対話の罠
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自分を襲撃したのがフロッツだと見破りガイラルドが憤慨する頃――
「でもこのような訪問は感心しないね」
対照的にアドリアは冷静さを失わずアヤトと向き合っていた。
ただ現れ方に然り、用件に然り、態度に然り、不気味すぎるが故に自制心を総動員させているだけで恐怖心から背中は冷や汗が滲んでいた。
「そもそもガイラルドや御者はどうしたのかな?」
それでも公爵家当主としてのプライドから取り乱さず、相手側の真意を探ろうと感覚を研ぎ澄ませて対話に挑むアドリアに対してアヤトは苦笑を漏らす。
「御者ならお休み中だ。何が起きたかも覚えてないだろうが怪我はないんで安心しろ。公国最強さまは今ごろ保護者と遊んでるんじゃねぇか」
「保護者?」
「詳しく知りたければ戻ってきた時にでも聞けばいい」
「……君のやっていることは重罪だ。私に用があるなら正式な手順で訪ねて来ればいいものを……いくらヒフィラナ家の客人とは言え、いたずらでしたでは済まされないよ」
「だろうな」
「私が被害を訴えれば未成年だろうと牢獄行きは免れない。君の曾祖父にも多大な迷惑をかける自覚はあるのかい?」
「なら訴えればどうだ」
さり気なく訪問方法を確認するも適当に返され、軽く脅してみるもアヤトは全く動じない。
むしろ息子のラストと一歳違いの若者とは思えない落ち着きや、視線や仕草に注目しても内面を悟らせない自然体がより不気味さを強くさせる。
「そこまで警戒するならわざわざ説法せずとも、今すぐ右腕さまに助けを求めるなり、自警団を頼るなりすればいいだろう。あんたから手をださん限り俺は何もせんからな」
逆に自身の心内を見透かすように煽ってくる。
「つーかあんたもそこそこ腕に覚えのある精霊術士さまだろう? 俺のような持たぬ者を警戒する必要は無いと思うが」
「……君をただの持たぬ者と決めつけるのは愚考だ。それに今の言葉を鵜呑みにするほど純粋でもないよ」
「つまりお話し合いに付き合った後に、手を出すなり俺を自警団に突き出すなりすると」
「手は出さないけど、相応の処罰は受けてもらうつもりだね」
「相応の処罰か……」
「今ごろ過ちを自覚したのかい?」
「かもな」
脅しではなく本心で今後の対処を断言しても、やはり動じることなくアヤトは肩を竦めるのみで。
「なんせよ、お話し合いに付き合ってくれるならさっさと済ませるか。公爵家当主さまの貴重な時間を無駄に消費するのは忍びない」
「配慮してくれて助かるよ。それで、君の用件は何だろう」
このままでは相手のペースに引きずられるとアドリアは判断。努めて平静を装い促せばアヤトも本題に入った。
「今日は朝からデートを楽しんでいたんだが、あんたはご存じか」
「ご存じも何も初耳だよ。それが?」
「それが昼頃に商業区で襲われてな。楽しい時間に水を差された」
「……少し信じがたいね。未遂とは言え君たちが襲われたのなら、私の耳にも入っているはずだ」
「俺が内々に対処したからな。あんたの耳だけでなく曾爺さんや元首さまも知らんだろう。とりあえず相応の処罰を受けてもらったんだが、どうもそいつは俺たちを狙うよう雇われたらしい」
訝しみの視線を向けてもアヤトは平然と返し、一呼吸分の間を空けてほくそ笑んだ。
「雇い主はあんたと仲良しなお貴族さまらしいが、何かご存じないか」
「なるほど……」
その笑みや強引な切り出しにアドリアは小さく頷く。
アヤトの本題はある種予想通り。強引ではあるが悪くない手だ。
「私と懇意にしている貴族なら多くいるからね、ご存じかと問われても困ってしまう。それに君の考えているような返答も出来ないよ」
「俺の考えとはどういうことだろうか」
しかし詰めが甘いと冷静に切り返す。
「君はこう言いたいんだろう? 君たちを襲う為に何者かを雇った貴族がスフィラナ家の派閥に入っている可能性から、私の指示ではないか、とね」
「なんだ、違うのか」
「違うも何も、まず前提から間違っている。確かに君はただの持たぬ者ではない、学院序列十位という実力以前に、街中で襲ってきた襲撃犯を周囲に認知もさせず対処できるはずがない」
「つまり、俺の作り話だと」
「残念ながら信じるに足る根拠がない」
「根拠か……襲撃犯は適当にぼこっただけで、証拠と言えばそいつが落とした得物か」
手痛い反論にアヤトが懐から取り出したのは一本のナイフ、しかしアドリアこそ呆れたようにため息を吐く。
「どこにでも売っている果物ナイフか。それを証拠にするのはちょっとね。そもそも犯人を捕らえて自警団に突き出さなかったのはなぜだい?」
「さあな」
「……話にならないね。作り話ならもう少し信憑性を持たせる内容にしないと。それに作り話としても、私にそのような指示をだす理由がない」
「理由ならあると思うがな」
