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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十二章 新世代を導く改革編
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勝敗よりも大切なもの

アクセスありがとうございます!



 イルビナが新入生向けのレクリエーションの代表、延いてはレイティの対戦相手に指名されたのは実のところ序列保持者内で代表選出について話し合われる前。


 学院生会の会議では少なくとも代表の一人はアヤトにお願いする形で決まっていたのに、そのアヤトに代わって序列保持者でもない自分を推薦された。

 しかし兄の尊厳を守る為、目立った行動をしない条件で実家にマイレーヌ学院の入学を許可されたイルビナは公式戦の類いに出場できない。この条件から入れ替え戦に参加して同格以上との実践経験を積めず、実技講習でも手を抜いて目立たないよう一人で訓練を続けていた。


 またレイティに勝てる自信がない。入学試験の際も学院生会の立場を利用して会おうとしたが、見違えるほど強くなった彼女を見て会えなかったのだ。

 故にアヤトの本来の実力を知り興味を持った。同じ持たぬ者とは思えない強さを秘める彼から学べば、堂々とレイティに会える自分になれると。

 ただお願いするより先にグリードの口添えから鍛えてもらい、どんな気まぐれかリースとの訓練にも参加させてくれた。お陰で一人では出来なかった立ち合いの感覚、精霊力持ちとの実戦経験も積めて少しずつ自信は付いた。


 それでも時間が短すぎた。恐らくこのままではレイティに勝てない。

 自分が負ければレクリエーションに秘められた目的、持たぬ者が持つ者を超える実力があると知らしめることで学院に蔓延する噂を絶てない。なによりレイティは自分の弱さにがっかりするだろう。


 出場すれば実家の命令に背いたと学院を辞めさせられる。

 レクリエーションの目的も達成できない。

 レイティにはがっかりされる。

 だからイルビナは自身の事情を包み隠さず打ち明けて、出場を断ったが――


『やれやれ……これまでの扱いから卑屈になったにしても、テメェの価値を理解してなさすぎだろ』


 何故かとても呆れられてしまった。

 なにを呆れているのか分からず質問したが教えてくれず、代わりにレイティの過ごした五年間を教えてくれて。


『レイティに知って欲しい気持ちがあるんじゃねぇか』

『…………ある』

『なら周りの思惑や勝敗なんざ無視すりゃいいんだよ。ま、無視できん程度の気持ちなら辞退しても構わんぞ』


 だが違うなら、レイティと正面から向き合えと背中を押してくれた。


 だからイルビナは実家の事情よりもレイティを優先して、自分の過去をみんなに打ち明けた。リースの後押しもあってエレノアの推薦を受け入れてもらえた。

 自分を信じて代表として認めてくれたみんなには申し訳ないが、周囲にどう思われようと構わない。


 勝敗関係なくレイティに知って欲しいと向き合ったのに――



 ◇



「最後までちゃんとやろう」


 切っ先と共に向けられるイルビナの感情に呆然としていたレイティは長剣の切っ先をゆっくりと下ろした。


「……なぜ、ですか」


 洞察力に長けたイルビナは両手の緩み、表情から心情を読み取ったのだろう。

 故に否定して当然。譲られた勝利を望むような人ではないとレイティも重々承知だ。


「もし私が勝利すれば、またイルビナさまは否定されます!」


 しかし譲った勝利ではないとレイティは訴える。

 実力差は歴然、精霊力の有無が勝敗を分けただけに過ぎない。

 なら真の勝者はイルビナで、周囲に認められるのもイルビナだ。

 むしろ常識を覆したその強さはもっと褒め称えられるべき。


「同じように持たぬ者だからと……あなたの強さを否定するんです! 努力を踏みにじるんです!」


 なのに誰もイルビナの強さを認めない。しょせんは持たぬ者だと、あり得るはずがないと真実から目を反らして否定する。

 イルビナの実家のように、自分の実家のように、精霊力の有無で全ての強さを決めてしまう。

 だから認めさせると誓った。

 自分が弱いからと否定した父に、その為に求めた強さで。


「そんなもの、私は望まない……っ」


 イルビナの全てを否定させる決着などレイティは望んでいない。



 ◇



 レイティの訴えに、気持ちに。 

 今こそ本当の意味で向き合う時と、イルビナも切っ先をゆっくりと下ろした。


「否定されてもいい」


 本心を語ってくれたレイティに自分の気持ちも伝える為に。


「踏みにじられてもいい」


 勝利を譲ろうとしたレイティに怒ったのではない。

 アヤトに鍛えてもらって、リースに協力してもらってギリギリでも戦えたのに。

 最後は譲らせる決断をさせてしまった自分自身の不甲斐なさに怒りを感じただけで。


 レイティの憧れのままでいられなかった()()()()()()()()()()()()


