報われた瞬間
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少女が両親から放置されていたと自覚したのは五歳の頃。
貴族家の産まれながら習い事も最低限、作法についても寛容で自由にさせてくれた。ただ本人の意思を尊重した教育法ではない。
三歳上の兄に対する教育法、向けられる関心や期待の違いを感じ取れるようになって自覚した。
習い事を頑張っても褒めてくれない。
わがままを言っても叱ってくれない。
食事の席でも声をかけてくれない。
持たぬ者として産まれた自分に全く関心がない。
精霊力の有無による差別は帝国に比べて少なくとも、王国にもそういった価値観に囚われる者はいる。
両親共に持たぬ者だからこそ肩身の狭い思いをしたのかもしれない。
同じ境遇に産まれた少女にこそ目をかけてもいいはずなのに、貴族は見栄や箔を重視する。もちろん全ての貴族が当てはまるわけではないが、残念ながら両親は違った。むしろ劣等感からより精霊力の有無による価値観に囚われていたのかもしれない。
だから精霊力持ちとして産まれた兄に両親が後継ぎとして期待するのは必然だった。
最低限の教育を受けさせたのは親としての義務感だったのか。
邪険に扱われないだけ幸せなのかもしれない。
しかし幼い少女は割り切れなかった。
褒めてほしい。
叱ってほしい。
何でもいいから関心を向けてほしい。
自分もあなたたちの娘だと認めてほしかった。
些細な親愛を求めた結果、少女はある決意をした。
両親が兄を優先するのは精霊力を持つ者だから。
そして精霊力を持つ者を相手にできるのは精霊力を持つ者のみという理。
なら精霊力を持つ兄よりも強くなれば両親も自分に関心を向けるのではないか。
幼いが故に安直で、しかし幼いからこそ無謀な決意のまま行動に移した。
幸か不幸か自由な時間はたくさんある。また兄の為に用意されていた武芸に関する書物も多くある。最低限の習い事さえ熟せば他は好きにさせてくれた。
そう決意してから少女は行動に移した。
まず習い事に剣術を加えるようお願いして先生から基礎を学んだ。
兄とは違って実績のある先生ではなく、貴族令嬢の戯れと思われたのか熱心に教えてくれなかった。それでも何から始めて良いかも分からない状況なので基礎さえ教われば問題はない。また兄の稽古を覗き見て先生が教えてくれない基礎も学んだ。
後は自由な時間を利用してひたすら剣を振るった。
書物をむさぼり読んで自分なりに強くなる方法を模索した。
身体能力で劣る持たぬ者では持つ者の速さを捉えられないなら、捉えられるようになればいい。相手の癖、初動から次の動作に結びつく情報を観察することで補おうと書物を元に他者の観察を始めた。
逆に自分の動きを読まれないよう感情が表に出さなくなった。元々感情の機微が薄い少女が更に感情を見せなくなり、使用人らは気味悪がったが構わない。
ただそんな自分の変化に気づいてくれない両親に胸が痛んだが、兄よりも強くなれば関心を向けてくれると信じて必死に努力を重ねた。
寝る間も惜しんで身体を鍛え、剣を振り、模索し続けた努力が実を結んだのか。
それとも元々剣の才能があったのか、剣術を学んで僅か三年で先生に勝利するほど強くなった。
なのに両親は少女に関心を向けなかった。
しかし先生も持たぬ者なら仕方ないと、以降は一人で無謀な挑戦を続けた。
両親の関心が未だ向けられい悲しい気持ちを押し殺して。
周囲に敬遠されようとひたすらに。
何度手の皮がむけようと剣を振った。
頭が痛くても試行錯誤を繰り返した。
そして決意してから七年、ついに少女の決意は報われた。
同じ屋敷で暮らしていても滅多に関わろうとしない兄が、急に稽古を付けると誘ったのだ。
ただその誘いは不憫な妹に向けた優しさではない。
マイレーヌ学院の精霊騎士クラスを受験したことで周囲のレベルに劣等感を抱いた故の憂さ晴らし。
妹は四年前に剣術の先生に勝利している。しかし持たぬ者に負けるはずがないと自惚れるのは当然。
つまり少しでも自分が優れていると実感する為に妹を利用しただけ。
