独断に込められた願い
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「閉会宣言の前に私からみなに伝えたいことがある」
ロロベリアとファルシアンの健闘を称える拍手が送られる中、精霊器で拡張されたエレノアの声が闘技場内に響いた。
その声に観覧席にいる学院生や講師陣も拍手を止めて来賓席に注目。またフィールドに居るロロベリアやファルシアン、ラタニも来賓席を見上げた。
静まり返る闘技場内を見回したエレノアはため息一つ。
「レクリエーションの責任者は仕官クラス代表レガート=フィン=エンフォード、精霊学クラス代表シエン=ローエンに一任しているが、私も学院代表を推薦した者としての責務を果たそうとしているだけだ。気楽に聞いてくれて構わない」
王族としての発言と捉えたのか、漂う緊張感を察して自ら率先するよう肩の力を抜いてみせた。
今のエレノアは序列保持者の一人として言葉を投げかけている。だからと言って気楽な姿勢にならないが僅かでも空気が緩んだのは確か。
「代表選考を問われた際、私は学院生の模範となる代表にロロベリア=リーズベルト、イルビナ=フィン=シーファンスが相応しいと告げ、まず各々で感じ取って欲しいと理由を伏せた。両名の雄志にみなの心にも充分伝わっただろうが、敢えて伝えておきたい」
自身の気持ちがより伝わりやすく聴衆側の体勢を整えたところで、改めてエレノアは語りかける。
「まずイルビナ=フィン=シーファンスは、やはり精霊力を持つ者と対等に渡り合えるのは精霊力を持つ者のみ、という常識を覆した点だ。敗北こそしたが、彼女は持たぬ者でありながら新入生代表のレイティ=フィン=アランドロスと対等に渡り合った。両名の激戦に奮い立った者も多いだろう」
一度言葉を句切り、騎士クラスが集う観覧席に目を向けた。
「特に騎士クラスのみなはそうではないか? 並大抵の努力では覆せない常識、しかし決して不可能ではない。あの雄志に勇気を、希望を与えてもらったのなら今一度、イルビナ=フィン=シーファンスを拍手で称えて欲しい」
同じ来賓席に居るイルビナに手を伸ばすと騎士クラスから盛大な拍手が送られた。
「良かったですね、イルビナさま」
「照れる」
無表情ながらイルビナも気恥ずかしげに手を上げ応えれば更に大きくなり、釣られるように他の学院生らも拍手で称えた。
「またロロベリア=リーズベルトだが、彼女は我が学院の誇る序列一位。学院生の模範となれば他に居ないだろう」
拍手が鳴り止むに合わせロロベリアの理由を語る。
在り来たりでも誰もが納得できる推薦理由。それでもエレノアは勘違いさせないよう続けた。
「しかし序列一位だから相応しいのではない。ロロベリア=リーズベルトは今まで常識を越えた技能で私たちを驚かせてきた。先の一戦も、王国最強の精霊術士ラタニ=アーメリが編み出した技能を身に付け再び私たちを驚かせた」
序列一位は学院生の模範となる存在。だが強いだけでは模範とならない。
学院の頂点に立とうと変わらず謙虚に強さを求める姿勢。必要ならば些細な挑戦だろうと続けるからこそ、ロロベリアという序列一位は学院生の模範になるのだ。
「序列一位の座について尚、傲らず高みを目指すその向上心を私は尊敬してならない。故に私は今回も彼女から学ばせてもらった」
エレノアに共感するよう、今度は自然と拍手が鳴り響く。
「私も尊敬しています」
「……どうもです」
もちろんファルシアンも拍手で称えるが、イルビナと違いロロベリアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
威厳を感じられない反応に観覧席から笑いが起こるも、今までとは違う親しみ在る序列一位として誰もが認めていた。
「そして両者に共通するのは、諦めず才能を超える努力が出来る者だと私は思う」
同じく拍手が収まるのに合わせ、今度はエレノアの見解を語り始める。
「イルビナ=フィン=シーファンスは精霊力という才能を超える努力、ロロベリア=リーズベルトは己の才能を超える努力を諦めなかった」
