要求と手段
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曖昧な会話から一転、真実味を帯びた証拠を提示されたアドリアは、これまでのやり取りだけでなく、こうして向き合う状況も含めて失態を引き出すアヤトの策略だったと理解した。
恐らく護衛も付けずミューズと外出したのも自分が何らかの行動に移すと予想したもの。つまり最初からアヤトの手の平で踊らされていただけ。
何としてでもヒフィラナ家やミフィラナ家の失態を演じさせたいアドリアの思考を読み、恰好の的になるミューズを誘い出した強かさ。
最初の面会時から出来る限り自身の情報を与えまいと慎重に振る舞っていたからこそアヤトを侮り、ヒフィラナ家の客人の動きを常に報告するよう指示していた衛兵から情報を受け取るなりアドリアは誘いに乗ってしまった。
太々しい対応や不可解な噂から自身の実力ならば護衛など必要ないと傲慢な行動に出るだろうと、何かしら意図があろうと学院生二人ならどうにでも出来ると侮って。
実際は噂以上に恐ろしい相手だと知らず、安易に実行してしまった。
要はアヤトを侮っていたのが最大の失態と悟り、アドリアはゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「……訂正しよう、アヤト=カルヴァシア。君は想像以上に狡猾な男だ」
評価を改めるアドリアに苛立ちは微塵もない。息子と一歳違いの平民にまんまと出し抜かれれば恐ろしさの方が上回るというもの。曖昧な評価だろうとガイラルドの忠告をもっと真摯に受け止めておけば良かったと後悔すらしてしまう。
しかし後悔しても既に遅し。ヒフィラナ家やミフィラナ家の失墜を狙った行動が、逆にスフィラナ家を終わせる形になるとは皮肉なもので。
「だからこそ分からない……なぜ君はこんな方法を選んだ」
故に意気消沈しながらもアドリアは質問せずにはいられない。
と言うのもアヤトの行動には不可解な点がある。
アドリアに失態を演じさせるのが狙いでミューズを連れ出したのなら、目的はスフィラナ家の失墜のはず。
公にしたところで犯人がアドリアと繋がっていなければ意味がないので内々に処理して相手の情報のみを手に入れる、までは理解できる。
そして確実に繋がりとなる証言を引き出したがやはり詰めが甘く感じる。
何故なら証言を聞いたのはアヤトのみ。今さら襲撃未遂をダイチに伝えても言い逃れるのは難しくない。なんせ二人は身内、物的証拠がなければ信憑性も弱くなる。
また襲撃犯が証言したところで依頼主はブライトン子爵、例え彼が真実を証言してもやはり物的証拠はない。悪い噂として広まってしまうがその程度。
未だ自分を助けに来ないガイラルドも恐らくアヤトの協力者から真実を聞かされているなら、彼を味方に付けて追い詰められるかもしれないが、公爵家当主の乗る馬車を襲撃した手段が乱暴すぎる。
いくらアドリアが不祥事を犯したとしても、アヤトも不祥事を犯したのなら彼個人も罰せられる。最悪そこからヒフィラナ家の失墜も狙えるのだ。
ここまで狡猾に立ち回れるのに痛み分けの可能性を残すはずがない。むしろ確実にアドリアだけを追い込む策略も練れたはず。
なのに乱暴な手段で接触した理由。
協力者以外とは内密に進めている観点からアドリアも一つの可能性は導き出せる。
「これは私の願望が導き出した理由かもしれないが……君の目的はスフィラナ家の失墜ではなく、私との内密な取り引きだろうか」
「スフィラナ家を終わらせても俺には何の特もねぇよ」
故に疑心に思いながらも確認すればアヤトは嫌味を交えてしれっと肯定。
内密に進めているのはアドリアの不祥事を周囲に知られないため。互いに不祥事を犯したとはいえ罪の重さや交渉で有利なのはアヤト。
要は今回の一件を盾にしてアドリアに取り引きを持ちかけるのが狙い。スフィラナ家を継続させる変わりに何らかの要求を呑ませようと、このような手段を選んだことになる。
問題はどんな要求をしてくるのか。
公爵家当主に対するものと言えば思い浮かぶのは地位や金銭。しかしアヤトがそのような俗物的なものに拘るようには見えない。
そもそもこのような回りくどく危険な方法を選ばなくてもアヤトはヒフィラナ家の正統な血筋。能力的にもダイチやシゼルが好みそうなタイプなら、本人が望むまでもなく引き入れるよう働きかけるだろう。
だがスフィラナ家の失墜以外で望むものが全く思いつかないアドリアに呆れたようにアヤトは肩を竦める。
「過去のしがらみや失敗を押しつけられ、苦労しているあんたなら分かるだろう? 今回の一件も含めて、次世代にテメェの苦労を押しつけるんじゃねぇよ」
「……まさか、君の要求は……しかし、なぜそのような……?」
抽象的な助言でも思い当たるからこそアドリアは更に困惑。
王国と帝国の戦争中に元首を務めていたスフィラナ家当主が急死した後、ミフィラナ家の当主が一時的に元首に就いた。
