望まない結末
アクセスありがとうございます!
「じゃあ、あの子はイルビナと違ってあたしたちに認められてるアヤトが気に入らなかったってこと?」
「あくまで臆測ですが、アヤトさんを早く序列の座から落とそうと躍起になっていたのかもしれません」
ランの質問に苦笑を漏らしつつレガートは持論を続ける。
「不正についてはイルビナさん以上に実力のある持たぬ者が居るはずがないと……要は憧れ故の妄信でしょうね。彼女はイルビナさんと実際に立ち合っていますが、アヤトさんの実力を知りませんから」
なにより序列上位者を打ち倒して序列入り、イルビナ以上にアヤトが強いはずがないと信じ込んでいたのだろうと締めくくった。
レガートが独自に調べたアランドロス家の内情、またシーファンス家との繋がり。本人から聞いた辛い過去や、レイティがイルビナに敗北している情報。
二人の接点がイルビナの兄の為に行われた祝賀会のみなら、手合わせが行われたのはその日だろう。またその日以降にレイティの実力が飛躍的に伸び始め、今では精霊術士に開花した妹を打ち倒すまでになったらしい。
ここまでの情報を照らし合わせるとレガートの臆測にも一理ある。
「でもさ、入学試験の面接であいつに精霊力の有無に対する差別意識がある、みたいな評価を受けたってお前が言ってたよな。親父さんの方針に楯突いてたなら普通逆じゃね?」
「それにアランドロスの成長もシーファンスに敗北した悔しさが原動力になっている可能性もある。アランドロス家で唯一の持たぬ者だった母を慕っていたからといって、憧れているとも限らないだろう。なにか決め手はあるのか?」
ただ二人の繋がりが解消されてもディーンとジュードが疑問視するよう、まだ納得できない部分がある。
面接時に講師陣が感じ取ったレイティの差別意識、加えて持たぬ者に敗北した悔しさから訓練に打ち込んだ可能性も捨てきれない。
「面接時の矛盾については元よりアランドロス家に差別意識がある、という情報を鵜呑みにした無能な講師がレイティさんの頑なな態度からそう受け取ったのかもしれません。その辺りを詳しく調べず真に受けてしまい、みなさんにお伝えした私も反省すべきですが」
「……そもそも入学試験の評価を知ってるお前が不思議なんだけどな、俺は」
「そしてジュードさんの仰る決め手についてですが、こちらは私よりもアヤトさんに説明してもらう方がいいですね」
「リス、気づいているな」
ジト目を向けるディーンを無視してレガートは指名するも、なぜかアヤトはリースを逆指名。
「レイティの剣術はイルビナ先輩の剣術が元になってる」
「そうなの?」
「イルビナ先輩の剣術は王国剣術が基礎。でも基礎だけで剣筋は自己流、レイティも同じ剣筋だから分かりやすい」
もちろん完成度は別物。しかしイルビナと何度も立ち合ったリースにはレイティの剣筋から二人の剣術が似ていると判断できた。特に見取り稽古を得意とするリースならなおさらで。
「その通りだ。褒めてやろう」
「むふー」
「とまあ、リスが察したようにレイティはイルビナの真似っこだ。あれだけ見事な剣捌きなら真似するのも不思議じゃねぇ」
おざなりな褒め方でも嬉しいのか得意げに胸を張るリースもさておいて、相手の実力を読み取るレベルが異常なアヤトが気づいて当然。
「レイティさんについて調べていた時、アヤトさんの意見も伺って私も知りました。いくら素晴らしい剣術でも自分を打ち負かした相手の剣術を、差別意識のあるレイティさんが取り入れるでしょうか?」
「……むしろ屈辱だと避けるだろうね」
「私も同じ意見です。そして先ほどの情報を踏まえれば、私の臆測もあながち間違いと言えないでしょう?」
ルイの返答に満足しつつ、改めて問いかけるレガートに今度は誰も異を唱えない。
つまりレイティの矛盾した行動はイルビナに対する憧れが原因。
だからこそ察するレイティの心情もあった。
「……もしかしたらあの子、気づいてたのかな」
「気づいたってなんだよ」
