術中の敗北
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発端は午後の実技講習でのこと。
まあ実技講習と言ってもラタニが担当すると一月は走り込みがメイン。
なので前回模擬戦を一通りさせて様子見、そして二回目の実技講習で一学生の精霊術クラスはその洗礼を受けていたりする。
「ほれほれ~。しっかり走りんさいひよっこ共よ~」
精霊術クラスから学院を代表する序列保持者になる者は精霊術に拘らず体力作りを含めた基礎訓練を怠らない。故に走れと言われれば普段から必要と自主的に行っているので当然と受け入れる。しかし基礎訓練を怠っている者は普段から最低限は必要程度の意識で行うからこそ精霊術を学ぶのに必要か疑問視する。
こうした意識の違いは精霊術にも反映される。制御力、想像力が基本の精霊術は精神面に左右されやすいからだ。
そういった基礎を無視して精霊術にのみ魅入られる者は自ずと扱いも甘くなる。現に今年の一学生で基準値に届いているのは素直に受け入れた二人のみ。
その一人、エランは多くの同級生を周回遅れにして先頭を走っていた。
入学前から父のモーエンだけでなくラタニの訓練も受けている上に、アヤトにプライドをぼっこぼこにされて以降は体術の訓練も始めたので基礎訓練は日課なので当然。
「さあみんな! この先に栄光のゴールが待っているんだ! 頑張りたまえ!」
「……くっそ」
そしてもう一人、ファルシアンも基礎訓練を怠っていないのか周回遅れの同級生を鼓舞する余裕すらあるようで、背後から聞こえる無駄にでかい声がエランを苛つかせていた。
別に自分と同等に走れるのが気に入らないわけでもない。むしろ父やラタニ、アヤトといった強者から色々と教わっている自分と同等に走れるのはファルシアンも基礎訓練を怠っていない証拠。実力に裏付けされた努力が垣間見えるのはむしろ敬意に値する。
しかしファルシアンがアヤトに決闘を申し込んだのは許せない。入学式で語ったように持たぬ者が持つ者に敵うはずがないとの理由でだ。
アヤトの実力を知るだけにファルシアンの無謀さ、持たぬ者だからこそ御しやすいとの傲りが過去の自分を見ているようで嫌気が差す。
加えてファルシアンの暴走はアヤトに迷惑をかけた。ファルシアンの行動に触発されて新たな挑戦者が現れた。
結果このままアヤトを序列保持者に就かせてもいいのか、何らかの不正で序列入り出来たのではないか等々、学院内で誹謗中傷が広まっている。
アヤトがその手の声など気にしないのはエランも良く知っている。しかし尊敬する人を見下すような態度、陥れるような噂は腹正しいもの。
その元凶こそファルシアンの暴走、エランの心証が悪くなるのも仕方がない。
それでもアヤトが無視を決め込むなら自分が不満をぶつけるのはお門違い。下手に騒げば逆に迷惑をかけるとエランは我慢して、出来るだけファルシアンに関わらないようにしていた。
「やあ! 君はとっても速いね!」
「……どうも」
なのにファルシアンはエランに追いつき笑顔を向けてくるので、疲れとは別の理由から表情をしかめつつ適当な相槌。
「私も体力には自信があったんだけどね。ふふ、やはり世界は広い」
しかしファルシアンは気にせず芝居臭い口調で話しかけてくる。話し相手が欲しいのか、それとも入学式の一件から周囲に敬遠されているので誰かと関わりたいだけか。
どちらにせよ良い迷惑とエランは振り切るべく速度を上げた。
「さすがはラタニ=アーメリさまが率いる小隊員の一人、モーエン=ユナイストさまの息子かな」
「…………だから」
のだが、ファルシアンの発言にエランの速度は上がらず、むしろ緩まってしまう。
父がラタニ小隊の一員なのは既に学院内でも広まっている。別にエランが広めたのではなく、隊長のラタニが有名なので自ずと隊員も有名になっているだけで姓から予測されるのだ。
お陰で入学してすぐ父について、またラタニの弟子ならアヤトとも交流があるのかと質問攻めにあった。しかし父からアヤトについては余り語るなとクギを刺されている。
