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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十三章 叶わぬ夢を花束に編
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幕間 死別と向き合う

アクセスありがとうございます!



 ダイチたちの退室後、リョクアは先ほどまでロロベリアが座っていたアヤトから見て斜向かいに腰を下ろした。

 本来交渉は対面で行うもの、しかし上座と下座では遠すぎるのもあるが側面に移動を求めてもアヤトは拒否する。またダイチに念を押されたように非があるのは自分、要は相手に譲歩する意味合いを込めての行動でもあった。


「……まず、そちらの要求を聞きたい」


 なので勤めて冷静にアヤト側の意見を伺う。

 よく分からない理屈でミリアナの罪を不問にしたとはいえ、ミューズやレムアに配慮するのなら厳しい罰を要求してくるはず。

 出来るだけ家名に泥を塗らない形で収めたいリョクアとしては、この交渉で落としどころを探りたい。


「要求?」

「妻の処罰についてだ。その為の場だろう」


 にも関わらず他人事のように返されリョクアも語気を少々荒くする。


「それは今し方伝えたばかりだが」

「……なに?」

「面倒ごとを起こしたのはあんたの嫁、なら丸投げせず最後まであんたが決めろ」


 しかし投げ遣りな言い分に唖然。

 交渉の場を当主のダイチではなくリョクアに受け持つよう指名しただけでなく、処罰の内容も自分で受け持てと言ってるわけで。


「つーか今回の騒動、隠蔽の選択もあったはずだ」


 更に苦笑交じりに告げられたのは一連の騒動に対するリョクアの対応を評価するもの。

 ミリアナが使用人を使って若者を買収していたのを発見したのはリョクアの秘書。自分も取引現場に居たなら事実を隠蔽するのは難しくない。

 なのにリョクアは保身に走らず当主に判断求め、謝罪の席を用意した。アヤトやミューズの身を第一に考えて指示を出した。


「窮地に立たされた際、咄嗟に移す行動はそいつの為人が表れるもんだ。元より俺が気にせんのなら、その誠意に免じて温情を与えても構わんだろう」


 つまり妻の罪が夫の罪なら、夫の誠意で軽減される。

 よく分からない理屈以外にもアヤトなりの理由から謝罪は不要としたのも、リョクアの誠意ある行動が加わってこそ。


「心配せずともミューズやレムアは今回の一件を俺に一任している。なら俺がどうしようと文句はないだろうよ」


 故にリョクアの望む形で収めても良いと結論づけた。

 思わぬ展開に開いた口が塞がらないリョクアを他所に、この話は終いだと言わんばかりにアヤトは話題を変えた。


「納得したならお話し合いだ。あんたは母を随分と嫌っているようだが、何かあったのか」

「……まさかこの場を求めたのは処罰に対する交渉ではなく、それを聞くためか」

「勘違いさせる言い回しだったのは否定せんが、あんたとサシでゆっくりお話しする機会が欲しかったんだよ。なんせ歓迎されてない身、望んだところでまともに相手もしてくれそうになかったからな」


 ようやく意図を察したリョクアに対しアヤトは肩を竦めつつ認めた。

 確かにリョクアが忙しい身である以前に、初日の失態からアヤトと出来るだけ関わらないようダイチに注意されていた。

 またアヤトも屋敷内では客室以外は誰かと行動しているので二人きりになる機会はない。

 故に処罰に関する交渉と思わせてこの場を作りあげ、リョクアも他の面々も見事に乗せられてしまったわけで。


「……妻に対する処罰の件、私の一存で構わないとの返答を撤回するつもりはないな」

「俺に二言はねぇよ」

「そうか……」


 ならばとリョクアも再確認した上でため息一つ。


「アヤト=カルヴァシア殿、妻に温情を与えてくれて感謝する。また貴殿は不要としたが、こちらもけじめとして謝罪させてもらう。申し訳なかった」

「そりゃどうも」

「だが、先ほどの質問に答える義理はない。そして私からお前と話すことは何もない」


 改めて感謝と謝罪を伝え、しかし場を作り上げても付き合うつもりはないとリョクアは突っぱねた。


「質問に答えないのは自由だが、あんたから話すことが無くても俺にはあるんだがな」

「なら温情の礼として聞いてやる。さっさと話せ」

「ではお言葉に甘えて、一つ自慢話をさせてもらうか」


 お返しと言わんばかりの投げ遣りな態度にもアヤトは平然としたもので。


「俺は父に何かを守る理を、母からは恩義だろうとケンカだろうと返せる時に返す義理堅さを教わった」


 腕を組んだまま背もたれに身体を預け、目を閉じて懐かしむように語り始める。


「今から九年前の年明けか、父と母は仕入れの為に俺を残して町に向かった。普段なら父が一人で受け持つんだが、如何せん交渉が苦手な父でな。俺もそろそろ一人でお留守番もできると判断したのか、その日は母も同行した」


