自ら感じる為に
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マイレーヌ学院に入学して二〇日――
『その羽ばたきは終わりの空へ――鎮魂の蝶』
詩を紡ぎ終えるとロロベリアの周辺に水で象られた蝶が十頭顕現。
水で象られているだけあって太陽光を浴びた蝶はキラキラとした輝きを帯びて美しく、しかし羽を上下に動かす度に落ちる水滴が一滴の涙のような儚さを感じさせる。加えてひらひらと舞う水の蝶は滑らかな動き。
ロロベリアの容姿も相まってその美しい光景に感嘆の息を漏らす学院生に講師は咳払いを一つ。
「リーズベルト、もう良いぞ。みなも早く始めなさい」
その指示にロロベリアが小さな息を吐くと周辺を舞っていた蝶がバシャリと地面に落下。同時に見惚れていた学院生も我に返り、ちりぢりになっていく。
今は実技講習の一つ、精霊術で主に生き物を顕現するのがメインの基礎訓練中。
ロロベリアのような水の精霊術士の場合はまず水で思い描いた通りの生き物を顕現、制御力で維持させながら動かすというもの。
想像力が高ければ本物に近い形になり、制御力が高ければ本物に近い動きをすると、両要素を高める基礎としては一般的な訓練。
少しでも扱いを間違えれば暴発の危険性があるだけに、マイレーヌ学院では入学してしばらくは基礎訓練がメインの実技が行われるのだが。
「文句の付けようがない見事な制御だ」
「ありがとうございます」
講師が高く評価するようにロロベリアの基礎は一学生でも群を抜いているだけに、最近は実技になるとまずお手本として使われていたりする。
ただ水で象った蝶は当然、十頭もの数を本物と見紛うほどにリアルな動きをさせられるとなれば講師としてはお手本にもしたくなるわけで。
「私も長く講師を務めているが、リーズベルトほどの逸材と出会ったのは他にあいつくらいだ」
「あいつとは?」
「……アーメリ特別講師だ」
称賛途中で零した話題に何故か講師の表情が苦々しく歪んでいく。
「彼女も学院生とは思えない技量を持っていたが……いかんせん他がな」
「…………」
「いや、当時はまだマシな方であったが軍に引き抜かれて自重を辞めたのか……入学式でもバカげた態度で無茶苦茶にするわで――」
気持ちは分かるが返答に困る愚痴を聞かされるロロベリアも堪ったものではなかった。
「とにかく、リーズベルトはアレを反面教師として今後も傲らず精進するように」
「……かしこまりました」
挙げ句ラタニをアレ扱いする講師の戒めにとりあえず同意を。
「なあお姉さま? あなた様はなにを顕現してるんでしょうか?」
「ロロみたいな蝶」
「オレには不気味な巨大蜘蛛みたいなものに見えるんだが……ていうか更に巨大になってない……姉貴! そのままだと暴発するから今すぐ解除しろ!」
「? まだいける」
「いけないから解除しろって言ってんだよ!」
直後、ユースを含めた学院生が悲鳴を上げて逃げ回る事態が起こるのだが――
「……毎年一人は必ず問題児はいるものだ」
ラタニに苦労させられた経験の賜か、講師の冷静な判断と精霊術によって怪我人もなく実技講習は終わった。
◇
同日の学院終了後、ロロベリアとユースは訓練場に向かっていた。
「あの姉貴は……少しは加減ってものを覚えて欲しいぜ」
「まあまあ、リースも頑張ってるんですから」
先ほどの出来事から今度はユースの愚痴をロロベリアは聞く羽目になっていたりする。 そのリースは大惨事(未遂)を起こしたことで講師から居残りを言い渡されて別行動。終わり次第合流するらしいので、それまでは久しぶりにユースと二人での訓練になった。
「基礎訓練サボってて頑張ってはないだろ?」
「ユースさんは自主訓練をよくサボってますけど」
「…………で、でも姫ちゃんはマジ凄いよな! 講師殿にも褒められてたし、みんなも見惚れてたぜ!」
それはさておき、ロロベリアの冷静な突っこみにユースは取って付けたような称賛を。
まあ痛いところを突かれて話題を逸らしたのもあるが称賛は本心。
本人曰くあやとりで培った想像力もだが、それ以上に制御力は別格だ。
ニコレスカ家に引き取られた当時は精霊術士に開花したばかり。
本来は地道な基礎訓練を積んでいくことで必要な制御を覚えるのだが、ロロベリアは簡単な説明を受けただけで霊術を扱えた。
これもまた本人曰く感覚的になんとなく出来た、らしいがその才覚を垣間見た誰もが舌を巻いたほど。更に独学で変換術も習得したりとロロベリアには脅かされてばかり。
惜しむらくは保有量の少なさと感覚派故か未だ言霊を習得していないこと。
それでもロロベリアの才覚が知れ渡り始めた現在、一学生ながらも既に序列入り有力候補とまで評価されている。そうした評価が耳に入る度にユースとしては嬉しく感じたいものだ。
「……ありがとうございます」
「なんでヘコんでんの……?」
のだが、評価されているのにロロベリアは表情を曇らせてしまいユースは怪訝そうに眉根を寄せる。
もちろんロロベリアも評価されて悪い気はしない。五年間の努力が実っているのは誇らしくも感じている。
ただマイレーヌ学院についてサーヴェルから聞いていたイメージと違いすぎた。
学院に通う者は誰もが才覚に溢れ、しかし傲ることなく研鑽を積む。周囲と鎬を削ることで己を高める場所としては最適だと勧められた。
またサーヴェルですら序列三位が限界だったとの評価もだ。王国最強の精霊騎士ですら学院三位の実力。当然精霊士が故に精霊術士よりも不利ではあるが、当時の悔しさから以降も更なる研鑽を積んで強くなれたと教えてくれた。
