公国最強VS教国最強
アクセスありがとうございます!
「かかってこいよ――公国最強」
冷徹な声音で吐き捨てるフロッツが向ける眼差しは、大凡敵対しているとは思えないほどに静かなもの。だがその奥に秘められた暴風のような激しい圧にガイラルドの四肢が射貫かれたように身動ぎすら許さない。
「とは言ったものの、所詮は自己満足だ。あんたが付き合う義理はないぜ」
また変わらず軽口を吐く表情も底冷えするほど冷淡なものに変わり、対峙しているだけで恐怖心が拭えない。
「それにお喋りに付き合ってくれるなら面倒な戦いも回避できるし、俺としては全然構わないからな」
豹変したフロッツの雰囲気にガイラルドの全身から滲む冷たい汗は引く気配がない。
「てなわけでお喋りを続けようか」
「……続けるのは賛成だ」
故に黒槍を握り締め小さく笑いフロッツの提案に同意する。
「お喋りではなく――お前を捉えることだがな!」
だが戦闘の続きとフロッツ目がけて容赦なく突きを放つ。
「続けるのはそっちかよ……もしかしてまだ怒ってんの」
「ある意味では怒っているかもしれんな!」
不意打ちにも動じず後方へ飛ぶフロッツを追撃するようガイラルドも飛び出した。
「お前のふざけた態度が気に入らん! 私に掛かってこいと息を巻きながらなぜ戦いを避ける!」
「平和的に解決できるなら――そっちの方が良いだろ?」
「ふん!」
「それに無理していたい目に遭う必要もないだろ。俺もあんたも」
連続で繰り出す突きや薙ぎ払いも軽口を叩く余裕を見せながら体捌きで躱しつつ、フロッツは反撃の素振りを見せない。
「だが私をやる気にさせたのはお前だろう!」
「そんなのいつさせたよ……」
「そのような目を向けてよく言う!」
もちろん早くアドリアの元へ駆けつけたい気持ちはある、だが軽口とは裏腹にフロッツは対話で収めるつもりはない。
どのみち避けられない対立なら、本気で挑んでもらわなければ屈辱でしかないガイラルドは黒槍を振るい続ける。
「それに精霊術士でありながらその身のこなし、お前はどこまで『実力を隠している!』」
「別に隠してるつもりは『ないんだけど』……っと」
横薙ぎから体勢を崩そうと精霊術で地面を揺らすも、同時にフロッツは両足に風を纏わせた勢いのまま上空へ。
「あんたの槍術は見事なもんだ。でもよ、ダリーの剣技に比べれば全然温い」
距離を空けて着地したフロッツの評価に追撃を止め、呼吸を整えるようガイラルドは息を吐く。
「ダリーってのは教国最強の剣聖さまだ。俺を知ってるならダリーも知ってるよな」
「……確かにダリヤ=ニルブムと比べれば、私の槍術など児戯に等しいだろう」
教会が保有する聖剣に認められ、剣聖と共に教国最強の称号を与えられた剣才ダリヤの名声はガイラルドも承知している。
「そこまで卑下するつもりはないけど、十年以上も俺はダリーの剣筋に魅入られてんだ。これくらい出来ないとダリーに申し訳が立たん」
両者の関係までは知らなくとも、長年剣聖と訓練をしていれば近接戦の技能も磨かれる。精霊術をより効率よく扱える為に磨いた程度の槍術など脅威ですらないのは理解できる。
しかし体捌きよりも先ほど平然と使用した精霊術こそフロッツが実力を隠している証拠で。
「お前も習得しているのだな」
「さっきの発動法なら大したもんじゃないだろ。なんせロロちゃんだって習得してるし、探せば他にも習得してる奴くらい居る」
「……かもしれんな」
「でもまあ、さすがに音の発動は無理か。そもそも音で精霊術を発動するって発想が凄いわ」
頭をかきつつ音の発動を編み出したラタニや学院生ながら習得しているロロベリアを称賛しているが、言霊を使わない発動法も簡単な技能ではない。それこそガイラルドの知る限り公国には一人も居ないのだ。
にも関わらず今の台詞を平然と言ってのける自信は血の滲むような努力を裏付けるもの。体捌きも含めて才能だけでは習得できない技能も含めて、所詮は噂でしかないとガイラルドは評価を改める。
「もういいだろう」
「ん?」
「お前の自己満足とやらに付き合ってやる」
故に人格も含めて見定めると黒槍を構える。
フロッツが豹変したのはアドリアに対する信頼を口にした直後、いったい彼は何が気に障ったのか。
「本気でかかってこい――教国最強」
知るにはフロッツの底を見定めるのが一番早い。
「さっきも言ったけどその称号はダリーのだ。俺には相応しくないし、背負う気も無い」
「ならばダリヤ=ニルブムの名誉を守ってみろ」
それでも出し渋るフロッツに挑発的に笑う。
今の口振りだと強さでは自身が上と認めている、しかしフロッツなりの基準や理由から否定しているだけ。
加えて両者の関係は知らなくとも、フロッツがダリヤを大切にしているのは僅かなやり取りでも充分伝わった。
「私ごときをねじ伏せられない程度の実力では、最強の座を譲られていると知らぬ彼女が哀れだろう」
挑発と分かっていても、ダリヤを貶める物言いは聞き過ごせないのかフロッツの目がスッと細まった。
「……無理して痛い目に遭う必要もないんだけどな」
「…………っ」
ため息を吐くなりフロッツから感じ取れる精霊力が一気に増し、ガイラルドは目を見開く。
霊獣の上位種をも凌駕する膨大な精霊力はそれこそ噂以上のもので。
「まさか……今まで精霊力を抑えていたのか」
つまり解放の有無関係なく、日頃から敢えて保有量を少なく感じ取らせるよう制御していたと悟り驚愕するガイラルドを無視。
