深刻な状況と
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土精霊の周季二月。
「アーメリ殿、いまお帰りですか」
日暮れ時、学院の業務を終えたラタニが講師舎を出るなり声をかけられた。
声の主はレイドでカイルもいるなら二人は学院生会の仕事で残っていたのか、それとも一緒に訓練をしていたのか。
まあどちらにしても要件は察しているのでラタニは調子を合わせることに。
「いまお帰りなんよ。そっちもいまお帰りかい?」
「カイルと訓練をしていたらこんな時間になってしまって」
「最近は学院生会に時間を取られて忙しかったからな。入れ替え戦前に少々白熱してしまいました」
「そりゃ良いことさね。つーかあたしも忙しくてね~。これからすぐに王都に戻らんといかんのよ」
「王都にですか?」
「そだよん」
軽く肯定するがいまから王都に向かえば到着は深夜過ぎ。そもそも寄り合い馬車も終了しているので不可能。
しかしラタニが基本馬車を使わず、自らの足で王都とラナクスを行き来しているのは二人も知るところ。日の落ちた時間帯だろうとラタニにとっては危険でもなく、馬車よりも断然速く移動できる。
「明日はあっちでお仕事があってね~。朝一だとお寝坊する可能性あるから今日中に戻ってカナちゃんに起こしてもらおうと思ってねん」
「特別講師と小隊長の兼任は大変そうですね」
「大変なんよ。なんせ急に決まった役職だからね~」
故に今さらと受け入れつつ、そのまま三人で正門に向かう。
最終下校時刻の間近ということで周囲に人気が無く、少しだけ踏み込んでも問題ないとレイドが切り出した。
「確かに急な話でしたね。ただ去年から準備をされていたように見えたのはボクの思い過ごしでしょうか」
そう指摘する根拠はラタニの行動にある。
小隊長に昇進して二年、落ち着いてきたので以前から問題視されていた学院生の実力低迷について自ら一肌脱ぐと今年の初めに突然ラタニが国王に直訴したのが始まり。
この直訴にラタニの手腕を知る国王も光明を見出し決定されたが、去年の風精霊の周季頃からラタニは度々マイレーヌ学院に足を運んでいた。本人曰く任務のついでに母校の様子を見に来ていたらしく、そこで状況を知り特別講師を兼任する決意をしたとも聞いている。
ただ卒業以降、一度も訪れなかった中で急に足を運んでいたのが引っかかっり、もっと別の理由があるのではとレイドは予想していたのだが。
「去年から準備してたらもっとガキ共の面倒を見れてるさね。つまりレイちゃんの思い過ごしだよん」
「言われてみればそうですね」
まあ指摘したところでラタニが素直に話してくれるはずもなく、レイドもいったん引き下がる。
「お忙しいなら馬車でお送りしましょうか? もちろん王都までは無理ですが」
「そだねー。せっかくのご厚意だ、送ってもらおうかね。カイちゃんはここでおさらば?」
「今日はレイドの屋敷に用があるので」
「なら二人にお見送られますか」
正門が見えたところで提案すればラタニも了承、元より同行する予定だったカイルと共に待機していた馬車に乗り込む。
進行方向側の席にラタニが、対面にレイドとカイルが対面に座るのを確認して御者が馬車を走らせた。
「たくよー。わざわざ待ち伏せせんでもお話あるなら講師舎に来いよ」
同時にラタニが座席に寝そべり不平を漏らすように、レイドとカイルは元々馬車内での密談をする為に帰宅時間を合わせて講師舎前に訪れていたりする。
ラタニが特別講師として着任されてちょうど一月。いままで接触を避けていた二人がこのタイミングで接触したなら何らかの要件があるとラタニも察したので調子を合わせただけのこと。
二人やエレノアが特別講師として着任する以前からラタニと懇意にしているのは学院内でも知られている。故に用があるなら人目を気にせず接触しても問題はない。
