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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十三章 叶わぬ夢を花束に編
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序章 ある日の願い

第四部&新章開始!

アクセスありがとうございます!



 新年を告げる鐘の音が鳴り止んで少し――


「眠ったわね」


 両腕を枕にテーブルで眠る息子の頭を撫でつつワカバは微笑む。

 今日は商店や料理の手伝いで忙しく昼寝をせず、慣れない夜更かしに眠そうにしていたので仕方ない。それでも自分たちに新年の挨拶をすると懸命に起きていたが、目的を達成して気が緩んだのだろう。


「アニィ、お願いできる?」

「言われるまでもない」


 このまま寝させてあげようとアースラは息子を抱きかかえて寝室へ。その間にワカバはテーブルに並べていた料理を手早く片付けていく。


「お疲れさま」

「……珍しいな」


 戻ってきたアースラは僅かに残された料理と新たに用意されていたお酒の瓶にキョトン。自分はともかく、ワカバは好んで飲むタイプではない。


「たまには良いかなって。それとも私が相手では不服かしら」

「ワカが付き合ってくれるなら光栄だ」


 しかし新年を迎えた後に二人で飲むのも良いとアースラは差し出されるグラスにお酒を注ぐ。

 お返しにアースラのグラスにワカバがお酒を注いで準備万端。


「新しい一年に乾杯」

「なら今日の天気に乾杯」

「……ならってなんだ」


 だがグラスを合わせて妙な言葉を告げるワカバにアースラは冷ややかな視線を向ける。


「普通は新しい一年にだろ」

「普通って好きじゃないのよ。それに今ごろ誰もが新しい一年を歓迎してるもの、一人くらい今日の天気を歓迎してもいいでしょう」

「だからってどうして天気なんだ……?」


 相変わらず捻くれた言い分にアースラは呆れながらもグラスに口を付けた。


「家を任せっきりの俺が言うのもなんだが、アヤトが捻くれずに育ってくれて良かった」

「大丈夫よ。あの子も捻くれるから」

「なにが大丈夫なんだ……?」

「だってアニィと私の息子だもの。きっと私のように才能があるわ」

「そんな才能を得意げに語られてもな……」


 少なくとも息子が捻くれるのを期待する母はいないとアースラは肩を落とす。

 ただ捻くれの才能はいいとして、アヤトは髪や目の色だけでなく顔立ちもワカバに似ている。物覚えも良く教えたことは器用に熟す辺りも母親似なのだろう。


「安心なさいな。アニィに似てあの子は真っ直ぐだもの」

「……それは両立できないハズだが。なんにしても、アヤトの将来が楽しみだ」

「まだ八歳の子になにを期待しているの? 酷い父親ね、アヤトが可哀想よ」

「子の将来を楽しみにしただけで酷い親扱いされた俺が可哀想だと思う……」

「かもしれないわね」


 向けられる笑みでからかわれたと察してアースラも苦笑い。息子の前ではあまり表に出さないが、こうしたやり取りもワカバの愛情表現。

 そもそも出会った頃に比べればワカバも随分変わっている。彼女とこんなやり取りをしていると当時の自分に伝えても信じてもらえないだろう。

 またワカバとの間に子を授かり、三人で一緒に暮らす生活もきっと信じてもらえない。


「当時の私に伝えても信じてもらえないでしょうね」

「……君はどうして俺の心が読めるんだ」


 などと思い返していればワカバも同意。


「心ではなく表情を読んだのよ。あなたって分かりやすいもの」

「それは怖いな」

「だから浮気なんてダメよ。してしまえば……あらあら、可哀想なアニィ。あんな最期を迎えるなんて」

「……なにをされたのか考えるのも怖いが、するハズがない」

「でしょうね。とにかく信じてくれないでしょうけど……今という時間がとっても幸せなのは真実よ」


 本心と伝わるほど幸せそうに微笑み、ワカバはグラスに残っていたお酒を一気に飲み干す。


「アニィがいて、アヤトがいて……私がいる。普通は好きじゃないけど、こんな毎日を過ごせて幸せだなって思うわ」

「……そうか」

「だからこそ……あの子を見せてあげたいとも思うわ」


 しかしアヤトが眠る寝室に目を向けるワカバの表情には寂しさが滲んでいた。


「なんて贅沢なお話ね。反省しないと」

「反省など必要ない」


 その表情でなにを願っているのか察するだけにアースラは首を振る。


「大切なアヤトを――」

「だからアニィはしばらくお酒禁止ね」

「……なにがだからで、俺が禁酒することになったんだ?」

「贅沢なお話からよ」

「俺の考えていた贅沢とは違うんだがな……はぁ」


 またからかってきたとアースラはため息一つ。


「変わりに今夜は好きなだけ付き合ってあげるから我慢なさいな」

「あまり好きじゃないのにか」

「お酒の美味しさって未だに分からないけど、愛するアニィと過ごす時間は好きだもの」

「夫冥利に尽きるお話だ」


 ただワカバがこれ以上話題に上げたくないからこそのからかいと理解できるだけに、そのまま調子を合わせることに。


「俺も愛するワカと過ごす時間は至福だ」

「もちろんアヤトと三人で過ごす時間は?」

「幸せの極致だ」

「大正解。ご褒美に禁酒は一月にしてあげましょうか」

「それは良かった」


 共に笑い、共にお酒を注ぎあった二人は再びグラスを合わせてまた笑った。


「アヤトとも一緒に飲める日が楽しみだ」

「一緒に飲む…………さすがに望んでないわね」

「? どうした?」

「なんでも。ならその日まで禁酒にしましょうか」

「……だからならってなんだ」

「冗談よ。それまでに私も少しは美味しさを分かるようになればいいけど」

「なら今後はワカも晩酌に付き合えばいい」

「ならの真似っこ? でも、付き合うのは一月後からね」


 そして愛する息子を交えた幸せな時間を想像しつつ、二人は明け方まで今という時間を楽しんだ。


 愛する息子と永久の別れがすぐそこまで近づいているとも知らずに――



 

アヤトも知らないワカバとアースラの願いでした。

ほとんど出番がなかった二人ですが、アースラは基本ワカバに振り回されているような関係です。

また今でもアヤトが敬愛しているように、二人もアヤトを心から愛していました。

今章ではこの二人もちょいちょい登場予定です(回想ですけど)。

ちなみにワカバの願い通りアヤトくんはとっても捻くれてしまいましたが、今のアヤトを見ても『さすが私の息子ね』とワカバは胸を張り『なぜアヤトが捻くれて喜ぶ』とアースラは呆れるくらいかもです。


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