紅の夜明け
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いつまでも続くと思われたアヤトとリースの攻防は不意に終わりを迎えた。
切っ掛けはアヤトの反撃を防ぎきったリースが距離を空けた瞬間、足を滑らせたこと。
転倒こそしなかったが膝を突いた途端リースは動かなくなった。
更に精霊力も解除されていて本来の金髪金眼に戻っている。
「ま、今までよく保ってたよ」
そうツクヨが称賛するようにリースは動かないのではなく疲労で動けないのだ。
観覧席からでも分かるほどリースは激しい呼吸を繰り返し、紅暁を支えに立ち上がろうとしているも足に力が入らないほど消耗している。
「ですが先ほどまで元気に兄様と遊んでいましたのに、どうしてでしょうか」
「んなの集中が切れちまったからだろ」
首を傾げるマヤの疑問にツクヨはため息一つ。
試し稽古が始まってから五分近くもリースは動きを止めず全力でアヤトと刃を交えていた。
普段の訓練はもっと長い時間行われるも今回の訓練は質そのものが違う。模範を示すよう繰り出すアヤトの反撃から学び、自身の動きを修正するに必要な集中力は特にだ。
リースの速度に終始合わせ続けたアヤトのデタラメ加減は今さらだが、加減していようとあの剣戟を真っ向から防いでいれば精神的に削られる。
それでも五分近く続けられたのは肉体的疲労も忘れるほどリースの集中力が入っていたからだ。
ツクヨも鍛冶の修練が上手く行けば行くほど鍛冶にのめり込み、集中力が途切れた瞬間襲い来る疲労でぶっ倒れたのは一度や二度ではない。
足を滑らせたのも精神より先に肉体が悲鳴を上げて踏ん張りが利かなくなったのだろう。休む間もなく動き続けていた中で足を止めた瞬間、忘れていた疲労が一気にのし掛かり動けなくなった。
ロロベリアも思い当たる経験があるだけにリースの変化に気づいている。
限界以上に身体を酷使し、精霊力の解放を維持できないほど心身共に消耗しているなら続行は不可能。
つまりリースの挑戦も終わりになるわけで。
「……どう、なるんでしょうか」
気がかりなのは勝敗よりも挑戦の結果。
アヤトがどのような判断を下すのかロロベリアは拳を固く握りその時を待っていた。
「どうもなにも……あのな、なに勝手に終わらせてんだ白いのちゃん」
「え?」
が、ツクヨから呆れたような反論を受けて握っていた拳が緩む。
「つーか気づいてねーのか? それともこれが選考戦ってやつの普通か?」
「あ、えっと……?」
更に矢継ぎ早な質問と共にとても冷ややかな視線を向けられ戸惑う中、ため息を吐きつつツクヨが指さしたのはフィールドに居るアヤトやリースではなく審判で。
「たく……状況から見ても選考戦の決着はついてるんだろーよ。なら試合を終わらせるんじゃねーの?」
「……あ」
そこでロロベリアもまだ勝利宣言がされていないことに気付く。
勝敗や続行不可に関する判断は審判に一任されているが、リースが解放を維持できないなら宣言をする状況。
にも関わらず未だ続行と判断しているのは何故か。
「確かにリースは限界だ。心身共に出し切ったのかもしれねーな」
疑問のまま審判の様子を確認したことでロロベリアも理由を察した。
審判も終了と判断したようで近づこうとしているのを、他ならぬアヤトが拒むように手をかざしている。
「でもな、半端が嫌いなアヤトが終わらせるはずがねーよ」
本来は敗者側がまだやれると訴えるケースはあるが、勝者になる側が拒むのは希有な訴え。
ただルール上問題なければ戦う者同士の意思を尊重するのが審判の勤めでもある。
リースが今も諦めず立ち上がろうとしている意思も踏まえて両者が続行を望むならと判断したのか、最後は首を振り審判は引き下がった。
その判断にツクヨはニヤリとほくそ笑み、もがき続けるリースを見据えて。
「アタシは精霊術を捨てろとは言ったが、そいつを捨てろとは言ってねぇ。そもそも精霊術士である以上、そいつだけはどうあがいても捨てられねーんだよ」
心身共に出し切ったリースの内にまだ充分すぎるほどに残る精霊力を確認しつつ檄を飛ばす。
学院トップクラスの保有量なだけに身体強化で消費した量など微々たるもの。気力、体力が尽きていてもまだ本当の意味で出し切っているとは言えない。
ならその熱量も全て出し切れと。
