王女の導き方 後編
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「親善試合に挑む者同士、交流を深める意味合いも兼ねた夜のティータイムのつもりだったんだが……まあ、淑女の茶会とはほど遠い、作法もなにもなく、それぞれが好き勝手にお茶を飲み、菓子を食し、リースは食べるだけ食べて一人寝ていたりと本当に好き勝手だった」
「…………」
突如始まった思い出話にジュードは呆気に取られてしまう。
「私は貴族の茶会にもあまり参加したことがなかっただけに戸惑ってしまったが、ランからは平民の女性が集まればこんなものだと言われたよ。ならばと郷に入っては郷に従えではないが、私もみなにお茶のおかわりを煎れたりもした。給仕のような仕事をしたのも初めての経験だったな」
そんなジュードの反応を窺いながらもエレノアは当時の時間を振り返り小さく笑った。
「親善試合に選ばれた女性陣のみの女子会なのでミューズはいなかったが、王国に戻ってから開いた時に参加してもらった。教会で奉仕活動をしているから平民との触れあいの多いあいつも私たちの女子会のノリに驚いていたが、終始楽しんでいたのは言うまでもないだろう」
まあ貴族家のお茶会とは違う、恋バナを始めとした他愛のない会話を楽しむわちゃわちゃとした時間になったのは主にランの存在が大きい。なんせエレノアだけでなくティエッタも貴族同士のお茶会など強さに不要と参加せず、ロロベリアやリースは言うまでもなく貴族同士の交流など皆無。
結果としてランが主導して話題を振り、恋バナでの押し付け合いからエレノアを呼び捨てるようになってからは唯一の平民と言う立場も忘れて普段通りの振る舞いになったからで。
それなりに経験のあるミューズも使用人と共に食事を囲むようなタイプ、故に全員が立場を忘れて語り合う時間をとても楽しんでいた。
「そして私たちの話を聞いたお兄さま方も男性陣を集めて交流の場を設けたらしいが……マルケスも知っているか」
「……存じています」
それはさておき、エレノアの問いに困惑しながらもジュードは肯定。
と言うのも親善試合の期間中、代表メンバーがお茶会を開いて積極的に交流を深めていたと学院内に広まったのはレイドやカイルが学院生会の面々と協力してそれとなく広めたからで。
代表メンバーとはいえ王族貴族や平民関係なくお茶を飲みつつ楽しく語らう時間を過ごしたと知られれば、身分関係ない平等な立場で学ぶという学院の理念がより浸透するとの狙い。序列保持者は学院でも影響力があるだけに、他の学院生にも良い切っ掛けになればいいと考えていた。
残念ながら真似をする貴族平民はいなかったが、ささやかな影響は確かにあった。
「その噂が流れてからというもの、エレノアさま方に気安く声をかける平民が増えましたから」
不満げにジュードが続けるよう、レイドやエレノアといった王族や侯爵家のカイルや伯爵家のティエッタに話しかける平民が増えたのだ。
それまで身分差から遠巻きに見ているだけだったが、同じ序列保持者でもラン、ディーン、シャルツが気兼ねない時間を過ごせるならお茶会とまではいかなくても、普通に話しかけてもいいのではないかとの心理が働いたのか。もちろん気安くとはいかないが、辿々しくとも学友として声をかけられる変化は良い兆候。
更に精霊祭でアヤトがティエッタとフロイスを雇い、接客をさせてから二人は特にその兆候があった。
それ以前は強さばかり求め(フロイスはただの主バカだが)話しかけづらかった二人も、親善試合の影響から周囲に目を向けるようになり楽しげに会話するようになっていた。
平民から声をかけられるとささやかな影響かもしれないが、学院の理念が中々浸透しなかっただけに充分な変化と言える。
また王族として貴族すらもあまり声をかけられることはなかったエレノアも同じ。
ただレイドとは違い親善試合前までのエレノアはジュードが称賛していたように、王族としての自分に固執する余り声をかけづらかっただけのこと。
それでも勇気を出して声をかけてくれた学友に対し、気さくな対応をしていた。時には貴族向けの学食以外を利用し、共に食事を楽しむようにもなっていた。
そんなエレノアに不満を抱く貴族もいる。レイドとは違い厳しい振る舞いをしていたのでエレノアは立場を重視していると思われていたのか。
もちろんエレノアも学院の理念に賛同派ではあったが、レイドほど積極的ではなかったので勘違いされても仕方がない。
なにより当時のエレノアは学院の理念や立場より、固執していたものがあった。
「私はお前が憧れるように強く正しい王族ではない。ただお兄さま方の背中を追うのに必死で、周囲を見ようともしなかった愚かな王族だ」