ただ王族のレイドや侯爵家のカイルに対するラタニの態度を懸念していた。学院の理念以前に講師と学院生なら身分など関係なく接しても構わないはずなのに、一部の学院生はどうしても身分を持ち出しラタニを批判する。
先生と慕うラタニを批判されるのは二人も本意ではないからこそ、こうして人目を避けたわけで。
「王子さまの呼び出しならあたしも気兼ねなくお仕事サボれたんだかんなー」
「……なら俺たちの配慮は正解だったな」
ラタニの愚痴にそんな配慮関係なくメガネを直しつつため息を吐くカイルにレイドも同意しかない。
それはさておき人目を避けたのは配慮だけではなく、周囲を気にせずラタニの真意を聞く為でもあった。
「ところで先生。先ほどの話になりますが、本当に学院生の実力向上の為に特別講師になられたのですか?」
「疑り深いなー。そんなだからレイちゃんは陰険って言われるだぞー」
「否定できませんね」
「……そこは否定して欲しいなぁ」
なので早速切り出せばラタニだけでなくカイルにまで痛い返しをされてレイドは項垂れてしまう。
「レイドが陰険なのは良いとして、俺も少し疑問に感じています」
「ラタニさんの何が疑問さね」
「先生にしては大人しいと思いまして。本気で実力向上を考えているなら、訓練が温くないですか」
そんなレイドに代わってカイルが疑問視するのはラタニの受け持つ実技訓練の内容。
学院に入学する前、ラタニから直接指導を受けているのでカイルもよく知っている。
王国最強の精霊術士という名にふさわしい実力は当然、精霊力や精霊術に対する深い造詣や戦闘時における的確な助言に何度感銘を受けたことか。
またラタニの厳しさも身を持って知るだけに思い出すだけで冷や汗が滲むも、この一月直接受けた講習や下級生から聞いた状況は自分の知る指導ではない。
なんせこの一月、学年問わず実技講習でラタニは初日にそれぞれの実力を知る為の模擬戦を行って以降、ひたすら走り込みをさせていた。
ラタニは基礎をなによりも重視する。精霊術士だろうと体力は必要、基礎を重視していると言えなくもないが精霊術に関する指導は全くしない。ラタニの指導を楽しみにしていた学院生は落胆し、精霊術を重視する学院生からは真面目にしろと評判が悪くなる一方で。
カイルとしても本来の指導を知るだけに適当に感じ、特別講師になったのも別の目的があるのではと勘繰ってしまう。
「つーか、そんなことも分からんのかね。ラタニさんは悲しいよ」
しかしカイルやレイドの疑問に対し、投げやりな態度でラタニは一蹴。
更に批判の視線を向けられたじろぐカイルを他所に、ラタニは面倒げに身体を起こして続ける。
「直接ガキ共を知ったから走らせてんの。基礎の重要性は何度もお話ししたでしょ? でも学院のガキ共は基礎以前の問題」
「「…………」」
「テメェらが精霊の寵愛を受けた特別な存在ってバッカみたいな自惚れしてる奴ばっか。精霊の寵愛を受けたから精霊術士じゃない、強大な力に見合う心と身体があって精霊術士なんだよ。そんことも理解できん未熟すぎる奴らにさ、懇切丁寧に精霊術だけを教えたらどうなる? んなのより増長したバカになるだけ」
「「…………」」
「そもそも走れって言ったらガキ共なんて吠えたと思う? 精霊術に体力は関係ない、自分たちは精霊術士だ、精霊術を学ぶ為に学院に居るんだ、だせ? 精霊術士だろうと精霊術の扱いだろうと体力は基本。んなことも考えずによく吠えるわって呆れたさね」
「「…………」」
「しかも走らせてみればラタニさんが学院生に求めてた最低限ギリッギリに見積もった基準値に届いてる奴はたったの九人だ。お前ら今まで何やってたん? あ、そのしょぼい精霊術扱う訓練してたんかって理解したら笑っちったよ」
「「…………」」
「だいたいさ、教わることが当たり前って態度が気に入らん。確かに講師が学院生に色々と教えるのは学院では当たり前。でもテメェらが教わったもんについて考える努力をポイしてるくせに、当たり前なんだから講師は何でもかんでも教えてくれってのは甘えだろうに」
