仮説と光明
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選考戦九日目――
「わざわざすまんかったねぇ、ツクちゃんや」
「それは言わない約束ですよ。ラタニさん」
医療施設を後にしたラタニとツクヨはノリの良い会話を交わして別行動を。
ラタニはこれから選考戦の審判を引き継ぐ為に忙しく、ツクヨは部外者。昨日今日とリースの保護者代理として学院敷地内に入れただけの立場。
なにより今日は予定もある。
本当は昨日リースの衣類等を届けた後に済ませるつもりだったが、校門を出るなりアヤトが接触。
『ラタニに連絡を取ってくれ』
なんでもマヤを介した連絡手段をアヤトが利用する場合は対価を必要とするらしく、無条件で利用できるツクヨを頼ったらしい。
何故アヤトのみ対価を必要とするのかは謎だがツクヨは了承。アヤトとラタニのやり取りを自分とマヤを介する実に面倒な連絡をするはめになった。
ただその後、久しぶりに食事をしようとツクヨが誘ったので自ら予定を後回しにしたのだがそれはさておき。
予定とはサクラとの面会。元々王都での面会を予定していたがリースの一件でツクヨがラナクスに向かった為に叶わず終い。
更に紅暁の作業や訓練に協力していたのでサクラがラナクスに到着しても時間が取れず、ようやく訪れるのだが――
「遅くなって悪かったな」
「ほんにじゃ」
自身の都合で後回しにしたにも関わらず軽いノリのツクヨを応接室で迎えたサクラはため息一つ。
まあいつでも良いから必ず来るようにとツクヨも言われていたからで、サクラとしても変に恭しい態度をされるよりは好ましくもある。
またロロベリアから昨日のアヤトとリースの試合について聞いているだけに、リースの為に尽力したツクヨを攻めるつもりもない。
もちろんマヤの力でツクヨも観戦していたとは伝えてないが、とにかく雑談よりも先にサクラから本題に入った。
「爺やよ」
「畏まりました」
サクラの呼びかけに背後で控えていたエニシがテーブルに置いたのは長方形の木箱。
そのままエニシが蓋を開ければ上等な布に鎮座する聖剣エクリォルの柄が。
「まずは返しておく」
「どうもです。それでどーだった?」
端的なやり取りからツクヨが身を乗り出して確認するのはサクラに依頼した聖剣エクリォルの研究成果。
ダリアから譲り受けた聖剣を調べることでアヤトの新たな刀を打つ為のヒントが見つかるかもしれない。ツクヨ自身も調べてはいるが鍛冶や精霊力についての知識はあれどジンが独自に研究したものでしかなく、精霊学に精通している者ならより詳しく調べられると考えていた。
それにはサクラ以上の適任者はいない。帝国の精霊器技術を飛躍的に引き上げた才女としての知識だけでなく、アヤトの事情についても黙認してくれる。なんせ調べるのは教国の聖遺物、入手経路など説明できるはずもない。
故にサクラにもエニシのみに協力してもらうよう頼み、帝国に戻るなり個人の研究として出来る限り調べ上げたのだが。
「残念ながら仮説の域を抜けられん程度の結果しか出なかったぞ」
そう前置きをしてからサクラが報告するのはまず使われている素材そのもの。
さすがのサクラでも素材の判明までには至らなかったが、少なくとも聖剣の素材はツクヨが造る武器と同じ製法が使われている可能性が高い。
と言うのもサクラがソフィアと試行錯誤で開発した加工技術も精霊石から抽出した精霊力を利用している。ただツクヨのように自身の精霊力を制御して精錬するのではなく、精霊石から一定の精霊力を抽出する機材を使用したもの。
故に加工する為に精霊石や機材の運用とコストが嵩む。しかしツクヨの方法ならコストも掛からない上に時間も短縮できるのだが、そもそも外部に精霊力を流せる人材が希少。サクラの知る限り帝国でもエニシくらい。加えて鉱石に負担をかけず一定の精霊力を流し込むのはエニシも不可能。
