苛立ち
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交戦を再開するより先にフロッツから告げられた事実に戦意を削がれたガイラルドは黒槍の先端をゆっくりと下ろす。
「ミューズ嬢に危害とはどういうことだ」
対するフロッツは予想通りの反応に哀れみの視線を向けた。
「……やっぱあんたは知らないのか。今日の昼頃、アヤトくんと二人きりでデートしてたミューズちゃんが商業区で襲われたんだよ」
「何をバカな。そのような事件が起こっていれば私の耳にも届いている」
「そりゃ未然にアヤトくんが処理したからな。でも狙われたのはマジだ」
否定するも即座にフロッツは反論。先ほどの軽薄な笑みも成りを潜め、神妙な顔つきで言い切らるからこそ妙な説得力があった。
「もっと言えば狙われた直後、アヤトくんは襲撃犯の後を付けてたんだよ。襲撃の手口から明らかに素人じゃなかったそうで、ミューズちゃんを狙った目的を聞き出すためにな」
と言ってもミューズの協力を得て、護衛も無しに不用意な外出をしている時点である程度の予想は立てていたのをフロッツは知っている。
ただ相手が高確率で釣られると計画を立てたのはミューズが会談時やロロベリアとガイラルドの模擬戦時で読み取った相手の感情を元にしているとはフロッツも知らない。
アヤトの実力に対する疑心、ダイチに向ける敵意、去り際に見せた狡猾な企みを秘める者が見せる淀んだ輝き。
もちろん所詮は持たぬ者とアヤトを侮っていようとミューズは精霊術士。しかし学院序列三位の実力者といえど所詮は学院生、荒事に精通している者なら余裕と判断される。
限られた滞在時間で絶好の機会を与えれば強硬策に移す可能性は高い。つまり相手側はアヤトの思わくにまんまと乗せられたわけで。
とにかく人気の無い場所まで追跡した後、襲撃犯から直接聞き出している。
まあその襲撃犯がスフィアを根城にする犯罪集団の一人と知り、これ以上狙われるのも面倒と先ほど根城に乗り込み叩きつぶした後、自警団の詰め所に根城の場所を綴った手紙を残していたりする。不審な手紙だろうと念のため向かったのを確認しているので、今ごろ全員捕まっているだろうがそれはさておき。
「依頼主はたしか……ブライトン子爵ってお貴族さまだったかな」
「ブライトン子爵……っ」
「スフィラナ家の派閥だからガイラルド殿がご存じなのは当然として、その反応を見るに他にも何かご存じなのかな?」
明らかな動揺を見せるガイラルドにフロッツはしたり顔。どうやら事情を聞かされていなくとも心当たりはあるらしい。
そしてフロッツの読み通りガイラルドには心当たりがあった。
何故ならそのブライトン子爵をアドリアは今朝方に呼び出している。何を話したかまでは立ち合ってないので知らないが、密談直後から上機嫌だったアドリアから徐々に苛立ちを感じていた。
もしブライトン子爵がミューズを襲撃するよう犯罪集団に依頼したのが本当なら。
その結果がいつまで立っても耳に入らないが故に苛立っていたとすれば。
ブライトン子爵に襲撃指示を出したのはアドリアの可能性が高い。
アヤトとミューズが二人で商業区に居た経緯までは分からなくとも、貴族区から商業区へ行くには内壁を通る必要がある。そこで対応した衛兵がスフィラナ家の息が掛かった者なら、アドリアの耳に届くのは難しくない。
例えば従者も連れず商業区に向かうヒフィラナ家の客人がいれば妙に感じて。
例えばアドリアからヒフィラナ家の客人の動きを常に報告するよう指示されていれば。
加えてアドリアには子爵や衛兵に指示する動機は充分ある。
教国の令嬢が首都で危害を加えられたのだ、それこそ国際問題に発展するほどの不祥事。
もしミューズの襲撃が成功すれば不用意な外出を許したヒフィラナ家を糾弾できる。
商業区の治安を問題に取り上げ元首の問題にもできる。
つまり両家の権威を下げることで、スフィラナ家の権威を――
「デタラメだ……っ」
頭に過ぎる最悪な方法を振り払うようガイラルドは声を上げた。
「そもそもきさまの情報には何の信憑性もない!」
「……分かるわー。なんせ俺もアヤトくんと関わる度にそればっかだし」