「「…………」」
「だからあたしが走れって言えば考えなしに落胆するし吠える。走ることも訓練の一環、精霊術は精神的な部分が大きく作用するから体力あればそれだけ余裕を持って発動できる、余裕があれば暴発なんかの失敗も軽減できる、戦闘中に精霊術を放つ状況を自分で作れる。そうした考察をしようともしないから簡単に増長する」
「「…………」」
「増長して、テメェの実力を過信したまま卒業してみ? 軍務なりお抱えの術士なりでも関係なく無駄死に、関係ない奴まで巻き込めば最悪。社会に出てようやっと過信に気づいても精神未熟なままだとやさぐれて犯罪者や盗賊、チンピラ量産する可能性もゲキ大。そんな奴らに付け焼き刃な教えだろうとしてみんさい。どうなるか分かるでしょうに」
「「…………」」
「それはあかんとラタニさんは講師として批判されようと知ったことかでギリッギリの基準値になるまで走らせてるわけ。精神鍛えるのと甘えんなって反省の意味合いも込めてねん。それ終わったらそれなりの訓練してやるつもりでいるけど、今のままだとそれなりが限界かにゃー」
怒濤の反論を終えてラタニは再び寝そべり、最後に二人向けてニッコリ。
「まあ安心しんさいな。今は未熟なひよっこでも、今後に期待できそうなひよっこはきみら含めて九人もいたからねん。もち期待ってのは才能とかじゃないから勘違いしないように。いやーほんとマジで王国の未来は明るいわ」
まったく安心できない痛烈な嫌味で締めくくった。
なんせ現在ラタニが受け持っている精霊術クラスで期待できる学院生はたったの九人。既に指導を受けている自分たちやエレノアを除けば六人と想像以上に深刻な状況。
また先ほどの反論にあったようにラタニが何を重視し、何を求めるかを知っているのに深く考えようともせず勘繰ってしまった。
学院生の未来を思い、批判されようとラタニなりに考えて導こうとしていたのなら。
「「……申し訳ありませんでした」」
「うむ。大いに反省しなさい若人よ」
自ら反省して頭を下げる二人の誠意をラタニは満足げに受け取った。
「でもまあ、ラタニさんも勘違いさせるよーな準備してたからねー。そこはごめんちゃい」
「それも先生なりに学院の為を思ってのことでしょう」
「もし良ければ先生のされていた準備について教えてもらえないでしょうか」
故にラタニも誠意のお返しか、学院に訪れていたのは何らかの準備だったと肯定。
話してくれる可能性が低くとも興味を示す教え子にラタニは僅かな間を空けて。
「それは後ほどの驚きビックリのお楽しみさね」
「「…………」」
やはり秘密にされたと落胆。
「ただちょいと私情は挟んでるけど、あいつを上手く呼び出せれば現状を変える起爆剤になるとは期待させたげる。問題は捻くれもんで気難しいからどっちに転ぶかあたしも読めんけど……ほんと困ったもんだ」
「「……そうですか」」
更に意味深な情報で煽られて微妙な面持ちに。
ただ私情込みでラタニは学院に必要な誰かを迎え入れる準備をしていたとまでは知れた。本人からしてどちらに転ぶか分からない起爆剤らしいが、それでも学院の問題を解決する可能性があるのなら。
「その誰かと会えるのをボクらは楽しみにしていますよ」
「なので必ず呼び出してください」
「んじゃ、頑張るかねー」
学院改革を望むレイドとカイルに拒む理由はなかった。
ロロが序列入りに挑戦するのを考えている裏で、レイドとカイルがラタニさんに接触したお話でした。
学院生の実力よりも心構えにラタニさんはガチで嘆いていました。
なのである起爆剤の存在を少しだけ明かしましたが、ラタニさんでも読めない気難しい捻くれ者とは誰なのか。
……過去を振り返っているのでもう分かりますよね。
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