大切な衝動
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今期最初の入れ替え戦は今までのようなイベント色とは変わりつつあった。
学院生の共通認識とした打倒序列保持者の意思の表れか、前年の後半で若干見られた右側の観覧席に挑戦者を応援する学院生が増えている。加えて次の挑戦を考慮した者、序列保持者の戦いからなにかを学ぼうとしている者も増えて中央の観覧席もそれなりに埋まっていた。
もちろん比率で言えばまだ東側の観覧席に集まっているが、大きな偏りがなくなったのは意識改革が順調に進んでいる証拠だろう。
また以前よりも挑戦者席の雰囲気に真剣味が帯びているのもその証で、まさに学院最強の十名を決める公式戦に相応しい催しとなった。
「どうするんだろうなぁ」
のだが、序列席では意識改革とは別の緊張感にディーンは苦笑い。
今期最初の入れ替え戦なら去年の選抜戦以降、全学院生の前でアヤトが実力を披露する場なわけで。
選考戦に参加した者以外の学院生にとって久しぶりの場、新入生にとっては初めての場となれば序列保持者の中でアヤトへの注目度が最も高い。エレノアを始めとした序列保持者が認めたよう本当に真の学院最強なのか。未だ懐疑的な者もいるらしいがレクリエーションからほんの僅か、今回もサクラに協力を頼んでいたのでその面々も信じることになる。
「どうするもなにもアヤトよ? あたしたちが読めるわけないでしょ」
「しいて言うなら去年みたいな番狂わせはない、くらいっすか」
ランとユースが返すようアヤトのやることなど読めるはずもなく、自分たちのお目付役として序列入りしたなら敗北はないくらいだ。
「にしても、あいつ人気者っすね」
「ある意味で、だ」
故に話題変更するユースにジュードはため息一つ。
なんせ懐疑的なのか、それともエレノアの演説で鼓舞されたのか、序列十位の挑戦希望者が二三名と最も多かったらしい。あまりの希望者に序列十位の挑戦権を決める選抜戦は二日かけて行われたほど。
ちなみに次点が序列八位で十一名、九位には八名だったのでリースよりも組みやすいと判断されたルイは笑うしかない。他も九位と同じほどだが、序列一位の挑戦希望者は二名のみ。
これもレクリエーションの影響か、ロロベリアの神業的技能に多くの学院生が及び腰になったようだ。
「どうやら刺激が強すぎたのか、まさか再戦を狙っていたとはな」
そして違う意味での影響か、アヤトの挑戦権を得た学院生にエレノアは呆れながらも微笑ましく思いつつ見守る中、フィールドには序列保持者として東口から登場するアヤトに対し、激戦を制した挑戦者が西口から登場。
「呆気なく負けるのは仕方ないけど意地見せろよー!」
「無様に散ってしまえ!」
同時に歓声が上がる中で観覧席からエランとレイティの野次を受けながらファルシアンは手を振り応える。
そう、二三名の激戦を制したのは一学生のファルシアン。更に野次を飛ばす二人も打倒アヤトの意識が強くなりすぎたようだ。特に今回の入れ替え戦を見送る予定でいたエランも参戦して選抜戦では三人がつぶし合う結果に。
とにかく去年同様、一学生で唯一の挑戦者となったファルシアンの注目度は高く、もしかするとロロベリアのように異例の序列入りをするのではとの期待も向けられていた。
「序列入りしたけりゃ八位さまか七位さまを狙えばいいものを」
「今回は序列入りよりも好奇心を優先させて頂きました」
フィールド中央で対峙するファルシアンはアヤトの言い分にも優雅な一礼で返す。
「アヤト殿とは一対一で遊んでみたかったのですよ。あなたは序列保持者としか遊んでくれないようなので、入れ替え戦でしかチャンスはありませんから」
「そりゃどうも」
「ですが我がライバルたちの激励に応える為にも、本気で取りに行かせてもらいます」
「俺には野次にしか聞こえんがな。だがま、良いお勉強くらいはさせてやるか」
やる気に満ちたファルシアンにアヤトは肩を竦めて、しかし握手を交わして両者は二〇メルの距離を取る。