「もし万が一にも真実なら、なぜ問題として取り上げない! それこそスフィラナ家を追い込むことも出来るはずだ! にも関わらず問題に取り上げず、このような方法でアヤト=カルヴァシアは対話の席を設けた!」
「それも分かるわー。あの子は変なところで聞き分けが良いというか、物事の捉え方がどうも他とは違うから」
「なにより……アドリアさまは両家の権威を下げるような卑劣な方法を選ばない!」
律義に返すフロッツの軽口を叱咤するほど余裕がないのは、ガイラルドも心のどこかで真実の可能性を拭いきれない証拠で。
「きさまは知らぬだろうがあの御方は去年、王国の密輸に関わっていた先代当主の悪事を暴き、スフィラナ家を真っ当な名家として復興させると誓い当主となられたのだ!」
「そりゃ立派なことで」
必死の訴えもフロッツは適当な相槌。
なんせ先代当主が当主の座に固執し続け、いつまでも譲ろうとしないと憤っていたのも含めて知っている。
そんな折に失脚させるに都合の良い事件が起きたことで、少しでも支持を集める狙いも含めて告訴したのもだ。
まあ長年スフィラナ家の動向に注意していたダイチやシゼルの情報をアヤトからの又聞きで知っただけだが、今回の襲撃未遂事件を踏まえれば二人の懸念していた通りの為人だろう。
フロッツの見る限りガイラルドは生粋の武人肌。次世代に慕われている様子から卑劣な手段を良しとしない。
つまり公国最強の後ろ盾を得る為なら綺麗事くらい平然と口にする。
加えて代々スフィラナ家に仕える一族。主に忠誠を誓うよう教え育てられているだろうし、無根な情報に振り回されない姿勢は立派だ。
ただ先ほどの反応からアドリアのやり方に心中では不満や疑いも抱いているのなら。
「そして……強いスフィラナ家を取り戻す為に手を貸して欲しいと私に仰ったのだ! 私はあの御方の誓いを信じている!」
自分に言い聞かせるような必死の反論など見苦しいだけだ。
「……あんたはそう言い切るのか」
故にフロッツは苛立ちを隠そうともせず息を吐く。
不満があるのなら時には正面からぶつかり正すことも大事だ。
なのに綺麗なものだけに目を向けて、それ以外から目を背けて何も成そうとしない。
このままでは彼を慕う次世代が不憫でならない。
「悪いがこっからは自己満足の時間だ」
「……なにっ?」
ガイラルドの鋭い視線も無視、冷徹な声音でフロッツは吐き捨てた。
「アドリアさまの所に行きたいならかかってこいよ――公国最強」
◇
少し時間は遡り、アヤトたちがギーラスと再会した頃――
「長旅で疲れている中、立ち寄ってもらって感謝する」
「お気になさらないで下さい」
帰国したダリヤは直接イディルツ邸に向かいリヴァイとお茶を共にしていた。
ミューズからリヴァイ宛の手紙を預かっていたのもあるが、王国で娘がどのような暮らしをしているかを報告するのが目的。
以前は全く関心を示さない素振りをしていたリヴァイも、年度末の一件から素直に父としての愛情を向けるようになったのはダリヤも嬉しく思う。
「今ごろミューズは父と会っている頃か……」
「ご心配ですか?」
「少しな。それにアヤト殿と一緒に公国へ旅行だ……心配もする」
ただ素直になりすぎて親バカな一面もあり、にも関わらずミューズの前では相変わらず不器用なのが悩みどころか。
今も娘が好意を寄せているアヤトと数日寝食を共にする状況を憂いているが、他にもロロベリアやレムア、フロッツが同行しているならその手の心配は必要ないわけで。
そもそも相手はアヤト、ある種その手の心配が最も不要な異性と理解しているはず。
「どちらの心配も必要ないでしょう」
「……それはそれで父として複雑だ」
故にやんわりと窘めれば今度は苦渋の表情。
恐らく進展がないのは嬉しいが娘の気持ちを思えばこそ複雑で、また娘に魅力が無いのかと憤りもあるのだろう。
アヤトと婚姻を結べば娘が王国へ嫁ぐのではないか、どうすればアヤトを教国に移住させられるか、と気の早い悩みを度々相談されているとフロッツが嘆くのもよく分かる。
それでも以前の父娘関係を知るだけにダリヤとしては喜ばしい変化。ミューズについて思い悩む様子を微笑ましく見守っている中、気持ちを切り替えるようにリヴァイは紅茶を一口。
