無自覚な強さ
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「むしろ嬉しいかな」
周囲の期待や重圧とロロベリアがどう向き合っているのか知りたくて問いかけてみれば、返ってきたのはとても単純な感情で。
「だって期待されるのは、それだけ周囲が私の可能性を見出してるからでしょ?」
確かに相手の可能性、伸びしろを期待しているからこそ寄せるもの。
「その期待に応えた分だけ私は成長できる。なら嬉しいしやる気も出てくるもの」
そして応えれば成長に繋がるのも共感できる。現にファルシアンも昔は周囲の期待を誇らしく感じ、応え続けてきたからこそ新入生代表に選ばれた。
しかし本人の気持ちも無視した無神経な期待や重圧の押しつけに辟易して、どれだけ応えても際限なく向けられ続けて怖くなった。
故に苦悩したファルシアンは解放を望んだ。
「ですが程度を越えれば息苦しいでしょう。あなたの気持ちも知らず、周囲は勝手に向けるんですよ。序列一位だからと、ただそれだけの理由で」
自分が数代ぶりの精霊力持ちとして産まれたからとクォーリオ家が、周囲が勝手に抱いたように。
「それともあなたが望んで序列一位を座を手に入れたから仕方ないと割り切れているのですか。なら望まずして期待を、重圧を抱かされた者はどうすればいいのですか」
例え望んで序列一位になったとしても、期待は歴史の積み重ねが否応にも増幅させる。本人とは関係なく敗北を許されない重圧を抱かせるのだ。
それが望まずして寄せられる期待、抱かされた重圧なら嬉しいはずがないと。
同じように嫌気が差すはずとファルシアンは訴える。
「たしかに私は自分の意思で序列一位の座を受け継ぐ決意をしたけど……望まないのは少し違うかな」
なのに自身の立場を認めた上でロロベリアは否定した。
「だって相手が期待を向けるなら、その人は応えてきたんでしょう? でないと期待なんてしない。ならその人には応える理由があった」
「それでも程度を越えれば息苦しくなると言ったでしょう!」
冷静に述べられた持論に我慢できずファルシアンは声を荒げて再度訴えた。
ロロベリアの指摘通り、最初は周囲に向けられる期待を誇らしく感じていたのだ。故に褒められるのが嬉しくて、子どもながらに応えようと必死に鍛練を重ねてきた。
だがどれだけ学んでも、どれだけ上手くなっても満足してくれない。もっと学べる、もっと上手くなれると期待する。
精霊術士に開花した際も、同年代より保有量が多いという理由で立派な精霊術士になれると期待してきた。その期待に応えようと精霊術の扱いも必死に覚えれば、更に上を要求してきた。
そして決定的なのが去年の序列戦。
己の意思で高みを目指すその雄志を目の当たりにして。
周囲の期待に流されるまま努力してきた自分とは違う、真剣ながらも楽しそうに限界を超えようとする本物の強さにファルシアンは格の違いを痛感した。
「無神経に期待をして……背負わせて、応えても応えても満足してくれない……その人がどれほど苦しんでいるかも知らずに……っ」
なのに気楽に超えられると口にする周囲の要求に、どれだけ応えれば満足してくれるのかと初めて恐怖を抱き、誇らしかったはずの期待に追い詰められた。
その切っ掛けとなった序列保持者の一人、ロロベリアに指摘されれば癪に障るだけ。
これが逆恨みと分かっていても、込み上げる怒りをぶつけるように睨み付けるがロロベリアは気圧されることなく首を傾げていた。
「じゃあ訊くけど、その人はどうして苦しみを伝えないの?」
「伝えたら何かが変わるのですか? 勝手に押しつけてくる連中が聞く耳を持つと思いますか?」
「その考えこそ、その人の勝手じゃないかな」
取り繕うともしないファルシアンの反論にも動じず、真っ直ぐな眼差しで意見を返した。
「あなたは勝手に押しつけてるって言ったけど、その人も今の考えを勝手に押しつけてる。伝えてどう変わるかは分からない。でも確実に何かは変わる」
周囲が勝手な期待を押しつけているように、ファルシアンも勝手な結論を押しつけていると。
「弱音を吐くなって返されるかもしれないけどね。ただその人が現状を変えようとしなければそれこそ何も変わらない。どうせ逃げるなら、変える努力をしてからでも遅くはない」
今が苦しいのは周囲だけでなく、自身の諦めが原因でもあると。
なら逃げる前に、期待に応える前にもっと必死になるモノがあると。
「それに息苦しくなるのも、苦しむのも……その人が期待を向けてくれる人を大切にしているからとも思う。大切な人の期待に応えられない自分が辛くて、苦しいんじゃないかな。だから最初は望んでいたはずし、嫌々応えてきたなら思い詰めるよりも前に逃げてたと思うから」
そして苦しみも際限のない期待が怖いではなく、いつか応えられなくなる自分が怖くなっていると指摘する。