しかし終戦間もなく元首の座に返り咲いた曾祖父が疲弊した国を上手く纏められず、厄介な情勢から逃げるようにヒフィラナ家の当主となったばかりの若いダイチに押しつけてしまった。革新的な統治もミフィラナ家の当主がサポートしたお陰もあり、公国を立て直せたのだが、押しつけた曾祖父や取り巻きと言えば足を引っ張るばかり。
結果スフィラナ家は民衆から見放され、挙げ句父親が犯した王国の密輸に関わるという不祥事と、アドリアはまさに先代に苦労を押しつけられた当主だ。
そんなアドリアも失態を犯した中で、今の助言をしてくるのならアヤトの要求というのは――
「あんたのご子息さまの思想を現実とする為の下準備、ついでに取り引きについて一切の口外をしないとの約束だ」
アドリアの思考を読んでいたようにアヤトは明確な要求を口にする。
「むろん派閥のご貴族さまの意識も改善するよう裏で働きかけながらな。でなければ無駄な面倒ごとが増える。ま、難しい立ち回りを要求されるがあんたと公国最強が真の意味で手を組めば不可能でも無いだろう」
その要求とは予想通りヒフィラナ家やミフィラナ家との和解。確執を水に流し、次世代の公爵家を担うラスト、クアーラ、サーシャの思想を実現するために陰ながら協力しろという。
「とりあえず明日にでも曾爺さんや元首さまに会談の場を持ちかけ、三大公爵家が手を取り合い、どのような形で公国を導くかを話し合ってもらうことでまずは了承の態度とでもするか」
内密の取り引きならダイチもシゼルもこの要求を知らないはず。つまりアヤトが独断で要求しているも、スフィラナ家の失墜が何の特にならないように、三大公爵家の和解も王国民の彼にとって何の特にもならないはず。
自身がヒフィラナ家かミフィラナ家に入り込む準備でもないだろう。でなければラストたち三人の思想など持ち出さない。
要求を知っても尚、アヤトが何を狙っているのか、何を考えて持ちかけているのか全く理解できなかった。
だがハッキリと分かるのは自身の感情で。
「私にヒフィラナ家やミフィラナ家に頭を下げろと言うのか……っ」
この要求は三大公爵家の和解。しかし実際はスフィラナ家が、自分が両家に下ると同意。故にアドリアは屈辱を抑えきれずアヤトを睨み付ける。
公国は元々スフィラナ家が治めていた国。後に独立したヒフィラナ家とミフィラナ家は分家であり、スフィラナ家こそ正統な血筋。
何より公国の思想に逆らい、民衆に遜るような統治を進める両家の思想を受け入れられない。強いスフィラナ家を取り戻すことを使命とし、尽力してきたアドリアにとって到底受け入れられない要求。
「他者を失墜させる手段は危険ではあるが短時間で成果は出るだろうよ。だが時間は掛かるが、少しずつでも民衆の声に応えていけば危険もなく成果も出るぞ」
なのにアヤトはアドリアの失態を持ち出し煽ってくる。
正論ではあるが感情的になっているアドリアの耳に届くはずもなく、むしろ屈辱に耐えるくらいならアヤトの不祥事を利用してヒフィラナ家と共倒れでも構わないとさえ考え始めていた。
「とまあ、正論を押しつけたところで素直に受け入れてはくれんか」
アドリアの負の感情を前にしても尚、アヤトは笑みすら浮かべる余裕を見せる。
「なんせバカは時に信じられんほどのバカをしでかす。損得も考えず意味不明な行動を起こす奴は厄介だからな、実に面倒だ」
「…………ならば、素直に受け入れさせる方法が君にはあると。私に対する抑止力があるというのか」
「自信はないが、それなりに効果はあるんじゃねぇか」
この余裕は切り札を残していると訝しまれてもアヤトは適当な返答を。
「出来ることならこの手は使いたくなかったんだがな……仕方ねぇ」
面倒げに息を吐き、据わった目をしたアドリアを平然と見据える。
「あんたは俺がただの持たぬ者ではないと疑っていたな」
妙な切り出しにも動揺せず警戒していたアドリアの瞳が徐々に見開かれていく。
何故なら目の前で信じられない現象が起きている。
「ま、悲しいかなその手の疑いにはもう慣れた。なんせ俺はバケモノだの悪魔だの、心外ではあるが神の使いとまで疑われてきた」
「あ……そ……れは……なん……」
変わらず軽口を続けるアヤトの闇のような黒髪が右前髪一房を残し、同じく闇のような黒い瞳の左側が煌めきを帯びた白銀に変化していた。
余りに不可解な変化に上手く言葉を発せられないアドリアの心情も無視。
「故に興味がある――あんたの目に俺はどう映っているんだろうな」
漆黒と白銀の双眸を向けたまま苦笑交じりにアヤトは問いかけた。
アヤトくんの要求にアドリアさまはプライドから拒絶しました。
ただミリアナさまの一件で改めて学んでますからね、アヤトくんも承知の上で抑止力も兼ねた最終手段に出ました。
そして次回で二人のやり取りも終了、同時に一先ずですがアヤトサイドも終了となります。
つまり何故アヤトくんがこのような要求をしたのか等の理由は後ほどと言うことで。
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