下準備
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ミリアナの処分に関するリョクアの身の振りに驚いたのはロロベリアやミューズだけでなく、フロッツやレムアも同じ。
母方の領地で無期限の謹慎、思想の改善といった処分はまだしも、ミリアナの夫としてリョクアはヒフィラナ家次期当主の座を放棄したのだ。
「この処分を持って、妻の不祥事をお許し願いたい」
四人の驚きを他所にリョクアは真摯な態度で示談を申し出る。
その表情には未練や後悔も感じさせず、精霊力の輝きも曇りは一切ない。
ただ未遂に加えてアヤトが温情を与えたならいささか過剰、むしろミューズが動揺してしまう。
「ですが、リョクアさまが家督放棄となればヒフィラナ家は……」
「何もなければ学院卒業と同時にクアーラが当主となるでしょう。つまり現時点ではクアーラが最有力、むろん若すぎるが故に私が補佐として支えるのを条件に祖父も認めております」
「ワシが、というよりリョクアが事前にクアーラやホノカと話し合って決めたようです」
しかもこの処分はリョクア自らの申し出。次期当主の座を欲していたリョクアが、妻の不祥事とはいえまさか陰ながら息子を支える立場を選ぶとは思いも寄らず。
「それとミリアナの思想改善を娘に任せず、時間の許す限り自らも足を運び説得をするそうじゃ。そうじゃろう?」
「妻の思想を知りながら放置したのは私です。ならば当然の贖罪でしょう……今さらと思われるかもしれませんが、夫として良き方向へ導きたい」
ただダイチの確認から告げるリョクアの後悔の表情や、自責の念が感じられる声音からミューズに対する配慮と言うより家族に対する償いから申し出たようで。
「また父としても。ロロベリアさんはご存じでしょう。昨夜クアーラと話し合い、息子の目指す理想の公国を聞きました」
ロロベリア伝手ではあるがミューズも聞いたクアーラ、ラスト、サーシャの次世代が誓い合った公国の未来。
ヒフィラナ家を第一に考える余り、視野が狭く公爵家の繁栄の為なら手段を選びそうにない危うさから父には控えていたらしいが、リョクアの方から歩み寄ったことでクアーラも本心から向き合ったようだ。
「……ヒフィラナ家にばかり拘っていた私とは違い、息子はヒフィラナ家のみならず公国の未来をしっかり見据えていました。私よりも立派な当主としてヒフィラナ家を、公国を導いてくれるでしょう」
息子の考えを受け止め、当主としてではなく父として。
共にヒフィラナ家だけでなく、公国を導く手助けとして陰ながら支える立場をリョクアは自ら選んだ。
もちろんリョクアが支えるのはクアーラだけではない。
「ですが私も父として息子の夢を叶えるために何かをしてやりたい。そして母と、ミリアナと再び家族として共に過ごす時間を望むホノカの優しい夢を父として叶えてやりたい」
ホノカにも歩み寄り、彼女の希望を父として叶える為に母の謹慎を少しでも早く終わらせるために尽力する。
これまで当主の座に固執するあまり夫として、父として向き合わず何も成そうとしなかった自身を恥じて。
「お恥ずかしながら本当に今さらではありますが……良き当主となれないのなら、せめて良き父となりたい」
これからは一家の大黒柱としての自覚を胸に邁進する。そうすれば自ずとヒフィラナ家が、公国がより良い方向に進むと信じて陰に徹するリョクアの誓いに最も驚いたのは恐らくダイチだ。
同時にリョクアの成長を望んでいたはずで、むしろ今なら当主を譲っても良いと思っているだろう。
「孫の覚悟を汲み、ワシも老いぼれながら協力する覚悟ですが……ミューズちゃん。リョクアの覚悟をどうか認め、許してもらえんじゃろうか」
それでもリョクアの覚悟を無下にも出来ず、ならば残された時間を孫の目指す未来を体現できるよう協力する道をダイチも選んだ。
どこか歪だったヒフィラナ家が、まさかリョクアを中心に変わる兆しを感じさせるとはミューズも予想外。
今も確固たる強さと、眩い希望を感じさせる精霊力の輝き。僅か一晩で何がリョクアの心を変えさせたのか。
いや、昨日の密談でアヤトはいった何をしてリョクアの心を変えたのかだ。
不思議でならないが、少なくとも同じ疑問に行き着いたのはミューズだけでなく。
フロッツも、レムアも、ロロベリアも壁面で我関せずとあやとりに興じるアヤトを一瞥して苦笑を漏らしていた。
(さすがはアヤトさまです)
故に心内でミューズはお約束の称賛を。
想定外だったミリアナの不祥事から、家族を分裂させるのではなく結束に導く対処に敬意を払いつつ。
「レムアさんも構いませんね」
「むろんでございます」
「ではリョクアさまの覚悟を受け取り、今回の不祥事はわたしとレムアさんの胸にしまっておくと約束します。リョクアさまの歩まれる道に神と精霊の導きがあらんことを」
