居場所
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レクリエーション終了後――
「ではみなさん、お疲れさまでした」
「後始末は自分たちに任せて休むです」
「お願い……と言いたいけど、さすがにね」
「俺たちだけ何にもしてないからなぁ」
責任者として最後まで業務があるレガートとシエンをランとディーンは手伝うことに。
なんせエレノアは学院生に向けた演説やアヤトの説得(結果は別として)を任され、イルビナは学院代表としてレクリエーションに協力している。代わりに通常業務を多めに受け持ったとはいえ、同じ学院生会として後片付けくらいは協力するらしい。
「お疲れです」
「お疲れっす」
ニコレスカ姉弟は控え室に戻っていくロロベリアに合流しようと移動を開始。
「イルビナさま、私たちも行きませんか」
「ロロベリアに会いたい?」
「それもありますがユースさんに少しお話がありまして……できればご一緒して頂けないかと」
「ユースに?」
「ダメでしょうか……」
「構わない。じゃあ行く」
なし崩しに来賓席で観戦していたレイティに頼まれてイルビナも二人の後を追った。
「リオンダート、付き合ってくれ」
「ん? ああ、もちろん構わないよ」
序列内で最も出遅れているだけに、ロロベリアの成長を目の当たりにしたジュードの気持ちを察したルイは訓練に付き合うべく訓練区へ。
「わたしたちもロロベリアさんの元へ行きますか」
「……私は少し用がある」
「そうですか。ではお先に」
気を利かせてくれたのか、なにも訊かず席を立つミューズに感謝しつつエレノアはしばし閑散としていく観覧席を眺めていた。
精霊力の輝きで感情を読み取れるミューズは妙に感じていただろう。
レクリエーションは成功と言ってもいい成果を上げた。しかしエレノアにとって憂いの残る結果でもある。
公の場でアヤトの実力について言及し、これまでの学院生活を持ち出して強引に学院生の目標にする形に治めた。
既にアヤトの実力は他国にも広まっている。半信半疑で捉えられているが、王国を第一に考えればアヤトの提案した筋書きの方が確実に隠蔽できると理解しても、やはりエレノアは選べなかった。
もちろんこの選択に後悔はない。民を守るのが王族ならアヤトも含めて守るべき。
王国の罪を、しかも被害者に背負わせるくらいなら多少のリスクは覚悟の上。
ただ今回の一件はエレノアに色々と考えさせられた。
「なーに黄昏れてんだい?」
全ての学院生、講師が観覧席から立ち去り一人残っていたエレノアにかけられる声。
声よりも来るだろうと予想していただけにエレノアは立ち上がって出迎えた。
「お疲れさまです、先生。審判を務めていただき、ありがとうございました」
「どういたしましてん。どっこいしょっと」
労いと感謝に手を振りラタニは隣の席に腰掛けるので、エレノアも再び腰を下ろした。
「んで、こんなところで一人黄昏れてなにしてんだい? お祭りの余韻に浸るにしても哀愁漂ってたよん」
「先生はいつ、気づかれましたか」
ケラケラと笑うラタニに率直な質問。
多少行き過ぎた行動はあれどラタニはこちらの思惑を汲み取り、審判として理想の流れを作ってくれた。
精霊術の扱いに注目されがちだが、ラタニは頭脳派でもある。故に他の講師ではなくラタニに頼んだわけで。
「レイちゃんについてはぶっちゃけイルちゃんとのケンカ中かにゃー。ファルちゃんは前から違和感あったくらい。んで、ロロちゃんの様子からこりゃ全部ひっくるめて解決狙ってるんだろって感じか」
「それだけですか?」
更に促せばラタニはため息一つ。
「アヤトを庇ってくれたのはお膳立てしてくれたお礼かい?」
やはりお見通しだったとエレノアは苦笑を漏らす。
情けない話だがレイティやファルシアン、イルビナの抱えていた苦悩に気づくことも、ロロベリアの意識改善も含めた学院の問題解決はエレノアを含めた学院生会では不可能だった。そして最後の演説で敢えてアヤトの実力に言及したことから、レクリエーションの功労者が誰なのかラタニなら感づく。
故にここで待っていればラタニから来てくれると予想していた。庇うと口にしたなら、ラタニもレクリエーションの内容からある程度アヤトがなにを考えていたのか察していたのだろう。
なんせアヤトにとって一番の理解者であり保護者でもある。
「……カルヴァシアの筋書きは酷いものでした」
「だろうねん。あの子は自分の不利益だろうと、それが自分勝手だって言い張っちゃうお人好しだ」
「それでもカルヴァシアの意思を尊重しますか」
「それがあの子の意思ならね。そもそも、あの子に青春して欲しいってのはあたしの勝手な願いだ。それをどうするかもあの子の勝手」
「先生ならそう言うと思いました」
ブレないラタニに苦笑を漏らし、エレノアは小さく息を吐いた。
「お礼……というよりも罪滅ぼしでしょうか」
アヤトが自身の強さをどう捉えているか。
自己犠牲すらも自分の勝手だと言い張り王国の安寧を優先する思い。
そういった気持ちを深く考えようともせず、これまでアヤトと関わってきた自分は何と浅はかだったか痛感した。
副作用で手に入れた常人を超える能力があるアヤトを本来の持たぬ者の括りに入れるのは違う。しかし地獄のような日々を耐え抜いたのは本人の強さがあってこそ。
