読めない苦労
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ヒフィラナ家当主の帰宅を待つ中、突然応接室にやってきたのはセルファから要注意人物として上げられたリョクア=ラグズ=ヒフィラナ。
母方の血が濃く出ている色の濃い金髪を後ろになでつけ、メガネ越しに見える灰色を帯びた切れ長な碧瞳は凜々しさと同時に神経質な一面を感じさせる。
「…………お前が不肖の姉が残した子とやらか」
一八〇近い長身のリョクアは威圧するよう下座のアヤトを見下ろし吐き捨てた。
いきなり接触してくるとは思わずロロベリアたちは虚を衝かれるも、意外にもアヤトは笑みさえ浮かべる余裕で対応。
「アヤト=カルヴァシアだ」
「……ちっ」
平民と言ってもアヤトはヒフィラナ家の血縁者。ふてぶてしい態度にリョクアの眼光は鋭くなるも舌打ちのみで注意せず上座に腰を下ろした。
「いまさら何をしに公爵家の敷居を跨いだ」
そのまま両サイドに居るロロベリアたちに目もくれず、対面のアヤトに刺々しい口調で切り出した。
「お前の母は貴族として生まれた責務を放棄した。挙げ句、向こう見ずな行動で我が公爵家に迷惑をかけた愚かな女だ。お前の母が廃嫡された後、ヒフィラナ家が周囲からどう見られていたか分かるか? 当主の意思に背いて平民と恋仲になり、家を捨てた姉を持つ私がどれだけ恥をかいたか分かるか?」
淡々とアヤトを責め立てるリョクアの言い分は理解できる。
貴族と平民の区分が緩い王国でも貴族と平民の婚姻は難しく、貴族側が余程の変わり者か多くの功績を積んだ平民でなければ叶わない。
王国でもこの認識、公国ならばより侮蔑されるだろう。加えて公国きっての大貴族、ヒフィラナ公爵家の令嬢が孤児出身でろくな功績も挙げていないアースラを見初めて家を捨てたとなれば貴族としての権威もガタ落ち、社交会などで陰口の対象にされる。
貴族家に生まれたからには貴族の責務を果たすべき。しかしワカバはそれを放棄し、ヒフィラナ家に泥を塗ったのだ。
故にワカバと確執があったらしいリョクアが姉を、その息子のアヤトを敵視する気持ちも分かる。当主が招待しようと割り切れず批判したくもなるだろう。
「にも関わらず我が公爵家に何をしに来たのかと聞いている。まさか祖父に取り入って公爵家の一員にでもなるつもりか」
しかし割り切れないのはロロベリアやミューズも同じ。
ワカバやアースラについてはまだ詳しく知らないが、アヤトについては少なからず知っている。
地位や名誉よりも三国の平和を願い陰ながら尽力したことをミューズは知っている。
ロロベリアに至っては不遇な扱いを受けても尚、国民を笑顔にしろと国王に直訴し、自らも陰ながら貢献しているのを知っている。
「それとも金でもせびりに来たのか。なら必要額を言いなさい。手切れ金として私が払ってやるからさっさと帰ることだ」
「「…………っ」」
例え日の目を浴びない功績だろうと、例え周囲に知られない貢献だろうと自分の為だと言い張り、誰かの笑顔を守り続けているアヤトが地位や富を求めるはずがない。
いくらリョクアが知らなくとも侮辱を割り切れず、両の拳を強く握りしめ耐えていた感情が抑えきれなくなっていたが――
「なるほどな」
二人の感情を沈めるように、リョクアの侮辱をアヤトは苦笑で受け流した。
「……なにがなるほどだ」
「いや、あんたの言う通り母の行いは貴族としての責務を放棄したものだ。その結果、周囲に迷惑をかけたのも想像に容易い。反論の余地もないと思ってな」
更にワカバに対する不満に同意するよう肩を竦めつつ、平然とリョクアを見据えて口を開く。
「故にこれは反論ではないが、あんたが母の行いにとやかく言えるのか」
「なに……?」
「そもそもここへ来たのは当主さまに招待されたからだ。ま、ギーラスの爺さんが引き合わせたのもあるが俺たちは一応当主さまの客人扱いらしいぞ」
