もう一人の終章 ルーツは近づく
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土精霊の周季二月。
徐々に気温が安定し始めるも夜となればまだ冷え込む時期。
帝国領のある町食堂では一日の仕事を終えた労働者が食事と一緒に酒を楽しんでいた。
「今年の王国にはとんでもない学院生がいるって訊いたか?」
そんな日常風景の中、同僚と酒を飲んでいた男が得意げに切り出した。
「持たぬ者で序列入りしたって奴か。それってデマかなにかだろ」
男の問いで察した同僚は眉根を潜めて首を振る。
実力主義を謳う帝国では強者ならば自国関係なく噂のネタになる。特に去年の親善試合から王国の最強精霊術士ラタニ=アーメリや王国代表の情報には敏感な者が多い。
ただ敏感でも他国の情報が平民に広まるまで時間差がある。帝都ならまだしも地方の町では尚更その傾向があった。
それでもマイレーヌ学院の序列保持者に初の持たぬ者が就いたという情報は別。帝国のみならず教国や公国にも衝撃的な情報として広まっていた。
まあ衝撃的が故に信じられないと流す者も多く、去年も親善試合の代表に持たぬ者が選ばれたと騒がれたのは一時的。すぐさま王国の作戦か、何かの間違いとして沈静化している。
なんせ噂されている持たぬ者は親善試合に出場することなく、実際に戦った記録は王国のマイレーヌ学院のみ。序列入りの情報も同じような流れだった。
「それがどうもデマじゃないようだぜ。なんせあのラタニ=アーメリの弟子らしいからな」
「ラタニ=アーメリか……風格あったよな。なんていうか別格、ってのが俺にも感じられた」
故に男は得意げに語るも、同僚は興味無しと話題を変える。
この二人は親善試合こそ観覧できなかったが王国代表が到着した港までわざわざ足を運んでいる。目的は他国にも広まる王国最強を一目見る為で、当時を思い出した同僚はしみじみと呟く。
見目の美しさのみならず気品ある所作、なにより素人目でも分かる風格に圧倒された。
また親善試合中で行ったラタニの演説から帝国内では人気が高まり、同僚もその一人だった。
ただ同僚の反応が面白くないのか男は酒をあおり、ならばと新たな話題を持ち出す。
「ラタニ=アーメリと言えば、今年の序列一位だろ」
「精霊力の扱いで嘘みたいな噂は俺の耳にも入ってたけど……それこそデマじゃないのか」
ラタニのファンなだけに食いついたがやはり否定的。持たぬ者の序列入りに埋もれてはいるも、王国の新序列一位についての情報は同僚も耳にしている。
親善試合後に王国から情報共有として発表された精霊力で象る剣や新解放の部分集約、どちらもその序列一位が編み出した精霊力の新たな技能らしい。しかしどちらの技能も異例過ぎる余り信憑性は微妙なところ。
この技能をラタニが編み出したならまだしも、学院生となればより疑問視されるので同僚の疑いも無理はない。
「これは間違いない。ラタニ=アーメリの後継者になれる天才って期待されてるほどだってよ。とにかく制御力はラタニ=アーメリに匹敵する才らしい」
それでも男は身振り手振りで力説。まあアルコールと自身の情報通をひけらかしたい一心で誇張はしているが、熱心に語る男に根負けしたのか同僚は深く息を吐いた。
「去年の親善試合も帝国が全敗するとは考えもしなかったけど……そんな子が居るなら仕方ないのか」
「いや、俺が聞いた話じゃその子は親善試合には出場していないらしいぜ」
ようやく聞き入れたと満足げに男は更にひけらかす。
「まあ代表として帝国に来てみたいだけど……お前も港で見たろ。珍しい髪色したべっぴんさんだ」
「そういや居たな……。疑惑の持たぬ者も黒髪黒目で珍しかったが、乳白色の髪をした子か」
その情報に同僚も思い出す。
ラタニの印象が強く残っているも、黒髪黒目以上に珍しい乳白色の髪をした学院生。太陽の光を浴びてキラキラと輝く透き通った美しい髪もやはり印象に残っている。