そしてロロベリアが尊敬する精霊術士のラタニもマイレーヌ学院出身と、前情報からマイレーヌ学院に通うことでもっと強くなれると期待を募らせていたのだ。
しかし実際は違った。
立派な訓練場を利用する者は少なく、周囲から強くなろうとする意思が感じられない。お手本で精霊術を扱った際、褒めてくれるよりも対抗心を向けられたい。もちろん全員ではなく、中には否定的な感情を向けてくれる人もいるが妬みばかり。
入学して間もなくミラーやグリードから聞いた学院の現状も踏まえて、想像していた環境と違いすぎて。
「……王都ではリースやユースさんとばかり訓練していたので、他の誰かとの模擬戦も充分な経験になってはいるんですけど……」
「姫ちゃんとしてはもっとバチバチ遣り合ってるイメージだったから、面白くないと」
「面白くないは少し違うけど、小父さまから聞いたようにただ訓練を続けるよりも、真剣に競いたいと言うか……新しい環境でもっと色々な挑戦をして自分を高めていきたい」
学院という自分の知らない場で色んな経験や挑戦が出来ると楽しみにしていたのに、講習を受けて自主訓練をする毎日は王都で暮らしていた頃と代わり栄えがない。
クロとの約束を守る為に、世界を守れる強さを求めるロロベリアとしては学院に来た意義を感じられないわけで。
珍しく愚痴を零すロロベリアにユースとしてはもう少し肩の力を抜いても良いと思う反面、自身の決めた道を愚直に突き進むのもらしいと微笑ましく、返す言葉に悩んでしまう。
「――あなた、分かってらっしゃるわね」
「「へ……?」」
故にそのまま沈黙が訪れるかと思いきや、突然声をかけられ二人は足を止めた。
二人の反応を気にもとめず背後から歩み寄ってくるのは精霊術クラス三学生のティエッタ=フィン=ロマネクトと、精霊騎士クラス三学生のフロイス=レイモンド。
面識はないが入学式で序列保持者として紹介された序列三位と四位とはロロベリアも知るところ。
ただ面識がないだけに序列保持者の二人が自分のような一学生に声をかけてくるとは思いもよらず。
「ただ訓練を続けるよりも真剣に競い、挑戦を繰り返すことで己を高める。それは真の強者に相応しい志。フロイスもそう思わなくて?」
「お嬢さまの仰る通りです」
いつから自分たちの話を聞いていたのかと考えるよりも先に、とりあえず自己紹介をするべきかと悩むロロベリアを他所にティエッタとフロイスは徐々に近づいてくる。
「ですがただ志すだけでは意味を成さない。秘めた志を胸に相応しい振る舞いをするのも真の強者に必要な在り方。故に今後も真の強者となるべく精進しましょう」
「さすがはお嬢さまです」
……なにがさすがなのかは謎だが、ティエッタは一人納得してフロイスと共にロロベリアとユースに目もくれず通り過ぎてしまった。
恐らく自分たちように訓練区間、ただ二人は序列専用の訓練場に向かっていたのだろう。その道中でたまたま耳に入ったロロベリアの言葉に共感しただけで、ティエッタは呼び止めたつもりも言葉を交わすつもりもなかったらしい。
個性的と言うべきか人騒がせというべきか、お陰で妙な緊張をしてしまった。
「何というか……無駄に疲れたな」
「……ですね」
同じ気持ちでいたのか脱力するユースにロロベリアも同意する。
「にしても、まさか序列保持者と出会すなんてな。同じクラスでも学年が違えば会える機会なんて滅多にないし」
「訓練区間には何度も足を運んでるけど今までお会いしたこともないですからね」
「まあ同じ区間でも広いからな。序列専用の訓練場はオレたちが使う訓練場とは別だし、頻繁に通ってても運次第なところはあるだろ。特に貴族の序列保持者なら休養日は屋敷の訓練場を使ってるから尚更」
気を取り直して訓練場に向かいつつ、序列保持者についてユースが話題を上げる。
「だから序列保持者の中だと六位のラン先輩、七位のディーン先輩、八位のシャルツ先輩くらいか」
「十人中三人か……その三人は休養日も訓練してますよね」
「そりゃしてるだろ。なんせ今年の序列保持者はここ数年でも特に実力が高いって評判だ。今年行われる帝国との親善試合でも久しぶりに勝ち越しが狙えるって期待もされてるくらいに」
「……そんなに評価されてるんですね」
「ま、オレたちにはまだ関係ない話だけど。ああでも、姫ちゃんはいつか序列入りするんじゃないかって言われてるから関係ないのはオレだけか」
「いつか……か」
などと自虐的に笑うユースに対し、ロロベリアの視線は遠ざかるティエッタとフロイスの背中に向けられていて。
周囲の評判を抜きにして、元よりロロベリアは序列入りを学院在中の目標にしていた。
ただサーヴェルでさえ三位が限界の序列争い。未熟な自分がいきなり参戦するのは不相応と、必要な実力を身に付けてから挑戦するつもりでいた。
しかし学院に来た意義を感じられないのなら、不平不満を抱くよりもそれを感じる為に自ら進むべきかもしれない。
学院を代表する強者に自分が通用するとは自惚れていないが、だからこそ意義のある挑戦になると思えるなら。
「……序列保持者か」
いつかではなく今を意識してロロベリアは密かに高揚していた。
ロロが序列入れ替え戦に挑む切っ掛けのお話でした。
序列保持者という名誉よりも強くなる為の挑戦、というのがロロらしいですね。彼女は根っからの挑戦者です。
そしてティエッタやフロイスも当時から変わらずの強者バカと主バカですが、そんな二人に作者はとても安心しました。
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