最悪と最善の抑止力
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アヤトにとってなんの利もなく、アドリアにとっては屈辱的な要求に怒りを募らせていた中で突如起きた変化。
精霊力を解放した精霊術士に似た変化。
しかしアヤトは持たぬ者、今もどれだけ意識しても精霊力は微塵も感じ取れない。
そもそもどの四大にも当てはまらない白銀の変化は何なのか。
「俺はどう映るのか聞いているんだがな」
対するアヤトは素知らぬ顔で再度問いかけてくる。
自身の変化に気づいていない、はないだろう。変化が起こる前の妙な切り出しから、共倒れの抑止力としての切り札がこの変化のはずで。
四大に当てはまらない白銀は神々しささえ感じられ、精霊力を微塵も感じ取れないのに圧倒的な存在感がある。
ただ自分の目にどう映ると問われればアドリアの返答は一つしかない。
ガイラルドから聞いた評価、改めて対峙した時の不気味さ。
思い返せばただの持たぬ者が精霊力持ちと同等以上の実力があろうと人通りの多い商業区で襲撃犯に襲われたミューズを周囲に悟らせず内々に対処したり、犯罪集団をついでのノリで壊滅させたり、協力者がいようと人知れず公爵家の馬車を襲撃したりと、アヤトのやり方は人知を越えている。
「ぁ……ぉ…………」
だが言葉に出来ない
正体を見破ってただで済むのか。
恐れを抱いてしまえば機嫌を損ねるのではないか。
神か悪魔か、それに近い存在になるが、自身を貶める狡猾さからただの持たぬ者ではなく、悪魔に魅入られたのか、それとも取り引きでもして手に入れた力なのか。
本来ならバカバカしいと考えもしない可能性。しかしこれまでの所業や、不可解な変化からアドリアの目には悪魔のように映っていた。
「ま、あんたがどう思うかは好きにしろ」
それでも問われたなら答えなければ殺されるのではないかと葛藤する中、質問したアヤトは気紛れで一蹴。
ただ先ほどと変わらない余裕や飄々とした態度がよりアドリアの恐怖を煽っていた。
「一応否定しておく。見ての通り俺はただの持たぬ者だ」
そんなハズがない――と、否定したいが出来ない。
未知の存在を前にしたアドリアは安易に口を開けず、出来ることはせいぜい震えるくらいで。
「とにかく取り引きを続けるか」
恐怖心に囚われたアドリアに興味を無くしたように、アヤトは懐から果物ナイフを再び取り出す。
そこに居るだけで圧迫するほどの存在が武器を手したのだ。
本来なら取り乱すまま精霊術を放っていたかもしれないが、今のアヤトは取り乱すことさえ許さない。
「あんたはバカをしでかすテメェに抑止力があるのかと聞いたな」
故に右手の人差し指で器用に果物ナイフを立てるアヤトの様子を眺めていることしか出来ず。
「こんなお遊びが抑止力になるか自信は無いがまあ見ていろ」
アヤトの右手がゆっくりと白銀の輝きを帯び、更なる不可解な現象にアドリアは目を反らしたくなる。
「それなりに効果があればいいが」
なのに目を反らせない中、右手を包む白銀の輝きが果物ナイフにまで及んだ瞬間――
ヒュ――ッ
「――――っ」
果物ナイフが小気味良い音を立てて蒸発、アドリアは声にならない悲鳴を上げていた。
「ミューズを襲った唯一の物的証拠だったんだがな。だからこの手は使いたくなかったんだよ」
恐怖現象を起こしても尚、アヤトは妙な拘りからやれやれと首を振り身を乗り出す。
「だがま、それなりにでも効果があったなら良しとするか」
恐怖からガチガチと歯を鳴らすアドリアを漆黒と白銀の双眸で見定めて不敵に笑う。
まさに悪魔の笑みとして映る恐怖心を確認した後、そのまま腰を上げた。
「あんたがバカな真似をするなら俺も相応の対応をさせてもらう」
朧月と月守、仮面を手に取り、馬車から降りるアヤトはいつの間にか本来の黒髪黒目に戻っていたが。
「帰国しようとあんたの動向は伝わるようにしておく」
最悪な忠告を残してドアを閉めた。
アヤトの姿が見えなくなったことで圧迫から解放されても尚、アドリアは動けない。
最後の忠告は対話前と同じ、しかし不可解な変化や現象を見せつけられた後では意味合いが変わる。
もし約束を違えれば、自分もあの果物ナイフのように肉片すら残さずこの世から消される。
もし不祥事を告発して同士討ちを狙っても同じ、悪魔が自分の存在を消しに来る。
国を跨ごうと関係なく、あの悪魔に監視されている恐怖。
自暴自棄すら許されない恐怖心という鎖に囚われてしまった。
「………………はは」
意味もなく乾いた笑いを漏らしつつアドリアは冷や汗でぐっしょりと濡れた身体を横たえる。
やはり自分の評価は間違ってなかった。
アヤトを侮っていたことが人生最大の失態だ。
◇
「――兄様ったら酷い方ですわ」
一方、馬車から出て間もなくアヤトは顕現したマヤに絡まれていたりする。
「アドリアさまの様子を見る限り、一生物のトラウマになったでしょう……お可哀想に」
「だからこそ抑止力になるだろう。たく、悪魔みたいなどこぞの神さまが手を貸せばもう少し穏便に出来たんだがな」
「悪魔みたいな神なんて失礼ですわ。そもそもわたくしの協力を望むのなら対価を頂かないと」
「ただの愚痴だ」
