番狂わせ
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『序列十位ジュード=フィン=マルケス、挑戦者ロロベリア=リーズベルト――入場!』
午前十時、序列入れ替え戦が始まり審判のコールに合わせて西口からロロベリアがフィールドに足を踏み込んだ。
「よしよし、いい感じだぜ」
遠目からでもロロベリアは目前の一戦に集中できていると感じ取れてユースは満足げ。
控え室の呼び出しを受けるまで運悪くルイに絡まれ辟易しようと切り替えの速さもロロベリアの長所。速攻でルイにケンカを売りに行こうとしたリースを抑えるのに大変だったが、やはり心配いらなかったようだ。
同じく遠目からでもジュードの様子が分かるだけにユースはニンマリ。
「そんでもって、あちらさんも予想通りみたいだな。後は姫ちゃんの勝利を信じて応援しますか」
「大丈夫。ロロは強い」
故にリースと共に安心して見守れる。
対する東側観覧席では――
「なるほど。先生が期待するのも分かる」
「だね」
対面からフィールド中央に向うロロベリアの様子にカイルとレイドは感心していた。
先日の密談でラタニが見積もった体力の基準値に届き、今後に期待している一人がロロベリアとは聞いている。
そのロロベリアが序列入れ替え戦に突如参戦。選考戦に選ばれた十人が見送ったとはいえ一学生ながら挑戦権を勝ち取ったと聞いた時には驚きよりも楽しみが上回った。
そしてフィールドに現れた際の顔つきで嫌でも期待感が高まる。
入学して僅か一月半で初の公式戦。しかも相手は序列保持者となれば観覧席からの声援はジュード一色と完全アウェー。本来は萎縮する状況下でもロロベリアからはほどよい緊張感が伝わってくる。
開き直りでもなければ過信でもない。相手が格上と受け入れながらも超えるとの強い意思で挑む姿勢はラタニが好むタイプだ。
故に番狂わせは大いにあり得るというのが二人の予想。
ただロロベリアの素質だけが根拠ではない。
確かにラタニが期待している九人の中にジュードは入っていなかった。精霊術士としての才能はあるも、その才能を活かす基礎が疎か。また精霊力や精霊術を重視しすぎている傾向も問題だと。
それでも序列入りをしただけに実力はある。レイドやカイルの見立てでも一学生相手に早々後れを取らないはずだが、今のジュードは心構えに懸念がある。
先ほども控え室に向かう前、二人を含めた序列保持者が声をかけたが反応せず。集中しているならまだしも気負い過ぎているようで。
「去年も思ったけど、どうしてみんな離れて座るんだろうね」
もし序列内の交流が盛んなら注意を促すことも出来たとレイドは嘆息。
去年も今年も序列保持者同士の交流は少なく、それぞれが親交の深い者同士で固まって観戦している。レイドとしてはもっと序列同士での訓練や意見交換をしたい気持ちがあった。
同じ序列保持者とはいえライバル、しかしそれ以前に同じ学院生なら共に切磋琢磨するべき。にも関わらず去年はライバル意識が強すぎて、今年は周囲よりも自身の興味があるものにしか関心を向けないタイプばかりと理想とはほど遠い。
もちろん王族として、生会長としての立場なら改善するのは難しくない。ただ無理矢理ではなく自主的に交流を深めなければ脆い関係のまま終わるだけ。特にティエッタやフロイスは我が強すぎてレイドの命令だろうと無視する可能性もある。
「今年の序列はこのメンバーになって間もない。そこは地道にやっていくしかないだろう」
「……それもそうだね。とにかくボクらの代になって最初の入れ替え戦だ。ジュードくんが初陣を飾ると期待しようか」
「よく言えたものだな」
同じ序列保持者としてジュード寄りの発言をするレイドにカイルはメガネを拭きながらため息一つ。
間もないメンバーならジュードが初陣を飾ろうとロロベリアが番狂わせを起こそうと構わない。むしろラタニが期待する方に自分たちの代に加わって欲しいとレイドは望んでいる。
なんせカイルも同じ考え。ただ面白そうとの理由から望むレイドとは違い、加わるなら序列保持者に相応しい実力を示して欲しいとカイルは望んでいるわけで。
「なんにせよ強い方が序列席に来る。それだけか」
シンプルな結論を口にして結果を見守る姿勢を取った。
◇
様々な思惑や予想が観覧席で行われている中、フィールド中央でロロベリアとジュードが対峙した。
「一学生ながら変換術を習得しているとは見事」
開口一番ジュードから称賛を受けるもロロベリアは表情を変えない。
何故なら称賛を口にしてもジュードから伝わるのは不快感で。
「だが私との試合を前に楽しげにお喋りとは気楽なものだ。それとも序列十位ごとき気負う必要はないとの余裕か」
やはりというか、先ほどルイに絡まれていた状況から誤解されている故の不快感とロロベリアは察していた。