ツクヨ以外ではロロベリアとラタニも可能らしいが、だからこそ必要な訓練を受けずに可能にする二人の才が恐ろしくもあるわけで。
ただツクヨが開示した情報は一部のみ。実際はツクヨも精霊石や霊獣の骨を使用しているが、理由は精霊力の通りを良くするため。強度重視なら精霊石を必要としないのでコスト削減は可能だ。
とにかくツクヨの精錬もサクラとソフィアが試行錯誤で開発した加工技術も現世では革新的で、まだ広まっていないからこれまでの調査では使われている素材が再現できないとも考えられる。
更にもう一つの根拠として聖剣、サクラとソフィアの加工技術で作り上げた金属、ツクヨが打った桜花には共通点があった。
まず三種とも精霊力に絶えられるという点。
そしてもう一つ、精霊力の伝導率が従来の鉱石や金属よりも遙かに高いという点だ。
調べた結果は聖剣と桜花は僅かな差、サクラの加工技術で作り上げた金属は劣るらしいが精霊石や霊獣の骨といった隠し素材の差が出たのだろう。それでも他に比べればやはり高い。
「妾やお主の加工法は共に精霊力を利用するから通りが良いのも当然じゃがのう。それに今でこそお主の制御力は異質と呼べるレベルじゃが、聖遺物の伝承が確かなら話は別じゃ」
「人類と精霊さまが協力して作り上げた、だもんな。そりゃ精霊さまならアタシなんざ比較にならないくらい精霊力を扱えるだろ」
ツクヨも聖剣に精霊力を流したことで伝導率の高さは知るところ。ただサクラが精霊力で加工した金属とも共通するならより可能性は高くなる。
なら三種に共通する特徴や聖遺物の伝承から、聖剣はツクヨと同じ加工法で造られたのかもしれない。
もちろん高いだけで所詮は仮説。それでも比較対象が増えただけでも参考になる。
そして仮説だろうとサクラだからこそ調べられた成果もあるわけで。
「続いて聖剣によって使用者の精霊力が増幅する理由についてじゃが……その前にお主はこの宝玉がなにか掴んではおるか?」
「微弱な精霊力を秘めてるなにか。それとアタシが精霊力を流し込んだらちょいとだけ輝きが増した、くらいだな」
ツクヨも宝玉が精霊力を秘めているのは既に気づいている。ただ輝きが増したことで宝玉の秘める精霊力の量は増しても、自身の精霊力が増幅する感覚はなかった。
「それは妾も確認済みじゃ。そして聖剣以外の聖遺物にも宝玉と同じような物が埋め込まれておる」
「……確かにアタシは他の聖遺物を見たことがねーな。でも皇女さまなら難しくもないか」
「帝国にも保管しておる聖遺物はあるからのう。でじゃ、父上に頼んで保管しておる聖遺物も調べてみたんじゃが……まず先も言うたように聖遺物には全て宝玉のような物を確認した。また剣身に刻まれている金糸のような紋様もじゃ」
そう答えつつ柄に残る剣身に刻まれている紋様をサクラは指でなぞり。
「この紋様はただの装飾に見えるが、他の聖遺物に刻まれている紋様と比べるに法則性があると妾は睨んでおる」
「法則性?」
「つまり古代の文字かもしれんということじゃ。そしてこの文字は精霊術を発動する詩のような役割を担っている」
サクラの仮説は精霊術を発動する際詩を紡ぐように、刻まれた紋様は聖遺物を起動する為に必要なもの。その紋様によって聖遺物の用途を限定しているとのこと。
根拠は帝国で保管している聖遺物に実際精霊力を流したからで。
「起動した物は水を出したり火を出したり、後は温かくなったりとの結果であったがのう」
「……よく皇帝さまがそんな実験許したな」
「精霊器の発展を思えば宝物庫に保管するよりは有意義じゃ。まあ実のところ宝物庫の聖遺物を調べるという体で、爺やにこっそり精霊力を流してもろうただけじゃが」
「壊れてしまえばどう弁解しようかとヒヤヒヤしたものです」
「おいおい……」
悪い笑みを浮かべるサクラと心労から肩を落とすエニシにさすがのツクヨも呆れてしまった。