ファルシアンが思い詰めるまで逃げ出さなかったのは期待を向けてくれる両親が、使用人たちが大切に思っていたからこそだと。
「もしそうならやっぱり伝える方がいい。だってその人が一生懸命、期待に応えようとするほど大切にしている人だもの」
故に逃げる前に向き合う努力を提案してきた。
勝手な結論で逃げずに、大切な人を諦めないようにと。
今まで応えようと頑張ってきたなら、相手も苦しみを理解してくれると背中を押してくれた。
「きっと良い方向に変わる……と思う」
「…………」
……のだが、最後の最後で自信ない結論で締めくくられ、ファルシアンは冷ややかな視線を向けてしまう。
どうせなら最後まで自信を持って背中を押して欲しいと呆れる反面、何も知らないロロベリアに分かったような決めつけをされるよりは好ましく思えた。
なんせロロベリアはファルシアンの事情を知らない。それどころか今のやり取りもファルシアンの事情ではなく、あくまで仮定の話として捉えているのが表情で伝わる。
勘が鋭いのか鈍いのか判断するのは難しいが、少なくとも予想通りの人柄で。
やはり今まで出会ったことのない強さを持ち合わせているとファルシアンは改めて知ることが出来たからこそ訊きたくなった。
「もし悪い方向に変わったらどうしますか」
背中を押されるまま行動に移した結果、今以上に苦悩する事態になった時、ロロベリアはどうするのかが知りたい。
努力をしたなら逃げ出しても構わないのか。
それとも苦悩を我慢して今後も期待に応え続けるのか。
「良い方向に変わる努力をする」
しかしロロベリアは予想斜め上の結論を口にする。
加えて先ほどの結論が嘘のように、自信に満ちた表情で即答されてはファルシアンも指摘せずにはいられない。
「先ほどあなたは逃げるのは努力してからと仰ったではありませんか」
「だから努力を続けるの。大切な人とすれ違うのも、わかり合えないのも……寂しいから」
「……それは最終的に逃げない、という解になりますが」
「あ、そっか」
するとロロベリアは今さらながら自身の結論が矛盾していることに気づく。
ただこの反応でファルシアンは仮定の話だからこそ矛盾しただけで、自身の事情に置き換えればロロベリアには最初から逃げる結論がないからと悟る。
「一つ伺いますが、ロロベリア殿は今まで逃げたことはありますか?」
「あるけど?」
「……意外ですね。てっきり逃げたことがないと思っていました」
「そんなことはないから……誰でも逃げだしたくなることも、逃げたこともあるはずだし……」
なので再び知ろうとすればロロベリアは寂しげで、実感のこもった肯定からも過去に何かから逃げたのだと伝わる。
思い起こせばロロベリアはニコレスカ家の養子、詳しい事情は知らないが恐らく辛い過去を抱えているのだろう。
感情が表に出やすいからこそ、痛々しい感情が伝わり無神経な質問をしたとファルシアンは反省する。
「ただ逃げたから私は逃げるのを止めた」
しかし、そう断言するロロベリアには先ほどの寂しさも迷いもない真っ直ぐな瞳を向けた。
「あの時、もっと頑張ってれば何かが変わったかもしれない……努力すれば変えられたのに……そんな後悔をもう絶対にしたくないから」
その眼差しから伝わる感情にファルシアンは気圧されるほどで。
逃げたから逃げる辛さを知った。
後悔したから後悔する辛さを知った。
だから逃げた経験も、後悔も全て胸に刻み、それでも前を見据えて歩み続ける。
まさにファルシアンの知らない、他の誰も真似できないロロベリアの強さを見せつけられた。
「だから後悔しない為にも、あなたは挑戦をするのですね」
「失敗もたくさんしてきたけど、次は失敗しない私になればいい。何もしないまま後悔するよりも、やれることをやって失敗した方がずっと成長できるから」
「まさに負けたら自分は序列一位に相応しくなかった、それだけのこと……ですね」
しかし相応しい自分になる挑戦は諦めないと表情で語るロロベリアに、根負けしたファルシアンは小さく笑った。
◇
「……あの子、絶対に気づいてないでしょ」
「……だよな~」
ユース伝手で二人のやり取りを聞いていたランとディーンは呆れていたりする。
クォーリオ家の事情を知ればファルシアンの訴えが自身の苦悩と考えれば分かるはずなのに、ロロベリアは全く気づいてない。
「でもさすが姫ちゃんって答えっすよね」
それもロロベリアの魅力と捉えられるとユースは苦笑。
不器用なほど真っ直ぐが故に、自身の発言が相手に与える影響を無自覚だからこそ響くものがある。
現にユースやリースはその魅力に絆されたのだ。
そしてファルシアンに伝えた結論もロロベリアだからこそ説得力がある。
ニコレスカ家に引き取られてから今まで、ロロベリアは一度も諦めなかった。
目標を見据えてただ真っ直ぐ突き進んできた。
弱さを自覚しても尚、挫けずやり通して最後は必ず達成してきた。
何度も失敗を繰り返し、それでも挑戦を続けたからこそ今のロロベリアがある。
「お前もそう思うだろ」