優秀な二人の兄に固執するあまり、視野を狭くして周囲どころか導くべき王国民を見ていなかった。
そんな自分を正してくれたのがラタニであり、アヤトだ。
アヤトと出会わなければ見るべきものは兄の背中ではなく王国民の笑顔だと気づけなかっただろう。
そしてラタニと出会わなければ学院の理念を受け入れる価値観を持たず入学していただろう。
二人がただ強いだけではエレノアも尊敬しない。
強さ以上の魅力があるからこそ尊敬しているのだ。
王族だろうと関係なく間違っているなら異を唱える。
必要であれば遠慮なくプライドをへし折る。
そして自分本位に見える二人だが広い視野を持ち、心身共に相手の成長を促す状況を作り導いてくれる。
ラタニとアヤト、二人との出会いでエレノアは変われた。
「肩肘張っていた頃には気づけなかったが、立場を忘れた他愛のない話は楽しいものだ。作法など気にせず飲むお茶も美味いものだ。お前にとってはだからなんだと思うかも知れないが……学院生の内にそういった些細な時間を知るのも必要だと私は思う」
故に今は心にゆとりを持ち、様々な視点で物事を考えられるようになったとエレノアは語る。
卒業すれば平民と気楽に接する時間は極端に減る。
なら学院生の内に貴族だけでなく、平民と触れあうことで自身が導く民を知るべき。
些細な事柄でも様々な時間、考え、思いを知るのも王族として必要だと。
「お前の憧れていた王族ではなくてすまなかった。だが、どれだけ変わっても私は変わらない」
だからこそジュードの思いも知った上で、知ってもらいたいとエレノアは胸を張り堂々と宣言した。
「私は誇り高き王国民に相応しいエレノア=フィン=ファンネルでありたい。この気持ちだけは生涯変わることはない」
「……エレノアさま」
立ち振る舞いは変わってもジュードが幼少期に教わった王族としての志に変わりはないと安心させる為に。
「だからマルケス。お前も私が知った世界を知ってみてはくれないか? あの師弟は強さだけでなく、伝統や常識に囚われない様々な事柄を教えてくれる魅力があるぞ」
そして自分が教わったようにジュードも教わって欲しい。
王族に対する敬意を向けてくれるのは誇らしく思うが、固執しすぎると大切ななにかを見失う。
ラタニやアヤトと出会う前の自分と似ているからこそ、ジュードもきっと良き方向に変われると信じて。
「ただ助言として、まずはカルヴァシアよりも先生を知るのを薦めよう。お前も知る通りカルヴァシアは気難しい上にアレだからな。耐性ができるまではストレスで胃に穴が空くかもしれん」
まあ信じてはいるが、出来れば順序も同じにするべきとエレノアは苦笑交じりに助言を付け加えた。
もしラタニに価値観を正してもらえなければアヤトに対してもっと反発していただろう。聞く耳もたずの姿勢を取り続けていた自信もあるわけで。
なんせ同じ奔放でもアヤトは気難しく口がとても悪いので知るどころではない。
対しラタニは飄々としているが寛容で人当たりも良い。
また慣れる為の他にもう一つ、ジュードの今後の成長を思うならやはりアヤトよりもまずラタニと交流を深めるべき。
助言を与えた以上は不平を漏らしながらもアヤトは訓練をしてくれるが、ラタニは非常勤なので教わる時間が限られているわけで。
「それに精霊術士として成長するのであれば、やはり先生の教えを受けるのが一番だ。私よりも精霊術の才があるマルケスならきっと強くなれる」
「私がエレノアさまよりも才があるなどと――」
「あるさ。もちろん、だからといって負けるつもりはないが」
精霊術を主体とするジュードならラタニの教えを受ければ更なる飛躍が期待できると、エレノアは自虐交じりに背中を押したところで鼻先に冷たい物が落ちた。
上空を見れば先ほどまでの晴れ模様が嘘のように薄暗い雲に覆われていて。
「……雨か。マルケス、まだ聞きたいことがあるなら続きは校舎でどうだ?」
「…………もう結構です。私に構わずエレノアさまはお戻り下さい」
無粋な天気に肩を竦めつつ誘うもジュードは首を振り一礼を。
「そうか。風邪を引かないようにお前も早く戻るんだぞ」
今の話をジュードがどう捉えたのかは気になるも、一人で考える時間も必要とエレノアは背を向けた。
◇
「…………」
二日後、学院が始まってもジュードは未だ葛藤していた。
今まで抱いていた価値観を急に変えるのは無理な話。
しかしエレノアの言い分も一理ある。
貴族平民問わず王国民を知ることで正しく導くことが出来る。
なによりエレノアにあそこまで言わせるラタニとアヤトに興味がある。
ただ王族を軽視するあの態度はやはり許せない――
「ジュードさん」
「……イディルツ嬢?」
などと葛藤を続けるジュードの前にいつの間にかミューズが立っていて。