「そうでしたか。ですがわたくしの協力がなくとも兄様なら時間をかければ穏便に出来たはずでは? 加えてリョクアさまの改心や、アドリアさまに対する要求……いったい何を思ってのことでしょう」
「答えれば貸しにでもしてくれるのか」
「気になりますが監視していれば自ずと知られるでしょう。なので残念ですが」
「たく……」
クスクスと笑うマヤを一瞥することなくアヤトはため息一つ。
指摘されたように時間をかければもっと確実にアドリアを追い込み、要求を呑ませるのは難しくなかった。
しかし滞在期間の問題以前に、早々に用件を終わらせて帰国の目処を立てたいからこそ擬神化や神気を利用した強硬手段を選んだ。
人は未知を恐怖する。マヤの正体や神気を知らないアドリアにとって変化や現象は充分な抑止力になった。帰国後の動向云々もダイチから近況の手紙で知れる程度だが、未知の力を前にアドリアも常に監視されていると捉えてしまう。
結果アドリアは虚勢すら張れず、プライドよりもアヤトの要求を優先せざる得なくなった。
まあ帝国や教国の一件とは違って今回はマヤの協力が得られないからこその選択で、アヤトにとっても不本意なやり方だったが後悔はない。
「ま、何を思うも何も目的は最初から変わってねぇよ。先の理由はついでだがな」
「その目的が何か、というのが興味をそそられるのですが」
「常に観察してんなら神さまも既にご存じなんだが」
故に相変わらず絡んでくるマヤに気分を害した様子もなく、適当に相手をしていれば不意にドンと響く重い音と共地面が揺れた。
「どうやらあちらも遊び終わったようだ」
「ではわたくしは良い子に観察してますね」
音の出所はガイラルドを引き離すべくフロッツが飛翔した方向、ならばとマヤは姿を消して雑木林添いをアヤトもゆっくりと歩く。
「随分と派手に遊んだじゃねぇか」
二〇メルほどのクレーターの中央で談笑をしているフロッツとガイラルドを見つけてほくそ笑む。
状況からして精霊術を放った痕、まあこうした戦闘が起きるとも想定して人気の無い場所を選んだが舗装に関してはガイラルドが受け持つだろうと気にせず二人の元へ。
「そっちも終わったか」
「まあな」
気づくなりへらへらと笑うフロッツにアヤトは適当に返すが、ガイラルドとしては流せるはずもなく。
「アヤト=カルヴァシア……アドリアさまはご無事なのか」
「別に何もしてねぇよ。せいぜいちょっと脅したくらいだ」
「アヤトくんのちょっとって……やっぱ不憫だわ」
ジト目を向けるフロッツを無視、詳しい事情を話すことなくアヤトは表情を歪めるガイラルドと向き合った。
「あんたも抑止力になってやれよ。その為ならちょっとだけ脅された方法以外の取り引き内容は伝えても構わんと主さまに伝えておけ、公国最強さま」
「それは……どういう」
「さあな」
意味深な助言に訝しむガイラルドにお約束で一蹴、もう用はないと言わんばかりに背を向けた。
「さて、俺たちはさっさと帰るか」
「そうしたいのはやまやまなんだけど……ちょっとばかし張り切りすぎて全身がね……痛いの」
「なら後日俺と本気で遊ぶのを条件に運んでやるが」
「……アヤトくんと本気で遊ぶのはご遠慮したいんで、頑張って帰るかね」
振り返り笑みと共にとんでもない条件を提示するアヤトに身震いしながらフロッツも重い腰を上げたのだが――
「つーかフロッツ、予備の仮面はどうした」
「……そういやどこいったっけ……あ」
続く指摘に周囲を見回していたフロッツは仮面らしき破片を見つけるなり青ざめる。
ちなみにフロッツが使っていた外套や仮面はアヤトの私物。
教国の事件では持ち合わせていなく急遽用意するはめになったことから、白銀の変装道具を持ってきたらしい。もちろん使うつもりはなく念のためで、予備も含めて準備している辺りがアヤトらしく、荷物を頑なに手放さなかったのも変装道具を入れていたかららしい。
それはさておき、お陰で今回のやんちゃにフロッツも顔を隠す為に借りたのだが、懐にしまっていた仮面を落としただけでなく、地面に放った精霊術で砕け散ったようで。
「さて、頑張って帰る前に俺と頑張って遊ぶか」
「マジで済まん! 弁償するからそれだけは勘弁してくれ!」
月守に手をかけるアヤトに全力謝罪をしたのは言うまでもなく。
「冗談だ。これ以上、ここに居るのも危険だからな」
「ほ……」
「遊ぶのは頑張って練武館に帰ってから」
「いやマジでお願いだから許して!」
「……ふ……ふははは……っ」
場も忘れても騒がしいやり取りを始める二人にガイラルドは呆れながらも笑っていた。
結局アヤトが何を思いアドリアと接触したのか分からない。
ただそれでも、意味深な助言はフロッツの助言に繋がるものを感じたのなら、少なくとも公国のために動いてくれたはずで。
「後は私に任せて早くこの場を去るがいい」
「すまんな」
「後始末頼んだぜ」
公国の未来に尽力してくれた二人を感謝の念と共に見送った。
擬神化や神気を遣った脅迫はアドリアさまには最悪な抑止力となったでしょう……自業自得とは言え本当に不憫です。
ただ最善の抑止力となるガイラルドこそアヤトくんは期待してるのかもですね。だから敢えてフロッツに任せたのでしょう。
ちなみに本編では久々に登場のマヤさんが興味を示していた部分はもちろん後ほど。
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