、ダイチを見初めたのも他の人とは違う黒髪黒目が格好いいからとよく分からない理由から。まあ後に周囲の顔色を窺わず自分を貫く姿勢にも惹かれたと語ってくれたが、それはヒーリアではないかと内心笑ったものだ。

 もちろん身分以前に美しく、奔放でいて知性的なヒーリアにダイチが好意を寄せるまではそう時間は掛からなかったが、当時の公国は今よりも身分や精霊力の有無による差別意識が強く恋仲など夢のまた夢。

 それでもヒーリアに相応しい男になるべく、ヒフィラナ家に認められるようダイチは必死に努力を重ねて学院卒業時には精霊士でありながら序列一位まで登り詰め、精霊騎士団に入団してからもがむしゃらに功績を積んでいた。

 対しヒーリアも両親を説得し続け、苦労はしたが学院卒業から三年後にようやく婚約を認められた。


 そんなヒーリアが身分や精霊力の有無による差別のない、もっと多くの人が肩を寄せ合い心から笑い合える国にしたいと良く語っていた。

 自身が持たぬ者で知らぬところで迫害を受けていたのかもしれない。

 身分差を理由に愛する者同士が結ばれるのが難しく、苦労したからかもしれない。

 だからこそ子爵家から公爵家に加わったダイチに押しつけるよう元首に指名されても、むしろ好機とヒーリアと協力しながらミフィラナ家を味方に付け、彼女の理想とする公国を目指した。

 結果生粋の公国貴族に疎まれようと、民衆の支持を受けたお陰で少しずつでも改革が進んでいた最中、ヒーリアは病死してしまい。

 それでもダイチは立ち止まらず、ヒーリアと目指した理想の公国にするべく立ち止まらなかった。


「要は嫁を愛してるんじゃねぇか」

「違いない。嫁に……ヒーリアが愛した公国をより良い国にしたいとがむしゃらにやってきたが……その結果がこの体たらくよ」


 つまりアヤトの言うとおり、ダイチの原動力はヒーリアへの愛でしかない。元首として国を導く中で純粋な愛国心が芽生えようと所詮は言い訳になると口にせず、変わりに目を伏せる。

 ヒーリアの為とひたすら公国の改革に邁進した結果、理想とする道筋は立てた変わりに残された家族を犠牲にしてしまった。

 愛妻の面影を持ち、気難しくとも才気溢れるワカバに構い過ぎたせいでリョクアを蔑ろにした。

 身分差の恋に苦労した過去を持ちながら、アースラとの仲を打ち明けらたワカバに期待していた分だけ裏切られたと感情的になり追放した。

 元首としては優秀でも祖父や曾祖父としては失格だと、自身の過ちに気づいたのは元首の座をシゼルに託した後。


 一息吐いて、ようやく家族にも目をかけるようになった際、それぞれが抱える苦悩や思想に気づいた。しかし家族を蔑ろにしていた自分が今さらどう介入すれば良いのか。

 ワカバに対する失態もまたダイチにとってトラウマになったのか、強く出ることもできないまま静観するしかなく。

 徐々に近づいてくる死期から柄にもなく教会に足を運んでは過去の過ちを懺悔して、ワカバの幸せを祈り続けることしか出来なかった。


 そんな折、ギーラスとの出会いからワカバの死を知り悲しみながらも。


「お主をヒフィラナ家に迎え入れるとの望みは、ワカバに対する贖罪もあったんじゃろうな。しかしワカバの息子ならばと淡い期待を抱いておった中、ワシの予想を超える曾孫が現れた」