そもそもアヤトの強さの秘密をエランは知らない。語れることは精々ラタニが見込んだ才能と、本人が血の滲むような研鑽を重ねた実力者くらいだ。
なので下手に語れば後々困るのは自分と面識がある程度に留めていたが、ファルシアンは話し相手でもなければ、誰かと関わりたいわけでもない。
「アヤト=カルヴァシア殿はラタニ=アーメリさまのお弟子。そして君はラタニ=アーメリさまが率いる小隊員の息子。ならアヤト=カルヴァシア殿と交流があるのかと気になってね」
アヤトに執着しているからこそ、関わりがあるエランと接触しただけ。
「面識がある程度だ」
だが接触したところでエランの返答は同じ。あわよくば自分伝手でアヤトに接触しようとの魂胆が丸見えなら尚更だ。
「お前の――」
「やはりね! では君からもアヤト=カルヴァシア殿に頼んでくれないだろうか! 彼に直接謝罪がしたくて探しているんだが会えないんだよ!」
故に狙い通りにいかないとクギを刺そうとするも、ファルシアンは歓喜の声を張り上げ遮った。
「学食も不運なすれ違いで出入り禁止にされてしまい困っているんだ」
「不運もなにもお前が騒いだのが原因だろ! ていうか俺の話し聞けよ! そもそもアヤト兄ちゃんはお前のせいで――」
「アヤト兄ちゃん? おやおや、これはこれは……面識がある程度にしては随分と慕っているようだ」
「こいつ……っ」
口が滑ったと反省するよりも、ファルシアンの芝居がかった口調や態度に対する怒りが勝り、ついにエランの中で何かが切れた。
「もしや君は彼の実力を知っているのかな? まさかとは思うが――」
「アヤト兄ちゃんは俺よりも強いんだよ! お前なんか相手にならないくらいにな!」
我慢していた不満を怒り任せにぶちまけるエランの怒気に気圧されたのか、ファルシアンの表情から笑みが消えた。
「私なんか……ふむ、それは実に興味深いが……心外だね。君は私の実力を知らないだろう?」
「知らなくても関係ないからな」
「それほどに……まあ今は君の言葉を受け入れよう。それよりもどうだろう? この後、私と勝負をしないか?」
「……は?」
「君も相当の実力者なのは察しているよ。しかし私もそれなりに研鑽を積んでいると自負している。つまり先ほどの発言が少々許せなくてね」
突然の要望に呆気に取られるエランにファルシアンは相変わらず芝居がかった口調で批判。
「故にその身をもって知ってもらおうと言うわけさ」
しかし向ける瞳から伝わる怒りは本物で。
ファルシアンがアヤトの実力を知らず見下しているように、ファルシアンの実力や研鑽を知らないエランが侮辱するような発言をすれば怒りが込み上げるのは当然な感情。
「ただ知ってもらうだけでは面白くない。そこで一つ賭けをしようじゃないか。もし私が勝利したら、君からアヤト=カルヴァシア殿に口添えをしてもらえないだろうか」
「……なんでそんな話になるんだよ」
「なに、君が勝利すればいいだけ。それとも自信がないのかな?」
またこの挑戦状に込められたファルシアンの狙いも察している。
二人の勝負にアヤトは関係ない。なのに賭けを持ち込み挑発しているのは最初の目的を果たす為。つまり無視すればいい。
しかしただでさえ心証の悪いファルシアンの一方的な挑発を流せるほどエランは成熟していない。むしろ矯正されようと根は好戦的なタイプ。
「俺が勝ったら二度とアヤト兄ちゃんに関わるな」
「決まりだね」
エランはまんまとファルシアンの挑発に乗ってしまい、学院が終わるなり自主訓練場で二人の決闘が行われ――
「では、約束通り口添えをお願いするよ」
「…………」
ファルシアンの念押しに反応できないほどエランは意気消沈していた。
アヤトを慕っていたので仕方ないかもしれませんが、エランは完全にファルシアンの術中にはまってしまいましたね。
そしてファルシアンVSエランのバトルは省略しましたが、次回でその実力は少しだけ語られます。
もちろんファルシアンのバトルもありますけど、そちらは後ほどとして。
エランの敗北からアヤトがどう動くか、次回をお楽しみに!
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