まずは自分たちの立場を明確にした上で。
「だからといって歓迎しろとは言わん。当主さまは当主さま、あんたはあんただ。俺に対してどう思おうが好きにすればいいし、平民の俺に不躾な態度を取ろうと気にはせん。だがその客人には王国の子爵家ご息女さまに教国の男爵家ご子息さま、更に教国の伯爵家ご息女さまも居るんだが?」
お返しと言わんばかりに淡々とリョクアの失態を指摘。
階級では公爵家のリョクアに比べて伯爵家のミューズ、子爵家のロロベリア、男爵家のフロッツは下になる。
だが公国と王国、教国では国力に大きな差がある。更に三人は正式に招かれた公爵家当主の客人。
「にも関わらずノックも無しに乗り込み、挙げ句名乗りやご挨拶もせず無視とは驚きびっくりだ。まさに感情のまま、向こう見ずな行動で公爵家さまにご迷惑をかけようとしている愚かしい所業とは思わんか? なあ、公国の公爵家ご子息さま」
「…………っ」
なによりリョクアは家督を受け継いでいない、謂わば三人と同じ立場。
三国の国力、立場、当主の意向を無視したリョクアの行動はそれこそワカバと同じヒフィラナ家を追い込む愚行。
アヤトへの敵視に囚われ三人を蔑ろにした失態や、アヤトの痛烈な皮肉に怒りと焦りでリョクアの表情が歪むのも無理はない。
「失礼します。みなさま、お待たせしました」
そんな重苦しい空気の中、ノックの音と共にセルファがティーワゴンを引いて入室。
「……これは」
同時に目を見開き、室内の空気から全てを察したのか即座にリョクアの元へ。
「リョクアさま……ここはどうかお引きになって下さい」
「く……っ」
セルファの進言に分が悪いと理解していたリョクアは素直に退室。
ただ焦りから謝罪もなく退室したリョクアに変わり、セルファが床に跪き深く頭を下げた。
「私から旦那さまに報告いたします。なのでリョクアさまの所業……どうかお許しを」
「心配せずともこちらに居られる王国や教国のご子息ご息女さまはお人好しばかりだ。ご子息さまのヒステリーなんぞ一種の気の迷いとして流してくれるだろうよ。むろん教国の伯爵家ご息女さまに仕える従者さまもな」
誠心誠意の謝罪に対しアヤトは軽い口調で流しつつ四人に視線で促す。
思うところはあれど元より問題にするつもりはない。
「私は気にしません」
「なのでどうか顔を上げてください」
「俺はアヤトくんがケンカ買わずに済んでよかった、くらいですよ」
むしろセルファを不憫に思いながらロロベリアやミューズ、フロッツは謝罪を受け入れ、レムアもまた微笑み頷くのみ。
「……ありがとうございます」
五人の配慮にセルファは感謝を告げ、改めてお茶を用意する中、安堵と共にフロッツはソファにもたれ掛かるよう伸びを一つ。
「でもマジ意外だったわ。アヤトくんがあの程度のやらかしで済んだからよ」
リョクアがワカバを侮辱した時は血の気が引き、アヤトがどう出るか読めないからこそ精霊力を解放してでも仲裁に入る覚悟をしていた。
しかし終わってみれば正論で一蹴。いくら血縁者で客人と言えどアヤトの態度も褒められたものではないが、最悪な事態にならなかっただけでも充分の成果なので不満はない。
「あちらさんの言い分は間違ってねぇからな」
「変なところで聞き分け良いね……君は」
……不満はないのだが、アヤトの行動が読めないだけに今後も苦労は絶えそうになかった。
リョクアに対するアヤトの対応は何だかんだで彼らしく思います……態度も含めて。
ただリョクアさんの態度も大概ですけど、礼儀に関してアヤトくんには言われたくないですよねぇ。
それはさておき次回はいよいよヒフィラナ家の当主、アヤトくんの曾祖父が登場。感動の対面……になるかは次回更新をお楽しみに。
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