そのまま月守を肩に乗せるお約束の構えを取るアヤトに対し、ファルシアンも腰の剣を抜いて構え――
『序列十位アヤト=カルヴァシア、挑戦者ファルシアン=フィン=クォーリオ――試合開始!』
今期最初の入れ替え戦が始まった。
◇
『序列入れ替え戦を終了する。序列保持者――退場!』
「やれやれ。ようやく解放された」
全十試合も終了後、審判の宣言にあわせて観覧席から拍手で見送られる中、アヤト早々に序列席を後に。
「控え室まで戻るのが入れ替え戦だぞー」
「相変わらず協調性のない奴だ」
その奔放さに他の面々は呆れながらも咎めず席を立つように、一応最後まで残っただけでも充分だった。
誰も欠けず序列席にいたように結果は序列保持者の全勝。学院生の意識が変わってまだ間もないので当然の結果でも、今までより本気度は窺えた良い入れ替え戦だった。
また注目されていたアヤトは入れ替え戦最長の試合時間を樹立。心身のみならず精霊力を枯渇寸前まで追い込まれたファルシアンは医療施設に運ばれてしまったが良い勉強になっただろう。
しかしファルシアンの剣技も精霊術も終始余裕で回避し続け、息一つ乱さず勝利したアヤトの実力は疑いようもない事実となったのも良い結果か。
「次の入れ替え戦でアヤトの挑戦者は減るかな?」
「今まで以上に躍起になるか、それとも尻込みするか……微妙なところですね」
故にランが問うように圧倒されて減る可能性もあれば、ロロベリアが眉根を潜めるように普段の態度や挑発的な試合運びでより序列の座から引きずり下ろそうとする者が増える可能性もある。
「僕の挑戦者は減って欲しいなぁ」
「わたしはもっと強い人とやりたいから増えて欲しい」
「次の入れ替え戦を視野に入れるのも良いが、その前に遠征訓練があるのを忘れるなよ」
和気藹々と控え室へ戻る一同を見回しエレノアが生会長として気を引き締める。
三学生だけでなく二学生の序列保持者も休養日開けから遠征訓練でしばらくラナクスを離れる。去年は二学生の序列保持者として参加したエレノアだけに、初参加の面々にも遠征訓練で良い経験をして欲しい。
「と言ってもミューズとロロベリアは不参加だけど」
「カルヴァシアもな」
ただランとディーンが嘆息するよう三人は各々の理由で不参加。
ミューズは祖父のギーラスから教会の祭事に参加して欲しいと呼び出しを受けて明後日から一時帰国予定。
ロロベリアはクローネから呼び出されて明日から王都へ。なんでも商会の仕事を手伝って欲しいらしいが、遠征訓練が控えている中でニコレスカ姉弟まで手伝わせるのも忍びないと今回はロロベリアのみ声をかけられた。
アヤトは亡くなった母親の祖父が見つかり面会の為に公国へ向かうと、祖父が誰なのかは伏せて学院にはそう伝えていた。
三人とも家の都合ならと学院側も許可、ただしミューズとロロベリアの理由は偽りと学院生会や序列保持者、勘の良いサクラにも伝えていた。更にアヤトの祖父が公国のヒフィラナ公爵家当主の可能性があるともだ。
あまり広めたくない事実でも仲間内なら信頼できる。まあ最初に事情を知ったエレノアの提案にアヤトは好きにしろと口にしただけだが、ミューズやロロベリアも真実を明かしておきたいと話が纏まるなり打ち明けた。
「でもまさかよね~。アヤトの曾お爺ちゃんが公国の公爵さまだったのもだけど、ミューズが嘘ついてまで同行するとか」
「……申し訳ありません」
「ランさん、私はまさかじゃないんですか?」
「謝らなくていいって。アヤトの家族なら会ってみたいだろうし、去年は参加してるんだから今は恋を優先してもいいんじゃない?」
「私の質問に答えてください……」
さらりと流され肩を落とすロロベリアはさておき、事情を聞かされた面々も驚きこそすれ好意的に受け取り秘密も約束してくれた。
「だから男共は黙って見送りなさいよ。特にディーンはぺらぺら喋らないこと」
「なんで俺は念押しされんだ……?」
「序列保持者としてどうかとは思うが、私からとやかく言うつもりはない」