「しかしアヤト殿が居るとは言え、君も信頼しているようだ」
「アヤト殿の抑止力としてフロッツを選んだリヴァイさまの判断は正しいでしょう。私はあいつのように柔軟な立ち回りは出来ませんから」
窘めたお返しのような冷やかしを受けるがダリヤは平然と返す。
なんせ行動理念が特種で不可解な行動が目立つアヤトが親族とは言え公国の重鎮と接触するとなれば不安要素が多い。しかし状況に合わせた立ち振る舞いが得意なフロッツなら上手くやれる。それに普段は軽薄な言動や態度が目立つも、情に厚いお人好しだ。文句を言いながらもきっりと役割を果たすだろう
対して自分は融通が利かず、探り合いも苦手と自覚しているのでダリヤも良い人選だと納得していた。
更に別の心配、少人数で他国に赴くなら道中でも危険が伴うが、やはり自分よりも相応しいと納得している。
「なにより護衛としても私以上に勤めるでしょう」
「教国最強と謳われる君よりもか」
「お戯れを」
だからこそリヴァイの意地悪な問いにも首を振って否定。
聖剣が健在ならまだしも、教国の強者といえばダリヤか宮廷術士団長のどちらか、というのが現在の評価。
それに聖剣の力に頼りすぎていたと改めて反省する機会もあった。
「今回の王国行きで他国の最強と呼ばれるエニシ殿やサーヴェル殿と手合わせする機会に恵まれ、己の未熟さを痛感したばかりです」
ちなみに立ち合いこそしなかったが王国最強のラタニとの面会した際、一目見ただけでどう足掻いても勝てる気がしないと内心震えたがそれはさておき。
「それに私はあいつよりも強いと自惚れたことなど一度もありません。悔しいが……教国最強の称号はあいつにこそ相応しい」
ラタニほどではないが、ダリヤにとってフロッツもその一人。
エニシやサーヴェルとは良い勝負は出来た。もちろんこれまでフロッツとは何度も模擬戦を行い全て勝利している。学院生時代でも序列一位まで登り詰めた自分に比べ、フロッツは序列十位が最高位。
だがライバルとして十年近く意識し続けている相手だ。
フロッツが本気を出したことは一度もない、くらいダリヤも察している。
「だからこそ……むかつくんですが!」
「…………」
「それとも私が気づかぬとでも思っているのか? だったら尚更腹が立つ! だいたい私が一番気に障るのは飄々と勝ちを譲るあいつの軽薄な笑みです! どれだけ注意しても『俺の実力なんてこんなもんだって』ですよ!? なら私に勝てばデートをしてやるぞと煽っても一向に本気を出そうとしない!」
「…………」
「これでは恥の上塗りで……私に惚れているのなら本気を出すべきでしょう!? だから余計に信じられないんです! 本当に惚れているのならいつもいつも勝ちを譲られる私の気持ちを少しは考えろ!」
故にふつふつと沸き上がる苛立ちが抑えられず、不満を吐くダリアの迫力にリヴァイは圧倒されてしまう。
「それでも譲られる程度の実力しか無い私が一番むかつくんですがそれはそれでしょう!? リヴァイさまもそう思いませんか!?」
「そ……そうだな……」
「リヴァイさまならご理解して頂けると信じていました。まったく……あの軽薄な笑みや態度さえやめれば少しは見直してやるのにあいつときたら――」
何とか同意するもダリヤの怒りは修まることなく、吐き出した勢いのままフロッツに対する不満が止まらない。
ただダリヤの不満は相手の実力だけでなく人柄も認めているからこそで。
(私が言えることではないが……早々に仮面を外した方がいいぞ)
素直な評価を聞きながらリヴァイは遠い公国の地にいるフロッツに心中で助言していた。
ミューズ襲撃未遂の裏側でした。
相変わらずなアヤトくんは置いといて、事情を知ってもガイラルドは否定しました。
状況から当然かもですが、抱く不満や疑いから目を背ける姿にフロッツが見せた苛立ち。
そして次回は九章からこれまで機会のなく、ダリヤが教国最強と認めるフロッツの実力がようやく明かされます。
ちなみにフロッツに苛立ちまくっていたダリヤが王国滞在中にエニシやサーヴェルと立ち合った理由や結果はオマケで描く予定です。
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