「ま、単純さと悪足掻きにかけては間違いなく学院最強さまだからな」
相変わらず捻くれた物言いをしているが、アヤトですら認める強さ。
諦めない強さ、それがロロベリアが真価を発揮し続けた根源とも言えるだろう。
だからこそ周囲の期待から逃げようと、向き合う努力を諦めていたファルシアンに相応しい相手とアヤトも嗾けたわけで。
「だが口先だけなのも白いのだからな。さて、どうなることやら」
皮肉りながらも期待しているのが分かるだけに、他の面々も安心して最後まで見届けようとフィールドに注目。
「イルビナさま……あの人はどうしてあんなにも上から目線なのですか」
……したのだが、アヤトとの関わりが皆無なレイティが怪訝そうに指摘をすれば、イルビナはコクンと首を傾げる。
「ワタシに訊かれてもわからないけど――」
「「「アヤトだから」」」
「アヤトさんですから」
「アヤトくんだからね」
「アヤトですからね」
「「カルヴァシアだからな」」
「カルヴァシアだもんなぁ」
「師匠だから」
「アヤトさまですから」
「テメェら……俺をなんだと思ってんだ」
全員から身も蓋もない結論を口にされてアヤトは苛立ちを露わにするも自業自得。
「とにかくアヤトの今さらは諦めるとして、あっちは諦めずに動くみたいっすよ」
それはさておき、ユースが指さすようにフィールドではロロベリアとファルシアンの試合がまさに再開しようとしていた。
◇
来賓席の一幕を他所に、ファルシアンは変わらずロロベリアと向き合っていた。
「まったく……あなたも簡単に言ってくれますね」
「簡単でもないんだけど……。失敗すれば悔しいし、成功するのも困難だし……」
それでも諦めないと前を向く強さを簡単に説くだけの積み重ねがファルシアンは恐ろしいわけで。
ただロロベリアから感じていた妙な風格の正体は、その強さにあったとようやく理解できた。
どんな逆境にも耐えるのではなく、逃げるでもなく、挑戦し続けることで超える気概。
まさに序列戦で痛感した自身と序列保持者の違いを、ロロベリアはひときわ強く抱いている。
「まあ良いでしょう。色々と教えて下さり感謝を」
「どういたしまして……で、いいのかな?」
その違いを言葉だけでなく姿勢で教えてくれたロロベリアに感謝しかない。
単純でも今の苦悩から解放する為の最善の道を、心の在り方を知ったことでファルシアンは何かが変わる兆しを感じることが出来た。
大切な人から逃げず、繋がりを諦めず、互いに尊重し合えるようになれば、少しは近づけるかもしれない。
真剣ながらも楽しそうに限界を超えようとする本物の強さを秘めた序列保持者に。
目の前にいるロロベリア=リーズベルトという憧れの強者に。
周囲に流されたままの強さではない、自身で見定めた強さを前にファルシアンは高揚が抑えきれず。
「こらこら。お話が終わったならそろそろケンカ再開しないと」
自身の感情を感じ取ったのか、それとも見守っていたのか、狙っていたようにラタニが間に入ってきた。
「お客さんが暇してるよん」
「……ですね。私も再開したいと思っていたところです」
片目を瞑り微笑むラタニに、後者だと察したファルシアンは感謝と共に頷く。
初めて自身で見出した目標と競い、高め合える場を無駄にしたくない。
「あまりにも単純すぎて正直、私は怒っているのです! こうなれば何がなんでもロロベリア殿に一矢報いたくなりました!」
「どうして!?」
しかし挑むなら楽しくと敢えて煽れば、ロロベリアは意味不明と叫ぶ。
だがこれもファルシアンの本心だ。
今までの苦悩を嘘のように晴らした単純すぎて、しかし簡単に手に入れることが出来ないロロベリアの強さに悔しさを感じていた。
また単純だからこそ乗ってくる。
「おや? あなたの望んでいた本気のケンカですよ。それとも先ほどの教えは口先だけでしょうか」
「まさか」
更に煽れば予想通りロロベリアはすぐさま切り替え、挑戦者の顔つきなるが望むところだ。
ロロベリアは強い。本気で挑んでもまず敗北するだろう。
それでも諦めない強さを教わるのなら――
「いつまでも口先だけの私でいられないのよ!」
「ならば結果で導いてもらいたいですね!」
ファルシアンはこの試合で初めて勝利を渇望した。
ロロの考えは単純ですが、とても難しいものです。
最後まで何がなんでも諦めない……本当に難しい心の在り方ですね。
ただシロとして何もしなかった後悔を抱き、以降は一度も諦めず挑み続けた今があるからこそ周囲に影響を与える強さ。
まさにロロの魅力で、苦悩していたファルシアンの心にも響いたと思います。
さて、予告通り次回でロロVSファルシアンも決着。
目標となったロロに挑むファルシアンが一矢報いるのか。
それとも学院最強に相応しい自分になる挑戦をロロが達成するのか。
最後までお楽しみに!
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