「今まさに言ったけどね。レディの秘密を守るのは当然さ」
「そんなわけで二人とも気にせず行ってきなさい」
「「ありがとうございます」」
快く見送ってくれる仲間達に憂いなく笑顔で感謝を伝えた。
◇
「ランではないが、ミューズにしては意外だったな」
「……そうでしょうか」
解散後、最後に控え室を後にしたエレノアは改めてミューズに苦笑をもらす。
品行方正で嘘をついてまでミューズが学院行事を欠席する決断をしたのだ。いくら理由が理由とはいえ明かされた時はエレノアも面食らってしまった。
もちろん批判するつもりはない。それよりも公国でアヤトがなにかやらかさないか懸念している。
ただそれとは別にエレノアには気になることもあり、出発前に本心を伺うべく切り出した。
「ロロベリアの同行を申し出たのは何故だ?」
今回の公国行きで最初に同行を求めたのはミューズ、しかしロロベリアの同行も同時に求めたと聞いている。
愛する人の亡くなった両親について少しでも知りたいとも、生き別れの血縁に会えるものなら会ってみたいとの気持ちは理解できる。だが恋敵の同行まで求める必要はない。
ミューズでさえ衝動に駆られるまま行動に移したなら、わざわざ求めなくともロロベリアも名乗り出たはず。
「……ですね。エレノアには打ち明けます」
エレノアの率直な問いにミューズはどこか観念したように口を開く。
「恐らく私が申し出なくとも、アヤトさまはロロベリアさんを同行させたでしょう。そう思ったら……嫌だな、と。だからアヤトさまが誘う前にわたしからお願いしました」
本心を打ち明けたミューズは寂しげに目を伏せる。
アヤトがロロベリアを大切に思っているのは間違っていない。その感情までは精霊力を秘めていないので読めないが、帝国では常に付き添わせ、教国行きでは招待を受ける条件として自ら同行を求めた。ラナクスで一緒に暮らしているのもアヤトが発案したもの。
少なくともこれまでのアヤトを振り返れば分かるからこそ、今回の公国行きもロロベリアを付き添わせるかもしれない。そんな不安もあってミューズは先に願った。
「醜い感情です……軽蔑しましたか」
つまりロロベリアに対する嫉妬がミューズを突き動かした。
自分が先に願えばアヤトがロロベリアを誘うのを見なくて済むと、まさに醜い嫉妬心を打ち明けられたエレノアはゆっくりと息を吐く。
「軽蔑するはずがないだろう」
そして僅かに語気を強めて一蹴。
アヤトが同行させた可能性も、なぜミューズがそう思うかもエレノアには分からないがロロベリアの気持ちも考慮して、よりもロロベリアに嫉妬してとの理由の方がずっと好ましい。
「色恋沙汰には嫉妬が付きまとうものだ。私なんてお兄さまにまで嫉妬することもあるんだぞ」
自分の気持ちを優先したなら、それだけアヤトに対する想いを大切にしている証拠。親友の恋を応援しているエレノアとしては喜ばしく、むしろその程度で軽蔑されると不安がられる方が心外だ。
「今の不安は失礼でしたね。ありがとうございます……エレノア」
精霊力の輝きを確認しなくともエレノアの気持ちを察したミューズは批判を素直に受けれ、心強い親友の存在に感謝しつつ。
「わたしもあなたの恋を応援していますよ」
「……私たちがこのような話をする日が来るとはな」
「以前では考えられませんでしたが楽しいですね」
「少々気恥ずかしくはあるが、悪くない」
公国行きを前に心置きなくエレノアとの時間を楽しんだ。
予想されていたかもですがミューズとロロも公国行き決定です。
またミューズがロロの同行を願った真意ですが複雑な心情ですね。それだけミューズにとってロロの存在は大きいと思います。
ですが博愛主義のミューズがアヤトがロロを誘うのを見たくない、という嫉妬から申し出たのはそれだけ自分の気持ちを大切にしているからこそ。
そしてロロというライバルにも引かずに頑張れるのもエレノアという存在は大きいでしょう。
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