想定の内外
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昼時になると商業区、特に屋台エリアは多くの人で賑わう。
人混みの嫌いなアヤトは言うまでもなく、無意識に精霊力の視認で感情を読み取る能力から実はミューズもあまり得意ではない。
なので混む時間帯を避けて一先ず観光時に目を付けていた古書店に向かった。
「公爵家の書庫ほどではないが、各国の書物が取りそろえているな」
「絵本も豊富です。アヤトさま、タヌキくんの大冒険シリーズも全て揃っていますよ」
「これは幻とまで言われている初版本か。どうやら想像以上に楽しめそうだ」
「わくわくしますね」
どちらも読書好きなのである意味一番会話が弾む時間を過ごし、予定より少し遅くなったが屋台エリアに移動を始めた。
「…………あれは」
もうすぐ屋台エリアに入るところでふとミューズは足を止める。
視線の先は装飾系の品物が並べられている露店、その中で黒革の紐に繋がれた羽根のネックレスに惹かれていた。
銀細工の羽根は精巧に作られているが露店で売られている物、材質も純銀ではないので平民向けの価格。
そもそも装飾品の類いを最低限しか所持していないミューズがこのネックレスに惹かれたのにはアヤトとロロベリアが左腕に身に付けているブレスレットが理由。
小さな瑠璃が填め込まれた白銀のブレスレットが友好の証としてサクラからプレゼントされたのはロロベリアから聞いている。
またブレッスレットの色合いが精霊力を解放したロロベリアの髪色と白銀の変化をしたアヤトの髪色をイメージしていることは察していた。
ロロベリアと同じ水の精霊術士なのである意味ミューズにも当てはまる。しかしあのブレスレットはロロベリアとアヤトの為に造られたこの世に二つしかない物。
そんな大切なブレスレットを下克上戦で躊躇なく盾として使ったロロベリアの執念には驚かされたが、アヤトとお揃いの装飾品を身に付けている彼女がずっと羨ましかった。
実のところ今回のデート中でも、自分もアヤトとお揃いの物が欲しいと露店を巡りつつ何かないかとこっそり吟味していたが惹かれる物がみつからなかった。
しかしお互いの銀髪に、羽根というのも自由奔放なアヤトと冒険好きな自分に関連したモチーフに感じられる組み合わせに惹かれるものがある。
何気に目に映ったのも、元々ペアなのか二つしか売られていないのも巡り合わせのようで。
「なにか欲しい物でも見つかったか」
「その……ですね」
故に思い切ってアヤトにお願いしようとするも、不意にミューズの瞳が大きく見開かれた。
「……アヤトさま。約五〇メル先、青い帽子を被られた小柄な男性です」
「とりあえず動くか」
途端に気持ちを切り替え端的な報告、しかしアヤトには充分伝わりミューズは左隣に並んで歩き始める。
「先ほどの古書店でめぼしい物はありましたか」
「多すぎて悩むな。どちらにせよ購入するなら帰国前か」
「荷物になりますし、ヒフィラナ家にはまだまだたくさんの書物がありますからね」
そのまま出来るだけミューズは自然を装いアヤトの顔を見ながら会話を楽しむ。
人が多くともアヤトは前を向いているのでぶつかることなく、また先ほど確認した男性も無理矢理意識の外にもっていく。
人が多ければ様々な感情が目に付く。その中でもスリなどの軽犯罪を企む者の精霊力の輝きは嫌でも目に入るが、先ほど確認した男性の輝きは更に深い淀みや暗さがあった。
もし予想通りの感情なら、恐らくあの男性が自分を害する。
それでも隣りにアヤトがいる限り心配も怖さもないと、自分の左側を通り抜ける男性を視界にすら入れず――
「――そんな物を手にしたまま歩くと危ねぇぞ」
ミューズの腰に左手を回すなりアヤトは前を向いたままほくそ笑み、同時にガキンとした金属音が背後から響いた。
「つーか賑やかな街中には随分と不釣り合いに見えるが」
続いて安堵の息を吐くミューズを他所に、身体ごと振り返って地面に落ちている果物ナイフに手を伸ばす。
それはミューズの横を通り過ぎる瞬間、青い帽子を被った小柄な男が左袖から取り出したもの。
後ろ手に持ったそれをミューズの腹部に突き刺し、何食わぬ顔でそのまま逃走するつもりがアヤトのブレスレットに切っ先を阻まれてしまった。
もちろん偶然ではなく狙ってアヤトは凶刃からミューズを守ったのだが、視線すら向けずピンポイントで不意打ちを防げるとは思わないだろう。
そもそも何が起きたのかすら理解できず、呆然としていた男性に向けてアヤトは拾った果物ナイフを差し出した。
「次は落とさんようしっかり握っていろよ。ま、しっかり握っていようと我が聖女を傷つけられるとは思わんことだ」
「く――っ」