「確か名前は――」
「ちょっと良いかしら」
記憶を辿っていると不意にかけられる声。
視線を向ければ自分たちを見下ろすよう白いローブ姿の人物が立っていた。
フードを深く被っているので顔はよく確認できないが、声質や小柄な体格から若い女性なのは分かる。
ただ日も暮れた時間帯に、男ばかりが集まる食堂に若い女性が一人で居るのは常連だからこそ違和感があった。
加えて女性から精霊力が感じられないなら持たぬ者、余りに無用心すぎる。
「今のお話、アタシにも詳しく聞かせてくれませんか」
などと呆れる中、他所にローブの女性は要件を告げた。
どうやら自分たちの会話に興味を示したようで話に混ざりたいらしい。しかし取り立てて珍しい話題でもないのになぜ興味を示すのか。
違和感を更に募らせる同僚だったが、自身の情報に食いついたことで男は機嫌を良くしたのかにやりと笑う。
「……なんならお話以外もゆっくりと楽しむかい?」
「おい」
「気乗りしないなら俺だけでもいいんだぜ」
その笑みから情報とは別の機嫌を良くしたと同僚は窘めるも、男は下品な笑いを隠そうともしない。
「なあ? お嬢ちゃん、店を変えて俺とゆっくりお話ししようぜ」
「別に構いません。お話さえ訊ければ」
世間知らずなのか、悪意に鈍感なのか女性はあっさり騙されてしまい、気を良くした男はテーブルに同僚の分まで金を置いて立ち上がる。
「じゃあ行こうか」
「はい」
女性を止めるべきか迷う間にそのまま男と共に食堂を後に。
残された同僚はせめて酷い思いをしないよう願いながら酒をあおった。
しかし数分後――
「あが……あ……」
同僚の心配とは裏腹に路地裏で男は瀕死の状態で倒れていた。
「では、ご機嫌よう」
男を見下ろすローブの女性は何事も無かったよう、挨拶を残して立ち去ってしまう。
その所作は強引に迫ってきた男を数秒で返り討ちにした女性とは思えないほど優美なもの。
「ほんっっっとうにイヤ!」
……だったが、町外れまで移動した女性は地団駄を踏む。
「これだから……ああもう! せっかくソレっぽい情報が聞けると思ったのに!」
更にフード越しに頭をかき、子どものような癇癪を起こす。
男がなにを求めているかは察した上で、わざわざ付き合ったのにろくな情報も得られず終いなのが悔しいと口調も荒くなる。
「……もしその子が本当に……でも辻褄が合わないし……そもそも精霊術士? どういうこと……?」
かと思えば先ほど食堂で耳にした情報を元にブツブツと考察を始め、首を傾げた拍子にずれていたフードが完全に取れてしまった。
「ただ髪の色がどうしても引っかかる……」
そう口にする女性の髪色はエメラルドのように澄んだ翠色で、年頃は少女と呼べるほど幼い顔立ちをしている。
「もう少し情報を集めてみようかしら……なによりアテもないし」
だが結論を出すなり髪色と同じ翠色の瞳で月を見上げる表情は年頃の少女とは思えないほど哀愁を帯びていた。
「アナタさまの御子は……必ずアタシが御守りします」
また月に向かって誓う声音も、決死の覚悟が感じられて。
「……ローゼアさま」
呟く名前には万感の想いが込められていた。
あの問題でした……ですが、敢えて触れません。
そしてこれにて第十二章も終了となります。
同時に第十章から第十二章+外伝も含めて学院の問題をメインにした第三部も終了。
もちろん学院改革はまだ半ば、今後も学院のお話はありますが次章からの第四部は主要人物のルーツに関わる内容をメインに、本作のストーリーが進んでいきます。
その第一弾が主人公の一人アヤトくん。母が公国の貴族令嬢という情報からどんな展開が待っているのか……ですが、次回からはお約束のオマケを更新予定。
第十三章を前に十二章内や終章までのあんな内容やこんな内容をお楽しみに!
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