【年末SS ふたりは密かに誓う】
一昨年、昨年の大晦日同様今年もSSを更新しました。
この年末SSは、作者の作品を読んでくださっているみなさまへ一年の締めくくりのご挨拶と、感謝の気持ちとして読んで頂ければ幸いです。
アクセスありがとうございます!
一年の終わりを迎える風精霊の周季と水精霊の周季の間際。
エヴリスト帝国でも年越し祭が行われ、各地域では新年を迎える鐘を待ちつつ老若男女問わず賑やかな時間を過ごしていた。
また帝城でも皇帝を中心に官職や貴族当主などが集った年越しの祝いが行われている。もちろん有事に備えて夜通しとはいかないが、国の在り方などを確認し合う場としても有益な祝いの席。
「……なるほどのう」
そんな賑わいを見せる城下や帝城を他所にサクラは宮廷の自室で資料を眺めていた。
サクラも皇族として帝城の祝いに出席していたが、一通りの挨拶が終わるなり早々に退出。今はお約束の黒いサマードレスに白衣を纏い、エニシの用意したお茶や菓子を摘まんでいる。
官職や貴族当主が集う席なら次期皇帝候補の一人としても重要な席。しかし元より皇帝の座に最も遠いサクラにとっては研究に費やす方が有益。また変わり者の皇女としても有名なので研究優先でも誰も咎めず、むしろ国の発展に有益と黙認されていた。
故にサクラも父の皇帝に許可を貰い、研究を優先しているのだが今年は別の理由で黙認されていた。
来年は王国に留学する為の試験や準備がある上に、数日前クーデターに関与した貴族を秘密裏に摘発された際に手に入れたレヴォル=ウェッジの資料を分析、王国と共有する技術資料の作成とサクラは忙しい身。
ちなみにレヴォル=ウェッジ本体もサクラの監視下の元、完全に分解処分されている。ただレヴォル=ウェッジに使われている技術を分析すれば精霊器の更なる発展に繋がると資料のみサクラに託されていた。
開戦を望まない思想だけでなくサクラの師、ソフィアが開発した兵器を悪用するのを誰よりも望まない信頼があってこそ。
故にサクラも資料の分析が終わり次第、設計図も含め全て処分するつもりだ。しかしソフィアの残した負の遺産を少しでも活かして国の発展、民の笑顔を生もうと必死になっているのだが――
「なんとも恐ろしいものよ」
「恐ろしい……ですか」
その呟きに待機していたエニシが首を傾げるも、資料をテーブルに置いたサクラはソファにもたれ掛かり嘆くように続けた。
「新素材の作成法、精霊結界の小型化、精霊石から抽出する精霊力の効率化と読めば読むほどソフィアの才覚が恐ろしく感じてしまう。どうやら、あやつが妾に教えた知識はまだまだ基礎的なものに過ぎんようじゃ」
「……ソフィアさまはお嬢さまを試されていたのでしょうか」
精霊力の有無で差別されない帝国に変えるサクラの志や可能性からソフィアは精霊学の師となった。それでもサクラを信じ切れず、自身の知識全てを教えず密かに兵器を開発していた。
もしソフィアがサクラの全てを信じていれば、もっと違う未来もあったのか。
「かもしれん。じゃが妾は何も言えんし……もう、何も言ってやることもできん」
ただ今さらの可能性とサクラは天を仰ぐ。
最後まで信じてもらえなかった己の不甲斐なさ。
そして信じることが出来なかった帝国に対するソフィアの憎しみ。
サクラは言い表せない後悔や悲しみが募る。
ソフィアに育ててくれた感謝も、償いも、恨みを聞くことすら出来ない。例え信じ切れなくてもサクラの可能性に賭けて知識の一端を託してくれた恩師にもう出来ることはないのだ。
「妾がソフィアにしてやれることはないんじゃな……」
「……お嬢さま」
資料から伝わるソフィアの怨嗟を読み取ったからこそ心が弱り、サクラは罪の意識に嘖まれてしまう。
またエニシはかける言葉が見つからず室内が静寂に包まれるも、不意にノックの音が響いた。
「……誰じゃ?」
「なにかあったのでしょうか」
眉根を潜めるサクラに変わってエニシがドアに近づくも――
『私だ。サクラはいるか』
「は?」
「ベルーザさま……?」
ドア越しに聞こえた声にサクラはキョトン、エニシも驚きを隠せず慌てて対応。
皇族の一人としてベルーザも秘密裏に摘発された貴族や処分された兵器、またサクラが資料の分析を託されたのは知るところ。
「ベルーザさま……どうされましたか」
「夜風に当たるついでに立ち寄っただけだ。入っても構わんな」
「もちろんでございます、が……」
「なにがついでじゃ。どうせまたシスコンを拗らせただけじゃろうて」
なのでベルーザの目的を察したからこそ対応しながらも言い淀むエニシに変わり、サクラは遠慮なく指摘した。
なんせ帝城から宮廷まではついでに済ませられる距離ではない。そもそも夜風に当たるならバルコニーに出ればいいだけだ。
にも関わらずここまで足を運んだなら、祝いの席を離れ任された業務に勤しむサクラの様子を見に来たわけで。
「誰がシスコンだ! まったく……口の減らない妹め」
反論しつつもベルーザはそのままサクラの対面に着席。