ただ少女にとって理由はどうでもよかった。
両親の前で兄に勝利すればきっと関心を向けてくれるようになる。
凄いと、今までよく頑張ったと褒めてくれる。
その一心で誘いを受けた結果、兄に勝利した。
兄よりも強くなる決意が報われた少女は確かに関心を向けられた。
『お前が精霊士だったらよかったのにな……』
兄を倒した少女に父が初めて向けた関心は持たぬ者として産まれた娘に対する嘆き。
確かに精霊士を超える剣術の才を持ち合わせた娘なら、精霊力を持って産まれていれば歴史に名を残す精霊騎士になれただろう。父はどこまでも精霊力の有無にしか価値観を抱けなかった。
だが父はまだ良い方で、母に至っては少女を叱責した。
『どんな理由でも持たぬ者に負けただなんて……この子が貶まれてしまうわ!』
不正を主張する母が初めて向けた関心は兄を庇うが故の娘に対する怒り。
よく頑張ったと褒めてくれず嘆く父。
危ないことをしてはダメと叱らず怒る母。
何でもいいから関心を向けてほしいとの望みは叶っても、求めていた些細な親愛は得られなかった。
挙げ句、兄の未来を案じて少女の偉業は無いものとされた。
その決定は少女の七年が否定された瞬間で。
娘と認められるどころか、シーファンス家に居場所を無くす結末を迎えた。
◇
闘技場ではイルビナとレイティの攻防が続いていた。
「――ふん!」
「…………」
レイティの攻めを優れた洞察力で先読み、無駄を削ぎ落とした最短の振りで冷静にいなす。
更に自ら動いて重心を揺さぶり作り上げた隙を衝く。
「いま」
「この……っ」
無駄を削ぎ落としたことで初動もなく、また感情が全く読み取れないからこそイルビナのカウンターは脅威。しかしレイティも身体能力を駆使してギリギリの回避。
精霊士の兄を超える為にイルビナが模索した解はアヤトと同じ。
身体能力の差を埋める洞察力と卓越した体の使い方。
ただ全て同じではない。故にルイやランが感じたようにイルビナの強さはアヤトと似て非なるもの。
とにかくレイティが攻め、イルビナが守り。
カウンターでイルビナが攻め、レイティが回避する。
同じ攻防を繰り返す二人の戦いに観覧席は飽きるどころか固唾を呑んで注目していた。
両親や兄は最後まで認めなかったが、イルビナの実力は本物と認めるしかない。
精霊力を持つ者を相手にできるのは精霊力を持つ者のみという理をイルビナも覆した。
「は……は……くっ」
「…………」
更に攻め続けるレイティと最小限の動作を繰り返すイルビナでは消耗差がある。
現に遠目からでも肩で息を繰り返すレイティに対し、イルビナは開始当初と変わらず平然としたまま。
このまま続ければ体力の消耗からレイティが敗北する可能性は高い。
つまりアヤトに続きイルビナも精霊士に勝利するのではないか。
しかし実際は違った。
「くそっ!」
観覧席から伝わる雰囲気にレイティは苛立ちを吐き捨てる。
ただ自分が劣勢と思われているからではなく、イルビナの凄さを全く理解していないからだ。
精霊士の膂力で振り抜く剣をいなし続ければ腕は痛み、疲労は蓄積する。
先読みしていようと間違えば大怪我では済まない一閃を浴びせられる恐怖。
遠目からでは気づけないが細剣を持つイルビナの手は小刻みに震え、顔から汗が滴り落ちている。
本当に追い込まれているのはイルビナの方。
それでも悟らせず、絶え続ける精神力こそイルビナの強さ。
なのに誰も理解していない。
認めていない。
なのに学院内は同じ持たぬ者で、同じ偉業を成し遂げたアヤトにばかり関心を向ける。
序列保持者は敗北しても尚、アヤトの序列入りを認めている。
(なぜアヤト=カルヴァシアばかり関心を向けられる! 認められている!)
だからレイティは許せなかった。
(私はイルビナさまに憧れを抱くのも許されなかったのに……っ)
両親に求めた関心は皮肉な形で報われて、娘と認めてもらえず居場所を無したイルビナの過去。
精霊力の有無による差別意識が生んだ悲劇でした。
そしてレイティの矛盾に関わる過去は次回で。
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