同じ精霊術クラスに在籍しているが、講習を受ける教室は別。今まで一度もミューズから接触してこなかっただけにジュードは訝しむ。
「もし宜しければご一緒にアーメリさまの元に行きませんか?」
「は? ……なぜ私を?」
が、その理由から困惑するも誘ったミューズは小首を傾げてしまう。
「個人指導のお願いにですが? わたしはみなさんとは違い、最近までアーメリさまと面識がなく、申し訳ないとご指導をお願いしていませんでしたから」
「……はあ」
「ですが今後はアーメリさまにも厳しいご指導をしていただくべきと思いました。アヤトさまだけでなくアーメリさまからは精霊術について学び、序列保持者として相応しい実力を身に付ける為に」
交流会からミューズなりに成長する方法を模索した結果らしいが、やはり自分を誘う理由が分からないジュードは邪推してしまい恐る恐る質問を。
「……エレノアさまに私を誘えと言われましたか」
「? いえ、エレノアからはアーメリさまの指導も受ける方が良いと勧められましたが、ジュードさんを誘えとは言われていませんよ」
その質問にキョトンとした反応を見せてからミューズは首を振り否定する。
「ルイさんもお誘いしようと思いましたが、本日は予定があるとランさんから聞いているので、ジュードさんだけでもどうかと。積極的に学ぶとは言え、余り時間を取らせてしまうのはやはり申し訳ないので」
つまり自分と同じく他の序列保持者より面識のないジュードを誘っただけ。個々で行けばそれだけラタニに時間を取らせるからとの配慮でしかなく。
エレノアがミューズに頼んで誘うようお願いしたわけでもない。
だがある可能性に行き着いたジュードは小さく笑った。
「……やはりエレノアさまは変わられました」
頼んでいないがミューズなら言わずとも誘うだろうとの目論見があるのなら、それは不器用ながらも正々堂々なエレノアらしくない搦め手。
しかしあくまで可能性の話でしかなく。
もし正解でもらしくない手法を選んででも、自分を良き方向に導く努力をしてくれているのであれば、その思いに応えたい。
なにより純粋な厚意で誘ってくれるミューズに断りを入れるのは実に心が痛む。
「エレノアがどうかしましたか?」
「なんでもありません。私も今後を見据えて指導をお願いしようと思っていたところだ。イディルツ嬢のお誘いに感謝する」
「そうですか。では行きましょう」
などと理由を付けている時点で自分の答えは最初から出ていたとジュードは認め、ミューズと共に講師舎に向かった。
◇
「ミューズをたきつけるとか、エレノアもやるじゃん」
「別にたきつけてはいない」
教室から出てきたミューズとジュードを陰から確認したランの謂われのない称賛をエレノアは否定する。
「私はただ先生がラナクスに滞在している間に指導を頼んではどうかと勧めただけだ」
「俺たちと違ってジュードやルイも面識がないから気後れしてるかも知れない、みたいな言葉交えてだろ? それ充分たきつけてるから」
「さて、どうかな」
だが同じく様子を窺っていたディーンの呆れた視線を白々しく交わすも、ここ二日間のジュードの様子から背中を押すべきと判断し、ミューズに期待したのは否定できないが。
なんにせよラタニを忌避していたジュードが今後交流を深めれば他の貴族も変わる。
そもそも王国最強の精霊術士という肩書きは精霊術士にとっての憧れ。妙な確執に縛られなければ学びたい者は多いのだ。
とにかくジュードについては様子見として、残るはルイだが問題ないだろう。
「ランはしっかり焚きつけているんだろうな」
「もち。どうなるかは後のお楽しみだけどね」
「俺も一応代表なんだけど……まあ、今回は適材適所か」
「そういうことだ。さて、私たちも仕事に戻ろうか」
自信ありげなランの成果を期待しつつ三人が生会室に向かう頃、そのルイと言えば――
「リースさん」
「なに……ですか?」
声をかけたリースに怪訝な態度をされていた。
おまけみっつめ後編は如何でしたでしょうか?
エレノアらしく愚直に向き合い正直な気持ち、感じたことを伝えて……最後はレイドのような搦め手も使いましたが、簡単にばれてしまうのもエレノアらしさかな? とも思います。
ちなみにアヤトくんよりラタニさんを先に関わらせるた理由ですが、ジュードが精霊術士だからというよりもアヤトくんはねぇ……耐性ができないとまあ無理でしょう(笑)。
とにかく意固地な姿勢から行動に移せなかったジュードがエレノアの導きからどう変わっていくのかは今後に期待として、次はもちろんルイの今後について。
ランがどう焚きつけてルイはリースと接触したのか、次回をお楽しみに!
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