 なにより周りの思惑や評価よりも大事なものがある。

 七年間費やした強さは報われなかった。

 父は持たぬ者として産まれたイルビナを嘆くだけだった。

 母は不正を主張して怒るだけだった。

 兄より強くなっても娘と認めてもらえなかった。

 家に居場所を無くした。


 それでもイルビナの七年間は報われたのだ。


 誰も褒めてくれなかったイルビナの七年間を。


「レイティはワタシを凄いと褒めてくれた」


 兄と同じ精霊士なのにレイティは敗北しても褒めてくれた。

 自分もあなたのように強くなりたいと憧れてくれたのだ。


「ワタシを認めてくれた。それでいい」


「……イルビナ、さま」


 たったそれだけのことだとレイティは思うだろう。

 でも両親にすら関心を向けられず、認めてもらえずひたすら求めていたイルビナにとっては特別な瞬間だった。

 誰かに褒めてもらえることが。

 誰かに認めてもらえることが。


 こんなにも嬉しくて、温かい気持ちになると教えてくれた。


 だからイルビナは両親に否定され、居場所を無くす結末を迎えても強さを求めた。

 他にやることが思いつかないとの理由で、目的もなく剣を振り続けていた時間に意味を見出せた。 

 レイティが憧れてくれるなら、いつまでも憧れを向けられる自分でありたいと。

 居場所を無くしても、関心を向けられなくても自分を見失わず。

 レイティの教えてくれた気持ちを胸に強さを求めることが出来た。


 故に伝えたい。

 五年前の邂逅からアランドロス家でレイティがどんな時間を過ごしたのか教えてもらったから。

 敗北したのは弱いからだと父に否定されたレイティは強さを求めた。

 精霊力の有無による差別意識を向けられても毅然と振る舞う強い母のように、精霊力という才能がなくても強くなれると教えてくれたイルビナの尊厳を守る為に。

 差別意識の強い周囲から孤立しようと構わず、それだけの為に努力を重ねて今では新入生代表に選ばれるまで強くなった。

 

「だからレイティにも知って欲しい」


 その為に最後までその強さを見せてほしい。

 例え惨めに敗北しようと。

 レイティの憧れでなくなろうと。

 実家の命に背いて学院を辞めさせられようと。

 自分に対する憧れを胸に強くなってくれたレイティに。

 自分のように孤独な五年間を過ごしたレイティに。


 同じ嬉しさ、温かさを知って欲しいからイルビナはここに居る。


「もちろん最後まで超えさせない」


 ただ簡単には教えない。

 憧れを抱かれた者として示し続ける。



 ◇



「ワタシだって意地がある。ふんす」


「……ふふ」


 最後まで成長を促す存在でいたいと人形のような表情のまま、抑揚のない声音で気合いを口にするイルビナにレイティは自然と笑っていた。

 それこそ五年ぶりに、心から笑えたのは短い言葉なのにイルビナの気持ちが伝わったからで。


(……ユースさんの言う通りでした)


 故にレイティはあの独り言を思い出す。


(私も……イルビナさまに勝てそうにありません)


 なら矮小な憧れの押しつけなど必要ない。

 必要なのは自分の全てを見てもらうこと。


「いきます……っ」


 それが向き合ってくれたイルビナに報いる唯一の誠意とレイティは駆けた。


 対するイルビナは残る力全てを出し切るも、レイティの思いが込められた力強い一振りをいなしきれず――


「……五年前のレイティはよわよわだった」


 宙を舞う細剣に見向きもせず、イルビナは懐かしむように呟く。

 悔いはないと数年ぶりに浮かべた笑顔で、長剣の刃を首筋に当てるレイティを真っ直ぐ見詰めたまま。


「頑張ったんだね。たくさん、たくさん頑張ったんだね」


 敗北しても尚、褒めてくれた。


「強くなったね。レイティ」


 レイティの五年間を憧れの人(イルビナ)が認めてくれた。


「あなたの……お陰です」


 初めて見せてくれたイルビナの笑顔が、気持ちが誇らしくレイティは涙を零す。

 ユースが教えてくれたように、()()()()()()()()()()()


「だから、これからも……」


 自分にとってイルビナは英雄のように格好よくて。


「私の憧れでいてください……イルビナさま」


 誰よりも強い、憧れの人だと。




レイティが教えてくれた気持ちを知ってもらう為に学院を去ることも、周囲の信頼を失って構わない覚悟でイルビナは最後まで堂々と向き合いました。

そんなイルビナだからこそレイティは憧れを抱き続けられたと思います。


そして次回は決着後の二人を改めて……なので、ロロVSファルシアンはもう少々お待ちを。




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