進む者、始まる者 後編
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エニシの助力を願いにサクラの屋敷に訪れたランに誘われてルイは付き添ったのだが。
「あたしは感じた。アヤトを相手に挑戦し続けるリースの可能性に身震いするほどゾクゾクした。武器を持ち替えたことも、精霊術士が精霊術を捨てるって決意をしたことも、普通じゃ出来ないからこそ凄いなって感動した」
この付き添いが必要だったのかを問いかけるなりランは思いの丈を口にする。
「アヤトの戦いを見る度に近接戦の可能性を示してもらえるようで滾る。精霊術が扱えなくても、あたしも死ぬ気で頑張ればあんな風に戦えるんだって」
新たなライバルの誕生を歓迎するように、示された可能性にワクワクした笑顔を向けて。
心の底から二人を尊敬しているのが伝わるも、不意にランは視線を落とす。
「でも……それ以上に悔しかった。近接戦は本来精霊士の、精霊騎士クラスの専売特許なのに……選考戦で最高の近接戦を繰り広げたのが持たぬ者と精霊術士だったことが……っ」
感情が抑えきれずに震える声で振り返るのはアヤトとリースの斬り結び。
フロイスやミラーが卒業したことで自分と互角以上の相手が居なくなったランにとってリースという可能性は大歓迎だった。
自分の理想以上の近接戦を熟すアヤトの立ち合いはいつも胸を高鳴らせてくれる。
故に二人の試合に感じた思いは本物。
しかし、だからこそ終了後は虚しさと悔しさで涙した。
「精霊術士や精霊士、持たぬ者とかが強さの本質じゃないのは分かってる。アヤトにはアヤトなりの理由があったのも分かってる。でもそれとは関係なく悔しいものは悔しい。フロイスさんから学院最強の精霊騎士の座を受け継いだなら、誰よりもあたしが模範になる戦いを見せないといけなかったのに……っ」
「ランくん……」
「しかもあたしはジュードにしか勝てなかった。ロロベリア、エレノア、ユース……ディーンには負けた。フロイスさんは間合いが不利な精霊士でもエレノアに、ディーンに、シャルツさんに、ミューズにも勝って四強の一角に入ったのに。精霊士だって必死に努力すれば強い精霊術士にも負けないって可能性を示してくれたのに……!」
ランの吐露する悔しさの根本が自分自身の不甲斐なさだとルイも理解した。
下克上戦でフロイスから受け継いだ学院最強の精霊騎士の座、そして精霊騎士クラス代表として示すべき可能性を示せなかった自分に。
勝敗関係なく近接戦という舞台で最も模範を示す戦いをしなければならない立場でありながら、果たせなかった実力不足に。
ランの内に秘められた使命感、重圧を知ったルイの右手が自然と彼女の肩に伸びてた。
責任感の強い彼女がこれ以上追い詰めないように。
悔しさをバネにこれから頑張ればいい。ランならきっとフロイス以上の可能性を見せてくれると。
応援や励ましの気持ちを伝えようと震える肩に手を添えようとしたが――
「だからあたしは動いた」
寸前のところで顔を上げたランの表情には迷いも陰りもない晴れ晴れとしたもので。
予想外の表情に手を伸ばしたまま固まるルイに構わずランは続ける。
「あんな悔しい思いはもうゴメンだから。フロイスさんから受け継いだ想いをこれ以上穢さないように、そんなあたしでいたくないから。だから誇れるあたしになる為に動いたの」
「…………」
「サクラさまがああいう人だって分かってても屋敷に行くのは緊張するに決まってんでしょ。無理なお願いするのも内心ビクビクしてたっての。でもエニシさんの助力が必要なら行くしかないし、条件ならサクラって呼び捨てるしかないし」
「…………」
「それに不甲斐なくてもあたしは精霊騎士クラスの代表なんだから。些細なことだろうとくっだらないプライドだろうと示し見せないとお飾りの代表になるでしょ」
「…………」
「もう分かるよね? あんたを連れてきたのは先輩ひよっことして、序列入りした程度で満足して周囲にヘラヘラ笑顔ふりまける後輩ひよっこにお手本を見せたのよ」
更にルイの胸に指を突き刺し憤りを露わにするように、最初の疑問はランのルイに対する示しとぶちまける。
同じ精霊騎士クラスの序列保持者として、アヤトから辛辣な評価を受けた者として今なにをするべきかを言葉だけでなく行動で示したに過ぎないと。
思わぬ理由にポカンとなるルイだがランは無視。
「それでもう一度聞くけど、あんたはアヤトとリースの試合になにも感じなかったの?」
「えっと……」
「あんたはライザに勝って、不戦敗と言えどリースにも勝って序列保持者になったんだから事実上精霊騎士クラスナンバー二なのよ? なのに選考戦最高の近接戦が持たぬ者と精霊術士なのよ? それになにも感じないのかってあたしは聞いてんの」
「……それは」
「持たぬ者が規格外のバケモノだろうと、精霊騎士クラスに所属した精霊術士だろうと関係ない。なら本来あたしたちが最高の近接戦で示す立場でしょうが」
「…………」
胸を突く指をぐりぐりしつつ批判されたルイはようやくランが聞きたかった返答を知った。
実力不足だろうと自分たち精霊士の専売特許を奪われたのだ。
例え肩書きとしても精霊騎士クラス二強の一角となったならルイも悔しいだろうと。
その悔しさがあるのなら、序列入りで満足している暇はない。
だから行動に移したランのように、自分も行動するべきだと決意して欲しかったのだ。
つまりランの秘めた使命感や重圧を知った時、伝えるのは応援や励ましではなく奮起の言葉が正しかったのにとんだ思い違いをしてしまったとルイは痛感する。