才能ある者を超える、己の才能を超えるとの違いはあるが、共に己の限界を超える努力を諦めないからこそ常識を覆したと。
「言うのは簡単だ。私も今こうしてみなに伝えているが……両者のような努力をしているかと言えば情けないが首を振るしかない。しかし両者がまさに模範を示したからこそ、私も情けないままでは終われないと奮い立った。今後は両者以上の努力を重ね、己の限界を超える気概を持てた」
自身の弱さを受け入れ、これまでの努力を振り返りつつ。
それでも後悔で立ち止まるのではなくイルビナを、ロロベリアを模範としてまずは自身が改めると伝えて。
「故にみなも同じような気持ちで今後の学院生活を送って欲しい。持たぬ者は精霊力という才能がないから諦めるのではなく、精霊力という才能がなくても己の努力次第では超えられる。持つ者は精霊力という才能に傲ることなく、努力を怠らなければ更なる高みを見ることができる」
ここからは学院の未来を思う生会長として、今回のレクリエーションで学んだものを胸に歩んで欲しいと。
「仕官クラス、精霊学クラスのみなも同じだ。これから周囲の才能と比較して、また己の限界を感じて挫折することはある。だが才能から逃げずに向き合い、諦めずに努力を続ければ才能以上の何かを成し遂げられるはずだ」
また両者が示した模範は強さに限らず、人として成長する過程で必要だと仕官クラスや精霊学クラスの集う観覧席に向けて語りかけた上で、拳を自らの胸にドンと当てた。
「むろん私もこれからの行動で示そう。口先だけでなく、エレノア=フィン=ファンネルとして自身が、周囲が誇れる私になるとここに誓う」
その仕草が、言葉がエレノア自身が模範になるとの覚悟を表しているようで。
「だからみなもイルビナ=フィン=シーファンスが示したように、ロロベリア=リーズベルトが示したように。己の可能性を信じて一歩ずつでも良い、疲れたら休めば良い。しかし諦めずに挑戦を続ける大切さを忘れないで欲しい」
最後はここに居る全ての者の成長を願い微笑みかけた。
エレノアの願いに感銘を受けたのか、三度拍手が鳴り響く。中には感涙する者まで居るほどで。
その拍手に、学院生が向ける表情にエレノアは闘技場内を見回す。
先輩たちが積み重ねてきた努力が、願いが報われる兆しを感じた。
故にレクリエーションは成功と言えるだろう。
しかしまだ終われない。
「最後に……こちらも敢えて伝えておく」
突然の発言に静聴する中、エレノアは意を決して語りかける。
「学院を代表する強者なら私はロロベリア=リーズベルト、アヤト=カルヴァシアを選出したと告げた。なぜならアヤト=カルヴァシアもイルビナ=フィン=シーファンスと同じく才能を超える努力をしたからだ」
レクリエーションの切っ掛けとなった問題にエレノアは自ら触れた。
「みなも知っているだろうが、アヤト=カルヴァシアは序列こそ十位でも私を含めてここに居る他の序列保持者、フィールドに居るロロベリア=リーズベルトをも打ち倒している」
選考戦の結果は既に広まっているも、今まで沈黙していた序列保持者が、生会長のエレノアが沈黙を破ったことで少なからず動揺が走る。
「選考戦で他の対戦者に対して棄権をしたからこその序列十位だが……真の学院最強はアヤト=カルヴァシアと認めるしかない」
更に続く発言に観覧席が騒然となった。
学院最強の序列一位にこそ相応しい称号。にも関わらずエレノアはロロベリアではなくアヤトだと断言したのだ。
来賓席に居る面々やフィールドに居るロロベリアも驚いている様子から、エレノアは独断で発言している。唯一アヤトは平然としていたが、どことなく呆れているようで。
「ラタニ=アーメリが見出した才能に加えて、我々では想像も許されないほどの努力を重ねたからこそ、我々の常識すら通用しない強者。それがアヤト=カルヴァシアだ」
そんな状況下でも構わず私感を述べていたエレノアは不意に肩を竦める。
「しかし私は強者と認めても、学院生の模範となる強者とは認めなかった。その理由は簡単だ、みなに彼を模範されては秩序が乱れる」
やれやれと首を振る仕草に闘技場内に漂っていた妙な緊張感が解れ。