ベルーザのお茶を用意する為、エニシが退室。
「資料に触れるでないぞ。まあ読んだところで兄上には理解できんじゃろうが」
「私を愚弄する気か!」
「事実を言うたまでじゃ。それとも兄上は精霊結界の基礎構造を説明できるのか?」
「く……っ! 一人寂しく部屋に閉じこもる妹を心配して来てやった兄にそのような――」
「夜風に当たるついでではなかったかのう? やはりシスコンを拗らせただけか」
「夜風に当たるついでに来てやったんだ!」
――するなり早速言い争いを始めるも、声を張り上げていたベルーザは深呼吸を一つ。
「……余り一人で抱え込むな」
「急になんじゃ」
「ソフィア=マーナクトの死をだ」
「…………っ」
予想外の励ましに虚を衝かれ目を丸くするサクラに対し、ベルーザはテーブルに置かれている資料に視線を向けながら続けた。
「お前にとって彼女は恩師だ。故に少しでも何かしてやりたいと躍起になるのも理解できる。だが彼女の憎しみ、怒り、悲しみは帝国の罪であり、私たち皇族の罪だ」
「…………」
「そして今も彼女以外の、同じ悲しみを抱く民も居るだろう。その罪全てをお前一人で背負いきれるものではない」
「…………」
「だから一人で背負うな。それと……なんだ……」
急に歯切れが悪くなりながらもベルーザは顔を上げて、未だ呆然としているサクラの目を真っ直ぐ見据えて。
「お前はそれでも背負おうと前を向き、出来ることをしようとしている。王国の留学もだが、恩師の資料を未来に役立てようと今も努力をしている。だから私も誓おう。精霊力を持つ者と持たぬ者が手を取り合い、共に笑いあえる帝国に変えると」
姿勢を正し、真摯な眼差しでサクラに誓った。
「その為にまず私とお前で模範となるようお前は王国で、私は帝国で出来ることを続けよう」
「……兄上」
「それがソフィア=マーナクトに、多くの悲しみを生んでしまった私たち皇族がしてやれるせめても贖罪だ」
違うか? と、最後は照れ隠しのようにベルーザは苦笑する。
なぜ急にこのような誓いを口にするのか、サクラも何となく察することは出来た。
少なからずソフィアと面識があったからこそ、彼女の憎しみの象徴である兵器の存在を知り同じ罪の意識に嘖まれていたのだろう。
一度はすれ違ってしまったが、ベルーザも同じ志を抱いていた。だからこそサクラの心情を理解できたのかもしれない。
そして理解したからこそ自分がその罪に押しつぶされないよう、素直な気持ちを伝えに来てくれた。その負担を少しでも担うと。
昔共に抱いた志を、節目の一年が始まる前に、更に忙しくなる前に、もう一度共に目指すと伝えに来てくれたのだ。
またエニシがいない間に伝えようと強引に切り出したのか。何とも変なところで素直じゃないベルーザらしいとサクラは笑った。
「……なにが可笑しい」
「いや……なんともらしいと思うてのう。そもそも兄上は皇帝になれるのか? 今年で随分と評価を落としてしもうたから心配じゃ」
「お前こそ王国に留学が出来るのか心配だな! 試験で落とされては皇族の恥だぞ!」
「問題ないわ。なんせ妾は天才皇女じゃからのう」
「自分で天才とかよく言えたな!」
「事実じゃから言えるんじゃよ」
そして変なところで素直じゃないサクラと似た者兄妹。ベルーザの誓いを素直に受け取らず、つい憎まれ口を零してしまった。
それでも似た者兄妹。
「兄様よ……ソフィアは許してくれるかのう」
「許されなくてもいいとは思うが……どちらにせよ、これからの俺たち次第だ」
「そうか……そうかもしれんな。なら妾は王国で」
「俺は帝国で出来ることをし続ける」
散々言い争って開き直れたのか、改めて同じ道を歩む同志として誓いを立てた。
例え別の国で努力をし続けても、二人の目指す先は同じなのだ。
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「お二人の歩む先の帝国……きっと素晴らしきものでしょう」
そんな兄妹の誓いが密かに結ばれるのをエニシは廊下で見守っていた。
用意したお茶もすっかり冷えてしまったが、もう少しだけ兄妹水入らずで過ごしてもらうならちょうど良いと。
「私も長生きをしなければなりませんな。見届けなければ死んでも死にきれませんから」
改めて煎れ直す為に再び待機室に足を向けた。
せっかく留学したのに中々出番のないサクラさまのお話でした。
ベルーザは本当に良い意味で成長していますね。ですがこの誓いを交わした後も二人は相変わらず言い争っていたり、サクラさまも周囲にシスコンと愚痴を零していたりと、変なところで素直じゃない兄妹だったりします。
ただ改めて二人が誓い交わしたのを唯一知るエニシは微笑ましく見守っているですけどね。
また澤中雅として今年の更新はこれで終了となります。
来年も面白い! 続きが楽しみだ! と思って頂ける作品になるよう更新を続けるので温かく見守って頂ければ作者はめちゃ嬉しいです。
読んでくださりありがとうございました!
それではみなさま、良いお年を!