首を傾げるディーンに呟くランは複雑な気持ちでフィールドで対峙する二人を見据えた。
レイティが攻め、イルビナが防ぎつつカウンターを狙う。繰り返される攻防の中で唯一違うのは開始当初右手に持っていた細剣をイルビナが左手に持ち替えたこと。
持ち替えても変わらない剣捌きからイルビナの積み重ねた鍛錬の軌跡を感じる。ただ持ち替えたのは右手が使えないからだ。
いなし続けてもレイティの剣筋、精霊士の膂力を考えれば限界が来たのだろう。またイルビナが最初からカウンター重視の戦法を取っているのは他に勝利の道筋がないと察していたのか。対するレイティは繰り返しの攻防でイルビナのカウンターに馴れてきた。
技のイルビナ、力のレイティと両者互角の戦況はもう崩れている。
このままでは遠からずイルビナが敗北する。
憧れのフロイスやアヤトを超えた時、ランもきっと誇らしいと感じる。ただ僅かな寂しさも感じるかもしれない。この複雑な感情を与えるのが憧れの存在。
ランでさえ想像でも複雑に思うならレイティは尚更だ。
どんな形だろうとイルビナよりもアヤトが周囲に認められている現状が許せなかったほどに憧れていた。超えたい気持ちよりも憧れの存在を認めさせたいと強さを求めた。
「自分はもう憧れを超えてるかもしれないって」
だからイルビナと戦うのを躊躇っていた。
憧れの強さを認めさせる為に鍛錬を続けた強さで、勝利するのをレイティは望んでいないのだ。
今回のレクリエーションで二人を対戦させたのは、精霊力を持つ者と戦える持たぬ者はアヤト以外に居ると知らしめる為。少なくとも常識を覆した持たぬ者が二人居ると知れば周囲も納得するとの狙いもあった。
だからイルビナの実力を知って代表に選んだが、仕方ないとはいえレイティの心情を鑑みると複雑で。
「強さとは勝ち負けが全てではないだろう」
「そうだけど……」
「なら最後まで見届ければいい」
それでもエレノアは揺るがず、ラン以外にも言い聞かせるように信頼の言葉を紡いだ。
「私たちも含めた学院生の模範となるイルビナの強さを」
◇
「はっ……はっ……」
十分以上続く攻防でレイティは疲労から荒い呼吸を繰り返す。
「ふー。ふー……」
対するイルビナも疲労を隠しきれず呼吸は乱れ、細剣を持ち替えた左手も既に限界が来ている。
ランが察していたようにレイティはこの状況を望んでいなかった。
憧れには憧れのままでいて欲しかった。
しかし万が一にでもイルビナを超えていたら。
そんな複雑な感情から避けていたのに、イルビナが自分との試合を望んで。
五年越しの再戦は皮肉な結果を迎えてしまう。
(なら……いっそのこと)
故にレイティの脳裏にある選択が過ぎった。
自分が精霊士でなければ実力差は歴然。
結局のところ精霊力の差で押しきっただけなら。
公衆の面前でイルビナを打ち負かすくらいなら。
イルビナの尊厳を守るためなら。
わざと敗北するのも――
「だめ」
自然と長剣を持つ両手が弱まった瞬間、初めてイルビナが攻撃に転じた。
「く――っ」
突進からの振り下ろしを反射的に長剣で防ぐレイティを追撃せずイルビナは後退。
もしイルビナが本調子なら今の速攻で敗北していた。
しかし小刻みに震える左手が示しているようにその一撃は軽く、本来の鋭さは微塵もない。
「レイティ」
なのにイルビナは細剣の切っ先を向ける。
声音は変わらず抑揚がないのに。
出会った時と同じく人形のように無表情なのに。
「最後までちゃんとやろう」
見据える瞳の奥からイルビナの怒りが感じ取れた。
憧れを超える結末を望まないレイティの頭に過ぎった結末をイルビナは拒みました。
そんな二人の五年越しの再戦は次回で決着、お楽しみに!
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!
みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!