 生まれ育ったルルベルは山間にある田舎町。物資を仕入れるには教国や王国に向かう商人や近くの町に訪れる必要がある。

 物心ついた頃から月に何度かアースラが町で交渉して運んでもらったり、自ら買い集めていたが、ルルベルに訪れる商人との交渉は主にワカバが担当していた。

 理由は簡単、アースラよりもワカバの方が交渉術に長けていたからで、しかし息子を一人できずルルベルでの交渉に留めていた。


「人混みが嫌いでも相手を言いくるめるのは得意な母だ。今後を見据えれば当然の判断だろうよ。それに一泊のお留守番とは言え、父と母に家を守れると判断されたのが誇らしくてな。帰ってくるまで良い子に待ってろよと出発した父と母の約束に従い、良い子にしてお留守番をしてたもんだ」


 つまり全ての交渉をワカバが受け持てばより利益を得られる。今後の生活だけでなく、息子の将来も視野に入れた貯蓄を考えていたのだろう。また年頃にしてはしっかりしている息子なら一泊家を空けても問題ないと判断できたからこその同行。乗り合い馬車で出発する二人を寂しさよりも誇らしく見送れた。


「だが父も母も帰ってはこなかった。正確には()()()()()()()()()()()()()()()


 この自慢話を始めた意図が分からないだけに、関心半分で耳を傾けていたリョクアも目を見開く。

 アースラとワカバが既に他界しているのは当然ダイチ伝手に聞いている。ただ詳しい経緯までは知らず、そもそも自慢話から二人の死に繋がるとは思いもしなかった。


「以降の出来事は良く覚えてないんだが、俺を保護した警備隊が教えてくれた」


 怪訝な顔を向けるリョクアに対し、アヤトは変わらず目を閉じたまま懐かしむように語り続ける。

 両親の死によるショックだけでなく、マヤとの契約でシロとの思い出を全て失った為か、教会に引き取られる経緯までも失った為に朧気で、ルルベルを離れた後の記憶は地獄の日々に繋がっている。

 それでも両親の死体を運んでくれた警備隊から聞いた話は鮮明に覚えている。

 二人を乗せた乗り合い馬車が襲われたのは出発した日。

 これまで盗賊被害がないことから街道警備の気が緩んでいたのか。

 それともどこからか流れてきた賊にたまたま目を付けられたのか。

 どちらにせよ盗賊被害など運次第、要は運が悪かっただけのことで。


「父の死体はそこら中が傷だらけだったそうでな。剣を手にしていたことも踏まえて最期まで賊と戦い続けていたらしいと」


 しかし悲運に嘆くよりアースラが最期まで抗い続けたと現場の状況が物語っていたと教えてくれた。


「母の死体は馬車の中だったそうで、弄んだような斬り傷や致命傷となった刺し傷は全て背中だったらしい。また死体となった母の腕には子どもが二人、守られるように息を引き取っていたんだとよ」


 そして夫が抗い続ける中、ワカバも最期まで抗い続けていた。

 偶然乗り合わせたであろう子ども二人を心配させないよう声をかけ続けていたのか。押し入った賊の凶刃から守ろうとしていたとやはり現場の状況が物語っていた。

 ただ状況からワカバが守っていたのは実子と思われていたらしい。なんせ馬車内にはワカバと二人の子の死体しかなかったのだ。

 他の死体は全て馬車の外、恐怖から逃げられなかったのか、それとも置き去りにされたのか。

 とにかく金品と全ての命を奪われた惨劇を町の警備隊が発見した後、アースラから黒髪黒目の妻がいると聞いていた顔見知りのお陰で、二人の死体は警備隊によってルルベルに搬送された。