同時に自分が恥ずかしくなる。
序列入りを果たしてようやくランと同じ立場になれて浮かれていた。
昨日アヤトから辛辣な評価を受け、同じ序列保持者より実力も志も圧倒的な差があると自覚したのに、その自覚からも目を反らしてしまった。
自分以上の実力がありながら、ランは悔しさをバネにして既に行動しているだけでなく、代表として気遣ってくれた。
そんな相手に応援や励ましの言葉を伝えようとした自分が恥ずかしくて。
「……なにも感じてないのならいいわ。あたしの感情を無理に押しつけるのも違うもんね」
結局なにも言えないまま俯くルイの胸から指を離してランが嘆息。
「ただルイが何も感じなかったなら、アヤトが容赦なく九人抜きしてあたしたちを蹴落とすんだけど……不甲斐ない代表のあたしにはぴったりか」
弱々しい笑みを最後に背を向けて歩き出す。
その背中に思わず手が伸びそうになるも、ルイはギリギリ絶えて。
「僕は……見限られたのかな」
それでも口にしてしまった弱音に嫌気がさすルイに、歩を止めランは振り返る。
どこか呆れたような眼差しを向けてため息一つ。
「見限られたのはあたしでしょ」
「……え?」
「不甲斐ない代表に付いてくる人なんていない。要はそれだけ」
しかし挑戦的な笑顔を向けて。
「もち、不甲斐ないままで終わるつもりはないけどね」
必ず認めさせるとの決意を残し、ランは再び前を向いて歩き出す。
対するルイはランが向けてくれた笑顔に呆然としてた。
悔しさを抱き、重圧を背負って、例え代表として見限られようと。
その全てを受け入れた上で突き進み続けるランの強さが眩しかった。
なのに自分は現状から目を背け、序列入りしたことで同じ立場になれたと満足して。
不安になれば手を伸ばし、自分の弱さに嫌気がさせば俯いて。
まだなにも成せていない。
成そうともしない自分が同じ立場になれたとはとんだ自惚れだ。
「まさに示してくれたね……」
そんな自分が強い彼女に並び立てるはずがないとルイは思い知った。
思い知ったが故にこれからどうするべきかもランが教えてくれたなら。
胸を焦がす彼女への気持ちを今は封印して。
「このまま不甲斐ない僕で終わるわけにはいかない」
まずは肩書きとしてでなく、本物の実力を身に付けてランの隣りに並ぶ為に一から始めようとルイも決意した。
◇
翌日、その一歩としてルイはリースの元に向かった。
「選考戦で出来なかった勝負をして欲しいんです」
怪訝な態度をされようと臆せずルイは再戦を申し込む。
辛辣な評価からもう目を反らさないように、自覚ではなく現実として自身の弱さを受け入れる為に本気でリースに挑み敗北しようと。
同じ序列保持者とはいえほぼ面識のないリースが受ける理由はなくても、ルイには必要で。
この際土下座をしてでも受けてもらう覚悟で向き合うルイだったが――
「わたしの専用訓練場でよければいい……です」
「…………」
怪訝そうにしながらもあっさり受け入れてもらえたことにルイはキョトン。
「なに……ですか?」
「……簡単に承諾してもらえると思わなかったので」
「師匠から無駄なケンカはそれこそ無駄だから買うなって言われてるけど、ジュード先輩かルイ先輩からのケンカは買えって言われてる……ます」
「…………」
思わず口にした疑問の返答にルイは更にキョトン。
リースが師匠と呼ぶのはアヤトとは交流会で知るところ。無駄な争いを控えるよう指示しているのは、恐らく精霊騎士クラスに所属したことで起こるいざこざを危惧してだろう。現にリースは初日から色んな意味でやらかしたらしいが、大きな問題に発展してないと三学生のルイにも耳に届いている。
なのに自分やジュードに対しては受けろと許可しているのなら。
(……既に僕は彼の手の平なのかな)
「審判は師匠がしてくれると思う。だから早く行く……です」
「ですね」
序列専用の訓練場に向かうリースにある意味で開き直れたルイは慌てて追いかける。
「リースさんは子爵家の令嬢なんだから、男爵家の僕に敬語は不要ですよ」
「ルイ先輩は先輩。それに貴族とか面倒……です」
「そうかい? でも話し辛そうだから普段通りでいいよ。僕もリースくんと呼ばせてもらうからね」
「ならさっさと行く。師匠の機嫌が悪くなったら先輩のせい」
「…………それは嫌だな」
申し出を素直に聞き入れるなり扱いが悪くなるリースの態度よりもアヤトの機嫌を損ねる事態を想像して表情をしかめつつ。
「キミの師匠は気難しそうだからね。怒らせたらなにも教えてくれなさそうだ」
「気難しそうじゃなくて気難しい。機嫌関係なくなにも教えてくれないこともある」
「……そういう時はどうすればいいのかな?」
「わたしが知りたい」
ルイは最初の一歩を踏み出した。
おまけよっつめ後編でした。
もちろんランの思いはルイを焚きつける嘘ではなく本心で、序列保持者で唯一の同じ精霊士のルイなら共感してくれると期待してぶっちゃけました。
そのぶっちゃけにルイもようやく奮起し、まずは自分の弱さを知ると必要な行動に移しました。
ちなみにアヤトくんの配慮についてはね……今さらです。
とにかくエレノアに導かれたジュードとランに奮起させてもらったルイが今後どうなるかは、後々のお楽しみということで。
そして次回更新のオマケですが、今章のメインだったあの子が登場。
内容はもちろん次回のお楽しみに!
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