遺恨も残さず、口外しない約束を交わしながらせめてもの祈りを捧げた。
◇
ミューズが許したことで昨日の一件も一段落。
妻や子どもに和解の報告した後、業務に戻るリョクを見送ったダイチは改めて姿勢を正す。
「温情を与えて下さり、感謝しますぞ」
「そんな温情だなんて。元よりわたしはミリアナさまが心から反省して下さればと考えていましたが、リョクアさまの覚悟は充分すぎるほどです」
当主として頭を下げるダイチにミューズはゆっくりと首を振る。
リョクアが決めた処分は想像以上。もちろん染み付いた思想を改善させるのは容易ではない。それでもリョクアの覚悟に家族の協力があればミリアナも分かってくれる。
アヤトの助言なり叱咤なりを受け入れ、変わろうと覚悟したのは他でもないリョクア自身の強さ。
その強さがあれば、いつか家族が揃って笑顔で食卓を囲む日は訪れるだろう。故にミューズもその日を願うばかりだ。
だが染み付いた思想を改善させるのは容易ではないからこそ、リョクアの変化は気になるもので。
「そう言ってもらえて何よりじゃ。しかしのう……」
ダイチも変化を促した人物を察しているだけに顎を撫でつつ、変わらず我関せずと壁面であやとりを続けるアヤトに目を向ける。
「アヤトよ、お主はいったいリョクアとどんな話をしたんじゃ」
「ダイチさまも知らないんですか?」
「聞いてはみたが小生意気に説教してきたと言われたくらいか」
首を傾げるロロベリアに曖昧な答えを返すように、ダイチも二人がどんな話をしたのか知らないのなら尚さら興味は尽きないだろう。
「たいした話はしてねぇよ」
まあ相手はアヤト、五人の視線を受けても適当な返答で交わしてしまう。
元より明確な答えを期待していなかったのか、追求せずダイチは席を立つ。
「まあよい。それよりも後でワシの部屋に来い、お主には他にも聞きたいことがある」
「へいよ」
しかし退室前に呼び出しには素直に返答。
わざわざ部屋に呼んでまで問いただすことと言えば昨夜の一件。もしかしてアヤトの仕業だとダイチは勘づいているのか。
「……何したの?」
「別に何もしてねぇよ」
そんな心配からロロベリアは確認するもやはり交わされてしまう。それでもミューズへのプレゼントから曖昧にされたままの疑問も含めて後ほど追求するつもりで――
「だがもう充分か。明後日には帰るぞ」
「……は?」
……いたのだが、あやとりの紐を解きつつアヤトから帰国宣言が。
元より公国行きはアヤトの問題。同行させてもらっている側として滞在期間はアヤトに一任しているので構わないが、何を満足して帰国を決めたのか。
他の面々も急な帰国にキョトンとする中、あやとり紐をポケットに収めたアヤトはそのままドアへ。
「故に遣りたいことがあるなら済ませておけ」
「ちょ、どこ行くの?」
「曾爺さんのところ以外にどこ行くんだよ」
ロロベリアの疑問も背を向けたまま一蹴して退室。
呼び出しを受けているなら当然の行き先、しかしロロベリアは腑に落ちないと眉根を潜めるのも無理はない。
それでもアヤトが決めたのなら仕方ないと、ある程度事情を知るフロッツがフォローすることに。
「とりあえずアヤトくんじゃないけど、三人は遣り残してることとかある?」
「そうですね……ホノカさんだけでなく、クアーラさんともお話ししたいでしょうか」
「ミューズさまの望むままに」
「私はサーシャとの約束が……クアーラさんにお願いしておかないと」
従者として同行しているレムアはさておき、ミューズはせっかくなら同世代の交流を、ロロベリアは約束した手前サーシャやラストと会わせたいと希望。
その為にはクアーラ伝手で二人に帰国日時を伝えてもらわなければならない。
「そんじゃお二人をここに招いて夕食を一緒にするよう頼んでくるか」
二人の希望を叶えるならそれが一番手っ取り早いとフロッツは纏めた一方で、退室したアヤトはダイチの待つ三階ではなく同階にある従者控え室に。
「アヤトさま、どうかされましたか?」
「すまんが厨房を貸してくれ」
出迎えるセルファに協力を求め、目的を果たす準備を始めていた。
「それと先ほど渡した物を含めて一つ頼みがある」
リョクアさまの覚悟はアヤトくんの手厳しい発破からですが、相手の助言からどう反省して行動に移すかは本人次第です。
なので姉という過去に拘り続けていた視野を広げて、前を向いたリョクアさまならきっと良き父として家族を支えられる存在になるかと。
そしてリョクアさまの一件や裏で色々とやっていたことも含めた下準備が、アヤトくんが公国にやって来た目的とどう繋がるかは次回から。
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