「テメェの全部を絞り出して最後まで遊んでもらえ。半端はやめたんだろ」
それをアヤトが望んでいるなら恐らくツクヨが紅暁に施した仕掛けが関係している。
今後の成長次第で紅暁の本当の姿を見せてくれた時、リースは知るだろうとツクヨは施した。
アヤトの剣術を学び、その強さを真似ただけでは一生かけても追いつけないと。
故にアヤトから強さを学び、しかしリースとしての強さに昇華するには必要不可欠で。
持たぬ者には真似できない、精霊術士だからこそ手に入れた時には命に刻んだ想いを知るだろうと。
ただある意味リースだからこそ、その日は当分先になると気長に待つつもりでいたのに、どうやらアヤトは許さないようで。
なんとも厳しい試しとツクヨは苦笑するも。
(でもま、厳しい師匠が期待してんだ。応えてやるのが弟子ってもんだろ)
だからこそ可能性はあるとツクヨもその瞬間を待ち望んでいた。
◇
「あ……はあ! あ……ぃ……はっ!」
一方フィールドではアヤトが審判を下がらせたのにも気付かずリースは必死に立ち上がろうとしていた。
集中していたが故に無自覚に蓄積していた疲労に不意に襲われ訳が分からず、それでも意識がある内は終わらせないと。
大量の汗を地面にしみこませながら身体の震えも無視して、整わない呼吸を繰り返しながら。
「つーかいつまで休んでんだ。さっさと立て」
そんなリースを急き立てる声。
視界がぼやけて認識できないがアヤトはまだ続けるつもりなのか、すぐ近くで待っているようで。
「は……うぅ……っ! はあ!」
「おいリス、聞いてんのか」
聞いている。
続ける意思はある。
むしろ続けたい。
しかし身体が思うように動かなくて。
「は……うぅ……うぅぅぅぅ……っ」
自身の不甲斐なさに零れる涙がリースの心を弱らせてしまう。
「たく……仕方ねぇ」
だがアヤトのため息と共に聞こえた言葉が。
「半端なまま終わらせるのは趣味じゃねぇが、これ以上は待つだけ無駄か」
朧月を鞘に納める音が。
「ま、それなりに楽しめた。テメェの弱さを受け入れるんだな」
立ち去る足音が。
弱りかけたリースの心をギリギリのところで奮い立たせた。
仕方ないとか、受け入れるとか。
そんな弱さとお別れするためにここに居るなら。
半端はやめると決めたなら貫かなければ一生後悔すると。
「う……うぅ……うぅぅ……うぁぁぁ――っ!」
なら泣いている暇はないとリースは雄叫びを上げる。
整わない呼吸も、思うように動かない身体も。
(知らないっ)
だからどうしたと奮い立つ気持ちのまま立ち上がった。
「……うるせぇ」
悪態が聞こえるもアヤトは足を止めたようで、ならばまだ終わっていないとリースは紅暁を持ち上げるが。
「はっ! はっ! はっ!」
持ち上げるのが精一杯で、一瞬でも気を抜けば意識が飛びそうになる。
こんな状態では続けることは不可能。
それでも終わらせたくない。
一合でも多く刃を交えたいと必死に方法を探る中で、ひと筋の光明に辿り着く。
あやふやな認識でも感じる内に秘める熱量。
この熱量を引き出せばまだ紅暁を振れる。
そして自分はこの熱量を最大限まで引き出す方法を知っている。
頭ではなく身体が、感覚が。
命懸けで何度も練習したからこそ覚えた方法が故に巡らない思考でも引き出せるなら。
(引き出せっ)
あやふやに感じ取れる熱量を、最大限に引き出す方法を実践。
制御を無視した精霊力の解放によって金髪金眼がルビーよりも鮮やかな紅へと染まり、身体周辺に焔のような輝きが帯びた。
暴走する精霊力の熱に引かれるよう高揚感が増していく。
思っていた通りこの熱量ならとリースは紅暁を振り上げた。
自分が手にしている紅暁の変化にも気付かないまま。
◇
「さて」
狙い通りの変化にアヤトは朧月を鞘ごと腰後ろから引き抜いた。
精霊力を感じ取れなくても、リースの周囲に漂う焔のような精霊力の輝きが視認できる。
ただ狙っていたのは暴解放だけではない。
身体の外側にまで精霊力が放出される暴解放の性質と、エニシの手帳に書かれた秘伝についての詳しい解釈。なにより今まで示したリースの覚悟があれば可能性は充分と踏んでいた。
まあ制御ではなく暴走という力業で成し遂げるのはリースらしいが、期待通り紅暁に精霊力を纏わせた。
しかし紅暁の刀身全てが紅く染まっているのは精霊力による変化だけではない。
この変化はツクヨが紅暁に施した仕掛けによるもの。