それでも弁解はしないのは、元より自分の挑戦が少なからず不興を買うと覚悟していたのもある。ニコレスカ姉弟からエレノアやミューズは肯定的に捉えていると教えてくれても、挑まれる本人はいい気もしないだろうと。
なにより切り替えたからこそ今のロロベリアが集中している。
「どう思われようと私は挑戦者として挑み、超えるだけです」
故に揺らがず、真っ直ぐな眼差しを向けて手を伸ばす。
しかし複雑な感情のまま対峙するジュードにとって、萎縮も不安も抱かないロロベリアの反応は癇に障るだけ。
「超えられるものなら超えてみるがいい」
最後まで不快感を露わに握手を拒否、背を向けて距離を空ける。
ジュードの対応にロロベリアも構わず背を向け、規定の二〇メルまで開いたところで再び対峙。
腰に差すショートソードも抜かずにジュードは仁王立ちで、ロロベリアはロングソードを抜いて構え。
「試合開始――!」
合図と共に両者は精霊力を解放。
『焦がせ・焦がせ・我の怒りに――』
「行きます――っ」
同時に詩を紡ぐジュードに対しロロベリアは近接戦を挑むでもなく、距離を取るようにフィールドを駆けた。
◇
『――朱き咆哮!』
ジュードの周辺から一斉に放たれる十数の火球をロロベリアは円を描くようにフィールドを駆けて回避。僅かに遅れて着弾した火球によって地面が焦げ、熱風によって気温が上昇していく。
陽炎すら立つフィールド内で立て続けに精霊術を放つジュードとまともに戦わず、回避一辺倒のロロベリア。
この状況に痺れを切らした観覧席からジュードに対する声援と同じくらいロロベリアに対する批判が飛び交う。
序列保持者として堂々と迎え撃つジュードに開始以降、反撃する素振りすら見せずロロベリアは距離を空けて走り続けているのだ。
ただでさえ批判的に取られていた一学生の挑戦。今さら実力差を痛感して逃げの姿勢を取り続けていると捉えられても仕方がない。
しかし東側で静観している序列保持者は別。
「……冷静な判断だ」
その一人、エレノアは開始から回避に専念するロロベリアを称賛していた。
相手が学院を代表する序列保持者だろうと入学して間もないロロベリアはその実力を詳しく知る方法がない。ある程度は情報を集められても実際に対峙するとでは印象も、得られる情報も段違いだ。
実力が不明確な格上の相手ならば実際に知ることで光明を探る、まさに挑戦者として相応しい姿勢と言えるだろう。
だが知ることで絶望してしまう場合もある。三〇メル近い距離を空けていようと気力体力が削られれば反撃も容易ではなくなる。
『――朱の矢羽!』
なによりジュードも攻撃力重視の精霊術から速度重視の精霊術に切り替えた。
開始直後まで苛立ちを滲ませていようと序列保持者に入るだけあり、戦況を把握して対処する冷静さを完全に失っていない。
「しかしマルケスも甘くない。捕まるのも時間の問題か」
故にこのままではジュードの勝利と判断するエレノアだったが、隣で戦況を見守っていたミューズが首を振る。
「リーズベルトさんも甘くないかと」
「しかし相手を分析するにしても時間をかけすぎだ。マルケスが冷静さを取り戻す前が好機だったと私は思うが」
「かもしれませんね」
エレノアの意見に微笑みを返すミューズの瞳に映るのは両者の秘める精霊力の輝き。
確かにジュードは落ち着きを取り戻しているように見えるが、精霊力の輝きは未だ不安定のまま。
対するロロベリアは開始前から代わらず揺らぎもなく、清々しいほどに眩い輝きを放ち続けている。
実力で劣っていようと志の強さはロロベリアに軍配は上がっている。
「ですが、そう判断をするには早いでしょう」
なら勝負はまだ分からないとミューズは両者共に怪我なく決着がつくのを望んでいた。
◇
『――火刃の断!』
「……くっ」
三方向から時間差で襲いかかる火の刃をロロベリアは緩急を付けた動きで躱す。
しかし速度重視の精霊術に切り替えられてからは回避もギリギリ。精神的にも肉体的にも疲労が蓄積している中でこれ以上回避を続けるのは危険。
それでも距離を取り、回避を続けたことでジュードの実力を直接知れた。
発動や連射速度、狙いの正確さはさすが序列保持者というべきか。これまで対戦してきたニコレスカ姉弟や同じ一学生の非ではない。
だがユースの情報通り発動速度なら勝っている。
ならば唯一の優位性を最大限に活かすのみ。
問題は火の精霊術に水の精霊術で対抗するには多くの精霊力が必要で、精霊結界によって精霊力を対価にダメージも軽減される。
保有量で圧倒的に不利なら単発で当てたところでならジリ貧と、ロロベリアがまともに撃ち合えない。
ただジュードが精霊術に拘り続けているなら勝機はある。
必要な情報を全て手に入れた。
(なら実行すればいい――っ)
ニコレスカ姉弟と練っていたジュード対策で、ロロベリアが決断した戦法で扱う精霊術は二回。
『囲え・塞げ・飛び立つ羽を焼き落とせ――』
『溢れ・溢れ・天空を貫く咆哮を――』