「……君は少し私を勘違いしている」
それでも見苦しく意見するアヤトに、これ以上付き合うのは不毛とアドリアは語気を強めて断言。
「確かに我がスフィラナ家と君の曾祖父が当主をされているヒフィラナ家は古くから確執があるのは認めよう。でもミューズ嬢に危害を加えてまで貶めるほど卑劣と思われているのは侮辱だよ」
「…………そうか」
「それにしても、わざわざ作り話をするためにこのような罪を犯すなんて……君はもう少し賢いと評価していたけど、私も勘違いしていたようだ」
これまで自然体を貫いていたアヤトが目を閉じ、落胆したように息を吐く。
その変化にアドリアは悲しげに微笑みかけるも、僅かな間を空けて目を開けたアヤトは嘲笑。
「あんたは俺の期待通りの御方だったのにな。そちらの期待に応えられず申し訳ない」
「…………なに?」
意味深な呟きに眉根を潜めるアドリアを他所に、手にしていた果物ナイフを懐に戻しつつ。
「先ほどの話が作り話を結論づけるのは結構。だがどうも負に落ちん、なぜ俺の作り話で襲われたのがミューズだと決めつけたんだろうな」
「―――っ」
独り言のように告げた指摘にアドリアの表情が瞬時に強ばるもアヤトは止まらない。
「俺はデートをしたと口にしたのみ。男とデートをする趣味がないとフロッツを排除するのは賢明として、少なくとも相手は白いのとミューズ、可能性としてならレムアも居るだろう」
「それは……」
「つーか俺は連れが襲われたと言った記憶がない。むしろ他が精霊術士さまなら、持たぬ者の俺が襲われたと思うハズだがな」
そう、アヤトはデートの相手がミューズとも、襲われたのが自分ではないとも口にしていない。にも関わらずアドリアは他の二人だけでなく、最も狙われやすい持たぬ者の可能性も除外した。
いくら作り話と捉えていようと不自然な思考、そして今の失態こそアヤトの狙い。
襲撃の失敗や襲撃犯が音信不通になっているとアドリアは先ほどの定期集会でブライトン子爵から聞いているはず。
またこのような方法で接触した目的を察し、デートの話を切り出されてから音信不通になったのは返り討ちに遭い、アヤトは依頼主を聞き出したと警戒する。
しかし全ては聞き出せず、その依頼主がブライトン子爵だと断定。またはデートをしていた情報などを知っていれば繋がりの証明になると敢えて依頼主を濁し、曖昧な話で誘っていると予想したアドリアは作り話だと知らぬ存ぜぬを貫いた。
結果目論見を外せたと高をくくったのだが、頭の回るアドリアが狙いを察してくるなどアヤトも覚悟の上だ。
そもそもアヤトは繋がりの証明を引き出すよりも、ブライトン子爵との繋がりを否定されるのを懸念していた。
元より襲撃犯からブライトン子爵がアドリアに頼まれたと聞き出している。しかし証言だけで証拠がない。
なら襲撃犯から聞き出したと追求しても、例えブライトン子爵が自供してもアドリアが自分の知らぬところで起きたと否定すれば処分は免れる。
故に最初から追求せず曖昧な話を続けながら依頼主がブライトン子爵、襲われなかったのは自分、デートの相手がミューズ、護衛を付けず二人で外出していた等々、依頼主しか知らない供述を引き出そうとした。
複数の狙いをちりばめ、相手の対応パターンや心情を探りつつ返答を選びながら誘導。訪問の仕方から常に警戒を続け、気を張っている中で目論見を外せたとなれば油断する。
冷静でいようと取り繕う者は既に冷静さを欠いているもの。
張り詰めていた分だけ安堵した時は気が緩むもの。
訪問時の精神状態を含めて、アドリアは最初からアヤトの術中に填まっていた。
要は対話中のどこかでボロを出すと踏んでの訪問だったが、まさに期待通りの展開になったとアヤトはほくそ笑み。
「ああ、証拠になるかは分からんがここに来る前、犯人を含めた無法者がのさばっている拠点を掃除がてらぼこってきた。今ごろ自警団に捕まっているだろうよ」
元よりブライトン子爵との繋がりは知っていたと仄めかし、もう言い逃れは出来ないと突きつける。
内々に対処した襲撃未遂ならまだしも、確認すれば嘘か誠かハッキリするような作り話を今さらながら伝えるはずがないとアドリアも理解している上で。
「むろん、これも作り話と一蹴しても構わんぞ」
お返しと言わんばかりの嫌味みを告げた。
アドリアさまの冷静さを削ぐという罠を張る為の訪問方も含めてアヤトくんの方が上手でしたね。それだけアドリアさまは警戒しなければならない相手ですから。
また繋がりの証明ではなく、繋がりを否定されるのを懸念したからこそ、という狙いもですね。この子は本当に冷静に物事を読んでます。
さて、アヤトくんの術中にまんまと填まったアドリアさまがどうでるか。
そもそもアヤトくんは何を企んで接触したのか、そちらも含めて次回をお楽しみに!
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