 残された息子の存在を知って、ダイチは僅かな希望を見出した。


「能力は当然ながら、捻くれたお口や悪ぶった態度をしておろうと、任された役割はきっちり熟すじゃろうて。なによりお主は弱い者を放っておけんお人好しじゃ」


 自分に代わりヒフィラナ家を良き方向に導いてくれるかもしれない。

 ヒーリアが望んだ理想の公国にするべく、クアーラたち次世代に協力してくれるかもしれない。

 僅か一六の子どもに対して過度な期待と理解してもアヤトには抱かずにいられない。だからこそシゼルも引き入れに協力したのだ。


「なあアヤトよ。もう公国の一員になれとは言わんが、せめてクアーラの良き友となってくれんか」


 故に叶わぬ望みなら、次世代にせめて僅かな繋がりを残したいとダイチは提案。


「ワシも長くはない。最後はリョクアに当主を任せるしかないが……あやつではスフィラナ家を止められんじゃろう。シゼル一人では抑止するのも難しい。しかしお主が力を貸してくれるのなら、上手く切り抜けると確信しておる」


 自身が理想とする公国を目指す次世代はいるが若すぎる。

 なにより警戒すべきはアドリア。スフィラナ家の繁栄を第一に考え、自身が成り上がる為なら実父でさえ利用する狡猾さ。

 今はダイチとシゼルが上手く押さえ込んでいるが、このまま野放しにすれば徐々に力を付けてパワーバランスを覆す可能性さえ秘めている。アドリアと同世代のミフィラナ家の次期当主では押さえ込むのは難しいだろう。ヒフィラナ家に固執するあまり視野の狭いリョクアは飲み込まれるかもしれない。


 だが能力はもちろん、三大大国の重鎮と繋がりのあるアヤトが加わればアドリアを押さえ込んだままクアーラ達の世代に公国を引き継げる。

 廃嫡した孫娘が残した息子を利用する提案だとダイチも承知の上。

 それでもヒーリアとの約束を叶える為なら、自身の理想に共感してくれた三家の次世代の為なら、醜い泣き落としだろうとダイチは躊躇わない。

 例え心から曾孫としてアヤトを愛していようと軽蔑される覚悟で。

 もし聞き入れてくれるのなら望む通りの罰を受ける。

 望むものが在るなら身を賭してでも約束すると、頭を下げるダイチを見据えていたアヤトはまず肩を竦めた。


「友とは頼まれてなるもんじゃねぇだろ」


 呆れを滲ませた正論には別段軽蔑も、失望も、不快すらも感じられない。


「それに先の望みも範囲を超えている。たく……俺をなんだと思ってんだ」


 むしろ満足したように一蹴したかと思えば立ち上がり。


「だがま、あんたの望みは聞けた。用も済んだし帰らせてもらう」


 そのまま窓に向かう様子は普段と変わらない調子で、聞き入れてもらえず残念なのか、変わらず曾祖父と曾孫を続けてくれる安心なのか複雑な気持ちでダイチは苦笑を漏らす。


「ほんにお主は勝手気ままじゃ……少しは曾ジジィを敬っても罰は当たらんぞ」

「かもな」


 ただ言えることは変わらず接してくれるアヤトに感謝しかないと、ダイチは窓から客室に戻るアヤトを見送って。


「ワカバに嫌われるようなことばかり……ほんにワシはろくでもないクソジジィじゃ」


 自身の無能さを嘆きながら、それでも次世代の為に諦めないと。


「……ヒーリアの待つ天国に行けそうにないわ」


 最後の最後まで足掻き続けると心に決めた。



 ハズだったが、アヤトとの密会から僅か二日後――



「……アヤトよ」

「なんだ」


 私室に呼び出したアヤトにどこか疲れ切ったようにダイチは肩を落とす。


「お主はほんに何をしたんじゃ」


 足掻くどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




まずはアヤトとダイチさまの密談の内容でした。

最愛の妻との約束を果たすためとはいえ、言い方は悪いですがアヤトの能力や人脈を利用するつもりで居たのは他でもないダイチさまでした。

そんな真実を知っても尚、アヤトくんは裏で動きました。望みを語ったそばから理想通りの状況になっていればダイチさまもアヤトくんを怪しみながら葛藤や覚悟も何だったんだ、みたいな気持ちになるでしょう。

それでもアヤトくんにとってはついでの用件、公国に訪れた本当の目的は次回となります。



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