ただでさえ希少な聖遺物を独断で実験に使う辺りがサクラと言うべきか。それに協力するエニシもエニシだった。
「じゃがお陰で聖遺物についての仮説も立てられたというものよ。まず聖遺物とは精霊と協力して造られたと大層な伝承が残ってるが、現代で言うところの精霊器と同じ。たんに人類の生活を補う物として作られたのかもしれん」
「まあ、火や水が出る程度の物だしな」
「そして起動せんかった聖遺物の紋様は全て欠けておるものばかり。故に聖遺物の起動に紋様は不可欠との解に行き着いたわけじゃ。加えて当時の人類でも精霊力を外部に流せるのであれば生活用品として使うのも問題ないじゃろう」
「昔は誰でも精霊力を宿してるって伝承もあるくらいだからな。それで?」
「人類全てが精霊力を宿しておっても、保有量には個人差がある。故に誰でも便利に暮らせるよう聖遺物が作られた。そして保有量に個人差があるからこそ、この宝玉が必要不可欠だった」
「……なるほど。つまり少量で起動するのを宝玉が補うってわけか。そんでもって聖剣を持てば誰でも増幅したのは、紋様が関係してると」
「爺やに精霊力を聖剣に流してもろうた際、精霊力を測定したが宝玉の数値に変化が起きたのは確認済み。紋様と増幅は関係ないと捉えてもよかろうて」
精霊力の伝導率が高い素材、精霊力を増幅させる宝玉、そして聖遺物の用途を紋様が担っているとなれば。
聖剣に刻まれた紋様は武器が故に、使用者が制御を意識せずとも自動的に精霊力を引き出すもの。更に宝玉を介して増幅させた精霊力を使用者に循環させる機能かもしれない。
両断されて宝玉の輝きが失われたのは紋様が途切れたことで何らかの機能不全が起きたのか。聖剣に精霊力を流して僅かな輝きを取り戻しても自身の精霊力に増幅を感じられなかったのは紋様が欠けているからと考えれば辻褄は合う。
この仮説が正しければ聖剣で使用者の精霊力が増幅されるのも納得できる。
そして今後聖遺物を更に研究して紋様の法則性や宝玉の増幅機能を解明すれば、誰でも簡単に起動できる様々な精霊器を開発するのも夢ではない。持たぬ者も精霊力を秘めているのなら、精霊石を必要としない精霊器が作れるのだ。
故に仮説でも精霊器の発展においては充分な成果とも言えなくもないが――
「お主が打った得物に聖剣と同じ紋様を刻んでみれば確定するんじゃが、問題は……」
「刻むにしても色が気になるな。刻むのも宝玉の材質が必要かもしれねーし。なにより確定したところでアヤトには使えねー」
紋様がサクラの仮説通りの役割を担うとすれば、同じ紋様を刻めば誰でも精霊力を引き出せる。
しかしアヤトは精霊力を全く秘めていない。引き出す精霊力が無ければ意味を成さない。
ちなみにサクラはその事実を知らないが、元より持たぬ者と呼ばれている者は精霊力を宿していないとされているので同じ結論に至っているだけのこと。
とにかく聖剣の素材や紋様の仮説もアヤトの要望する刀という点においては残念ながら成果はない。
ただそれ以外は別で。
「精霊力を増幅させるか……おもしれーじゃねぇか」
宝玉は使えるとツクヨは満足げに笑った。
オマケふたつめはツクヨさんとサクラさまがメインでした。
曖昧な情報ばかりでしたが、現段階ではこれが限界と言いますか……サクラさまでも聖遺物は強敵なので。
ですが仮説と言えどさすがはサクラさま、充分な成果も出しています。どの情報がとは言いませんが(汗)。
とにかくアヤトの刀を打つ為に聖剣を調べてもらったことで、ツクヨが目を付けたのは宝玉。
この宝玉がどのように使われるかは……やはり後のお楽しみと言うことで。
そして次回は今章のメインに関わっている内容でもあります。
どのような内容かもやはり次回のお楽しみに!
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