自分の動きから好機と判断したのか、決着を付けにきたジュードに合わせてロロベリアは初めて足を止めて詩を紡ぐ。
『噴け――水脈の逆鱗!』
『紅の怒りに燃え盛れ――火の乱舞!』
狙い通り遅れて詩を紡ぎ始めてもロロベリアの精霊術が僅かに早く発動。
ジュードの周囲に顕現した十数の火球が一斉に襲いかかるも、地面から逆噴射された水流が全てを阻む。
水柱に火球が衝突するなり熱を帯びた蒸気が発生した。
「小賢しい……っ」
両者の姿を隠すように発生した蒸気の熱でジリジリと痛む肌に絶えながらジュードは舌打ち一つ。
水柱は精霊術を阻むだけでなく視界も阻み、ロロベリアの姿を見失った。
しかし見えなくとも精霊力で位置は把握できるとジュードはロロベリアの精霊力を探り――
(――そこかっ)
『射て・射て・ひと筋の閃熱よ――』
先ほどより僅か左から感じる精霊力を捉えるなり詩を紡ぐ。
口惜しいが今の撃ち合いで発動速度ではロロベリアが上と認めるしかない。
それでも動く気配がないのなら相手はその優位性を活かし、この好機で勝負を決めに来たのだろう。
水の精霊術では攻撃力は劣るもロロベリアは変換術を扱える。
いくら発動速度で勝ろうと変換術を加えれば五分のはず。
更に速度重視の精霊術なら先に発動できるとジュードは集中。
『――朱の矢羽!』
(勝った……っ)
顕現された火矢を放った瞬間、勝利を確信して口角をつり上げた。
「……終わりです」
「――っ」
だがジュードの笑みは突如聞こえたロロベリアの声に歪んでしまう。
しかも喉元にロングソードの切っ先を突きつけられていた。
火矢が着弾するより先に三〇メル近くの距離を詰めたのか。
そもそもロロベリアの髪色は蒼ではなく乳白色。向けられる瞳も蒼ではなく金色。
精霊力を解除しているなら身体も強化されていないのだ。
「なぜ……なぜキサマがここにいる!?」
驚愕から声を張り上げるジュードを他所にロロベリアはゆっくりと切っ先を下ろす。
「……ジュードさまが精霊術を放つより前に、距離を詰めていたからです」
「デタラメを言うな! 私はキサマの精霊力を確かに感知した! 三〇メルの距離を無解放状態で詰められるハズがない!」
「ジュードさまが感知した精霊力は私ではなく精霊術のものです」
「なに……?」
未だ理解できないジュードに促すようロロベリアは火矢が着弾した位置に視線を向けた。
火矢の風圧で蒸気が晴れたことでハッキリと見える砕けた氷像こそ、ロロベリアが使用した二つ目の精霊術。
一つ目を発動した直後、ロロベリアはすぐさま詩を紡ぎ人型の氷像を顕現した。
変換術を加えようと威力、射程距離、速度など様々なイメージを必要としない簡易的な氷像なら即座に顕現できる。
更に精霊力を解除すれば視界不良な状況下でジュードは氷像に残る精霊力を感知してしまう。
氷像にしたのも万が一蒸気の奥にある人影を視認された場合を見越して。解除と同時に水では人型を保てないが氷なら維持できる。
つまり二つ目の精霊術はジュードの意識を向けさせる為の囮。
後は放たれる精霊術に直撃しないよう蒸気の中を突っ切り、距離を詰めればいいだけ。
発動速度の優位性や自身の実力を誇示しようと精霊術に拘り続けたジュードの裏をかく戦法。しかし成功させる為にロロベリアは熱を帯びた蒸気の中に飛び込んだことになるわけで。
解放状態でもジリジリと熱で痛む蒸気の中に、無解放の状態で飛び込めばどうなるか。
それは真っ赤に染まる肌や、所々に水脹れまで出来ているロロベリアの姿が全てを物語っていた。
「ご理解……いただけましたか」
「っ……」
余りに痛々しい姿にジュードは目を反らすも、ロロベリアは平然として説明を終えた。
僅かでも勝機を掴めるなら焼けるような熱に晒される程度の代償は些細なもので。
ロロベリアに躊躇う理由がない。
故に全身の痛みよりも挑戦の結果に満足して笑みすらこぼれる。
しかしその笑みが逆にジュードは薄ら寒く感じた。
同時にロロベリアの覚悟を見誤ったと、今さらながらジュードは痛感するも既に遅く。
『勝者、ロロベリア=リーズベルト! よってジュード=フィン=マルケスに変わり、新たな序列十位はロロベリア=リーズベルトとする!』
入学して間もない一学生の序列入りという結末を迎えた。
ロロは一年前から危ない橋を渡ってますね……サーヴェルが危ういと心配するのも分かります。
ですが危険を承知で挑戦する前の心情が違います。
一年前は淡々と実行に移しましたが、アヤトと再会して以降は『出来る出来ないじゃない、やるんだ』という心情に変わっています。
同じ危うさでも今の自分に挑戦して超える、という前向きな意思があるだけロロにも変化が窺えますね。
さて、ロロが序列十位になったところで振り返りも残り僅か。最後までお楽しみに!
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