なら持たぬ者関係なく人としての強さを誇ればいいのにアヤトは否定する。そして事情を知らない多くの者はアヤトの強さを否定する。
それをより感じたのはイルビナの強さが認められた瞬間。レイティと互角に渡り合ったイルビナを同じ持たぬ者は希望として、持つ者は常識を覆した彼女の強さを認めて拍手で称えた。
だがアヤトの時は違う。異質な強さを目の当たりにして受け入れきれず、称えるどころか否定する。同じ持たぬ者も希望として捉えている反面、自分たちと違いすぎてどこか一線を引いてしまう。普段の行いと言ってしまえばそれまでだが、その強さを手に入れるまでの経緯、王国の罪を隠し通す為にアヤトは深く関われない立場を強いられている。
そういった事情を知らないからこそ異質すぎると認められない二人の評価が皮肉でならない。
加えて被害者にも関わらず不自由な日々を強いられても尚、アヤトはその強さを王国の為に、誰かの為に振るう。
多大な功績を残しても称えられない。
多くの笑顔を守ろうと認められない。
事情を知るほんの一部からの称賛も、自分の為だと言い張ってしまう。
確かに本人は称えられることも、認められることも望んでいないのかもしれない。それでもアヤトの功績、守り抜いた多くの笑顔はもっと認められるべき尊いものだ。
だが、それが許されないのは王国の罪が関わっているからこそ。
本来王族が担わなければならない罪なのにアヤトは協力してくれる。自分の意思だと人知れず、陰ながら守ってくれる。
故にエレノアは公の場で認めた。どのような形でもいい、アヤトの強さを否定しないで欲しいと。
王族として、せめてもの罪滅ぼしに。
そしていつか――
「……いつかカルヴァシアにみなとの時間を憂いなく過ごして欲しい。できれば秘匿にされている功績も知ってもらいたい」
「みんなとの楽しい時間はまだしも、んなのあの子は望まんよ」
「私が勝手に望んでいるだけです」
この願いが自己満足だろうとエレノアは諦めるつもりはない。
それが今までアヤトの優しさに甘えてきた王族の償いとエレノアは立ち上がり、ラタニに深く頭を下げた。
「先生……ありがとうございます」
もしラタニが居なければ、アヤトに出会ってくれなければ恐らく今という日々はない。
それほどアヤトにとってラタニという存在は大きい。
「先生がカルヴァシアの居場所になってくれて……本当に良かった」
故に今までアヤトを見守ってくれたラタニに感謝を伝えたかった。
「今はあたし以外の子も居場所になってるけどねん」
「ですが先生が無理矢理にでもカルヴァシアを学院に呼んだから、できた居場所です」
「ロロちゃんのことん?」
「私としてはミューズを応援してますが……先生はダメでしょうか」
「ダメっていうかアヤト次第? あの子が決めたならあたしは喜んでお姉ちゃんするよ。だからエレちゃんでもオッケー」
「……私は遠慮します」
「だろうねん。でもま、別にお嫁さんが居場所でもなかろうに。お友だちでも悪友でもケンカ友だちでもなんでもいい。とにかくあの子と一緒に青春してくれる子なら大歓迎だ!」
及び腰なエレノアに意味もなく拳を突き上げラタニも席を立った。
「てなわけで、お嫁さんにならなくても良いから今後もあの子と仲良くしてちょ。捻くれもんで口悪いの我慢してねん」
「もう慣れました」
「そりゃ安心。んじゃ、お話も終わったなら黄昏れるのも終いにしてそろそろみんなの所に行きんさいな」
「……ですね。話を聞いてくれてありがとうございました」
「感謝されまくりだにゃー」
ケラケラと笑うラタニを残し、エレノアは先に来賓席を後にした。
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「……居場所ねぇ」
エレノアの姿が見えなくなるなりラタニはしみじみと呟く。
ラタニこそエレノアに感謝する立場だ。
アヤトとなにを話したかまでは分からないがある程度の予想はできる。
恐らく王国の罪が明るみに出る可能性を潰す為に、自ら犠牲になる方法を提案したのだろう。
レグリスに一人でも多くこの国で生まれ、暮らして良かったと笑えるような国王になれと望んだなら、自分も可能な限り手を貸すのが筋と実行に移すのがアヤト。
王国の罪が明るみになり、混乱させるくらいなら効率的な対処を選ぶ。例えそれが自身を貶める結果になろうと構わず実行に移してしまう。
しかしエレノアは拒絶してくれた。
リスクを承知でアヤトの居場所を残す形で上手く対処してくれた。
故にエレノアだけでなく、他の面々も真っ当な形でアヤトの居場所になってくれてラタニは感謝せずにはいられない。
対する自分は最低最悪な約束で縛っているだけ。
「ほんとクズだねぇ……あたしは」
なのに最後までアヤトに望んでしまう自分を心底軽蔑する。
アヤトの真意、置かれている立場を改めて考えたエレノアの願いや王族としての決意。
そして最初からアヤトの居場所として、見守ってくれているラタニへの感謝でした。
そんなラタニさんのアヤトと交わした約束について今は触れず、次回で終章。
最後まで今章をお楽しみに!
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