幕間 否定された憧れ
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実のところレイティに精霊力の有無による差別意識はない。
確かに実家のアランドロス家はそういった意識がある。精霊術士、精霊士の祖父母や父、自分と同じで精霊力を持って産まれた一つ下の妹も影響を受けていた。
ただレイティが影響を受けなかったのは母の存在が大きい。
いわゆる政略結婚持で嫁いだ母は持たぬ者。アランドロス家では娘のレイティから見ても苦労していたように思える。
そして精霊士として産まれたものの、物覚えが悪くて何をやらせても上手くいかないレイティに対して、妹は武芸の才だけでなく保有量から精霊術士に開花する可能性があった。
出来の悪い長女、出来の良い次女と周囲の期待は自ずと妹に向けられる。そんなレイティをいつも母は姉妹に優劣を付けず気にかけてくれた。応援してくれた。
例え妹に差別意識を向けられても毅然と振る舞う強い人で、精霊力という才能がなくても人は強くなれるとレイティは憧れていた。加えて才能がないと父や妹に蔑まれていたことから、同じく持たぬ者として冷遇されていた母に共感していたのかもしれない。
故に母を心の拠り所として出来ないなりにレイティも一生懸命努力を重ねていたが、十歳になる目前その母が病で亡くなった。
心の拠り所を無くしたレイティに転機が訪れたのは半年後のこと。
ようやく母の死から立ち直りかけた際、古くから親交のある貴族家から招待状が届いた。
なんでも長男が名門のマイレーヌ学院に入学が決まり、祝賀会に出席して欲しいらしく父と妹の三人で出席することになった。
ただ最初の挨拶以降父に大人しくしているよう言い付けられたレイティはホールの片隅で一人過ごす寂しい時間で。
妹の自慢ばかりする父の様子を見ているのが嫌で、逃げるように窓の外を眺めていたレイティは屋敷からトコトコと遠ざかる少女を目撃した。
年頃からして少し上程度、動きやすい服装や手に持つ木剣から恐らく剣の稽古をするのだろう。ただあの少女はなぜ祝賀会に参加していないのかと訝しむも、子爵家には長男の他に長女もいると出席前に父が妹に話していたのを思い出す。
なら目撃した少女がその長女だと察するも新たな疑問が。なぜ兄の祝賀会に出席せず剣の稽古をしているのか。
しかしその長女が持たぬ者として産まれたことから、出席しないのではなくさせてもらえなかったのではないか。
亡き母の冷遇からそんな予測を立てたレイティは考えるよりも先にホールを抜け出していた。
居心地の悪い場所から逃げ出したい気持ちもあったのかもしれない。
煌びやかな場所に入れず一人寂しく稽古をしている少女を可哀想に思ったのかもしれない。
衝動に駆られるまま追いかけたレイティは、庭の片隅で木剣を振る少女を見つけて声をかけた。
『……剣の訓練をしているの?』
その問いに少女は木剣を振るのを止めて視線を向けるも、人形のような目にゾクリとした。
『だれ?』
また抑揚のない返答に気味が悪く、追いかけたことを後悔していたがレイティは踏みとどまった。
持たぬ者としての冷遇から心を閉ざしているが故の反応。それはとても辛いことで、気味の悪さよりも可哀想な気持ちが勝った。
『も、申し訳ありません。わたしはレイティ=フィン=アランドロスで……あの、あなたは?』
『イルビナ…………フィン=シーファンス』
やはり子爵家の長女だと安堵するも、家名を名乗るのに間を空けたイルビナの様子から躊躇ったのは冷遇を受けているからだと想像するに容易く。
『それでその……剣の稽古をしているんですか?』
『そう』
『お一人で?』
『ずっとそう』
なら境遇に触れない方がいいと当たり障りのない質問を投げかければ端的にでもイルビナは返してくれて。
『剣術……お好きなんですか?』
『他にやることが思いつかない』
『思いつかない……?』
首を傾げるレイティに変わらずイルビナは人形のような表情で。
『強くなっても意味がなかった。でも他にやることがないからやってるだけ』
抑揚のない声音で答えるその真意をレイティは酌み取れなかった。
ただ少なくともイルビナは祝賀会にも参加させてもらえず、いつも一人で剣の稽古をしているのは分かる。
同じ冷遇を受けても自分には亡き母が居た。
しかしイルビナには誰も居ない。
ならせめて、自分だけは――
『よろしければわたしがお相手しましょうか?』
そんな気持ちのまま提案したレイティに対し、イルビナはコクンと首を傾げ。
『その格好で?』
『……あ』
指摘されて今さらながら自分がドレス姿なのを思い出し、顔を赤くするも後には引けず。
『平気です!』
強さに自信はないが相手は持たぬ者、ドレスを汚さないように立ち回ればいい。
『……待ってて』
とにかくイルビナの孤独を少しでも癒やしたいとの思いのまま叫べば、彼女はどこかに行ってしまう。
『これ』
『……ありがとうございます』
どうやら木剣を取りに行ったようで、一本をレイティに渡してくれた。
『気をつけて』
『え? あ……はい』
そのまま向かい合うイルビナに忠告されたレイティは、加減するのを気をつけての意味だと捉えていた。
だが持たぬ者のイルビナが精霊力を感じ取れるはずもなく、レイティが精霊士と判別は出来ない。
つまり気をつけてとは、ドレスを汚さないようにとの忠告。
『…………』
『大丈夫?』
理解したのは空を見上げる自分をイルビナに見下ろされた時だった。
精霊力を解放したのに何をされたかも分からないまま持たぬ者に敗北した。
もし精霊力の有無による差別意識がレイティにあれば屈辱な出来事だっただろう。
だがレイティは違った。
精霊力という才能がなくても精霊士の自分どころか、妹よりもイルビナは確実に強い。
亡き母のようにイルビナは持たぬ者でも強い人だ。
孤独な中でも一人黙々と稽古を続けて、精霊力を持つ者よりも強いイルビナに母の面影を重ねたレイティは純粋に憧れた。
しかしその憧れを父は許さなかった。
祝賀会が終わるまでホールに戻らなかったレイティを待っていたのはドレスを汚したことでも、祝賀会を抜け出したことでもなく。
帰路の馬車内で何をしていたと父に問われ――
『この……恥さらしが!』
正直にイルビナとの時間を話したレイティの頬を父は殴りつけた。
持たぬ者が精霊士よりも強いはずがないと。
万が一本当なら、そもそもお前が持たぬ者より弱い出来損ないに過ぎないと。
もちろんレイティは異を唱えた。
自分は才能がない、弱いと認めた上で。
イルビナの強さは本物で、母のように強い人だと反論すると父は更に殴りつけた。
『アレは持たぬ者だ! 強いはずがあるか!』
挙げ句母をアレ呼ばわりで否定された。
なぜ母を否定する。
なぜイルビナの強さを認めない。
なぜ自分の言葉を聞き入れない。
持たぬ者だからと、それだけの理由で自分の憧れを許さないのか。
(……なら、認めさせる)
母の強さを持たぬ者だからとの理由で否定し。
同じ持たぬ者のイルビナの強さを認めない理由が自分の弱さだと言うのなら。
(妹よりも……父よりも強くなって認めさせてやるっ)
レイティは強さを求めた。
持たぬ者だからと認めらず強さを求めたイルビナ。
持たぬ者だからと憧れを否定されて強さを求めたレイティ。
どちらも精霊力の有無による差別意識の被害者です。
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