 そして現場の状況から君の両親は立派な人だったと励ましてくれたのは覚えている。


 ただ当時のアヤトはショックのあまり受け入れきれず、以降の出来事も先ほどの理由から朧気で。


「勇敢に戦おうと父は母も、居合わせた乗客も守れなかった。母も居合わせた子を庇おうと守れなかった」


 それでも両親の死を受け入れて、気持ちの整理が付いた今ならこう捉えることが出来たと目を開けた。


「だが持たぬ者でも賊から誰かを守る為に最期まで抗い続けた父は、最期まで弱き者を守ろうと庇い続けた母は、()()()()()


 窮地に立たされた際、咄嗟に移す行動に為人が表れるのなら、父や母の抗いが無駄に終わったとしても息子として誇れると。


「唯一不満があるとすれば共に生きて、孝行をさせてくれなかったことか。いつか父や母を守れる強い男になると約束したのに、守られた分のカリを返せる機会をもらえなかったのが息子としては不満だ」


 また不慮の死とはいえ慕っていたからこそ生きていて欲しかったと。

 二人が教えてくれた理を息子として示せる機会を与えてくれなかったのが不満として残るはずなのにさせてくれない。


「だがま、そんな俺の不満なんざ父も母も笑って一蹴するだろうよ」


 もし二人に伝えたところで一蹴されるのは明確。

 恐らく自分の不満に二人は呆れたように笑って――


『息子に誇らしいと思われてるなら俺も誇らしいな』

『それにあなたが私たちの息子でいてくれたことが何よりの恩返しよ。だから不満なんて抱かず、好きに生きなさい』


「所詮は俺の想像だ。実際に父と母がどう返すかは知らんし、死んだなら何も言えん。それでも尚、そう思わせてくれる父と母だからこそ俺は生涯勝てる気がせん」


 不満を抱くのも許してもらえそうにない二人の慈愛を知るからこそ、辛い死別も悲しみよりも誇らしく語れると。


 突如始まった自慢話の意図をリョクアもようやく察した。

 自身のではなく両親の自慢、そして自分に語った理由も恐らくアヤトも察していたからだと。


「ヒフィラナ家を第一に考えるあんたを否定する気はない。跡取りである以上、当然の振る舞いだ。しかし、母の行いからしょぼくれた面している子を気にもかけんのは父としてはどうだろうな」


 予想通り自慢話から一転、目を向けたアヤトは指摘してくる。


「ご子息やご息女があんたをどう思っているかは知らんが、少なくとも母の方が立派な親だったとほざいてやるよ。息子贔屓かもしれんし、良き親が良き当主となるわけでもない」


 謝罪の席での振る舞いを、貴族としてではなく親としての振る舞いをワカバと比べて批判。

 死して尚、誇れる母であり続けるワカバに比べて、生きているのに子を気にもかけない自分はどうなんだと。


「ただハッキリしているのは母はもうこの世にいない。どれだけ固執しよと憎まれ口も叩けんし、なによりあんたは弟であり父でもあるだろ。ならいつまでも死人に拘るよりも、もっと目をかけるもの、守るものがあると俺は思うがな」