「それは生会長としても、王族の一人としても困る。何故かは言うまでもないだろう……新入生には知らない者もいるだろうがな。敢えて付け加えるなら彼が学院に訪れてから色々と問題もあった、それでも多少行き過ぎた発言があろうと本人が率先して起こした問題は一度もない。だからこそ講師陣も学院生会も序列の座を認めている」
一部の学院生はばつが悪そうに目を伏せ、アヤトを噂でしか知らない新入生は怪訝そうに、それなりにでも知る者からは納得の表情と様々な反応。
また正義感が強いからこそ、この問題を無視したまま終われないと察したのかエレノアの独断を認めこそすれ、せめて事前に話して欲しかったと序列保持者や学院生会からため息が漏れた。
周囲から漏れるため息に視線で謝罪を送ったエレノアは改めて闘技場内を見回し言葉を紡ぐ。
「故に私は強者としては認めても、模範とは認めなかったが……その強さは本物だ」
問題視されているアヤトの実力は間違いなく本物だと。
「学院生会の要望に添わなかったのでレクリエーションの代表は見送ったが、現在学院に広まっている疑惑を解消する為なら、次回の入れ替え戦の事前チェックを今回同様サクラ=ラグズ=エヴリストにお願いしても構わないと本人も言っている」
疑惑の解消が必要なら再び厳しいチェックを受けさせると。
「強いから許さなくてもいい、無理に受け入れなくてもいい。だがアヤト=カルヴァシアの常識を覆した軌跡だけは否定しないで欲しい。むろん私たちも敗北したままで終わるつもりはない」
故に振る舞いに不満を覚え、批判しても、努力の果てに手に入れた強さを不正を並べて否定しないよう訴えた上で力強く宣言。
この宣言はエレノアの独断ではなく、他の序列保持者の総意でもあるとフィールドにいるロロベリアが、来賓席にいる他の面々も一斉にアヤトを見据えた。
「選考戦のカリは必ず返す」
「そりゃどうも」
対するアヤトは相変わらずの態度でエレノアの挑発を一蹴。
「ま、やれるもんならやってみろ」
「みなもアヤト=カルヴァシアの序列入りに不満があるなら、実力で序列の座から引きずり下ろせばいい」
むしろ挑発で返されても構わずエレノアは観覧席をもり立てる。
強さを認めた上で、これからは貶めるのではなく。
挑発されても尚、不敵な態度を改めないアヤトに実力で見返してやろうと。
「ただ他者を貶めるよりも尊い志であり、己を誇れる軌跡だと思わないか?」
オオオオォォ――ッ
自分たちに続けと煽られた観覧席から賛同する歓声が沸き起こった。
◇
「エレノアらしいと言えばらしいけど……事前に教えて欲しかったわ」
観覧席の盛り上がりを何とか沈めた後、シエンがレクリエーションの閉会宣言をする中、ランが代表して不平を漏らしていたりする。
「でもカルヴァシアの問題を放っておくのも違うしな。上手く纏まったなら良いだろ」
「わたしとしてはアヤトさまが勘違いされないよう配慮して欲しくありますが……」
「別に勘違いでもないでしょ。もちあたしも何だかんだでアヤトが良い奴なのは認めてるけど、それとこれとは別というか」
「師匠の自業自得」
「まずはエレノアさまに対する態度を改めねば話にならん」
「……イルビナさまはどう思われますか」
「意地悪だけど良い人」
「たく……」
そのまま盛り上がる面々を他所に席を立つアヤトだったが、役目を終えて休むエレノアを見据えた。
「なんとも甘い王女さまだ」
「これが私の在り方だ。そもそも好きにしろと言ったのはお前だろう」
「違いない」
批判を苦笑で受け入れたアヤトはそのまま来賓席を立ち去ってしまう。
「……なんの話?」
その背を見送りつつ問うランに向けてエレノアはため息一つ。
「私の独断が気に入らなかったのだろう」
アヤトの序列入りから始まったレクリエーションは学院代表二人の示し、エレノアの演説によって狙い通りの形で一先ず終了。
ですがエレノアの独断には学院生の意識改革や先輩たちの思いとは別の、ある願いが込められていました。
エレノアの願いや、レクリエーションの裏でアヤトが何をしていたのかも含めて次回から明かされます。
また今章も残り僅か、最後までお楽しみに!
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