しかし嫌味を含んだ発言から襲撃失敗を悟るなり男性は悔しげに駆け出す。
余程焦っているのか周囲の人にぶつかり、それでも強引に離れていくが好都合と。
「アヤトさま、約束通りにお願いします」
「へいよ」
周囲の関心が逃げる男性に向けられる中、既に人混みから離れていた二人の姿が消えて――
「今回もわたしを守る為に神がお与えになったのですか」
「そういう設定だからな」
近くの建物の屋根まで移動したアヤトは擬神化した状態でミューズをお姫さま抱っこしていたりする。
アヤトにお姫さま抱っこで運んでもらえたミューズは気恥ずかしげでもご満悦。
また既に見られているのもあるがミューズには変に誤魔化す必要もないとアヤトは開き直っていた。
とにかく五分の可能性でもデート中に襲われたらアヤトが守り、襲撃者が複数いる可能性も考慮して即座にその場を離れるのは打ち合わせ通り。
ちなみにその際、お姫さま抱っこと希望したのはもちろんミューズ。大聖堂でも密かに憧れていただけにお願いしたがそれよりも。
「……どうですか」
擬神化したのは周囲に気づかれないように離れるため。さすがのアヤトもミューズを抱えたままだと周囲に気づかれず瞬時に移動するには擬神化が不可欠。
そしてもう一つ、襲撃犯にも気づかれないように後を追うためでもある。
「問題ねぇよ」
屋根伝いに移動を始めるアヤトの邪魔にならないよう、お姫さま抱っこから伝わる優しい温もりにミューズは身を任せていた。
二〇分後――
「これで一先ず終了だ。後は普通に楽しむか」
「はい」
目的を達成したアヤトとミューズはしれっと襲撃された場所に戻っていた。
まあ襲撃犯が自分を狙った理由などは聞かされていても、この後どうするかまではミューズも知らない。
つまり一先ず終了なのはミューズの協力。最後まで協力できないのは残念でも、役立てたことは素直に誇らしい。
「さすがアヤトさま。未来視をされているかのような見事な慧眼、感服しました」
そして襲撃犯が人混みに紛れて狙ってくると予想したアヤトには感心せずにはいられない。
元より襲撃されるのがミューズに任された役割。また人混みの中に怪しい感情を秘めている者が居れば報告するよう指示を受けていた。もちろん念のため、周辺を警戒しつつアヤトも様々な襲撃にも備えていた。
正直なところ白昼の街中で襲撃を受けるなら人気のない路地裏、のようなイメージをしていただけに、本当に人混みの中で襲われて内心驚いたものだ。
また白銀の変化も含めて、ミューズは未来視もできるのではないかと気になっていた。
「褒めても何も出ねぇぞ。つーか未来視なんざ出来るか」
ただこの場で否定するならそうなのだろうとも思えるわけで。
「バカがバカ仕掛けてくる可能性が五分とほざいたように、相手側の狙いや目的といった情報を元にした臆測にすぎん」
要は今回の出来事も様々な情報から導き出した可能性のひとつ。
「何よりバカってのは時に信じられんほどのバカをしでかす。全て狙い通りに事が運ぶなら苦労しねぇよ」
「ですが今回はアヤトさまの想定通りなのですね。運も味方に付けられたのでしょう」
「だと良いがな」
その可能性が上手く填まったお陰で後は気兼ねなくデートを楽しめる。
もちろん人が多ければそれだけ危険もあるので、ミューズも注意を怠るつもりはない。
とにかく襲撃されて後回しになったお願いは遅めの昼食を済ませからと改めて屋台エリアに向かった。
しかしある意味でアヤトの言った通りの展開が待っていた。
「アヤトさま、ミューズさま。こちらに居られましたか」
屋台エリアに到着するなり駆け寄ってくる執事服の男性。
見覚えのあるヒフィラナ家の執事、ただ自分たちを探していたのなら緊急事態が起きたわけで。
「申し訳ございませんが、今すぐお屋敷にお戻り下さい」
「なにかあったのですか……?」
「……実は――」
執事の秘める感情を含め、不安に駆られるまま質問すれば表情を曇らせて事情を説明してくれた。
その内容に衝撃を受けるミューズを他所に、アヤトは面倒げにため息一つ。
「これで、未来視なんざ出来んと分かったろ」
「……はい」
愚かしい者は時に信じられないほど愚かしい行動を起こすもの。
つまり自分たちの知らないところで想定外の事態が起きてしまった。
ミューズさんも積極的になってますが残念ながら邪魔が入ってしまいました。
まあミューズが襲撃されたのはアヤトくんの想定内ですが、ロロサイドの緊急事態はアヤトくんにとっても想定外でした。つまり今回ばかりは濡れ衣だったりします。
アヤトくんが何を企んでるかは後ほどとして、次回は想定外の出来事が明らかとなります。
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