そう、刀身の黒さは焼き入れで付けた色でも素材本来の色でもなく、従来の鍛冶技術で黒金石を塗し固めた薄い外装でしかなく。
精霊力を精練で使えば不純物が取り除けるように、リースが精霊力を紅暁に纏わせると本来の刀身が露わになる仕掛けだった。
精霊術を捨てても精霊力は捨てられない。
むしろ近接戦に絞るなら精霊力は必要で。
精霊術を斬れる刀をツクヨが打てないなら、リースは技能で補う必要がある。
これこそアヤトには真似できない、リースだからこそ手に入れられた力で。
手に入れた時にこそ伸び悩み、思い詰めていたリースが自身の志しで未来を切り開いた紅き夜明けを迎えるとツクヨは紅暁と名付けた。
まさにツクヨの想いそのままに黒い刀身が本来の色に、目の覚めるような眩い紅さを帯びる紅暁本来の姿を見せている。
ただ暴解放で強化された身体能力にリースの保有量を凝縮した一振りとなれば計り知れない威力になるが当たらなければ無意味。単調な一振りなどアヤトなら躱すのは造作もない。
にも関わらず精霊力を纏わせていることも、刀身の変化にも気付かないまま紅暁を振り上げるリースに対しアヤトは引き抜いた朧月を左腰に帯刀。
「褒美だリス」
更に左足を引いて体勢を低く、左手で鯉口から僅かに引き出した朧月の柄に右手を添えた。
試し稽古で終始リースと同じ攻撃を返しつつアヤトは模範を示してきた。
「望み通り魅せてやるよ」
つまりリースが最高の一振りを繰り出すなら、最高の一振りで返すと集中を高める。
そして迎え撃つアヤトと同じくリースも集中力を高めていた。
引き出した熱量でも一振りが限界なら無駄にしないように。
見取り稽古や直接学んだ振り方で今の自分が出来る精一杯を見せようと。
呼吸すら止めて残る気力、体力、精霊力全てを絞り出し。
(いく――っ)
全身全霊を込めて振り下ろした。
なのにリースは自身の一振りに手応えを感じるよりも。
音もなく、風を切る空気の震えすらない。
白銀の閃光が目前を通過した瞬間、会心の笑みを浮かべて。
(……いいなぁ)
魅入られるままぷつりと意識が途絶えた。
◇
不気味なほど静寂に包まれた闘技場内で力尽きて倒れるリースを他所にアヤトはゆっくりとした動作で朧月を鞘に納める。
リース全身全霊の一振りはアヤトに届かなかった。
遅れて抜刀した朧月の切っ先が紅暁の切っ先を撫でるように触れて軌道を逸らし、空を斬る結果に終わった。
故に紅暁の刀身は傷一つなく今も美しい紅い輝きを放っている。
ただ静寂の理由はアヤトの神業的な回避ではない。
そもそも闘技場内に居る誰もが両者の一振りを視認できず、未だなにが起きたのか理解していない。
それよりも空を斬った紅暁の威力が言葉を失わせていた。
紅暁から放たれた精霊力の斬撃はフィールドの地面も、四〇メル先の壁も、精霊結界すらも切り裂いたのだ。
幸いにも斬撃の線上に誰もいなく、精霊結界が威力を軽減したこともあって観覧席は浅い斬撃痕で済んでいる。
しかし、もし自分の居る方向に放たれていたと想像するだけでも背筋が凍るほどの脅威。特に審判役の講師は硬直して役割も忘れていた。
そういった事情も見越してアヤトは軌道を逸らす方向を選んでいたが。
「褒めてやるとすぐこれだ。得物を簡単に手放すんじゃねぇよ」
脅威の斬撃を目の当たりにしてもアヤトは平然と紅暁を手放しているリースを批判。
「だがま、今回くらいは許してやるか」
だが苦笑と共に拾い上げた紅暁を鞘に納め、そのまま気絶したリースを抱きかかえて。
「リスにしては頑張ったからな」
宿題の回答に満足しつつ医療室に向かった。
二人の姿がフィールドから消えて間もなく、アヤトの勝利が闘技場内に響き渡った。
勝敗を決めたアヤトとリースの一振り、またツクヨが紅暁の命に込めた想いは如何だったでしょうか。
宿題に対する結果は珍しく素直に褒めたアヤトくんの言葉が全てです。
とにかくリースの成長を少しでも感じて頂ければ幸いですが……選考戦はまだ八日目なんですよね……。
つまり十一章はもう少し続きます。選考戦の結果も含めて最後までお楽しみに!
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みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!