『遠慮なく――』
フロッツの呟きに合わせて全身にパチっと閃光が走り――
「――ねじ伏せても良いんだな?」
「なん……っ」
次の瞬間、ガイラルドは目前に現れたフロッツに見上げられていた。
目視を許さない脅威の速度が、今もバチバチとフロッツの全身を覆う紫電の影響とは理解できる。
この変化は変換術を習得した風の精霊術士が身体に雷を纏わせ、身体能力を飛躍的に上げる精霊術によるもの。しかし繊細な制御を必要とする上に、一歩間違えれば自滅する危険な術。それを詩を紡がず完璧に操れる者など出会ったことはない。
「どうなんだよ」
「……ふんぬ!」
呆然とする中、再び問われたガイラルドは返答代わりに黒槍を振るうも瞬時に間合い外に退避されてしまう。
『弾けろ!』
「よっと」
『射貫け!』
「あのさー」
『当たれぇぇ――っ』
「俺に本気を出せって言ったなら、あんたも出せよ」
なり振り構わず精霊術を乱発してもフロッツを捉えきれない。
いくら土の精霊術士も工程を省ける優位性がろうと発動する前に移動されてしまう。
ただどれだけ煽られようと、実力差を思い知らされようとガイラルドは冷静さを失っていない。
雷を纏わせる精霊術による速度は確かに脅威、しかし常に発動させることで他の精霊術が使えない。また心身に掛かる負担が大きい分、長時間の使用は不可能。
そして強引に引き上げた身体能力が故に単純な動きしかできない。
(いくら速くとも直線的なもの。タイミングさえ掴めれば――)
フロッツも早々に決着を付けにくると読んだガイラルドは焦りから精霊術を乱発しているように見せかけて、冷静に動きを観察しながらそのタイミングを見計らっていた。
「あんま時間かけてもなんだし、そろそろ終わらせるか」
(いまだ!)
『阻め!』
そしてフロッツの仕草、視線、身体の向き方から予想した進路に岩壁を顕現。
単純でも自滅狙いの精霊術は完璧のタイミングで発動するも――
『だろうな』
顕現した岩壁ごとガイラルドの目論見は粉々に砕け散り、フロッツは目前に姿を現した。
何が起きたのか理解するよりもまず、フロッツの右手に注目したガイラルドは息を呑む。
岩壁を破壊したのはフロッツの右手を覆う、竜巻を圧縮したかのような空気の層。
使用している精霊術を一時的に制御下から離し、別の精霊術を放った後に再び制御下に置く技能は珍しくない。
「精霊術の二重発動だと……っ」
しかし身体を覆う紫電を未だ維持しているのなら、フロッツは風と雷の精霊術を同時に発動しているわけで。
二種類の精霊術を同時に維持するなど未知の領域。
「精霊術士が一度に発動できる精霊術は一つだけ。でもよ、出来ないとは限らないだろ」
予想外の結果にガイラルドが言葉を失う中、フロッツは冷ややかに告げる。
「所詮は思い込みに囚われた常識だ。ラタニ殿が音の発動を編み出したように、俺たちが教わった常識はあくまで先人の限界なんだよ」
言霊を使わない発動法が常識では不可能とされていたように。
音の発動が常識では不可能とされていたように。
二種類の精霊術を同時に制御、維持できるのは常識で不可能とされているだけで、必ずしも不可能とは言い切れない。
強さを求めるなら教えられた道を突き進むだけでなく、自身で新たな道を切り開くのも必要との訴えは、どこかガイラルドを批判しているようで。
「もしかすると年々精霊力持ちが減少してるのが原因で、長い歴史に埋もれた技能かもしれないけどな。とにかくご希望通り――」
「げはぁ……っ」
ため息交じりに伸ばしたフロッツの右手が腹部に軽く触れるだけでガイラルドの身体が上空へ吹き飛んだ。
遅れてフロッツも上空に跳び、落下していくガイラルドを見据えて右手を振りかざす。
「――『ねじ伏せてやるよ』」
軽く触れられただけで重い衝撃を与える空気の層が放たれればどうなるか。
迫り来る死という恐怖にガイラルドは目を閉じるもその瞬間は訪れず。
変わりに背後からドンと響く轟音と風、遅れて背中を打ち付ける衝撃によって目が開かれた。
「でも俺は平和主義なんだよな」
最初に自身を見下ろすフロッツのへらへらとした軽薄な笑み。
続けて周囲を見渡せば抉られた地面の地層が目に入りガイラルドも悟った。
フロッツが精霊術を放ったのは自分の身体ではなく地面、現に直径二〇メルものクレーターが出来ていた。
詩も紡がずこれ程の威力を生み出す精霊術を放ったフロッツと言えば、唖然とするガイラルドに向けて両手を合わせる。
「とりあえず俺の勝ちってことで……勝ったご褒美に後でこの地面綺麗にしといて」
そのふざけた姿に不思議と怒りは感じず、むしろ込み上げる感情のままガイラルドは笑った。
「最後まで……食えない男だ」
公国と教国の最強対決はフロッツの圧勝でした。
ガイラルドも常識に囚われない発動法を習得していましたが、それ以上にフロッツは常識に囚われない道を模索して切り開いた結果でしょう。
とにかく次回でフロッツサイドも一先ず終了、フロッツがガイラルドの発言に苛立った理由、頑なに教国最強はダリアと言い放つ理由も含めてお楽しみに!
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!
みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!