 最後は説教染みた意見で締めくくるアヤトにリョクアは忌々しげに見詰め返す。

 なぜ両親の自慢話からあのような指摘をしたのか。

 ワカバと比べて、敢えて痛烈な嫌味に繋げたのか。


「白々しい……なにが姉との間に何かあったのか、だ」


 自分が姉を嫌っていた理由をアヤトは悟っているからこそとリョクアは吐き捨てる。

 優秀だったからこそ抱き続けた劣等感からリョクアが一方的に嫌っていた、実にくだらない理由を。

 リョクアから見てもワカバは性格に難があろうと優秀な頭脳の持ち主で、次期当主としてヒフィラナ家を導ける存在だった。

 なのに本人は党首の座に関心がなく、普段は祖父としかまともに会話をしないのに、気紛れのように話をかけてきたと思えば嫌味ばかり。


『私を敵視しなくても党首はあなただから安心なさいな』

『リョクアは私になれないのだから無理はやめなさい』

『私よりも目を向ける物があるでしょうに……どうして分からないのかしら』


 張り合っていたリョクアにとって癇に障り、特出した才が無くてもいつか見返してやろうと躍起になっていたのに。


「最後は平民と恋仲になり……廃嫡だ。勝ち逃げされたようで気に入らんだろう」


 期待されていた姉が家を出て、その機会をリョクアは永遠に失った。

 同時に跡取りが自分だけになってしまい、虚しさを感じるよりも次期当主としてヒフィラナ家を引き継げるよう必死に努力を重ねた。

 それでもリョクアにとって姉の面影は振り払えず、もし再会することがあればとの淡い期待もあって固執し続けていた。


 そんなリョクアのワカバを批判していた際に読み取った苛立ちの中にある()()()()()()()をミューズから聞き、令嬢として生きたワカバの情報やダイチから聞いた廃嫡以降の様子も踏まえてアヤトは確執の理由を導き出した予想で。


 ただ当主としての資質以前に、親としても見返すどころか負けていると突きつけられて。

 いつか再会して見返すなど淡い期待も無駄だと改めて痛感されたリョクアは憑き物が落ちたように肩を落とす。


「しかしあの姉がな……変われば変わるものだ」


 故にワカバを思い返す声音には苛立ちがなく、純粋な疑問が含まれていた。

 アヤトから聞いた教えや死の直前まで子どもを守ろうとしたなど、リョクアの知るワカバからは想像も付かない。


「そりゃ変わるだろ。なんせ姉から母に変わったんだ」

「なるほど……一理ある」


 そんな疑問もアヤトに一蹴されて笑うしかない。

 貴族令嬢から平民に、姉から妻に、そして母と立場が変われば心情も変わるだろう。

 なら自分も姉に固執する弟のままで居るのではなく、父として変わるべきで。

 まだ気持ちの整理が上手く付かず、どう変われば良いのかは分からない。

 今までの自分の生き方や、父として家族と向き合い少しずつ見出していくしかない。

 ならまずは妻と、二人の子と向き合ってから祖父の元に行くべきとリョクアは決意するも、その前にふと湧き出た疑問を口にしていた。


「……姉は私をどう思っていたんだろうか」


 一方的に嫌っていただけに姉弟としてまともに会話をした思い出すらない。

 気紛れに話をかけてきた時も、苛立ちからまともに取り合わなかったのもあって姉の向けていた感情を知ることもできない。

 ただ祖父以外に無関心だった姉が気紛れとはいえ自分に話をかけていたなら、どんな風に思ってくれていたのか。

 もう聞くことも叶わないだけに、せめて息子の意見を聞きたいと呟くリョクアにアヤトはため息一つ。


「そもそも俺は曾爺さん以外の存在を知らなかったんだよ。故にせいぜい答えられるのは、母は何よりも家族を大切にする人だった」


 前置きをした上で、苦笑交じりに告げた息子としての意見は――


「不器用が故に、多少は捻くれた愛情表現だったがな」


 あの嫌味も自身に固執した弟を危惧した姉としてのものと思わせるもので。

 不器用な姉が、弟の未来を憂い忠告したのなら。


 捻くれた姉なりの愛情表現だったのかもしれない。

 

「あれのどこが多少だ」


 今さらながら察したリョクアは不器用すぎると批判せずにはいられなかった。

 本当に姉は最後まで奔放で、自分を振り回していると。

 真意を知ることも、批判も叶わない死別という別れに胸が締め付けられる。


「…………なぜ()()()


 そして姉弟として生きていた間に知ろうとせず、劣等感から一方的に嫌っていた自分が嫌になると。


「姉さん……っ」


 姉の死に初めて涙を零した。




リョクアさまとワカバママの確執の真相でした。

そして姉を見返したいとの一心で当主の座を求めていたことで他に目を向けず、いま目を向けなければならない家族を蔑ろにしていたからこそアヤトくんは固執していたワカバママとの思い出を元に手痛い発破を掛けました。

また今まで簡潔に語られていた両親の亡くなった経緯も明かされました。

不運な出来事に見舞われてもアースラパパやワカバママは息子が誇れる両親で、アヤトくんが敬愛し続ける最期だったと思います。


そしてアヤトくんの発破から姉の死と向き合い、弟から父に変わる決意をしたリョクアさまが今回の一件をどう纏めるかは後ほどとして、次回からは残りの問題に触れていきます。




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読んでいただき、ありがとうございました!



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